ここから本文です
以前書いた104歳のお婆ちゃんの49日忌法要を寺で行った後、かなり離れた喪主のお墓に納骨に行きました。ご法事は3月16日です。
この地区は神葬祭になっており、一件だけが途中から他のお寺に葬儀を依頼していました。檀家になったわけではないそうです。

お墓のある元菩提寺・西光寺は明治になり廃寺となりました。
左端の板碑は飯能市最古だそうです。

イメージ 1
埼玉県飯能市原市場 西光寺跡 地図

イメージ 4

阿弥陀三尊とは、阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の三尊です。
何度も御紹介していますが、当寺の掛軸です。

イメージ 11


善光寺式阿弥陀三尊

イメージ 9

イメージ 10


イメージ 2
弘長元年(1261)      正元二年(1260)

イメージ 3
正和四年(1315)       正和元年(1312)

ここのお墓の上段に、歴代住職の墓石がありますが、板碑はその脇にあったそうです。
現在の場所には御堂がありましたが、仏像が祀られているわけでなく、取り壊されて板碑を移したそうです。

イメージ 5

イメージ 6


この石が橋となっており、お寺に通じる参道でした。
正面に本堂があったようです。

イメージ 8


境内東側には五社神社と自治会館(社務所)があります。

イメージ 7



先日の永代合同法要に使用した掛軸です。
本来は釈迦三尊として描かれたのかもしれません。
あるいはお釈迦様の像を祀るお寺で使用されたのでしょう。
イメージ 1
普賢菩薩と文殊菩薩

かなり大きな掛軸ですので、どこかの寺院に伝わっていたのだと思います。
下は当寺の仏像を釈迦三尊に見立てた画像です。

イメージ 2


永代合同法要の画像です。内陣左右に掛けました。

イメージ 3

皆さん花祭壇ばかり気にして、掛軸にはあまり興味が湧かなかったようです。


永代供養の合同法要

昨日は永代供養塔に祀られている方々の合同法要でした。
参列者は約170名になります。

イメージ 3

ブロ友にも来ていただきました。
お互いに弱ったねの挨拶です。
私は新規にgooブログを立ち上げ、今までのヤフーの移籍先は未定と話しました。

外にも入れきれない人たちがいました。

イメージ 4


御本堂の供養の後は、講談師・宝井琴柑さんが勤めました。
ご先祖さまが当寺のお墓に眠っており、琴柑さんは分家になります。法要前には一族とともにお墓参りをしていました。

10月に真打ちとなり、宝井琴譴鮟洩召靴泙后J井琴譴論菎・宝井馬琴の前に使用していた名前です。

イメージ 5

演目は「村越茂助  左七文字」でした。

イメージ 1

次に供養塔前で、般若心経をお唱えする中、お焼香をしていただきました。

イメージ 2

本日のお塔婆の申込み浄財と、御寄付などを震災などのボランティア活動に使用していただくため、関係者にお渡ししました。
今回は約30万円ほどになりました。


豊田市近代の産業と くらし発見館 の学芸員さんから『まゆまつり ~とよたの養蚕と信仰~』の案内が届きました。

4月23日から7月7日までの開催です。

私が以前ブログに掲載した、星福寺の養蚕神の記事を読んでいただいたそうです。

イメージ 1

イメージ 2

星福寺の養蚕神お姿に似た画像が使用されています。

イメージ 3
星福寺養蚕神お姿

イメージ 4
星福寺養蚕神掛軸

私に問い合わせもありましたが、専門家ではありませんので、学芸員以上の知識はなく、質問に対しては答えられませんでした。
茨城県・星福寺の養霊尊天→埼玉県入間郡川越町(現川越市)の蚕霊山出張所→豊田市・正林寺と分体されたようです。

私は秩父の妙見さまと養蚕神の関連をブログに書きましたが、妙見菩薩のことは調べていますが、養蚕神は少しかじっただけです。



愛知県の方は、近代日本の発展に養蚕が寄与したかを知る、良い機会だと思います。
ぜひ企画展を見に行ってください。

「豊田市近代の産業と くらし発見館」 リンク   愛知県豊田市喜多町4丁目45 地図

まゆまつり2019〜とよたの養蚕と信仰〜開催中

とき 平成31年4月23日(火)〜7月7日(日)
       午前9時〜午後5時 月曜休館(祝日は開館)

内容 市内の蚕霊神社、正林寺を中心に、とよたの養蚕と信仰を紹介。期間中、生きたカイコを飼育。

観覧料  無料


※御紹介したために他のブログへの引っ越しは、7月8日以降に致します。



福寿海無量

「福寿海無量」は観音経の偈にある「福聚海無量」の福を聚(あつ)めた海のように限りがないよりでています。

この書は高野山全弘とありますので、元高野山宗務総長の草繁全弘師と思われます。

イメージ 1

お寺に入ったときからあります。どのような経緯でここにあるのか残念ながら詳細は
分かりません。

次は「福壽」はどなたの書か不明です。

イメージ 2

福寿の書は他でも見たことがあります。
めでたい文字ですから、いろいろな人が書いていると思います。

当寺は七福神札所で福禄寿様をお祀りしています。
「福(幸福)」「禄(財産)」「寿(長寿)」をあらわします。
中国では人々の願望は「福」「禄」「寿」でした。その願望を神格化したのが、福禄寿様です。
寿老人とは同じ神様です。

「福」は日本では幸福ですが、中国ではさらに一族の繁栄をあらわしています。
ですから海外に出て成功すると一族を呼び、それが発展して各国で中華街になります。
日本人のように、その国に同化してしまうことは、ほとんどありません。

イメージ 3
福禄寿様


イメージ 4
福禄寿様御朱印


もう一体は札所の福禄寿様ではありませんが、大正期の「田中主水」作品です。

イメージ 5


※ヤフーのブログは、約250ほど寺ホームページブログにコピペしました。
その内200ほどをヤフーから削除しました。
検索ではご迷惑をおかけしています。

どこのブログに移るか未定です。
今後はホームページ中心にブログを行うつもりです。
しばらくはヤフーにおりますので、お付き合いください。


ブログを見ていただいている皆様が、「福」「寿」でありますよう、ご祈念申しあげます。

[ すべて表示 ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事