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六義園散策

とげぬき地蔵の後に、駒込駅に行かず、あえて巣鴨駅を南に向かい、六義園を目指しました。

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どうにか間違えずに、北西の角に着きました。

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レンガの塀が続きます。
次の角を東に向かいます。

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無事入口に到着しました。

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料金は65歳以上は半額になります。
年齢は言いたくありませんね。

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旧岩崎邸庭園が岩崎弥太郎の本邸、ここは別邸が東京市に寄贈されました。

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染井霊園やここの桜は、当寺に出入りしている樹木医さんが施工したと、以前聞いたことがあります。
かなり効果があったそうです。
広い池があるので、薬剤が池に入らないよう指導されたと言っていました。

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以前来たときも広いと感じましたが、メインの通路を歩くだけで、林の中を散策するのはやめました。

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吹上茶屋には、かなり多くの人がいます。

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私もお茶とお菓子を頼みました。
作法などは、すっかり忘れていましたので、まずは他の人の呑み方を参考にしようと思いましたが、普通に呑んでいたので安心しました。

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恐竜の子孫が前を横切ります。かなりの数がいました。
ここの野鳥は天国なのでしょう。

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滝見の茶屋も風流で良いですね。

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これからはサツキの花が、さらに見事になりそうです。

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もっと時間を掛けて散策するのが良いのですが、体力が無くなりましたね。
この後、駒込駅に向かいました。

六義園 link

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とげぬき地蔵 参拝


真性寺の後に、巣鴨信用金庫本店で講談と落語を聞きました。とげぬき地蔵のすぐ近くですから、年齢層が私より上の方が多いようです。別のブログlink

巣鴨信用金庫本店 おもてなし処link

次に道路反対側のとげぬき地蔵に向かいました。

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学生の頃初めて来たときは、ごく普通の商店街であり、人出もたいしたことがありませんでした。

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おばあちゃんの原宿と言われるのも無理がありません。すごい人出ですね。
昔は露店など、ありませんでした。

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高岩寺の入口から北に向かう商店街は、人もまばらでしたが、今は南側と変わらないほどの人の波です。
都電があるからでしょうか。

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洗い観音は一人一人お参りしますので、長い列が出来ています。
学生の時にもお参りしましたが、確か前に二人いただけでした。
初代?の観音様は摩耗しており、新しい観音様になっていたのを思い出します。

御本堂には次々にお参りが訪れています。

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  とげぬき地蔵 高岩寺 Wikipedia 

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巣鴨に行く用があり、真言宗豊山派の真性寺さんをお参りしました。

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地蔵通りの入り口にあるお寺です。
学生の頃、友人の仲間が随身しており、訪ねていったのが初のお参りでした。
あのころは地方の寺の師弟を預かり、大学卒業まで面倒を見るお寺がたくさんありました。

江戸六地蔵の御尊像です。

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豊山派は紋が輪違いですが、当派の桔梗紋の輪袈裟を着けた僧侶が看板を持って、寺の入り口に行くのが見えました。

毎月4の日、4、14、14日に行われる「おはなしかい」でした。
本日は3名の僧侶が担当します。
時間は10時半からでした。

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阿弥陀堂の前で、じゃんけんで順番を決めたようです。

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一番手は智山派、加須市玄光寺の鈴木秀和師です。

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法話の内容は、今年の初詣での東京大仏ベビーカー自粛要請のお話です。
あたかもお寺がベビーカー使用を勝手に断ったとのニュースが流れ、大問題になった話です。
私も記憶にあります。

しかし、初詣には大行列がおき、安全対策をしていても実際事故があったり、大渋滞を起こしたりで、警察からの要請があったためでした。

このような事実関係を知らせずにニュースが流れ、いたずらにお寺批判があったわけです。
障害者に対する差別として批判した人もいたようです。

実際に東京大仏をお参りした人ならば、ベビーカーや車椅子での参拝は、狭い境内と急な階段で、大勢の人が押し寄せた時に、どのようなことになるかは想像できます。

なにしろ境内は、自然の景観を利用した山城であった赤塚城の一角であったのです。

この時のことを元に、状況を知らずに、ただ批判するだけで無く、考えに考えた上で智慧を以て対応することの重要性を話されました。

こんなブログもあります。link

一部の知識と情報を意識的に都合の良いようにねじ曲げて書くことが、どのような結果をもたらすか、私たちにも当てはめて話されました。

この話には当寺で起きた墓石を倒されたニュースが、多くのテレビ局や新聞で報道されたのを思い出します。
ほとんどのマスコミは正しい報道をしていましたが、私も毎日読んでいる新聞のみが、24時間いつでもお寺には入れると批判的に書いていたことがあります。
倒されたお墓使用者の気持ちなど、何ら考慮に入っていません。

お寺で24時間入れる寺など、当たり前でしょう。
入れないのは都内や駅前などで、物騒な場所のみです。
警察から常には入れないように要請があり、時間を決めたり、予約でしか墓参りも出来ないことに批判されるお寺がある時代なのです。

かなり私の過激な話になってしまいました。申し訳ありません。


次に豊山派の西光寺住職、一橋杲潤師のお話です。
真性寺本尊のお薬師さま、江戸六地蔵のお地蔵様、この法話を行っている阿弥陀堂本尊・阿弥陀様の優劣でした。

当然仏様に優劣があるわけで無く、全ての仏様が智慧と慈悲、すなわち憐れみによる、抜苦与楽を与えて下さることをお話ししました。

しかし、私は都合により途中で退席せざるを得ませんでした。

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最初は法話を聞きに来られた方も少数でしたが、帰る頃にはかなりの人数になっていました。
最期まで聞くことが出来なくて残念でした。

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平成11年に開かれた「三途の川展」の図録を最近手に入れることが出来ました。

さいたま川の博物館(かわはく)link
埼玉県大里郡寄居町小園39
三途の川展link

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開催されていたときに行きましたが、運悪く図録がなくなっていて、手に入れることが出来ませんでした。

この時、日本人に三途の川の根源となる意識は、なんと縄文時代にさかのぼることを知りました。
三途の川の概念につながる遺跡「奥三面遺跡」があります。
人が住む集落と墓地との間に人工の川が掘られています。
三途の川と言う言葉は無くとも、それにつながる意識があったようです。

さらに日本書紀には伊弉冉尊が黄泉の国から帰ったとき、この世とあの世の境で禊ぎをしたとあり、境界としての意識があったようです。

この奥三面遺跡群には環状列石があり、三内丸山遺跡と同じ様な掘立柱建物跡が発掘されています。

インドにおける地獄の世界観は、中国に伝わり道教とも結びつきます。
日本においては、往生要集の中で地獄が語られ、特に江戸時代に江戸庶民に関心が高まりました。

しかし、三途の川は往生要集にも書かれていません。
仏教に取り入れられたのは、唐の時代に蔵川が著した偽経が最初で、奈河とありますが、三途の川となった考えられているとのことです。

縄文、弥生からの古い意識と仏教が結びつき、三途の川となったようです。
三途の川は橋で渡ったり、船で渡ったりで、いろいろな説があります。
江戸期にたくさんの印刷物が出回りましたが、正式の仏典に準拠していないため、色々な説があるようです。

また、賽の河原は室町時代の御伽草子「富士の人穴草子」に初めて出てくるのですが、三途の川の関係は明らかで無いようです。

奪衣婆に関しても記されていますが、江戸末期に人々のあらゆる願いを叶えてくれる流行神となった事がありました。
江戸っ子の粋な意識が面白いと感じました。当時の錦絵にあまりも多くの人の願いに、奪衣婆の困った顔が面白いです。奪衣婆画像link


以前書いた群馬県甘楽町の三途川ブログです。
link1          link2

甘楽町宝勝寺前の三途川
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姥子堂(うばごどう)の奪衣婆(だつえば)
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私の廻りには臨死体験で三途の川を見た方が三人います。
さらに数十年前には二人の方が見たと言っていました。
本当に三途の川を見たのか、脳の作り出した幻影かは、私には分かりません。
日本人の古くから伝わった意識が関連することは理解できます。

私は見た方のほとんどが、三途の川の向こうはお花畑だったと言っていました。
ほとんどの人が「私は死が怖くない」と言っていました。

来世が暗い世界で無く、明るく豊かな世界だと意識し、旅立つことが出来ると思うことにしています。

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コンビニがなくなる!

すぐ近くのコンビニが無くなるとの話が伝わり、我が字(あざ)唯一の頼れるお店が無くなる事になりました。

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しかし、二ヶ月後に他のコンビニになることが分かり、ホッとしました。

買い物難民の多い地元はもちろん、近くの市営団地の方々もホッとしているに違いありません。
何しろ信号機も無い字ですから、ますます田舎になってしまいそうでした。

新コンビニになっても、売り上げが無ければ、どんどん辞めさせられる業界です。
今度のコンビニは店舗数が多いだけでなく、色々な支払いも可能になります。

しかし業績が悪ければ、大手ですから撤退してしまうかもしれません。
これからはもっとここで買い物をしないといけませんね。

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