聖書の森

この聖書は、わたしについてあかしをするものである (ヨハネ福音5:39)

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【創世記2:24】
  それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。

この箇所が、実はキリストと教会をさしていることをみました。

【エペソ5:31】
  「それゆえに、人は父母を離れてその妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである」。
  この奥義は大きい。それは、キリストと教会とをさしている。

そこで、「聖書の中の教会」について少し調べてみようと思いました。

もちろん、教会のすべての面を網羅できるとは思っていません。
自分なりに聖書のみことばから教会とは何かを見ていきたいと思っています。



1.教会の啓示

 【マタイ福音16:18】
   あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。
   黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。

 【マタイ福音18:17〜20】
   もし彼らの言うことを聞かないなら、教会に申し出なさい。…
   あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、
   天でもみな解かれるであろう。…
   あなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天に
   いますわたしの父はそれをかなえて下さるであろう。
   ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいる
のである」。


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本来の意味での「教会の啓示」は、創世記2:24と言うことができると思います。
教会はキリストの「ふさわしい助け手」であり、彼の「からだ」です。
旧約の時代、これは奥義でした。
しかし、新約の時代になり、この奥義は人の子らに対して啓示されました。(エペソ3章)


主イエスが、初めて教会に関して示されたのは、マタイ福音16:18でした。
そこでイエスは、「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。」と言われました。

イエスの弟子たちに対する、「あなたがたはわたしをだれと言うか。」という質問に対して、
ペテロは「あなたこそ、生ける神の子キリストです。」と答えました。(マタイ福音16:15、16)

その答えに対してイエスは、「あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの
教会を建てよう。」と言われました。(マタイ福音16:18)
この時シモンはペテロ(ギリシャ語で「岩」の意味)と呼ばれました。

イエスが「生ける神の子キリスト」であるという、この啓示こそが教会の土台の岩です。
それ以外の何ものも教会の土台となることはできません。

そして、主イエスご自身が「隅のかしら石」です。(マタイ福音21:42、エペソ2:20)

だからこそ、教会に対して「黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。」訳です。


2度目に主イエスが教会に関して示されたのは、マタイ福音18:17〜でした。
ここには教会の実際が示されています。

「あなたがたが地上でつなぐことは、天でも皆つながれ、あなたがたが地上で解くことは、
天でもみな解かれるであろう。…
あなたがたのうちのふたりが、どんな願い事についても地上で心を合わせるなら、天にいます
わたしの父はそれをかなえて下さるであろう。
ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」

ふたりまたは三人・・・人数の問題ではないのです。
多くても少なくても、「生ける神の子キリスト」が土台であれば、教会です。
多くても少なくても、「生ける神の子キリスト」が土台でなければ、教会ではありません。

本来の教会は、なんと素晴らしい情景でしょうか。




今回の写真は、「川のある風景」です。

毎日、猛暑が続いています。熱中症に注意して下さい。




  ※聖書の箇所は、日本聖書協会「聖書」(口語訳)より引用

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