数学も意外とおもしろい

2017.8.29 鹿島槍ヶ岳から五竜岳まで行ってきた。

藤原正彦

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先日の朝日新聞「こえ」欄より。高校生からの投書です。

女子だったら期待外れなの
 紀子さまが6日、男の子を出産した。街角でも、テレビや新聞でもお祝いムードがあふれる中で、ある考えが頭に浮かんだ。もし女の子が生まれていたら、社会はどう迎えているのだろうか、ということだ。
 僕が最も妙に感じたのは、誕生の前日に杉浦法務大臣が「男児誕生を期待している」と述べたことだ(6日朝刊)。女の子の誕生は期待していなかった、ということなのか。この発言が紀子さまに余計なプレッシャーをかけてしまったのではないか。
 政治家だけではない。メディアはなぜあんなに大歓迎ぶりを示したのか、僕には疑問だ。
 男子が生まれれば、天皇に将来なるかもしれないとはいえ、法務大臣の発言は、男女差別であると思う。世の女性は、発言に腹が立たないのだろうか。
 皇室典範に問題があることを、1年前からテレビや新聞が伝えてきた。男女の平等が叫ばれている今日、日本の象徴である皇室がいまだに男子優先なのは、どう考えても納得がいかない。生まれた子が男子でよかった、と日本中が浮かれている間は、男女同権なんてお題目なのかな、と疑ってしまう。


もっともな意見で、私もそう思わないことはない(ちょっとトゲのある言い方)。確かに、男女平等という観点から言えば、男子優先はおかしい。

が、私は、上の考えよりはどちらかと言うと藤原正彦氏の考えに共感できる。以下、藤原正彦『この国のけじめ』から引用。

憲法と世論で伝統を論ずるなかれ
 昨年、伊勢神宮を初めて参拝した。午後の外宮を歩いていたら、白装束に黒木靴の神官が三人、恭しく食膳を持って通りかかった。尋ねると、「神様の食事で、嵐の日も戦争中も一回の休みもなく、朝夕二回、千四百年余り続けてきました」と言った。六世紀に外宮ができて以来という。こんな国に生まれてよかったと久々に思った。

 伝統を守ることの深い意義を信じる私にとって、「皇室典範を考える有識者会議」が女性女系天皇を容認、の報道は衝撃的だった。「世にも恐ろしいこと」と蒼ざめた。政治や経済の改革が気に入らないことは始終ある。しかし、政治経済は成功しようと失敗しようと、所詮、政治経済である。腹を立てても蒼ざめることなどありえない。今次の答申はまったく質が異なる。伝統中の伝統、皇統に手を入れるものであり、その存続を危殆に瀕させかねないものであり、国体を揺るがすものだったからである。
 気を鎮め、答申に目を通してみることにした。長たらしい答申を隅々まで熟読する、というのは初めてのことだった。そして、その空疎かつ凡庸な論理展開に愕然とした。
 二千年の皇統を論ずるうえでの原点が、なんと日本国憲法と世論だったのである。実際、答申では要所要所でこれら原点に戻り、結論へと論を進めている。この二つを原点とするなら、実はその時点で結論は一義的に定まってしまう。男女平等により長子優先である。議論は不要でさえある。
 長い伝統を論ずる場合、それがどんなものであろうが、先人に対する敬意と歴史に対する畏敬を胸に、虚心坦懐で臨むことが最低の要件である。この会議はその原則を逸脱し、移ろいやすい世論と、占領軍の作った憲法という、もっとも不適切な原点を採用したのである。「有識者」の恐るべき不見識であった。
 そもそも皇族は憲法の外にいる人である。だからこそ皇族には憲法で保障された選挙権も、居住や移動の自由や職業選択の自由もなく、納税の義務もないのである。男女同権だけを適用するのは無茶な話である。

 伝統を考える際に、憲法を原点とするなら、憲法改正のあるたびに考え直す必要が生ずる。憲法などというものは、歴史をひもとくまでもなく、単なる時代の思潮に過ぎない。流行といってもよい。世論などは一日で変わるものである。憲法や世論を持ち出したり、理屈を持ち出したりしては、ほとんどの伝統が存続できなくなる。伝統とは、定義からして、「時代や理屈を超越したもの」だからである。これを胆に銘じない限り、人類の宝石ともいうべき伝統は守れない。
 天皇家の根幹は万世一系である。万世一系とは、神武天皇以来、男系天皇のみを擁立してきたということである。男系とは、父親→父親→父親とたどると必ず神武天皇にたどり着くということである。これまで八人十代の女性天皇がいたが、すべて適任の男系が成長するまでの中継ぎであって、その男系でない配偶者との子供が天皇になったことはただの一度もない。女系天皇となってしまうからである。
 二十五代の武烈天皇は、適切な男系男子が周囲に見当たらず、何代も前に分かれ傍系となった男系男子を次の天皇とした。十親等も離れた者を世継ぎとするなどという綱渡りさえしながら、必死の思いで男系を守ってきたのである。涙ぐましい努力により万世一系が保たれたからこそ現在、天皇は世界唯一の皇帝として世界から一目置かれ、王様や大統領とは別格の存在となっているのである。

 日本人は、平時はともかく、危機に立った場合は必ず天皇を中心にまとまり危機をのり切ってきた。二・二六事件を収拾したのは周章狼狽の政府でなく、天皇であった。終戦時、天皇の「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」があったから、徹底抗戦を準備していた内地三百七十万、外地三百五十万の軍隊は静かに銃を置いた。明治維新や終戦という大混乱期も、天皇がいたからこそイラクのようにならず国民一丸となって復興躍進に取り組んだ。万世一系の天皇とは、世界の奇跡であり、世界中が羨むわが国の秩序の核なのである。
 これを傷つける権利は、首相の私的諮問機関に過ぎぬ有識者会議にはもちろん、国会にも首相にもない。天皇ご自身にさえない。国民にもないことをここではっきりさせておく。飛鳥奈良の時代から明治大正昭和に至る全国民の想いを、現在の国民が蹂躙することは許されないからである。平成の世が、二千年続いた万世一系を断絶するとしたら、我々は傲岸不遜の汚名を永遠に留めることになろう。


天皇家の万世一系はそんじょそこらの伝統とはわけが違う。確かに、万世一系の伝統は現在の世論からすれば間違いであり、女系・女性天皇は容認されるべきだと思う。しかし、「男女平等」という現在の世論だけで天皇家の伝統を壊すわけにはいかない(天皇家に憲法を適用するのは論外だと思っている)。

有識者会議は、世論などに流されずに慎重で適切な議論をしてほしい。有識者なんだから。
今夜は携帯からの更新になってしまうので、今日はこんな時間に更新します。最近、私の能力を超えた記事を書いているような気がするので、今日は少しほっとする記事を。

藤原正彦『この国のけじめ』の中に、作家・内館牧子について書かれた部分があります。

(前略)
 今回の解説を機に、数冊の著作に目を通した。審議会での直感は正しかった。さらにわかったことは、彼女が人間の言葉の裏を読む天才ということである。これは、他人の言葉をいつも額面通りにしか受け取れない私にとって、驚くべき技術である。
 たとえば結婚以来二十数年、私に会った女房の友達のほとんどが「優しそうな人ね」と後日女房に伝えた。私は「そうか、やっぱり隠しきれなかったんだ、ボク」などと喜んでいた。ところが、内館さんの『女は三角、男は四角』という数学的な題の本にはこう書いてある。「女たちには取っておきの言葉がある。この言葉は脚が短かろうが、頭が悪そうであろうが、ファッションセンスがハチャメチャであろうが、まったく問題ない。どんな男にもピタリとハマるほめ言葉があるのだ。『優しそうな人ね』これである」さらに追い打ちをかけてこう書く。「もしも、これを読んでいる男性読者が、妻か恋人から、『友達があなたのこと、優しそうな人ねって言ってたわ』と伝えられたら、それは『ほめようのない男』ということに等しい」ウルサーイッ。

そうか、そうだったんですか!「優しそうな人」・・・言われたこと、あるかなぁ。これをお読みの女性の皆様、今後、私には「優しそうな人」とは言わないようにお願いします。私は優しくありません。


旅に出ます。探さないでください。
暑い日が続きますね。せめてこのブログの中では涼しく過ごしたいので、アバターでは傘もささずに雨を降らせています(たぶんウソ)。こんな暑い日に、しかもせっかくの休みの日に、何を思ったか1時間半かけて大学まで行き、卓球をして来ました。わざわざ1時間半かけて疲れに行くとは・・・そんなに卓球が好きだったかな、私は。


さて、今日は2夜連続で藤原正彦『この国のけじめ』特集です。予定では3夜連続です・・・。

学ばせるべきは誇り高き日本の文化
 英語第二公用語論がやっと沈静したと思ったら、今度は手をかえて「小学校での英語必修化」が蠢(うごめ)き始めた。平成14年に、国際理解教育の一環として公立小学校に導入された英語は、いまや全国の大多数の小学校で教えられている。平成16年度には東京・荒川区で、英語を正式教科に格上げし、区内の全小学校で1年次より担任が教えることになるという。
 小学校での英語に関しては保護者の要望も強く、この動きは今後全国に広がりそうである。この高まりを受けてか、小学校での英語必修化に強い意欲を持つ文部科学大臣は、中央教育審議会に実施に向けた検討を要請した。
 小学校での英語教育を主張する人の大多数は、英語が不得意の人である。自分ができないのを何かのせいにする、というのは人情である。かつては、文法や読解に重点をおいた従来の英語教育法が悪い、と声高に叫ばれた。教科書や授業で会話英語が大幅に取り入れられた。そんな教育を受けてきた大学生の英語基礎力の低下は、関係者からよく指摘されることである。しからば他の理由ということで、「小学校から始めなかったのが悪い」となった。
 英語力ゼロに近いほとんどの小学校教諭が、生徒に一体なにを教えるのか。ブラックユーモアとしてなら世界中に受けること必定だが、教えられる子供たちは気の毒である。

 たいていの日本人が英語をなかなか会得できないのは、日本人にとって英語自体が極端に難しいからという理由につきる。何かが悪いからではない。日本にいて英語をマスターしている人はすべて、外国語適性の高い人が膨大な時間と労力をかけた結果である。
 英語は文法的にも文化背景からいっても、日本語からあまりにも遠い。アメリカ国務省は、外交官などのため外国語学習の難易度をランキングしているが、日本語はアラビア語とならび最難解とされている。この距離ゆえに、日本人にとって英語は根本的に難しいのである。そのうえフィリピン、シンガポール、インドなどと違い、日本で日常生活を送るうえで日本語以外の言語はまったく不必要である。どうしても習得しなければ、という動機も覚悟もわきにくい。
 これらは嘆くべきことではない。外国語が不必要というのは、他のアジア・アフリカ諸国と異なり、かつて欧米の植民地にならなかったという栄光の歴史を物語っている。英語から遠いという事実は、世界を席捲しつつあるアングロサクソン文化に対し、自然の防波堤を有するということである。母国語こそが文化の中核だからである。我が国に美しく花開いた稀有の文化、人類の宝石ともいうべきものを、荒波から守るための神の思し召しと感謝してよい。

 英語をマスターすれば国際人になれる、という驚くべき誤解が国民の間に根強いようだ。いうまでもなく国際社会では、一芸に秀でた人はともかく、一般には伝達手段の巧拙でなく伝達内容の質で人間は評価される。質の向上には自国の文化や歴史などの教養とそれに基づく見識が必要である。米英で4年余り教えたが、この意味での国際人は私の見るところ、両国でもたかだか数パーセントである。逆にぎこちない英語ながら、国際人として尊敬されている日本人を何人も知っている。
 伝達手段の英語をマスターし、かつ自らの内容を豊かにすることは、並みの日本人には不可能という辛い現実を、素直に国民に伝えねばならない。内容を豊かにするためには、読書を中心とした膨大な知的活動が必要であり、これが膨大な英語習得時間と、並みの人間にとって両立しないのである。うまく両立させられる日本人は、1000人に1人もいないと考えてよい。
 ある統計によると、仕事のうえで英語を必要としている人は18パーセントに過ぎない。基本的に英語は、中学校で全員が学んだ後、必要に迫られている人や、そんな仕事につきたい人が猛勉強して身につければよいものである。この場合でも教養や見識は英語より上にくる。海外駐在商社マンも日本の文化や歴史を知らないと、しかるべき人間とみなされず商談の進まないことがある。
 国をあげての英語フィーバーは、滑稽を通り越して醜態である。為政者は、国際化だ、ボーダーレス化だ、などと軽薄な時流に乗って国民を煽るより、真に誇るべき日本の文化や情緒を子供たちにしっかり学ばせ、祖国への自信と誇りを持たせることが肝要と思う。


私は、藤原正彦にかなり影響されており、以前にも似たような内容の記事を書いている(4/117/11参照)。上の文章は、海外の大学で英語で授業ができるほどの英語力を持ち合わせている藤原正彦の言葉だけに、説得力はある。

高校で教員をしていると、大学受験の指導をしなければならない。現在の受験システムにおいて、最重要科目は間違いなく英語である。どの分野に進もうとも、受験で英語からは逃げられない。「英語さえできれば大学に入れる」と言っても過言ではない。必然的に、高校での受験勉強は、英語に重点を置かざるをえない。果たして、英語はそんなに重要な科目なのだろうか。受験生に「とにかく英語を勉強しなさい」と言うたびに、なにか間違った指導をしている気がしてならない。

たしかに大学に入ると、英語が多少は必要かもしれない。英語で書かれた論文を読むこともあるだろう。しかし、たとえ理系であっても、英語よりは国語の方が重要であると思う。高校で数学を教えていても、文章の意味を理解できない生徒は多い。数学以前の問題である。どんな学問であれ、日本人である以上、日本語を正しく理解することができなければ進歩は期待できないように思う。どの分野に進もうとも、日本語は必ず必要であるので、入試では国語を必修にすべきではないだろうか。日本語の理解力に乏しい高校生はおそらく非常に多い。

まずは英語重視の大学入試を変える必要があると思う。
私はなぜ教員になったのだろう。数学の面白さを伝えたいから?・・・違う。私はそんな崇高な理想を持った教員ではない。そもそも、数学が好きではなかった頃から、教員になりたいと思っていたようだ。

理由はよくわからない。学校が好きだったから、ずっと学校にいられる職業だから、そんな単純な理由かもしれない。とにかく、他の職業は一切考えなかった。

高校時代の先生と今でも交流がある。卒業生が何年たっても寄ってくる。こんな先生にあこがれたのかもしれない。


卒業生と飲みに行くことは、教員の大きな楽しみの1つである。私はまだ自分の担任した生徒たちを卒業させていない。今は中学の担任をしているが、高校の授業を担当していたこともあり(今も少しは担当しているが)、そのうちの何人かは卒業しても私のところに来てくれたりする。担任でもない私のところに来るとはよほど暇なのだろう(笑)

今日は卒業生2人と焼肉を食べに行った。大学の数学科に行った子もいて、なんか線形代数とかε-δとか懐かしい用語も登場した。まぁ数学の話は私にはよくわからないが(!?)、とりあえずたまには元気な姿を見せてほしいですね☆ 私の給料はそのためにあるんですね(笑)また行きましょう。


最後に。大学生は勉強するのが仕事です。藤原正彦の『この国のけじめ』の中から、それに関連する部分を引用して終わります。アルバイトに精を出す暇があったら、勉強しなさい!・・・うぅ、私も耳が痛いです(笑)

「社会勉強」など必要ない
 世は「自立」である。学生も主婦も誰も彼もが経済的自立を口にする。それがそんなに恰好よいことなのか訝(いぶか)る私は、自分の学生たちに「親のすねはかじれるだけかじれ」と常々言う。親が貧しい場合は仕方ないが、余裕のある場合は、アルバイトなどせず勉学や読書に励めという意味である。
 ほとんどの学生はアルバイトをしている。その大半は親の負担軽減というより、遊興費を捻り出すためである。アルバイトで多大な時間をつぶし、遊びでまた多大な時間をつぶす。二重の無駄である。学生は「社会勉強になる」などと言うが、私は「社会勉強など金輪際必要ない。学校を出たら否応無く一生社会勉強だ」と答える。
 彼らの成績は概してよくない。働き過ぎなのか、授業中に眠っている学生はここ数年日常茶飯だが、ゼミ中に黒板で説明中の学生が眠り始めたときは、さすがの私も慌てた。毎日数時間、日によっては十時間近くも働いている学生だった。注意しても、本人にさして罪悪感がないから効き目はうすい。「額に汗してお金を得ることは貴いと思うのですが」などと言う。「脳に汗して学問教養を得るのが学生の本分だ」と私は答える。
 ただ、ほとんどの教官は、学生のアルバイトについて注意しない。本当に貧しい学生も少数いるからである。それをよいことに学生はほぼ無制限にアルバイトに精を出す。
 注意しないのは親も同様である。落第でもしない限り実用に役立たない学問や教養より、金のありがたみを知り社会勉強をするほうがよいくらいに考えている。
 かつて英国紳士は、親から継いだ不動産の賃貸などにより、なるべく働かずに必要最小限の金を手に入れ、余暇を学問や教養のために使うことを理想とした。紳士道にきわめてよく似た武士道も、金銭を低く教養を高くみた。
 この精神は旧制中学や旧制高校によく残っていたが、戦後、資本主義の徹底や社会のアメリカ化とともに次第にすたれ、代わって金銭至上主義がはびこり始めた。近年はこれに、やはりアメリカ発というべき反知性主義や反教養主義が加わり、一体となって猖獗(しょうけつ)をきわめている。外に出て行動することばかりが奨励され、じっと本を読みふけることなどは軽んじられる。だから今日の学生はアルバイトでためたお金があっても本代だけは惜しむ。本を読まないことを恥ずかしいとも思わない。よく読む者は変わり者の部類になった。
 教養がなくとも本を読まなくとも幸せな人生をまっとうすることはできよう。しかし真の自立には知的判断力や大局観が必要で、それには教養が不可欠である。一見何の役にも立ちそうにない、文学、歴史、科学、芸術などの教養である。学生ばかりか大人をも覆う反教養主義こそが、現代日本にたれこめる最大の暗雲と思われる。

藤原正彦

藤原正彦が好きです。『八甲田山死の彷徨』で有名な新田次郎の息子であり、お茶の水女子大学の数学教授。彼の執筆した数学者に関する本は、授業などでかなり参考にしています。最近だとベストセラーになった『国家の品格』ももちろん読みました。


今日、なんと藤原正彦の『祖国とは国語』のサイン入りの本を手に入れました!「だからなに?」と思うかもしれないが、私はかなり感激したのだ。これからじっくり読もうと思う。


これをくれたのは、私のクラスのS君のお母さんです。なんか知り合いみたい。この前の懇談会でいきなり聞かれました。

Sママ「seiyakuman先生、藤原正彦は好きですか?」
私「はい!」
Sママ「じゃあ今度、藤原正彦のサイン入りの本を差し上げますよ!」
私「え〜ホントですかぁ?ありがとうございます」

ホントにくれました。教員をやっててよかったです☆

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