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最近、毎日のように鹿児島県阿久根市がニュースになっている。発端は、市長と議会の対立にある。市長の思うようにならない議会を無視して議会を召集せず、市長の専権事項である専決処分で事を処理してきた。
専決処分が認められる場合は、緊急に事を解決しなければならないが、議会を召集する時間的余裕のない場合の特例であって、今回これが該当するかどうかは問題がある。
これには違法性の余地もあり、鹿児島県知事も2度に亘って是正勧告を促してきたが応じる気配はなかった。終には総務大臣の談話まで飛び出す始末である。しかし、ここに来て業を煮やした市民が、市長に対するリコール運動を開始した。
市長は毅然として受けて立つ覚悟であるようだが、ここ2,3日で対応に柔軟性が出てきた。先ず副市長の進言もあって、議会を25日に召集することや、県知事に対して副市長がすでに陳謝し、追っかけ市長も陳謝するようである。
議会と市長の対立は根が深く、市長自らのブログで、市議会議員の議員資質について、個人的見解を掲載したことから始まる。意図が何処にあったかは別にして、全国的に興味本位で注目を集めたことは事実である。
また、財政改革として、職員の夏の期末手当を3割削減、市長・議員の賞与を5割削減、副市長の給与4割削減を専決処分で処理したり、職員給与の給与明細書を庁舎内に掲示して、これに腹を立てて掲示物をはがした職員を懲戒免職にしたり(現在職務復帰している)と、やりたい放題である。
愛媛県の元巡査部長であった仙波氏が、議会の同意を得ずに副市長に就任したのは、過去に例のない話である。言うまでもなく、副市長の選任は議会の同意案件である。
一方、阿久根市は、基幹産業である漁業が不振で、ピーク時の3割近くまで落ち込んでいる。人口も過疎化が進み、現在24,000人である。住民からすれば、市全体の経済が疲弊している時なので、議員・職員も痛み分けをしても良いのではないかという意見も根強よくあるのも事実である。
今後、リコールに必要な署名(有権者の3分の1以上)集まって、住民投票が行われ、過半数以上の賛成があれば市長は失職する。勿論、出直し選挙に立候補することは出来る。
何故このような事態になったのか。手法的には誰が見ても民主主義に反している。しかし、意外と問題は奥が深そうである。今の地方自治法では、市長と議会が完全に平行線に陥った場合の解決手段がないそうで、地方自治法の改正にまで事は発展しそうである。
特に今の自治法では、議会の召集権は市長にあって、議会に権限がない。以前から言われていたことではあるが、議会の招集権を議長にも付与するよう、改正を求める動きが出始めている。
また、今の自治法では、首長の権限は絶大であり、議会は名目上の存在でしかない。市長が暴走すれば、事実上なかなか容易には止められないのも事実である。法は、こういった事態は想定されないとしたいのであろうが、事実起こってしまった。
名古屋市議会においても、市長が議員報酬・議員定数5割削減を条例化して上程されている。議会としては到底受け入れがたい。議会を市長に好きなようにされたのでは、確かに議会制民主主義の根幹が揺らぐことになる。
これは数日前の新聞記事であるが、年金・健康保険福祉施設整理機構の発表によれば、公的年金の保険料などをつぎ込んで整備した、全国301の福祉施設を国が売却したところ、1兆1300億円で建設した施設が、回収できた金額は約2割の2221億円であったことが判明した。
過去に於いても、年金保養施設「グリーンピア」(全国13か所)が大きな社会問題となったことがあった。方や2009年度の国民年金保険料の納付率は59.98%と過去最低を更新。また、国民年金の免除者を含めると、実質納付率は43.4%になるということである。これでは制度維持は出来ない。
これだけ次から次へと杜撰な話が出てくると、納税者として怒りたくもなる。一番いけないのは、これだけの損失を国民に与えながら、年金が将来もらえるかもらえないかはらはらしている時に、誰も責任を取らないというのも無責任すぎて開いた口がふさがらない。
世の中、バブル時代のようにうまく行っている時は、多少問題があっても誰も文句は言わない。しかし、昨今のように景気が悪く、先々の見通しが立たなくなると、嫌味の一つも言いたくなるのが、人の性である。
かといって、これを逆手にとって大衆を扇動してもらっても困った話である。確かに阿久根市長の言わんとすることは分からないでもないが、ルールを無視して市民の理解を得るのであれば、その先、何が起こるか分からない。これを仮に一国の総理がしたとしたら、ヒットラーの再来になるかもしれない。
今の民主主義がベストな制度であるとは思わないが、これに変わる制度が見つからない限り、今の制度の中で考えるしかない。民主主義とは兎に角時間とお金のかかる制度である。確かにイライラすることもある。しかしもっと違ったやり方もあったのではないかと思う。
ここで改めて思うことは、市民と行政、市民と議会の信頼の再構築が急務である。18日と19日に議会基本条例について研修に行ってきました。研修した議会が真剣に取り組んでいることは、市民に必要とされる議会、市民に信頼される議会を目指して、議会改革を積極的に進めている姿でした。
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