政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

国際情勢と問題

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財界人の驕り、政界人の高ぶり、報道人の勘違い
2005年10月20日
(嘗て私が執筆した記事。ここに登場する丹羽氏は、現在中日本大使)

 先日、田原総一郎が司会をつとめるテレビ朝日の「サンデープロジェクト」という日曜日の午前中放送している番組に、楽天の三木谷社長が出演していた。三木谷氏へ対しての質問役として、伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長、慶応大学の榊原英資教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の佐山展生教授、そして、弁護士の永沢徹氏の4人が対峙していた。当然のことながら、話の中心は、今回の楽天によるTBS株買収劇の件であった。その件に関して、敢えてこの記事で触れるつもりはない。問題は、この番組の終盤で、丹羽伊藤忠商事会長が口にした言葉である。「Economy eats Politics. 経済が政治を喰う」と、臆面もなく財界の重鎮である丹羽氏が仰ったことだ。丹羽氏が口にされた言葉を要約すると、長期的に言えば、いくら小泉首相が意固地になっても、経済が、靖国問題をも含め政治もなにもかも全て呑み込んでしまう、ということであったと私は理解した。
 正直に言って、この言葉を聞いた時、この一言で全ては推して知るべし、であるなと私は大きな危惧の念を抱いた。これこそ、日本に君臨する財界人の「驕り」に他ならない。これを「驕り」と言わずして、何を「驕り」というか。「経済が政治を喰う」、即ち、政治は茶番で、全ては経済で動かされていると豪語しているようなものである。
 丹羽氏の言葉は、それほど威圧的には聞こえない。しかし、あの彼の言葉の中身は、これ以上ないほど威圧的であり、独断的であり、驕りに満ちていた。彼が言っているのは、単に日本の政治をも呑み込むという意味ではなく、中国をも日本の経済が呑み込んでしまう、と言っているように聞こえたのは私だけではないはずだ。 日本は軍国主義へと回帰しだした、と言って中国は小泉首相の靖国参拝を非難している。だが、軍国主義への回帰は小泉首相の靖国参拝ではなく、丹羽氏のあの言葉にこそ秘められていた。財界人が、腹の奥底に秘めたる植民地主義的な発想を垣間見た気がした。「いくら政治家がじたばたしたところで、結局諸問題をも全て呑み込み、中国を支配するのは他でもない日本の経済界だ」と高笑いしているように私には聞こえた。
 確かに、財界人は武力を使わない、暴力も使わない、しかし、武力や暴力の代わりに金と物質的贅沢という武器を使って中国を支配できる、と言っていらっしゃるのであろう。確かに、その通りになるかもしれない。だが、彼の言葉の端々に響く「驕り」こそが、嘗ての日本軍を回顧させる。或いは、こういう日本の財界人の驕りたる言動を見聞して、中国や韓国は日本が軍国主義へ回帰するのではと懸念しているのかもしれない。そうであれば、驕れる財界人の罪は非常に重い。

 大仁田厚という自民党参議院議員がいる。プロレスラーであり、最近新人議員の子守役をかってでたが、相手にされず怒り狂ってマスコミを振り回している政治家である。いや、政治家とも呼べないかもしれない。何故、新人議員に無視された程度のことで、マスコミまで巻き込んで騒ぎを起こさなければならないのか? 非常に大きな疑問を感じる。無視したら無視しかえせばよいではないか。先方にも、それなりの事情があることは推して知るべし、である。それが大人というものではないか。大体、国民の血税より公僕大仁田先生の給料も出ているはずである。1分1秒も無駄にせず、国政と対峙して頂きたい。プロレスラーであられるということは、戦いのプロであられるはずなのに、どうも対峙する相手を間違えてばかりではないか。先般の郵政民営化法案の投票の際のことにしても、その後の言動にしても、今回の件にしても、政治家であるという「高ぶり」ばかりが目に付き、潔さも、謙虚さも、まったく見えない。ああいう議員を選んだ、主権者であり有権者である我々国民にも大きな責任がある。
 それよりも、大仁田議員の昨今の言動とあの激痩姿を目の当たりにすると、窓際に追いやられ孤立無援になってしまったことで精神に異常をきたしてしまったのではないか、と真剣に心配になってしまうのは、私だけであろうか。どうかご自愛ください。おだいじに!

 大仁田議員の問題に関してもそうだが、マスコミが真に受けてしまうから騒ぎが大きくなるのだ。大事な問題ならともかく、取るに足らないような問題まで、「勘違いの正義感」を露にジャーナリスト風を吹かせるから、余計な騒ぎがあちらこちらで起こるのである。まあ、視聴率や販売率至上主義の大手マスコミの記者達からしたら、面倒な取材や調査や勉強に時間を費やすよりも、手っ取り早く騒ぎになるような案件を見つけて兎に角批判しておけば、騒ぎは広がり各社の相乗効果により、各々の視聴率や販売率が上がるという方程式らしい。面倒な取材に時間を割くよりも、記者仲間と「勘違いの正義感」を肴に、酒でも酌み交わしていた方がよっぽど平和だという考え方が、大手マスコミの記者達の間に蔓延しているというから、開いた口が塞がらない。それでよく、偉そうに国益がどうのと批判ばかりできるものだ。自分達の報道姿勢の方が、よほど国益を損なうこともあるとは気付かないところが、何とも平和ボケ大国日本の報道人らしい。いずれにしても、世も末だ。

オバマ大統領がリビア情勢に関しての声明
2011年2月24日

今から少し前、
アメリカ東海岸時間の午後5時15分頃、
オバマ大統領がリビア情勢に関して、
ホワイトハウスでヒラリー・クリントン国務大臣同伴で、
声明を発表した。

人権ということを全面にだした短い声明であった。
在リビア・アメリカ人と
同盟国の人々の救出とリビア国民の人権を守るために、
事実上軍事介入を示唆する内容であった。

既に、
クリントン国務長官によって、
EU連合ならびにアラブ連合など
関係組織や同盟国との調整合意も済んでいるとのことであった。
チベット問題の経緯(4)「ダライ・ラマVSパンチェン・ラマ、そして、中国の狙い」
2008年5月26日

 チベットが1949年中国人民解放軍に侵攻されて以来、当事者達による多種多様な思惑が渦巻き今日に至っている。その解釈の仕方も、十人十色様々だ。そのような複雑な状況下、チベット問題を理解するにあって、知っておかなければならないことがある。それは、ダライ・ラマとパンチェン・ラマの存在だ。ダライ・ラマに関しては、当代である第14世ダライ・ラマ法王がノーベル平和賞などを受賞したこともあり、世界的な知名度も高い。しかし、パンチェン・ラマに関しては、ダライ・ラマに比較すると一般的知名度は低いのが現状だ。だが、パンチェン・ラマの存在を知らなければ、チベット問題を完全に理解することはできない。何故なら、中国政府によるチベット政策にとって、このパンチェン・ラマがキー・パーソンであるからだ。よって、まずダライ・ラマとパンチェン・ラマに関して理解する必要があるのだ。

 チベットでは、ダライ・ラマ3世の頃よりずっと「ダライ・ラマ制度」が継承されている。その背景には、チベット仏教の中核をなす「輪廻転生制度」がある。チベット仏教の教えでは、全ての生きとし生けるものが輪廻転生する、と考えられている。輪廻転生とは、一時的に肉体は滅びても魂は滅びることなく永遠に継続する、という教えだ。チベット民族は、この教えを忠実に守り続けている。それが、「ダライ・ラマ制度」である。

 「ダライ・ラマ制度」は、世襲制ではない。だからといって、選挙で選ばれるわけでもない。先代の没後、次の生まれ変わりである転生霊童を探す「輪廻転生制度」である。新たに選任されたダライ・ラマは、先代が用いたすべての地位や財産を所有する事ができる。ただ、そのことが、多くの不幸を生んできたことも事実だ。何故ならば、ダライ・ラマ制度下では、どうしても新しいダライ・ラマが成人するまでの20年間が権力の空白期間になってしまう。その間、大寺院や大僧院の管長などが院政をしくことになる。そうすることによって、彼らは権力と富を得ることができる。そのことは、チベットに多くの悲劇を生んできた。9世紀から12世紀にかけて存在した全てのダライ・ラマは、成人する前に暗殺されてしまった。院政をしいている大僧正達の私利私欲の犠牲になったのだ。

 そのような状況下、ダライ・ラマ13世は、綱紀粛正により貴族や僧侶達の不正を一掃した。その13世とチベットを統一した5世のダライ・ラマを、チベットの人々は、「偉大なる」という修飾語をつけて未だに賞賛している。その第13世ダライ・ラマの教えを継承する形で当代である第14世ダライ・ラマ法王は誕生した。その後、1913年からの30年間は、第13世ダライ・ラマの綱紀粛正の甲斐があって、名実ともにチベットは独立国家として諸外国からも認められる存在となった。だが、1949年中国人民解放軍が武力侵攻してきたことで、チベットの平和は一夜にして崩れ去った。そして、紆余曲折の10年間を経て、1959年中国人民解放軍は遂に首都ラサへ武力侵攻してきた。その人民解放軍によるラサ侵攻を契機に、チベット人達の堪忍袋の緒は切れた。3月10日、遂にチベット人によるチベット民族蜂起が起こってしまったのだ。皮肉にも、この蜂起はある意味中国にとっては都合のよいこととなった。武力侵攻するための大義名分ができたのだ。同時に、中国の言いなりにならない第14世ダライ・ラマ法王を排除できる可能性ができたからだ。そのような状況下、中国側のそのような強かな思惑を読み切れなかった多くのチベット人達は、第14世ダライ・ラマ法王をインドへ亡命させる後押しをした。だが、この時、必ずしも全てのチベット人が、ダライ・ラマの亡命を、諸手を挙げて喜んだわけではなかったチベット人の中には、自分達を見捨てて自分だけ命拾いしたという風に第14世ダライ・ラマを非難する者もいた。そのような残留チベット人達のトップに立ったのが、パンチェン・ラマ10世であった。

 パンチェン・ラマとは、ダライ・ラマがチベット仏教ゲルク派のトップであるのに対し、ゲルク派のナンバー2という存在である。ただ、ダライ・ラマが宗教にとどまらず政治に対しても権力的地位があるのとは違い、パンチェン・ラマはあくまで宗教的な部分でのナンバー2である。したがって、政治的には何の権限も持たない。ただ、パンチェン・ラマには、次期ダライ・ラマの生まれ変わり転生霊童を認定する権限がある。逆に、ダライ・ラマにはパンチェン・ラマの生まれ変わり転生霊童を認定する権限がある。このことは、チベット問題を理解する上での大きなポイントとなる。

 輪廻転生とはいっても、ダライ・ラマもパンチェン・ラマも人間である。この世にあれば、煩悩に翻弄されることもある。中国人民解放軍が侵攻してきたことを契機に、それぞれの煩悩が交差したともいえる。第14世ダライ・ラマは、理由はどうあれチベットを後にしてインドに亡命してしまった。逆に、第10世パンチェン・ラマは、多くのチベット人達と共にチベットに留まった。このことが、ダライ・ラマとパンチェン・ラマの運命を大きく分け隔てた。このようなダライ・ラマとパンチェン・ラマの立場の違いを、中国政府は上手に利用しようとした。第10世パンチェン・ラマに対しては、政治的地位をチラつかせた。民を捨てて国を後にしたダライ・ラマに代わって、パンチェン・ラマを中国の思い通りになる指導者に仕立て上げようと画策したのだ。ところが、最終的にはその作戦は失敗した。中国政府に都合よく踊らされていることに気付いた第10世パンチェン・ラマは、1962年6月、中国政府による過酷なチベット政策や措置の歴史的証人となる70000語以上の請願書を提出した。ところが、この言動が、中国政府の神経を逆なでしてしまった。その結果、同年10月には、チベット工作委員会で、第10世パンチェン・ラマは自己批判を強いられた。その様子は、国営放送を通じ一般民衆の前に晒された。しかし、彼は頑なに自己批判を拒否し続けた。当然のことながら、第10世パンチェン・ラマの身柄は拘束され、自宅軟禁されてしまった。その後、第10世パンチェン・ラマは、投獄され、9年8ヶ月間にも及ぶ隔離監禁生活を強いられた。しかし、第10世パンチェン・ラマは、下獄後も反中の態度を改めず、チベット民族の権利を守るべく闘い続けた。だが、1989年1月28日、遂に力尽き果て、タシルンポ僧院で逝去した。第10世パンチェン・ラマの反骨精神は、最期の時まで衰えることはなかったという。急逝数日前に彼は、「中国支配下のチベットの『発展』など、チベット人が被った多大な破壊や苦難に比べると、物の数ではない」という言葉を残した。皮肉なことに、この年の6月天安門事件が起こり、10月には第14世ダライ・ラマ法王が、ノーベル平和賞を受賞した。だが、中国に残っているチベット民族の中には、第10世パンチェン・ラマを根強く支持する人々が今でも残っている。確かに第14世ダライ・ラマ法王が亡命直後、第10世パンチェン・ラマは、権力の魅力に目が眩んだ時期があったのかもしれない。しかし、中国政府の陰謀に気付き目を覚ました。それからは、中国国内に留まり、一貫してチベット民族の権利を守ろうとし続けた。その姿勢は、評価に値する。

 というのも、確かに、パンチェン・ラマには、政治力が与えられていなかったが、ダライ・ラマが亡命してしまった後、チベットに留まり民族の尊厳を、身体を張って守り続けた言動は、チベット民族にとっては非常に現実的であった。本来政治的権力も与えられていたにも関わらず、全てを放棄しチベット民族をも置き去りにして亡命してしまった第14世ダライ・ラマ法王に対し、不満や不信感を抱いたチベット人がいてもおかしくない。寧ろ、自然だ。いくら、亡命した先のインドで亡命政府を設立して活動しても、そのことはチベットに残ったチベット人達に直接的には反映されない。亡命後、ダライ・ラマは手の届かない天井人というイメージがより強くなり、カリスマ性ばかりの印象がより強くなった。特に、第10世パンチェン・ラマが逝去した直後にノーベル平和賞を受賞して以後は、特にそのような色合いが強まったように思われる。どちらかというと、現実味のない理想という迷路の中を彷徨っているようにさえ思えてしまう。多分、そのことは、誰よりも第14世ダライ・ラマ法王が自覚しているのであろう。だから、「独立」「分離」ではない、中道的なアプローチを続けているに違いない。

 そのような状況下、第14世ダライ・ラマ法王は、1995年に、ゲドゥン・チューキ・ニマ少年を転生霊童として第11世パンチェン・ラマに公認した。何故なら、先にも述べたように、ダライ・ラマには、次のパンチェン・ラマとなる転生霊童を探し出し任命する権限と役目がある。また、パンチェン・ラマには、次のダライ・ラマを任命する権限と役目がある。このことが、非常に大きな意味をもっている。そしてこのような状況下、任命された転生霊童は、タシルンポ寺で養育され、適切な宗教教育を受ける慣習となっている。

 第14世ダライ・ラマ法王が、ゲドゥン・チューキ・ニマ少年を転生霊童として第11世パンチェン・ラマに公認した直後の1995年5月14日、彼と両親は、中国の警察によって拘束拉致されてしまった。未だに彼らの行方は定かでない。その後、中国政府は、第14世ダライ・ラマ法王が任命した第11世パンチェン・ラマを認めず、独自に第11世パンチェン・ラマを認定した。よって、現在、事実上、2人の第11世パンチェン・ラマが存在することになっている。第14世ダライ・ラマが認定したゲドゥン・チューキ・ニマは、実質行方知れずだが。このことは、非常に大きな意味を持つ。そして、ここに中国の陰謀の秘密が隠されている。

 第14世ダライ・ラマ法王は、元気だがもう老齢である。万が一、彼の身に何かあれば、次のダライ・ラマとなる転生霊童を認定するのは、第11世パンチェン・ラマとなる。ということは、中国政府の言いなりになる第11世パンチェン・ラマを誕生させておけば、その先に、第15世ダライ・ラマを中国政府の言いなりになる転生霊童で認定することも可能になる。そうなれば、中国の思い通りに事が運ぶ。その中国の言いなりになる第15世ダライ・ラマに「中国主権」を認めさせれば、名実ともにチベットは中国のものになる。国際社会からもとやかく言われる理由もなくなる。これが、中国政府が描いている邪なシナリオだ。このことを肌で感じるチベット人達は、「第14世ダライ・ラマ法王が遷化すれば、カオス(混沌)が訪れる」と密かに恐れ戦いている。中国の狙いは、そこにあるのだ。
チベット問題の経緯(3)「天然資源の宝庫チベットの魅力」
2008年5月23日

 何故、中国は隣国チベットを侵略したのか? 何故、嘗て、イギリスもチベットに興味を持ったのか? そして、何故、アメリカは、チベット民族解放運動を水面下で支援するのか?

 これらの疑問に対する答えは簡単である。それは、チベットが、天然資源の宝庫だからだ。特に、ウランの埋蔵量は世界1位といわれるほどに豊富である。それ以外にも、リチウム、クロム鉄鉱、銅、ホウ砂、鉄なども世界有数の埋蔵量を誇っている。また、石油も例外ではない。アムド油田では、年間100万トンの原油が産出されている。そのことは、今回の四川大地震でも証明された。チベット自治区を中心に、核施設やウランの採掘施設が多々あり、それらの施設も被害を受けたからだ。しかし、そのことは、国家秘密であり、日本をはじめとする海外からの災害援助隊の目に触れさせたくないことである。そのような事情もあり、海外からの災害援助隊受け入れに中国政府は時間を要したのだ。

 ここ数日、多くの核廃棄物が震災を受けた瓦礫の山の下敷きになっている、と日本のメディアも報道している。あれは事実だ。アムドの中国西北核兵器研究所(第9研究所)が、チベット高原に不明瞭な放射性廃棄物を捨てていることは、海外のメディアや関連団体が、以前から問題視していることだ。中国政府は、ウランを、チベット内アムドのアパにあるウラン鉱近くで精製している。そのことは、付近の住民であるチベット人達の多くが、放射能に汚染された水を飲んで死亡していることでもわかる。また、奇形の乳児や子供達、そして、動物が生まれ育っていることを見てみても一目瞭然である。

 ウランが採れるから、核開発をする。善悪やモラル的なことは別にして、このことは、中国でなくとも、国家であれば国家戦略として考えることだ。ただ、それを軍事目的で使用するのか、平和目的で利用するのかは、その国の指導者の精神性や思想によって左右されることである。そのことは、北朝鮮の核開発問題を見ればよく理解できる。何故なら、規模は違うが、やはりウラン鉱がある北朝鮮の場合も状況が酷似しているからだ。

 問題は、国民の犠牲を払ってまでも、ウランの精製をするべきではないということだ。国民の命を脅かしてまでも、核開発をするべきではない。そのことは、国以前に人としての意識に関わる問題だ。形は違っても、人の命を粗末にするような研究開発であるならば、それは嘗てナチスによって行われたホロコーストに等しい。人の尊厳を守ることは、最低限のルールである。そして、国民を守ることは、国家の最大の役目である。中国が、そのことを等閑にして、多くのチベット人達を傷付けていることは、隠し様のない事実だ。チベット問題を凝視すれば、一目瞭然である。
チベット問題の経緯(2)「1959年末時点での独立国チベット」
2008年5月23日

 まず、誰もが理解しなければならない事実がある。それは、初めて中国人民解放軍が侵略してきた1949年末当時、チベットは国際法上も独立国であったということだ。

 国際法律家委員会の法律査問委員会は、チベットの独立国としての立場に関しての調査結果として、チベットの法的状態を以下のように述べている。
(1)1913年から1950年まで、国際法で一般に認められている主権国家の条件を備えていた。
(2)1950年の時点で、一民族が一定の領土に住み、政府機関がそれを治めていた。
(3)外国政府がそれを内政干渉することもなかった。
(4)近隣諸外国も、チベットを独立国家として扱っていた。その証拠に、インド、ネパール、モンゴルなどの近隣諸国は、チベットを独立国家として認めた上で平和条約等を相互に交わしていた。

 当時、チベットの領土は、ヒマラヤ山脈の北側にあるインドと中国の間に位置するチベット高原と一致し、面積は250万平方キロメートルの広さであった。人口は、中国人民解放軍侵攻時点で、約600万人であった。首都はラサにあり、国家元首はダライ・ラマであった。チベット政府は、大臣からなる内閣(カシャグ)、国民議会(ツオンドゥ)、そして、広大な領土を統治するための大官僚機構によって構成されていた。

 そもそも、独立国チベットは、7世紀に、ソンツェン・ガムポという王が出現し、アジア有数の大国として建国された。それと前後して、インドから仏教が伝来した。元々、チベット人達はポン教を信仰していたのだが、インドから仏教が伝来して以降、仏教がチベット人達の精神的な支柱となった。インドとも中国とも異なる独自の民族文化を開花させ、宗教的にもチベット仏教という形で独自の進化を遂げた。

 そして、そのような国家としての進化の過程で、ソンツェン・ガンポ王(7世紀)、チャンチュプ・ギェルツェン(14世紀)、ダライ・ラマ5世(17世紀)、そして、ダライ・ラマ13世(19世紀)によって、司法制度の基礎が確立されていった。

 国民に税金を課し、独自の通貨を発行し、郵便制度を運営し、切手を発行し、小規模ながらも自国の軍隊を持ち、政府が行うべき業務全般を執行していた。これらのことを見てみても、チベットが独立国家であったことは明確である。

 中国政府は、「チベットを国家として承認した国は1つもない」と主張している。だが、前述したように、モンゴルとチベットは1913年に独立を承認する条約を正式に結んでいる。また、ネパールもチベットと平和条約を結んでいる。それだけではない。インドも、インドがイギリス領であった当時、イギリスがチベットを独立国として認め外国関係を持ち、ラサに外交事務所を設置したりしていたことを、独立後もそのまま継承した。それは、イギリスから独立後のインド政府も、チベットを独立国と認めていた証しだ。ただ、静かに、平和を保つことを希求していたチベットが、多くの国と外交を持つことをしていなかったことも事実だ。

 そもそも、中国は、チベットを植民地的な侮蔑した目で見続けている。そのことは、中国の歴史書に、チベット人を自分達と異なる民族として「吐蕃(とばん)」と蔑称している、と記されていることからも明確だ。にもかかわらず中国政府は、チベットは中国に帰属すると主張している。それも、700年前と200年前にあったといわれるチベットと中国の交流を根拠として、非漢地域としての領有権と開発権を「主権帰属」という言葉を頻繁に使い主張しているのだ。だが、この中国政府の理論は、日本に対する尖閣諸島問題や海底ガス田問題の理論と全く同様のご都合主義的理論でしかない。尖閣諸島に関しても海底ガス田にしても、そこに資源が眠っているということがわかってから、それまでまったく興味も示していなかった中国は、俄かに権利を主張するという非常に勝手な主張をしだしたのだ。チベットに関しても、全く同じことがいえる。何故なら、チベットは人知れず天然資源の宝庫なのである。第二次世界大戦後、中国共産党による中国政府が、にわかにチベット侵略を為した大きな理由の1つが、チベットに眠る天然資源にあるといわれている。

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