聖書の森

この聖書は、わたしについてあかしをするものである (ヨハネ福音5:39)

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教会の究極 L(・o・)」

【ヨハネの黙示録21章】

2 また、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために着飾った
花嫁のように用意をととのえて、神のもとを出て、天から
下って来るのを見た。


9 最後の七つの災害が満ちている七つの鉢を持っていた七人の
御使のひとりがきて、わたしに語って言った、
「さあ、きなさい。小羊の妻なる花嫁を見せよう」。

10 この御使は、わたしを御霊に感じたまま、大きな高い山に
連れて行き、聖都エルサレムが、神の栄光のうちに、
神のみもとを出て天から下って来るのを見せてくれた。

11 その都の輝きは、高価な宝石のようであり、透明な碧玉の
ようであった。


22 わたしは、この都の中には聖所を見なかった。
全能者にして主なる神と小羊とが、その聖所なのである。

23 都は、日や月がそれを照す必要がない。
神の栄光が都を明るくし、小羊が都のあかりだからである。


イメージ 1



通読で【ヨハネの黙示録】を読んでいました。

ヨハネの黙示録21章に「新しいエルサレム」があります。

聖書をよく見ると、この「新しいエルサレム」は、教会を
指していると分かります。


エペソ人への手紙の中で、

2:22 そしてあなたがたも、主にあって共に建てられて、
霊なる神のすまいとなるのである。

6:31 「それゆえに、人は父母を離れてその妻と結ばれ、
ふたりの者は一体となるべきである」。
6:32 この奥義は大きい。
それは、キリストと教会とをさしている。


それに、ヨハネの黙示録21章を照らし合わせる時、教会は
「新しいエルサレム」になると言う事ができます。

私たちは、「新しいエルサレム」に住みたいと言うべきでは
なく、「新しいエルサレム」になりたいと言うべきです。

「全能者にして主なる神と小羊とが、その聖所」であり、
「神の栄光が都を明るくし、小羊が都のあかり」です。

まさしく、そこは神のすまいです。

人間では理解できません。
しかし、神が決められたことは、かならず成就します。

教会の究極は、「新しいエルサレム」です。



 ※聖書の箇所は、日本聖書協会「聖書」(口語訳)より引用

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ヨハネの黙示録が書かれた時代のキリスト者は、迫害のさなかにあって、
一部の教会は腐敗し、さらに投獄されたり殺される者が相次いだんですよね。
ヨハネの黙示録というと、凄まじい内容のほうにばかり目が行きがちですが、
時代背景を考えながら読むと、また違った味わいがありますね。

いつも、画像の美しさに感心してます。
今日のお花(名前がわからない・・・)もきれい!!!

2008/5/25(日) 午前 11:40 rutia

rutia1201さん、コメントありがとうございます。
本当にその通りだと思います。
これからもよろしくお願いします。

2008/5/25(日) 午後 6:54 sei*h*_mo*i

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