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台湾も中国も日本の領土と認めていた 第二話
2010年9月17日
もともと、台湾も、中国も、尖閣諸島に興味はなかった。いや、興味がないというよりも、尖閣諸島を日本の領土として認めていた。1965年(昭和40年)10月に、中華民国国防研究所が発行した「中華民国地図集」や、中国地学研究所が出版した「世界地図集、第一冊、東亜地図」等にも、尖閣諸島は日本領土として記載されており、台湾や中国の領土とはなっていない。1970年(昭和45年)1月に発行された中国政府の「国民中学地理教科書」には、「尖閣諸島」と日本語で記載し、琉球列島の先島諸島、すなわち宮古、八重山群島の中に含めている。台湾も中国も、尖閣諸島は日本の領土である、と認めていた証拠だ。結局、彼らには、何もない無人島である尖閣諸島に、興味がなかったということだ。
※この記事は、私自身の執筆により、2005年3月号「月刊政財界」に掲載されたものを、一部新たに加筆修正したものである。
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