聖書の森

この聖書は、わたしについてあかしをするものである (ヨハネ福音5:39)

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創世記 第2章 その1

【創世記2:2】

神は第七日にその作業を終えられた。
すなわち、そのすべての作業を終わって第七日に休まれた。


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創世記 第2章は、神が「すべての作業を終わって第七日に休まれた」
ことから始まっています。
私たちの観念では、第1章の最後に記述すべきことのように思います。
創世記 第2章4節からは、神の創造の詳細が記されています。
特に人に関する詳細の記述です。
神の6日間の創造と、7日目に休まれたことは一連の出来事です。
でも、あえて聖書は、このように章を分けました。

それは、人の創造が神の願いの中心であり、人の創造により神が満足されたが故に、
創世記第1章を人の創造で終えられたのではないでしょうか。
【創世記1:26〜27、31】
  神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、
  これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。
  神は自分のかたちに人を創造された。
  すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。
  ・・・
  神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。

ユダヤ人は、安息日を大切にします。
しかし、神は人を大切に思っています。
【マルコ福音書2:27〜28】
  「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。
  それだから、人の子は、安息日にもまた主なのである」。


また、人は6日目に創造されましたから、人は安息からはじまりました。
そのため、創世記第2章は安息から始まっているのではないでしょうか。

主イエスこそ私たちの安息です。
私たちの始まりは、すべて主イエスからであるべきです。
私たちは、行いから始まるのではなく、主の安息から始まる必要があります。
主に安息することが私たちの第一歩です。




今回の花は、「黄色のバラ」です。



  ※聖書の箇所は、日本聖書協会「聖書」(口語訳)より引用

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人類の歴史が安息から始まったとは本当に不思議であり、また感謝です。神様が全て備えてくださったので、先ず、感謝することが人のすることだったんですね。

2007/7/23(月) 午前 1:02 hosana33jp

からし種さん、ありがとうございます。
何かあると、すぐ自分で対応してしまう者ですが、
まず主の中に安息することを学びたいものです。
それが本来の人のあるべき姿なのですから。

2007/7/23(月) 午後 11:27 sei*h*_mo*i


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