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靖国問題の解決策は唯一:静かに手を合わせること (2) 靖国の問題は国のために命を落とした先人達の問題 騒ぎ立て問題化しているのは道徳心の欠片もない隣国と反対勢力 2006年8月15日 韓国は、小泉首相の靖国参拝を受け、小泉はもう過去の人であり、次期首相が靖国参拝するか否かで今後の韓日関係の行方は決まる、というようなコメントを発表した。この外交感覚、国際感覚こそがおかしい。にもかかわらず、日本のマスコミは、そのような韓国や中国の反応ばかりを、非常に大きく取り上げ、あたかも小泉首相がこの5年間で国際社会での日本の立場を失墜させたかのごとく報道している。それどころか、中国の日本大使館前に抗議デモを断行した中国の活動家のインタビューまでをも報道した。たった30人で行われたデモを、まるで中国人全てが反日感情を抱き、それが大きな動きになるかのごとく報道していた。非常に大きな違和感を覚える。まるで、戦前、戦中の統制された報道機関のようだ。一つ違うところは、戦前、戦中は軍部に報道各社は統制されていたが、今のマスコミは財界に統制されているように見えるのは、私だけではないはずだ。 本来、靖国問題のような事柄に於いては、マスコミの果たす役目が大きいはずである。マスコミが、偏向しない報道姿勢でこの問題を報道し続けてくれば、思惑で理不尽な主張を繰り返す隣国に付け入られることもなかったはずだ。純粋に靖国問題や極東軍事裁判の問題や戦犯の問題なども、他国からとやかく言われることもなく自国内で総括することができたであろう。しかし、そうできなかった責任の一旦は、マスコミにあると言っても過言ではない。正しく、偏ることなく歴史的事実を検証し、当事者の数だけある真実の解れた糸を丹念に手繰り寄せ紡いでこそ、昭和史の本質を後世に残すことができたはずだ。ワイドショー的に数字を追うばかりではなく、損得を度外視して一石を投じるような気概ある報道姿勢が損なわれてきたからこそ、政治や財界の思い通りの戦後61年が過ぎ去ってしまったのではないか。嘗ては、気骨ある政治家も、筋金入りの財界人も、勇気あるジャーナリストも日本には存在した。しかし、昨今、そのような大きな器の人々を見かけなくなってしまった。悲しむべきことである。 目の前の我欲に溺れ、国を憂うなどということをしなくなってしまった日本人。今だからこそ、国のために尊い命を落とした先人達に手を合わせるべきなのではないか。「先憂後楽」私の好きな言葉である。しかし、今の日本は、「先楽後楽」煩悩に溺れる国にしか見えない。日本の将来を憂うのは、私だけではないはずだ。
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