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7月11日の投票日まで、後一週間と迫ってきました。全国各地で熱い戦いが展開されています。今回の選挙は、投票する側(有権者)にとっては、一体どういう意味があるのか考えてみたいと思います。
選挙自体の大きな争点は、政権与党である民主党が、単独過半数を確保できるかどうかであります。同時に過半数を確保できなかった場合、どの政党と連立を組むのかが争点になってきます。
では有権者にとっての視点は、どこに置けばいいのでしょうか。各党がそれぞれ立派なマニフェストを提示しています。当然マニフェストが大きな判断材料と成る訳ですが、先の民主党のマニフェストが、約束と実行に大きな差があったことも事実であります。
有権者にとって大事なことは、これらのことを鑑みながら、判断しなければならないということであります。票を獲得するためには、どの政党も耳障りのいい言葉を並べがちになることは避けられません。又、国民もそれを期待しているのも、事実だと思います。
特に最近の経済の落ち込みから来る、地域間格差、職業別格差、所得格差によって、国家の将来像の議論より、直近の個々の生活を、どの政党がより保障してくれるのか、情けないが全体主義よりも個人主義が優先されて来ています。
当然、個人が成り立って始めて国家があるわけですから、個人をないがしろにはできません。あえて理想を言えば、個人のことを考えながら、併せ持って国家のことも平行して考えるだけの余裕は欲しいと思います。
そこで、国政に国民は何を優先させて欲しいかであります。国家財政の健全化なのか、安全保障なのか、経済成長なのか、社会保障の充実なのか、或いは環境問題なのか。限られた予算の中で、取捨選択は避けて通れません。
いずれも大事であることは疑いの余地もありませんが、先ず考えなければならないことは、この国が持続可能な社会であり続けることが最も重要であると思います。そう考えた時に、国家財政は本当に大丈夫ですか? 環境問題は、本当に大丈夫ですか?
今の時代だけよければいいはずはありません。刹那的に考たり、生きていくのではなく、将来の子・孫・曾孫・・の時代にも、我々は責任を負わなければなりません。だとすれば今のやり方には必然的に無理があると思います。
地球規模での競争社会は、環境を破壊し、資源を食いつくし、人間性を無機質化し、とどのつまりは破滅に向かいきます。心配しなくても科学と技術がこれらのことは解決するというのは幻想でしかありません。
結論として、私たちが選択すべき政治とは、自然と共生しながら、バランスを保ちながら成長するしかないと言うことです。お金が足りなければ、消費税を上げてまで豊かさを追求して、果たしてこんな社会がいつまで続くのでしょうか。
質素倹約という日本の誇るべき理念を、戦後アメリカに追従したがために、いつの間にか消費・贅沢は美徳に変わりました。更に中国・インドがこれに続こうとしています。持続可能な社会のために、今何をしなければならないのか。これが選挙で問われるべきであると思います。
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