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【創世記2:2】 神は第七日にその作業を終えられた。 すなわち、そのすべての作業を終わって第七日に休まれた。 創世記 第2章は、神が「すべての作業を終わって第七日に休まれた」 ことから始まっています。 私たちの観念では、第1章の最後に記述すべきことのように思います。 創世記 第2章4節からは、神の創造の詳細が記されています。 特に人に関する詳細の記述です。 神の6日間の創造と、7日目に休まれたことは一連の出来事です。 でも、あえて聖書は、このように章を分けました。 それは、人の創造が神の願いの中心であり、人の創造により神が満足されたが故に、 創世記第1章を人の創造で終えられたのではないでしょうか。 【創世記1:26〜27、31】 神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、 これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。 神は自分のかたちに人を創造された。 すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。 ・・・ 神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。 しかし、神は人を大切に思っています。 【マルコ福音書2:27〜28】 「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。 それだから、人の子は、安息日にもまた主なのである」。 また、人は6日目に創造されましたから、人は安息からはじまりました。 そのため、創世記第2章は安息から始まっているのではないでしょうか。 主イエスこそ私たちの安息です。 私たちの始まりは、すべて主イエスからであるべきです。 私たちは、行いから始まるのではなく、主の安息から始まる必要があります。 主に安息することが私たちの第一歩です。 今回の花は、「黄色のバラ」です。 ※聖書の箇所は、日本聖書協会「聖書」(口語訳)より引用
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人類の歴史が安息から始まったとは本当に不思議であり、また感謝です。神様が全て備えてくださったので、先ず、感謝することが人のすることだったんですね。
2007/7/23(月) 午前 1:02
からし種さん、ありがとうございます。
何かあると、すぐ自分で対応してしまう者ですが、
まず主の中に安息することを学びたいものです。
それが本来の人のあるべき姿なのですから。
2007/7/23(月) 午後 11:27