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竹富島重伝建の町並みを牛車が行く
平成23年8月23日(月)、与那国町から石垣市へ帰ってから、竹富島の重伝建の町並みを見に行きました。石垣の町を見てみたいという意見があるもので当初から予定に入れていたのですが、実はあまり行きたくなかったのです。
というのも、30年前くらいに2度程数日間来たことがあるのですが、とにかく何もなくて、家には冷房はおろかサッシも付いていないという造りで、道路は上の写真のような状況で、来なくてもだいたいイメージできていました。海に入らなければ意味がない、という思いでした。
しかし、是非とも行かなければならないという意見も尊重しなければならず、これは仕方ないと覚悟を決めていったわけです。
行ってみてびっくり、島には自動車が走っていて2車線の舗装された環状道路があるではないですか。カルチャーショックです。しかも、家にはサッシがほとんど入っている!なおかつ、下水道が完備され水洗になっている!!時間が経つというのは恐ろしいものです。
ということは、この前に来たときの方が重伝建らしかった訳か。
島はとても小さいので、1周するのにそうも時間はかかりません。まず、海に出てみて重伝建の町並みを見ると、他にはありません。すぐに、暑さに参ってしまい、帰ろうという声が出始めます。ガイドさんはなんとか説明を続けようとしますが、体力が限界のようでした。
私の個人的な意見では、海に入りにこの島にみんな来るのに、Yシャツ来て来るところではありません。
というわけで、午後6時半の船に乗る予定が、はるか早い時間に撤退することになりました。
ただ、重伝建の選定を十分生かして観光に取り組んでいて、島を訪れる人は何倍にもなっていました。また、船も以前は石垣離島桟橋から高速艇で20分かかっていたのに今は10分。33ノット、65kmで海上を飛ぶように走りました。
空から見た竹富島。町並みは中心部に存在する。環状道路もあった。向こう側は石垣島
重伝建の町並み
体力限界の皆さん。Tシャツでないと、強い日差しと暑さで耐えれない
珊瑚が積まれた石垣
屋根は寄せ棟の粘土瓦で統一されている
屋根には守り神のシーサーが飾られている
昔はこのような通りだった
昔は開け放された窓だったが、今ではサッシが入っている
石垣港と離島桟橋。手前に新しい埋め立て地ができていた。古い石垣空港とその向こうに新空港。再来年オープンらしい
離島桟橋 |
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与那国町議会議場
8月22日(月)午前9時から与那国町議会へ行きました。
議員は6名で、議長任期は4年間ということで、我々の常識とはちょっと違った運営、スマート化議会という印象でした。
人口が1600名の町なので、そんな運営の仕方もあることを知りました。本来の研修テーマ以外に聞きたいことや関心があり、刺激となりました。
本来の研修目的は、与那国自立ビジョンと国際交流特区についてだったのですが、それは事前にネットなどで情報収集して予習をしていた以上の進展はないようで、むしろ過疎地での自立の難しさや既存の法律の適用など難しい面が多々あることを学びました。
また、与那国町も市町村合併をするか自立するかをかなり悩んだそうで、自立の道を歩むということで苦労をされているようでした。
やはり、町の主産業は第一次産業で、米やさとうきび作りがさかんですが、漁業は消費地までの距離もあることから意外と少ない生産でした。特筆すべきことは、特産品として長命草の栽培に取り組まれていて、それが資生堂への納入への道が開けまちおこしに貢献しているとのことでした。
長命草のことは3年前に情熱大陸でもとりあげられたそうで、今後ますます発展する産業となりそうです。このような地域の特性を十分に活用した輝くものが、過疎地域の自立を支えていく可能性を秘めているし、西予市でも2番煎じではなくオンリーワンを目指す必要を感じました。
与那国町役場。大変古く手狭だった。職員は約70名
自立ビジョンについての研修をうける
長命草の加工工場視察
今後の見通しや苦労話を杉本和信さんに聞く。機内誌などにも杉本さんの話が載っていた
長命草畑
長命草の苗栽培
島の自然について学べるアヤミハビル館。特に、ヨナグニサンについての解説が詳しい
泡盛工場見学。マニュファクチュアで泡盛は造られていた
東崎展望台の朝。水平線から朝日が昇る。午前6時半頃が日の出
朝東崎で草をはむ馬たち
与那国空港にはB737がやって来る |
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東崎展望台にて
平成23年8月21日(日)、沖縄研修へ出発しました。
清風会としての今期最後の研修ということで、いろいろな研修候補地について議論しましたが、最大公約数で地域の自立をテーマに沖縄全体を研修することに決定しました。
21日は朝6時半に出発して、飛行機を福岡で乗り継ぎ那覇を経由して与那国町へ午後4時過ぎに辿り着きました。
本当は、朝8時の広島発の便で行けば午後から与那国で半日を使えたので、そちらを希望していたのですが、残念ながらチケットがとれず、福岡経由となったわけです。
福岡経由になると、飛行機代が3万円以上アップするし、それぞれの空港での待ち時間が長く、とても無駄でいやだったのですが、結果的には適度の休息となり、お年寄りには良かったかもしれません。
また、今回は3泊4日の行程となったため費用がかなり高く付いて計画に苦労しました。同じ日程で関西から観光に来ている二人連れに聞くと、彼らの旅行代金は我々の半分でびっくりしました。
積立もしていなかったので、これから来年の4月まで月々2万円のペースで借り入れた研修費用を返済していかなければならないという、大変清風会会員に経済的負担をかける研修でもありました。
いろいろと高いハードルを乗り越え実現した今回の全員参加の研修でもありました。
21日(日)は与那国町まで行くだけの予定でしたが、与那国町議会から崎原副議長・大宜見事務局長・慶田元書記が町内を案内していただくというので、ご厚意に甘えて島内1周をし、与那国の歴史などについて話を聞きました。
お休みの日にわざわざ申し訳なかったのですが、与那国町には視察も多いらしく、観光客と違って時間的に厳しいスケジュールであるので、そうすることを薦めていただき恐縮し感謝している次第です。
与那国行きの飛行機より小浜島を見る。左の雲の下は竹富島、右は西表島。小浜島と西表島の間の水道はジンベ鮫やマンタの通り道となっておりダイビングスポット。20年前に4ダイブしたことを今でも鮮明に覚えている。中央上部の2つの島は新城島。右上は波照間。
与那国まで乗ってきた飛行機
ティンダハナタで崎原副議長から与那国町の説明を受ける。ティンダハナタは珊瑚礁が隆起してできた台地状の岩場で横に割れ目がある。そこが展望台となっている。
ナンタ浜からティンダハナタを見る。山頂下に、長い横の割れ目が見えるが、そこにいたのが上の写真。
島の東部にある立神岩。選挙当選の祈願に仲井間知事も来たところ。
映画「Dr.コトー診療所」のロケのために作った建物。しかし、その映画はみんな知らなかった
日本最西端の地。2日前には台湾が見えたそうだ |
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西予市議会第10回議会改革特別委員会が平成23年8月17日(水)午前10時から開かれ、議論の結果来年度の市議会議員選挙から、現在の定数24名を21名に3名削減することを決めました。
現状維持、または、15名まで削減するなど意見は様々でしたが、集約した結果21名ということになった次第です。今後、この結果が議会にはかられ、9月議会で議決されれば正式に西予市議会として決定することになります。
また、議員報酬については、削減する、あるいは、議員定数を3名削減したことを踏まえて報酬審議会に諮るなどの意見が出され、委員会でいくらにするという結論ではありませんでした。
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民主党代表選が、8月26日か9月上旬に行われることがほぼ決まった。自民党の阿部、福田、麻生、民主党の鳩山、菅総理と1年のたらいまわし総理が5年も続いた。
世界から見れば、日本は何をやっているのか。特に東日本大震災という、100年に一度の大災害のさなかでの交代劇は、理解に苦しむといわれても仕方がない。
歴代の総理がこれだけ短命に終わるのは、当事者の資質の問題もさることながら、マスコミの好き嫌いによって総理が選ばれたり、首を切られたりしているような気がしないでもない。
小沢一朗前幹事長などはその典型である。小沢氏自身の政治資金に伴う『政治と金』の問題は確かに問題があるにしても、余りにも執拗な報道はいかにも意図的としか思えない。
マスコミによるペンの暴力、今では報道の暴力は考えなければならない。特にここ最近やたらと多いのが、支持率という名のこき下ろしである。質問の仕方によれば、どうにでも?上げ下げできる。これに総理大臣、国民が一喜一憂するのもおかしな話である。
昨夜のBSフジに、次期代表選に出馬を予定されている馬渕澄夫前国土交通大臣が出演されていた。2時間に及んで、フジテレビ解説委員から質問攻めにあわれていたが、何の矛盾もなく持論を展開されているのを聞いて、私は非常に納得いたしました。
今回の民主党代表選の主な争点は、(1)与野党大連立か否か、(2)復旧復興に対し増税か否か、(3)民主党マニフェストの是非、(4)原発維持か脱原発か等である。
馬渕氏はしっかりとした自分の理論を持たれている。特に面白いと感じたことは、今回の出馬にあったって、自らのグループ(派閥)を持たない一匹狼であること、当選回数がまだ3期であること、前身が民間企業からの転身であること。
馬渕氏いわく、与党が変わらなければ国会は換わらない。与党が変われば野党は変わらずを得なくなる。従来の手法から脱却することが、出馬の意義・目的であるであると述べられていた。
永田町という海千、山千の中で、果たしてグループを持たない馬渕氏が何処まで頑張れるのか全くの未知数であるが、言われていることは真ともだと思う。頑張れ馬渕!!!
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