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先日の朝日新聞「こえ」欄より。高校生からの投書です。 女子だったら期待外れなの
紀子さまが6日、男の子を出産した。街角でも、テレビや新聞でもお祝いムードがあふれる中で、ある考えが頭に浮かんだ。もし女の子が生まれていたら、社会はどう迎えているのだろうか、ということだ。 僕が最も妙に感じたのは、誕生の前日に杉浦法務大臣が「男児誕生を期待している」と述べたことだ(6日朝刊)。女の子の誕生は期待していなかった、ということなのか。この発言が紀子さまに余計なプレッシャーをかけてしまったのではないか。 政治家だけではない。メディアはなぜあんなに大歓迎ぶりを示したのか、僕には疑問だ。 男子が生まれれば、天皇に将来なるかもしれないとはいえ、法務大臣の発言は、男女差別であると思う。世の女性は、発言に腹が立たないのだろうか。 皇室典範に問題があることを、1年前からテレビや新聞が伝えてきた。男女の平等が叫ばれている今日、日本の象徴である皇室がいまだに男子優先なのは、どう考えても納得がいかない。生まれた子が男子でよかった、と日本中が浮かれている間は、男女同権なんてお題目なのかな、と疑ってしまう。 もっともな意見で、私もそう思わないことはない(ちょっとトゲのある言い方)。確かに、男女平等という観点から言えば、男子優先はおかしい。 が、私は、上の考えよりはどちらかと言うと藤原正彦氏の考えに共感できる。以下、藤原正彦『この国のけじめ』から引用。 憲法と世論で伝統を論ずるなかれ
昨年、伊勢神宮を初めて参拝した。午後の外宮を歩いていたら、白装束に黒木靴の神官が三人、恭しく食膳を持って通りかかった。尋ねると、「神様の食事で、嵐の日も戦争中も一回の休みもなく、朝夕二回、千四百年余り続けてきました」と言った。六世紀に外宮ができて以来という。こんな国に生まれてよかったと久々に思った。 伝統を守ることの深い意義を信じる私にとって、「皇室典範を考える有識者会議」が女性女系天皇を容認、の報道は衝撃的だった。「世にも恐ろしいこと」と蒼ざめた。政治や経済の改革が気に入らないことは始終ある。しかし、政治経済は成功しようと失敗しようと、所詮、政治経済である。腹を立てても蒼ざめることなどありえない。今次の答申はまったく質が異なる。伝統中の伝統、皇統に手を入れるものであり、その存続を危殆に瀕させかねないものであり、国体を揺るがすものだったからである。 気を鎮め、答申に目を通してみることにした。長たらしい答申を隅々まで熟読する、というのは初めてのことだった。そして、その空疎かつ凡庸な論理展開に愕然とした。 二千年の皇統を論ずるうえでの原点が、なんと日本国憲法と世論だったのである。実際、答申では要所要所でこれら原点に戻り、結論へと論を進めている。この二つを原点とするなら、実はその時点で結論は一義的に定まってしまう。男女平等により長子優先である。議論は不要でさえある。 長い伝統を論ずる場合、それがどんなものであろうが、先人に対する敬意と歴史に対する畏敬を胸に、虚心坦懐で臨むことが最低の要件である。この会議はその原則を逸脱し、移ろいやすい世論と、占領軍の作った憲法という、もっとも不適切な原点を採用したのである。「有識者」の恐るべき不見識であった。 そもそも皇族は憲法の外にいる人である。だからこそ皇族には憲法で保障された選挙権も、居住や移動の自由や職業選択の自由もなく、納税の義務もないのである。男女同権だけを適用するのは無茶な話である。 伝統を考える際に、憲法を原点とするなら、憲法改正のあるたびに考え直す必要が生ずる。憲法などというものは、歴史をひもとくまでもなく、単なる時代の思潮に過ぎない。流行といってもよい。世論などは一日で変わるものである。憲法や世論を持ち出したり、理屈を持ち出したりしては、ほとんどの伝統が存続できなくなる。伝統とは、定義からして、「時代や理屈を超越したもの」だからである。これを胆に銘じない限り、人類の宝石ともいうべき伝統は守れない。 天皇家の根幹は万世一系である。万世一系とは、神武天皇以来、男系天皇のみを擁立してきたということである。男系とは、父親→父親→父親とたどると必ず神武天皇にたどり着くということである。これまで八人十代の女性天皇がいたが、すべて適任の男系が成長するまでの中継ぎであって、その男系でない配偶者との子供が天皇になったことはただの一度もない。女系天皇となってしまうからである。 二十五代の武烈天皇は、適切な男系男子が周囲に見当たらず、何代も前に分かれ傍系となった男系男子を次の天皇とした。十親等も離れた者を世継ぎとするなどという綱渡りさえしながら、必死の思いで男系を守ってきたのである。涙ぐましい努力により万世一系が保たれたからこそ現在、天皇は世界唯一の皇帝として世界から一目置かれ、王様や大統領とは別格の存在となっているのである。 日本人は、平時はともかく、危機に立った場合は必ず天皇を中心にまとまり危機をのり切ってきた。二・二六事件を収拾したのは周章狼狽の政府でなく、天皇であった。終戦時、天皇の「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」があったから、徹底抗戦を準備していた内地三百七十万、外地三百五十万の軍隊は静かに銃を置いた。明治維新や終戦という大混乱期も、天皇がいたからこそイラクのようにならず国民一丸となって復興躍進に取り組んだ。万世一系の天皇とは、世界の奇跡であり、世界中が羨むわが国の秩序の核なのである。 これを傷つける権利は、首相の私的諮問機関に過ぎぬ有識者会議にはもちろん、国会にも首相にもない。天皇ご自身にさえない。国民にもないことをここではっきりさせておく。飛鳥奈良の時代から明治大正昭和に至る全国民の想いを、現在の国民が蹂躙することは許されないからである。平成の世が、二千年続いた万世一系を断絶するとしたら、我々は傲岸不遜の汚名を永遠に留めることになろう。 天皇家の万世一系はそんじょそこらの伝統とはわけが違う。確かに、万世一系の伝統は現在の世論からすれば間違いであり、女系・女性天皇は容認されるべきだと思う。しかし、「男女平等」という現在の世論だけで天皇家の伝統を壊すわけにはいかない(天皇家に憲法を適用するのは論外だと思っている)。 有識者会議は、世論などに流されずに慎重で適切な議論をしてほしい。有識者なんだから。
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