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ブッシュ・パパが隠密裏に来日 2006年12月16日 13日午後北京で胡錦濤主席と会談をしたブッシュ・パパことジョージ・H・W・ブッシュ元アメリカ大統領が、その後隠密裏に来日している。今回の来日は、表向きは訪中の帰路に立ち寄った形になっているようである。だが、もっと他の意味があるのかもしれない。 胡錦濤主席との会談では、「米中関係は歴史上最良の時期にある。両国が多くの分野で良好な協力を実施していることを嬉しく思う」という非常に友好的なコメントを残した。この短いコメントからも察せられるように、米中関係は現状非常に緊密に働いている。中国にとって、二年後のオリンピックを成功させるためにも、アメリカの協力は必要不可欠である。また、アメリカにとっても、緊張感が高まる世界情勢に於いて、中国が果たす役割は、等閑にできぬほど大きくなってきている。イランの問題にしても、中東での石油の採掘権、アフリカでの急速な中国の援助などを通じての介入、また、北朝鮮問題に於いても、アメリカは中国の力を必要としている。ある意味、両国の利害が、歴史上類を見ないほど合致している。水面下では、それぞれの国益に基づいた、二国間の協力体制が、短期的ではあるが、構築されつつあることは間違いない。その流れの一つとして、北朝鮮の問題もある。 中国は、北京オリンピックと万国博覧会が終わるまで、朝鮮半島で問題が起こってほしくない。いや、逆に問題があるのであれば、その問題を手術したいと思っているのかもしれない。 アメリカにしても、ブッシュ大統領の任期は後2年。このままでいけば、次期大統領は民主党選出の大統領になる可能性が極めて高い。であるならば、それまでに朝鮮半島問題をある程度決着しておく必要があると認識している。しかし、大きな動きは望まない。そのことは、中国も同じである。 北朝鮮を崩壊させたくはない。だが、問題児金正日は何とか処置しなければならない。その辺で、米中の利害は合致しているのであろう。 金正日を中国に亡命するように追い詰め、北朝鮮は中国の傀儡政権として温存する。そうすることが、アメリカにとっても、中国にとっても、韓国にとっても、日本にとっても、そして、東アジア全体にとっても、より良い選択肢である、と米中両国が受け止めだした気配がする。その兆候が、今回のブッシュ・パパ訪中、そして、来日という形となったのではないか。 この来日期間中、ブッシュ・パパは、隠密裏に安倍首相と会食をするらしい。この席で、何を安倍首相にブッシュ・パパは伝えるのか? 非常に興味深い。ブッシュ大統領と胡錦濤主席、両方からの伝書鳩と受け止めて良いであろう。 そして、もしかすると、近い将来、ブッシュ・パパが特使として北朝鮮を訪れ、金正日と会談を持つという可能性もあるような気がする。カーター元大統領による電撃的な平壌訪問という前例がある。当時は、故金日成主席であったが。金正日にとっても、内政的には、ブッシュ・パパが特使として訪朝することは、マイナスではなく、むしろプラスに働くはずだ。どちらにしても、北朝鮮問題は、来年秋までが大きな山場になることだけは間違いないようだ。
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2006年12月16日
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アメリカの手前勝手な提案書でしかない「イラク研究グループ」による報告書 (下) 2006年12月16日 あれだけの犠牲をはらいながら、アメリカは多くの自国民からも、イラク人からも、そして、中東諸国にとどまることなく世界中から非難され続けている。しかし、もしアメリカ軍をはじめ同盟国の派遣軍が即時前面撤退してしまったならば、イラクはどうなってしまうだろうか? それこそ、イラクは世界にとってテロの火種となり、非常に危機的な状況に陥ることは誰の目にも明らかである。それに、ここまでイラクの民主化のために尊い命を落としてきた人々の死が、全て意味をなさなくなってしまう。何事を為すにも、茨の道を抜けることは必要不可欠だ。「継続は力なり」というではないか。 このような複雑な状況下、周知のごとく、アメリカでは、超党派の「イラク研究グループ」によって、イラク問題の解決方法が模索された。そして、遂に今週、報告書が提出された。直後、ブッシュ大統領も含め、ホワイト・ハウスで、メンバー達と共に議論が交わされた。しかし、あれだけアメリカを批判し、早期撤退を叫んでいたイラク人達から、そして周辺の親米アラブ諸国からも、この「イラク研究グループ」による提案書へ対し、大きな反発の声が上がっている。その意思表示として、大型テロがバクダットでここ数日頻発し、イラク副大統領も暗殺されかけた。未遂で終わったが、危機一髪であった。 それでは、彼らが反発するのは何故か? 答えは、簡単である。また、同じ過ちを繰り返しているからである。同じ過ちとは? それは、アラブ人達の性質や文化をまったく無視し、西洋人的な発想で、アメリカの思惑に基づいての勝手な提案でしかないからだ。これは、嘗て、イギリス人が、大英帝国時代、アラブにおいて為した過ちを繰り返しているだけである。映画「アラビアのロレンス」の時代の繰り返しでしかないからだ。 中東問題の解決は、至難の業である。完全なる解決方法は、多分ないであろう。それは、アラブ人達の資質や性質や文化によるところが大きい。そのことを理解せずに、西洋人的な発想で解決しようとしても、結局火に油を注ぐだけのことになってしまう。今回の報告書に目を通してみると、まだネオコンといわれる、これまでのイラク政策をブッシュ政権下で推し進めてきた人々の方が、「イラク研究グループ」よりも、よりイラク人やアラブの人々のことを理解しているようにさえ思えた。 唯一の解決策は、タイム・スリップしかない。時計の針を、「アラビアのロレンス」の時代に戻し、全てを仕切りなおすしか方法はない。イギリス人将校 T.E.ロレンスは、結果としてアラブ人達を騙してしまうことになったことを亡くなるまで恥じ、自責の念にかられ続けたと聞く。その証拠に、アラブの英雄とさえ言われ、アラブ人達にも慕われ尊敬されたロレンスは、二度とアラブへ戻らなかったとも聞く。ロレンスの時代に、私利私欲でなした行為を改めない限り、本当の解決は有り得ない。しかし、時間を戻すなどということは、できるはずがない。 もともと、アラブ人というのは、部族単位で成り立っている民族である。そして、部族同士は、力によって優劣を決めるというのが、彼らの文化なのだ。部族間での、縄張り争いなども、全て力によって解決されていた。にもかかわらず、部族や部族のテリトリーを無視して、イギリス人達は、自分達の私利私欲、すなわち石油利権だけを念頭に、勝手に国境線を引き、部族を分断してしまったのだ。これが、今に続く中東におけるあらゆる問題の原点である。勝手に、お前はこっちの国、あんたはこっちの国と分けられても、同じ部族が分断されていれば、紛争が起きて当たり前である。自分の家族や仲間を取り戻そうとするのは、自然な感情だ。同時に、分断した西洋人に対して、恨みをもつのも自然な感情だ。このような複雑な状況がある上に、さらに複雑な問題をイギリス人は中東に残した。それは石油だ。 それまで、彼らアラブ人は、石油など知らなかった。いや、知ってはいたが、彼らは必要としていなかった。よって、石油絡みでの紛争など皆無であった。ところが、西洋人達が、石油の取り合いをすることを目の当たりにし、石油がお金になるということを知った。その結果、部族、宗教と複雑な問題が山積されている上に、石油の利権という金銭的な欲得問題までが加わり、中東問題は非常に複雑化してしまったのだ。それもこれも、元を糾せば、イギリス人をはじめとした西洋人の勝手な私利私欲に始まったことなのだ。そして、最後に、衰退し始めた大英帝国の尻拭いと欲目で、アメリカが出てきたのだ。これらの歴史的背景と、民族の特性を理解せずして、中東の問題は解決できない。 イラクの問題にしても、内戦状態の原因は、ハッキリと目に見える形で露呈しているではないか。北部のクルド人地区、南部のシーア派地区、そして、残りのスンニ派地区。結局のところが、部族単位、宗派単位での対立なのだ。北部のクルド人地区などは、クルド人達が自ら自治しているので、フセイン政権崩壊後、一度もテロ行為やテロの被害も受けず平和になっているというではないか。 イラクの問題も、中東全体の問題も、解決するには時間が掛かる。これだけ複雑な状況に中東地区がなるにも時間が掛かったのであるのだから。まず、今イラクで、アメリカはじめ同盟国がしなくてはならないことは、仲裁役に徹することである。イランに頼るのでも、シリアに頼るのでもなく、仲裁役に徹し、部族単位、宗派単位で分断し、独立させることである。多分、イラクは、三つの国に分断されるであろう。しかし、それが一番平和にイラクの紛争を解決する方法である。 当然のことながら、そうなれば今度は石油の問題が浮上する。北部のクルド人地区と南部のシーア派地区には、石油が豊富にある。しかし、西部のスンニ派地区にはほとんど石油がない。そして、このスンニ派が多くのテロを起こしている。ここをある程度納得させない限り、問題は解決しない。ならば、一定量の石油をクルド人地区とシーア派地区からスンニ派地区へ無償提供する条件の下、それぞれの独立を認めさせればよいのだ。そして、独立が承認された後は、それぞれの独立国として自治されればよいではないか。ただし、イランやシリアが、自国の国益に根ざし独立したシーア派地区やスンニ派地区を傀儡政権としないように、国連軍が監視すればよいのだ。このような解決方法しか、実際にはないように思う。結局のところ、十把一絡げで思想も、宗教も、民族も違う人々を無理矢理一緒にしているから、テロや紛争がおさまらないのだ。まずは、それぞれの関係国が、私利私欲を捨て、平和を第一義に、独立を模索し、その結果として私利私欲の部分である石油の配分という問題の解決策を模索すればよいのだ。そして、その全ては、ロレンスによって書かれた、「アラブ人操縦の27か条」を念頭におき、為されなければならない。間違っても、西洋人的発想で推し進めることのないように、為されなければならない。私は、そのように思う。
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アメリカの手前勝手な提案書でしかない「イラク研究グループ」による報告書 (上) 2006年12月16日 中間選挙以来、イラク政策の方向転換がワシントンやメディアで盛んに取沙汰されている。何故ならば、今回の中間選挙での共和党惨敗という選挙結果は、イラク政策の失敗と大きな犠牲へのアメリカ国民の反発というように、メディアもワシントンも捉えているからだ。だが、ここで少し冷静にならなければならない。本当にイラク政策は失敗であったのか? 多少の疑問が残る。 どこに視点を当てて判断するかで、この疑問の答えは変わってくる。多くの犠牲者を出しているアメリカ人は、今、感情論でイラクの問題を捉えている。イラク戦争を始めたこと自体間違っていた。あんなに多くのアメリカ軍を派遣したことが間違っていた。こういう否定的な意見が、アメリカの国中に蔓延している。その結果、あのような結果が先の中間選挙で出た。それは、多くの若きアメリカ人兵士達が、尊い命を落としているから。そのことが、他人事ではなく、アメリカ人にとって「明日は我が身かも」という差し迫った問題となっているからだ。だが、少し視点を変えてイラク戦争のことを捉えてみる必要もある。何故なら、ブッシュ大統領が、自国民を苦しめようと思ってあのような戦争を始めたのであろうか? 答えは、NOである。ブッシュ大統領は、あの段階で、アメリカの国益を考え、最善の判断と信じ、強行したはずだ。その結果は、必ずしも100%良い道筋を導き出しはしなかったが。いや、ある意味、悲惨な結果を多く生み出すことになった。 それでは、見方を変え、もし、あの段階で、イラク攻撃を躊躇っていたならば、今頃中東は、世界は、どうなっていただろうか? この答えも、簡単である。フセイン元大統領はもっと増長し、今頃は、アメリカはじめ同盟国にとって、もっと不利益なことになっていたことであろう。メディアの多くは、石油利権のために、アメリカはイラクを攻撃し戦争を始めたと言っている。だが、そうではない。二次的、三次的な戦利副産物として、当然のことながら石油利権も眼中にはあったであろう。しかし、それが主体ではなかった。 確かに、大量破壊兵器は存在しなかった。そのことを、後にパウエルは自ら謝罪し、ホワイト・ハウスから彼の姿が消えることになった。確かに、一つの事柄としては、間違っていたことである。だが、イラクを攻撃するための大義名分が、あの段階で早急に必要だったのだ。さもなければ、もっと大変のことになっていた可能性が高いからだ。 フセイン元大統領というのは、必ずしも凡小な指導者ではない。寧ろ、政治家としては頭の良い優れた政治家の部類に入るであろう。しかし、善人ではない。言うならば、ヒットラーなどと同じような悪賢いリーダーであった。その証拠に、多くのイラク人が迫害され、命を脅かされ、苦しめられていた。クルド人の大虐殺にしても、日本ではあまり報道されてはいないが、ナチスによるユダヤ人虐殺に相当する暴挙であった。オウム真理教が撒いたサリン、あのサリンをこの地球上で初めて試したのがフセイン元大統領によるクルド人大虐殺である。何の罪もないクルド人地区で、無差別にサリンを散布し、多くのクルド人達を虐殺したのだ。このことだけをとってみても、フセイン政権を崩壊させる意味は十分にあった。 あの当時、アメリカにとって一番の脅威は、フセインの悪知恵とイラクの豊富な石油資源であった。原油産油量では、世界で4番目である。当然のことながら、そのことは豊富な資金力を意味する。イラクが、近い将来アメリカはじめ同盟国にとっての脅威となり、中東の平和を乱す元凶になることは火を見るより明らかであった。 表向き公式には語られていないが、フセイン元大統領が画策していたアメリカを経済的に追い詰める世界戦略を、彼が具体的に行動に移しだしたことが、イラク攻撃の本当の理由であった。そのことは、複数のホワイト・ハウス関係者が、声を潜めて言っている。同じことが再度起こることを懸念して、厳しい緘口令が敷かれているので、アメリカ・メディアも報道しない。9.11以来、アメリカはこういうことに神経質なのだ。では、フセインによる脅威の反米戦略とは、如何なるものか? フセインは、原油の基軸通貨をドルからユーロへと変換したのだ。それは、前触れもなく突然為された。その日、ホワイト・ハウスは震え上がりパニックに成りかけたと聞き及ぶ。ブッシュ大統領は、武者震いが止まらなかったと聞く。 アメリカは、借金大国である。ドル紙幣を際限なく刷り続けることによって成り立っている国である。それができるのは、原油取引の基軸通貨を筆頭に、全ての物資取引の基軸通貨がドルであるからだ。そこのところに、フセインは着目したのだ。非常に頭が良い。原油の基軸通貨を、世界第4位の産油国イラクが、ドルからユーロに変えれば、OPEC加盟国の多くが右へ倣えでドルからユーロに変える可能性は非常に高かった。実際、イラクがユーロへ変更した直後、サウジアラビアなどはユーロへ変更した。しかし、アメリカからの強力な抗議と圧力によって、直ぐにドルへ戻した。だが、ドルからユーロへの変更に際し、サウジアラビアがフランスの銀行に預けたユーロ預金は、未だフランス政府によって凍結されている。サウジアラビアにしたら、踏んだり蹴ったりであった。 このような理由により、アメリカは、当時、フセインを排除することが、中東地区の安定に繋がると判断した。そして、実行された。それが、イラク戦争であった。 実際問題、フセインは色々な反米政策を画策し、準備していたと言われている。あのまま放置していれば、かなりの影響がでていたに違いない。そうなれば、イラクの周辺諸国にもトバッチリが及ぶ可能性は大であったわけだ。だが、残念なことに、フセインを排除しても、イラクをはじめ中東の平和は得られなかった。
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