政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

靖国参拝問題

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靖国A級戦犯合祀問題は昭和天皇並びに其々のA級戦犯を深く理解してこそ初めて語れる大切な問題
2006年7月25日

 今回の昭和天皇のお言葉を故富田元宮内庁長官が書き残したというメモが見つかった問題をキッカケに、小泉首相の靖国参拝反対という世論が60%を越えたという。非常に悲しむべき結果である。この時期に、一部の政治家や財界人の私利私欲や思惑のために、あのようなメモを世間に公表し、世論を扇動することを画策した人間達の罪は非常に重い。

 靖国におけるA級戦犯合祀の問題は、隣国からとやかく言われどうこうする問題ではない。また、このようなメモがスクープされたということだけで、靖国参拝反対の世論が扇動されてしまうというような軽い問題でもない。本来、当時の昭和天皇のおかれていた立場、それぞれのA級戦犯のおかれていた立場と責任、また、当時の日本の状況、世界情勢、アメリカの思惑など、全てのことをよく検証し、研究し、理解し、東京裁判自体をも公平なる見地で検証し直して、初めて論じることができる問題である。近代日本史において、この問題は、最も重要で大切な問題である。それが、こんなにも軽はずみに報道され、日本国民に偏向した情報のみを流す昨今のマスコミをはじめ、政治の風潮には、非常に大きな懸念を覚える。

 今、どれだけの日本人が、当時の日本の状況を正しく理解し、靖国参拝反対だの、皇族廃止だの、A級戦犯合祀反対だのと大きな声を上げているのであろうか? 近隣諸国の思惑で吹聴されている一方的な情報だけを基にし、まるで全てを知ったかのようなことを言っている日本人が非常に多いように思う。

 当時、日本は帝国憲法下にあった。帝国憲法は、立憲君主制を旨としていた。どういうことかというと、君臨すれども統治せずということである。先の大戦開戦にあたって、昭和天皇一人が、専制君主なみの強い意志を発揮できたわけではない。裏を返せば、戦争を回避するために昭和天皇が強い意志を発揮することも、非常に困難な状況であったのだ。これは、昭和天皇擁護論ということで言っているのではなく、それが当時の日本政治の在り様であったということを偏向することなく言っているのだ。

 戦後の平和憲法で、昭和天皇は象徴天皇となった。しかし、実際のところ、戦前戦中も、実はそれに近い立場であった。勿論、名目上は大日本帝国憲法第11条によって、天皇陛下は日本国軍隊の頂点とされていた。だが、実際には、昭和天皇の立場は象徴的であり、強固な軍人にも、強固な平和主義者にも成り得ない立場であった。が、故に、「四方の海、みな同朋と思う世に、など波風の立ちさわぐらん」という句に、自分の力が及ばぬ虚しさと開戦への失望感を込め、昭和天皇は詠ったのだ。そのことは、戦後、マッカーサー元帥と昭和天皇の通訳をした寺崎英成氏らによる昭和天皇への聞き取りによって編纂された「昭和天皇独白録」にも、明確に記されている。一部を抜粋する。

「私が、もし開戦の決定に対して『Veto(拒否権)』をしたとしよう。国内は必ず大内乱となり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証できない、それは良いとしても結局狂暴な戦争が展開され、今次の戦争に数倍する悲惨事が行われ、果ては終戦も出来かねる始末となり、日本は亡びることになったであろうと思う」

 昭和天皇は、軍部の主導により、国民の中に、既に止めることのできない攻撃的な雰囲気が蔓延しだしてしまっていることを感じ取っていた。そのことにより、絶望感を抱いていたことを滲ませていたことを物語る一文である。

 立憲君主制は、権威(天皇陛下)と権力(軍部・政治)の二重構造であった。だが、権力は、往々にして、権威を利用することができた。「統帥権の独立」は、その典型的な例であった。統帥権とは、天皇陛下が軍を統帥する権限のことである。内閣や議会の助言や関与なしに、軍部の助言のみで、天皇陛下が判断を下せるシステムが「統帥権の独立」である。つまり、軍が恣意的に天皇陛下を囲い込むことができる考え方だ。言ってしまえば、この「統帥権の独立」が諸悪の根源であったのだ。集団の力というのは、どんなに強い個の力よりも勝ってしまう瞬間があり、その瞬間を越えた時、集団は暴挙へと邁進する。そのことは、幾度となく歴史で繰り返されてきた悲劇の原因の一つでもある。日本も、例外ではなかった。

 ここでよく検証し、理解しなければならないのは、それではそのような集団の力を扇動したのは誰達で、誰達の思惑や私利私欲で全てが動き出してしまったのかということだ。一般的には、当時内閣総理大臣であり、陸軍大臣や内務大臣も兼務し、参謀総長をも務めていた、軍部の最高権力者であった東条英機が、先の戦争の張本人であり、全ての責任は東條英機にあったとされている。その東条英機が、靖国に合祀されているから、靖国参拝反対とする隣国や日本人も多い。しかし、本当に、東條英機が先の戦争を始めたのであろうか? ここのところには、非常に大きな疑問が残る。このことは、東京裁判と合わせ、新たに一から検証しなおさなければならぬ重要かつ大切な問題であると思う。何故ならば、事実は一つだが、真実は当事者の数だけ存在するからだ。真実とは、それぞれの当事者の思惑が事実に影響して成されるからだ。

 東條を知る多くの人の証言として、東條英機という人間は、世間一般が抱いている印象とは正反対で、軍人といっても事務方エリート官僚というイメージが非常に強かったということだ。破壊的ではなく、和を重んじ、争いごとを好まなかったという。そして、誰もが口を揃えて東條について語ることがある。それは、東條英機という人間は、無宗教で、あまり感情も表さない冷めた人間であったが、一つだけ熱き思いを抱いていた。それは、昭和天皇へ対しての情愛であった。これは、十人が十人語る東條英機の印象である。東條英機は、心底昭和天皇のことが好きで、大切に思っていた。故に、東條英機だけは、絶対に昭和天皇が望まないことを推し進めるようなことは望まなかった、と多くの人々が証言している。

 その証拠に、一般的には、東條が先の戦争を始めたと言われているが、昭和天皇の開戦を望まないという意思を知り、必死に開戦を避けるべく対米和平交渉を推し進めようとしていたというのだ。しかし、残念ながら、堅物で物静かなエリート官僚的な軍人東條英機にとって、海千山千のアメリカ人を相手に外交手腕を発揮することは難しかった。そのことが、後に外務省や軍部を暴走させる、一つのキッカケにもなったとさえ言われている。皮肉なことに、何だか今の日本を見ているような気がしないでもない。

 ただ、ここで、一つだけ理解しなければならないことは、当時、アメリカは、どうしても日本を戦争へと追い込みたかったということだ。それが、アメリカの政治的思惑であった。よって、東條に代わって誰が、アメリカと和平交渉をしたとしても、結果は同じであったことは間違いない。1941年8月、アメリカは日本への経済制裁の最終段階として、石油輸出を全面禁止した。これは、アメリカの戦争史を振り返れば一目瞭然だが、アメリカが戦争を利用する際の常套手段である。このような当時の世界情勢や背景、そして、今まで直隠しにされてきた当時のアメリカの思惑を考慮し、極東国際軍事裁判(東京裁判)に関しても、今こそ改めて表裏を通して検証し直すことが、歴史を正しく残していくということであり、我々現代日本人に課せられた役目ではないか。当時は、アメリカはじめとする連合軍側の思惑で裁判が行われ、判決が下され、歴史として残された。しかし、どんな歴史にも表裏があり、そのような表裏の事情を正確に見極めて、本当の歴史を残すということを、後世の人間がしなければ歴史は歪曲され、偏向された事実に反する形でしか残らない。

 最後に、東條英機の人柄を表すエピソードとして、「戦陣訓」のことを少し語ってこの文章を締め括ることにする。東條英機が、陸軍大臣として1941年に発した「戦陣訓」には、当時の日本の軍の状況や日本人の精神性の一端が顕著に表れている。改めて「戦陣訓」として、天皇陛下の軍隊であることの誇りと、日本伝統の武士道精神を重ね合わせ行動規範とした。その背景には、日本軍兵士の問題行動があったと言われている。中国戦線において、民間人の殺害や略奪やレイプなどが頻発し、日本軍人による暴挙が目に余る状況になっていたことに、東條は心を痛めていたという。その為、東條は、軍隊内での規律を正そうと「戦陣訓」を発したと言われている。

 ただ、皮肉なことに、東條がこの「戦陣訓」を発したが故に、多くの日本兵達を死に追いやってしまったという事実もある。何故ならば、「戦陣訓」では、捕虜になることを恥だとも解いていたからだ。しかし、道徳心が著しく欠如する昨今、軍国主義を回帰するのではなく、「教育勅語」や「戦陣訓」の回帰により、道徳心や大和魂、そして、日本人としての美意識を回帰することは、現代日本人にとって必要なことではないか。

 追記として、東京裁判で、東條英機の発言が二転三転したのも、東條が昭和天皇の戦争責任を何とか回避させたいという強い思いから、自らの誇りを捨ててのことであったということを記しておく。

【戦陣訓其の二・第八】
 恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思い、愈々奮励してその期待に答うべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すことなかれ。
【戦陣訓其の三第一の6,7】
 敵産、適資の保護に留意するを要す。挑発、押収、物資の燼滅等は規定に従い、必ず指揮官の命に依るべし。皇軍の本義に鑑み、仁恕の心能く無辜の住民を愛護すべし。

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僅か60年の間にも終戦、東京裁判、連合軍による統治、サンフランシスコ条約そして独立という深い、歴史がありました。たった一片のメモ(富田メモ)を検証するでもなく、右往左往する現代が情けない。日本人は、知性もない、金だけ持っている「バカ」になったのでしょうか。

2006/7/25(火) 午後 6:52 [ wat*rs*o*e8820*0 ]

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金持ちになることを目指して遮二無二働いてきた団塊の世代が、経済大国となって夢だったバナナが安価で食べれるようになり、目標を失って彷徨っているように、日本全体が拝金主義に翻弄され、正気を失っているようにしか思えませんね。嘆かわしいやら、心配やら。本当に、日本はどうなってしまうのでしょうか?子供達の時代が心配です。

2006/7/25(火) 午後 7:12 [ sei**ikai_*lub*0*6 ]


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