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正法寺門前街は、かつては栄えていたようですが、今も同じ商売をしているのは畳屋さんだけのようです。

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畳屋さんが尽力をして、看板を設置したそうです。
運送屋の奥さんが、今でも屋号で言う家が多いと、教えてくれました。

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吉田屋は逆さベンツでした。

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私も寺に入った当時は、屋号で言う家がありましたが、その商売をしているところは、一件もありませんでした。

面白い試みです。
ますます地元に愛着を持つでしょう。



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12月26日

正法寺住職は、私の後輩です。
お兄さんは、私と高校で同窓でした。近くに住んでいるそうです。

正法寺 埼玉県東松山市岩殿1229  Home page


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改めてお参りし、歴史と優れた建造物に圧倒されました。

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門前街の各家ごとに屋号が記されていました。次回に掲載致します。

岩殿と言われるように岩を取り去って、お堂が建ています。
沢山の観音さまなどが、壁面に祀られています。

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黄葉のころ訪れたいですね。かなりの巨木です。

三組の方が、御朱印に訪れていました。

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住職も頑張っているのが分かります。

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お参りの後で、先代ご住職のお墓参りに行きました。
父とは、旧制中学と大学とで同窓でした。

昔を思い出します。


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12月26日
金沢寺は二度目の参拝となります。
檀家さんのご親戚が、他の曹洞宗寺院の檀家ですが、その副住職さん達と禅宗でありながら、修験をしていると聞きました。

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紅葉には遅いと思っていましたが、赤く色づいた木もありました。


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十三仏の板碑としては、最も古いのだそうです。
十三仏の成り立ちは、鎌倉時代と聞いたことがありますが、Wikipediaには江戸時代とあります。
室町時代の十三仏を掲載しながら、江戸時代となっています。

中国の十王信仰から十仏信仰が日本に伝わり、さらに鎌倉末期に十三仏となったようです。
この板碑があるだけで、十三仏の成り立ちが古いことを理解できるでしょう。
現在のような十三仏となったのは、さらに後のようです。

十三仏信仰の史的展開 川勝政太郎 著   link    

十三仏信仰の意義  宮坂宥洪 著  link             
 

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ある石屋さんに聞くと、副住職さんは熱心に教化活動をしていると話していました。

金沢寺 埼玉県比企郡鳩山町泉井1376 Home page link


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妙光寺 鳩山町

12月26日
当寺と同じ真言宗智山派の寺院です。

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伝承では、熊井に熊井太郎忠基の館跡がある。忠基は元暦文治の頃源義経に仕えて名を青史に残したとあります。link


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このあたりまで来ると寺院運営は、厳しいのではないでしょうか。
良く整備されていると思います。

本堂裏手には、スノードロップの運営する永代供養施設があるようです。link


妙光寺  埼玉県比企郡鳩山町熊井598 Home page link



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12月26日
県道248を東に向かうと、地蔵菩薩の石仏が見えました。

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からさわ橋の西側です。

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平成13年に越辺川と県道改修のために、ここに祀られたとあります。

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千手観音様もすてきな石仏でした。


埼玉県鳩山町石坂  地図


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