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求刑下回る判決、遺族「納得できない」 亀岡の暴走事件
2013年2月20日
この判決をニュースで知った時、色々な思いが押し寄せた。確かに、被害者遺族の訴えが過剰に報道されていた気はしていた。だが、こういう結果がでてみると、被害者遺族の過剰な訴えは間違いでなかった気がしてくる。
まず、そもそも、加害者が無免許運転であったことをなおざりにして為された判決に、大いなる疑問を感じざるを得ない。運転免許制度自体を否定する判決ではないか。無免許でも、運転能力があったとは、何をもって裁判官は判断したのか。例えそうだとしても、運転免許をとらずに運転していたことは、運転者として不適格であることは明らかだ。どうやっても理解できない判決だ。
同時に、加害者が反省していると裁判官は言っているが、何をもって加害者が反省していると判断するのか。判決が出ている前から、本当に心の底から反省するということを、第三者である他人が、裁判官も含め理解できるはずがない。刑期を軽くするために、反省しているとは考えられたないのか。これも大きな疑問を感じる。
本来であれば、求刑通りの判決を求刑し、その上で、加害者の受刑態度を情状酌量して、その後に、恩赦減刑しても遅くない。それでいて初めて、本当に反省しているか否か見極めることができるはずであり、それで遅くはない。
これだけの罪なき人々を死なせてしまったのだ。これぐらいのバツを受けても当然な気がする。無免許で、遊び回っていて、疲れたから居眠り運転をして、通学中の親子たちを複数死に至らしめたということは、例え免許があったとしても、許されるべきことではない。例え、加害者が未成年者だとしても、しかも複数の同乗者があっとのだから、同乗した彼らの罪も思い。
彼らにとっては、この事件を起こして、気づきを得ることができ改心するかもしれない。腑に落ちて更生するかもしれない。だが、被害者たちがそのために命を奪われる道理は何もない。そのことを裁判官は理解し、判決を出すべきであった。
現在の司法制度の問題を露呈した判決であるように私は強く思った。この上は、立法府である国会で、この事件をキッカケに法改正を為すべきであると強く訴えたい。この後は、政治家ので場である。是非とも、この判決を無駄にし、被害者たちの魂が浮かばれるよう強く願う。
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国会
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