政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

自衛隊・防衛問題

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医療に関し直ぐに改正すべき自衛隊法
2011年3月21日

 案外知られていないが、自衛隊には非常に多くの優秀な医師がいる。通常、防衛医科大学を卒業すると、渋谷や所沢の防衛大学病院に配置される。当然のことながら、彼らは医師である前に自衛官である。彼らの医療レベルは非常に高い。そして、他の病院の医師のように、出身校による閥などもなく、全てが階級で統制されるので、患者の立場からしても防衛医科大学病院は非常に良い病院であると私は個人的に思っている。そのことは、看護師についても同じことがいえる。彼らの忠誠心と愛国心、患者へ対する思い遣りある看護や治療は秀でている。

 医師は、防衛大学普通科の卒業生とは違い、防衛医科大学卒業後は、医科幹部候補生として陸上・海上・航空の各幹部候補生学校で約6週間の教育訓練を受け、医師国家試験に合格後、幹部自衛官(2等陸・海・空尉)昔でいう中尉に任官され、2年間の初任実務研修を防衛医科大学校と自衛隊中央病院で臨床研修を受け各地の自衛隊基地の医療施設や艦船などに配属される。彼らの忠誠心と医療レベルの高さは、非常に高い倍率を勝ち抜き防衛医科大学に入学し、その後生活費から学費まで全てが配給され、大学在籍中から給料もでることにある。これは、アメリカを始め諸外国でも同じシステムだ。我が母校SFSUでもそうであった。しかし、万が一卒業後9年間以内に除隊して民間医療施設へ移れば、約5000万円のそれまでに国庫から支払われた金額を返納しなければならない。よって、防衛大学で問題になっている卒業後、自衛隊に身を置かずに民間にいく隊員は少ない。

 少々話が横道にそれた。私が問題にしたいのは、彼らの多くは、被災地支援で医療活動をしたいと思っている。ところが、自衛隊法で、自衛隊の医官は、所沢の防衛医科大学付属病院と渋谷の防衛大学中央病院以外での民間人への医療行為が認められていない。彼らが災害救助に派遣されることもあるが、一般民間人への医療行為が認められていないのだ。被災地に派遣されている自衛官へ対しての医療行為しか認められていないのだ。その理由は明らかではない。だが、そう自衛隊法で決められている。しかし、これはおかしなことである。あれだけ優秀の医官が沢山いるにも関わらず、彼らは自衛隊法で縛られ、民間人に医療行為や治療をしていけないとは。

 現状、被災地では医師不足が続いている。現在被災地にいる医師は、この10日間ほとんど不眠不休である。何故、自衛隊医官によっての一般人に対する医療行為が禁止されているのか? その意味が理解できない。医官がアルバイトを始めることを阻止するためなのか? そうであるならば、災害時には特例を設けるとか何か方法はあるように思う。被災地医療を経験することは、彼らの医官としてのスキル・アップにも役立つはず。私はそう思う。こういう法律を、臨機応変に改正することも、政府の役目ではないか。

田母神俊雄と松浦芳子

田母神俊雄と松浦芳子
2010年10月20日
 
 先週土曜日に、中国大使館包囲デモを行った「頑張れ日本!全国行動委員会」に名を連ねる松浦芳子は、案外気付いている人間が少ないが、三島由紀夫が主催していた楯の会の元メンバーだ。そして、彼女の夫は、楯の会第一期生で初代学生長だった持丸博である。持丸は、三島が最も信頼していた男だ。しかし、持丸が一時楯の会を脱退したことが、当時の三島を落胆させ楯の会解散まで考えさせたという。一部には、持丸が脱退し落胆した三島が、自決を思い立った言う人間もいるほどだ。その持丸は、市ヶ谷での三島自決後、楯の会のメンバー家族を支えてきた男である。このことがどういう意味かを、我々は理解する必要があるような気がする。持丸の余生、彼に残された三島自決事件の総括は、三島の意志を継承することではないか。彼が果たせ得なかった思いを。田母神氏も、言うまでもなく三島由紀夫を尊敬し敬愛する愛国者の一人だ。彼らからしたら、今の腐れ切った日本に対し、「憂國」という言霊を掲げての行動が、唯一の総括であるのではないか。
自衛隊でクーデター?懸念すべき動きと噂
20101017
 
 一昨日1016日土曜日、東京の中国大使館の周囲を、民間団体「頑張れ日本!全国行動委員会」(田母神俊雄会長)を先頭に、約2800人の反中市民運動家たちが包囲デモ行進をし、抗議文を中国大使館のポストに入れた。老若男女、色々な人々が集った。必ずしも思想的に同じ方向を向いている人間ばかりが集まったわけではない。だが、人海戦術という意味では多くの人々が集まった。近年稀にみる大きなデモ行進の一つとなった。
 
 これに対し、中国国内では、四川省成都市、陝西省西安市、河南省鄭州市などで大規模な反日デモが同日起こり、在中邦人に対し日本大使館や各地の日本領事館は注意を呼びかけた。こちらの様子を見てみると、圧倒的に若年層、学生世代の参加が多かった。現在、中国は、胡錦濤氏の後継を巡って権力闘争が水面下ではあったり、少数民族が独立運動へ向かっての暴動を画策したりしている。必ずしも中国国内は安定しているとはいえない。胡錦濤氏と温家宝氏は、中国史上を振り返ってみても、非常に優れた政治家である。しかし、この体制後、ポスト胡錦濤が、この路線を必ず継承するとは限らない。北朝鮮のような先軍政治路線を突き進む人間が継承する可能性さえある。昨今の中国海軍の動きをみていると、尖閣諸島の問題だけではなく多くの問題を抱えており懸念せずにはいられない。
 
 このような状況下、昨日の中国大使館包囲デモは、間違いなく中国側の活動家や政府、そして、現政権の足を引っ張りたい権力闘争かの反対勢力を刺激し、色々な意味で次のステージへ中国を動かしてしまう可能性が高い。だが、ここで問題なのは、昨日の中国大使館包囲デモ行動を煽動した人たちは、そうなることを意図的に狙っていた可能性があるということだ。中国が理不尽で暴力的な行動を起こすことを、期待しているのかもしれない。中国側が、何らかの強硬策に出た際、こちら側も強硬策を実行しようとしていると考えることもできなくはない。
 
 昨日の中国大使館包囲デモ行進を煽動した民間団体「頑張れ日本!全国行動委員会」は、あの退官に追い込まれた田母神俊雄元航空幕僚長が会長を務め201022日結成された。田母神俊雄氏は、トークも面白く自衛隊内でも人気は非常に高かった。彼を支持する自衛官は今でも多い。筋金入りの軍国主義者ではないであろうが、愛国者であることは間違いない。現在の日本の在り様に、色々な意味で強い憂慮を抱いていることは、彼の言動から読み取れる。そんな強い思いが、今回の抗議行動に繋がったのであろう。彼自身は、「中国側の抗議行動は暴力行為をもって為されているが、自分たちの行動は紳士的に行われている」と昨日の抗議行動後発言している。
 
 だが、ここで少々怖い噂話が聞こえてきた。自衛隊内で、226のようなクーデター計画が隠密裏に進行しているというものだ。誰が煽動しているかは定かではないが、あまりにもタイミングが良すぎる気がしないでもない。少なくとも、クーデターを画策する自衛隊青年将校たちが、田母神俊雄氏の考え方に影響されている可能性は高い。田母神俊雄氏は、誰よりも愛国心の強い方なので、非合法な方法で何かをされるような方ではないと私は信じている。だが、もし、そんな兆候が現実的に自衛隊内にあるのであれば、逆に逸る青年将校たちを、田母神俊雄氏は宥めて欲しい。
 
 確かに、今の日本の外交政策や政治を見ていると、尖閣諸島のことも勿論含め、決起する人々が出る気持ちはよくわかる。その上、事業仕訳で、防衛省や自衛隊でも、大きな削減がなされ、現場では精神論に頼らざるを得ないほどの人員削減が為されている。防衛大学病院でさえ専門医が大幅に解任されてしまい、患者や医務官の先生たちが大いに困っているという。自衛隊内での不満は、非常に高まっている。そのことはよく理解できる。だが、もし、クーデターを起こしてしまえば、戦後60年、日本人が築いてきた国際社会での信用が、一瞬にして失われてしまう。それでなくとも、アジア諸国は、ずっと日本人が再び軍国主義化することを懸念し続けてきた。そんなアジア諸国の件に対し、多くの日本人は、「絶対にあり得ないこと」と一蹴してきた。だが、もし逸る人々がことを起こせば、もう何も言えなくなってしまう。そのことが、日本にとって、日本人にとって、決してプラスにはならない。そんなことは、冷静に考えれば一目瞭然だ。
 
 いずれにしても、もし万が一、そんな動きが本当に自衛隊内であるのならば、このことが表面化する前に、国際的に報道される前に、隠密裏に沈静化する必要がある。日本政府、民主党、特に仙谷氏は、意固地にならず、肩を張らず、背伸びをせずに、余計なところで出しゃばるばかりでなく、もっと頭と心を柔軟にしなければ、結局足を掬われ取り返しのつかない大事態になりかねない。引き締めることばかりでなく、追い詰めるばかりでなく、不満を抱く人々のガス抜きをすることも、官房長官の大事な仕事の一つではないか。
 
 本来であれば、こういうことは、きちっとした形で記事にするべきであるが、ことは急を要するので、敢えてブログに記載することとした。何卒ご理解ください。根も葉もない噂であってくれることを心底より祈るばかりだ。
田母神元空幕僚長の論文問題(下)
2008年11月29日

 続いて、第4番目の問題点であるが、これは上記した通り、肩書をださず、親しい知人が主催する懸賞でなければ、何の問題もなかった。誰がどのような思想を持とうが歴史観を持とうが、それは言論の自由で保障されている。だが、親しい知人が主催する懸賞であることを知っての応募である以上、これは意図的であり、確信犯的な色合いがあまりにも強すぎる。しかも肩書を付けての発表である。幕僚長は自衛隊の最高トップである。許されることではない。村山談話をどうとらえるか否かの以前の問題である。侵略国家云々の以前の問題である。これは、間違いなく「言論クーデター」の何物でもない。私は、そう思う。マスコミの捉え方は、あまりにも温過ぎる。政府が、この件に関し、あまり口を開かないのは、「クーデター」であるという認識で対応したからに他ならない。そして、彼らがそのような認識を持つ具体的な証拠を掴んでいたはずである。田母神氏に連なる同士がいたこともである。そのことは、今後の内部での人事を見れば、徐々にあぶりだされてくるはずだ。だが、公になれば混乱を招くことなので、直ぐに一気に行われることはないであろう。隠密裏に、粛清されるはずだ。そして、それが終わった後、今回の田母神氏の論文発表に関する真実が、我々の目にも明らかになるであろう。私は、そのように思っている。

 そして、最後の第5番目の問題点である。これが、一番重要な問題点である。この自衛隊の存在意味と憲法に関する問題が、あやふやなまま等閑にし続けられているから、このように制服組より問題定義をするような「言論クーデター」が起こるのである。そのような彼らの心情は、充分に理解できる。何故なら、世界でも屈指の軍事力を自衛隊という看板の元保有する日本でありながら、自衛隊が憲法に違反せず行える行為は、未だに災害救助がいいところだ。万が一、領海侵犯した第3国の侵略者に銃口を向けられても、現場の自衛官は引き金を引くことを躊躇わなければならないというのが現状だ。そのような不公平な環境で、どうやって国益を死守するべく自衛官達は身体をはれるというのだ。そこの所に、一番大きな問題があり、また、そこのところに大きな疑問を抱いている現場の自衛官達は、少なからず田母神氏と同じようなフラストレーションを抱えつつ日々任務に当たっていることは間違いない事実だ。
 大体、自衛隊の存在意味は、国益を守ることであるにもかかわらず、憲法で何もできないように縛られているのでは、彼らの存在意味さえ疑問視されて当然である。にもかかわらず、軍隊を所有する他国に比較しても、絶大なる兵器を所有しているのが日本である。ここにも大きな矛盾を感じる。それだけ大きな予算を防衛に費やしているにもかかわらず、憲法ではその防衛費を無駄にしてしまうような形になってしまっている。このことが、日本の国を腑抜けにしている元凶であるといっても過言ではない。
 日本がしなければならぬことは、腑抜けになることではなく、世界で唯一の被爆国であることを自覚し、核廃絶を全面に打ち出すことである。そのことが、必ずしも自衛隊を否定することや、憲法改正を否定することにはならない。そこのところを正しく認識して変革をもたらさない限り、この国は、本当の意味で国としての体をなさない。いつまでも、敗戦国、アメリカの属国というレッテルを拭い去ることはできないのである。一部の浅はかな平和主義者の意見に左右され、本質を見失っては、この国自体が間違った方向に進んでしまう、そのことを多くの自衛官達は懸念しているのである。
 そのことは、アメリカも感じている。だからこそ、アメリカは二隻もの空母を日本近海に配備したりしているのである。現行の憲法下では、当然のことながら先制攻撃につながる空母を日本は保有できない。だが、国防という観点からしても、日本にとって空母が必要な艦船であることは間違いない。これだけ、複雑で緊張した位置にある国なのだ。国防戦略的にいえば、不自然なことではない。だからといって、空母を所有したり憲法を改正したりしたら、日本の国がまた戦争に向かうということは、99%と有り得ない。そのことは、日本人自身が一番よく理解しているはずだ。
 最近、横須賀を母港とする空母以外にも、もう一隻アメリカの空母が佐世保を根城に日本近海に配備されている。これは、ある意味アメリカからの外圧ではないかと私は思っている。言い方を変えれば、セールスである。日本も空母を持ちませんか、というアピールである。そして、それは、憲法を改正し自衛隊を自衛軍に改定したらどうですか、という外圧であると私は感じている。
 インデペンデンスすなわち自立ということを最も重んじるアメリカからしたら、日本にとっての次のステップは、アメリカの属国から脱却し、名実ともに独立国になりなさいということなのだ。名実ともに破綻しつつあるアメリカからの、そのような意志表示ではないかとさえ私には思える。そんなことを、現場の自衛官達は、特に田母神氏のような幹部の人間達は、肌で感じている。だからこそ、今回の田母神氏のようなトップが、あのような「言論クーデター」を起こしたのではないか、と私は思う。何故なら、彼らからしたら、あまりにも現実と、現場と、国民や政治家との間に、大きな温度差があり、そのことが彼らにとっては大きな不満でもあり危機感でもあるのだ。そのような不満と危機感が、エリートであるはずの田母神氏を「言論クーデター」へと駆り立てたに違いない。それは、彼の愛国心からくるものではないかと私は理解する。
田母神元空幕僚長の論文問題(上)
2008年11月29日

 昨晩、久し振りに「朝まで生テレビ」を観た。テーマは、「田母神元空幕僚長の論文」に関してであった。なかなか興味深い議論がなされており、最後まで見入ってしまった。

 この問題に関しては、問題が発覚した当時から、非常に興味深くその成り行きを見守っていた。何故なら、この事件は、我が国の現状に対し、多くの大切なことを問題定義しているように思えたからだ。

 まず、問題点から挙げてみる。第1番目の問題点は、田母神氏が執筆した論文の内容。第2番目は、その論文を公人でありながらその肩書のもと懸賞に応募したということ。第3番目は、防衛省の田母神氏へ対する処遇の是非。第4番目は、田母神氏があのような論文を書き、肩書付きで懸賞に応募し、しかも公の場で展開した言動。そして、最後の第5番目は、憲法ならびに自衛隊の在り方に対しての現場と国民の温度差という問題。大きく分けると、この5つの問題点であると私は思っている。

 第1番目の問題点、論文の内容だが、これに関しては、10人10色、人は皆それぞれの考え方や思想を持っている。どのような歴史見解を持ち、どのような持論を展開しようが、それは言論の自由で保障されている範疇でのことであれば問題はない。問題があるとすれば、それを取り上げた側にあると思う。田母神氏の立場や社会状況、また、国益を考慮して判断するべきことであると私は思う。ただ、これは、第4番目の問題にも繋がるのだが、「言論クーデター」的な発想を田母神氏がもし持っていたとすれば、その趣旨を嗅ぎ取った審査員である人々が、その臭いを嗅ぎ取り採用したことは、理解できなくもない。そのことの是非は別にしての話だが。
 歴史認識に関しては、昨晩の討論の中でも、確か松本氏が言っていらっしゃったが、非常に複雑なものであると私は思っている。何故ならば、一方向から決め付けることができず、多面的に検証し導き出さない限り、その答えはみつけられないのが歴史であると理解しているからだ。そして、その答えは、必ずしも1つではないということだ。
 何故ならば、歴史とは、多くの当事国や当事者達が、それぞれの思惑を持ち言動したことの積み重ねによって形成され増殖していくものだからだ。それを一国の単一的な思惑だけで判断することは、あまりにも危険すぎる。一国の歴史観にしても、単一的であるはずはなく、そこに関わった多くの当事者が、それぞれに違った思惑を持ち、言動していたことが積み重ねられ形成されているはずだ。そして、他人の心の内までは、誰も覗き見ることはできないのである。よって、正しい歴史観というのは、客観的に、しかも多面的に事実を検証し、それらを紡いでこそはじめて、いくつかの真実に巡り当たるようなものであり、これが正解であるというような数学的な答えがあるものではないと私は強く信じる。
 そうやって考えていくと、1つの歴史観が正しいと決めつけること自体が間違っており、非常に危険な思想構造であるように思える。それが、特に、あのような立場にあった人間が、自衛隊の教育機関においても、そのような偏った教育を行ってきたとすれば、それは大いに問題にするべきことである。
 彼がどのような思想を持ち、どのような歴史観をもとうが、それは勝手である。だが、幕僚長という公人になった瞬間から、言論の自由は保障されながらも、彼の責任として、国益に反さない範囲での言論のみが認められる足枷が掛かることは、ごく自然のことであり、そうでなければ国体を維持することはかなわない。ましてや、彼は我が国の自衛隊のトップであり、そこに連なる自衛官達に対し絶大なる影響力をもつ立場なのであるから。

 第2の問題点であるが、例え、公人であったとしても、論文を書くことも、それを懸賞に応募しようが、それは誰にも許された言論の自由の範疇であり、誰にも制約できることではない。だが、問題は、彼が公人としての肩書を使ってあの論文を発表し、それを公のものにしてしまったところにある。幕僚長の任命権は内閣にある。だとすれば、その内閣を選任したのは国民であり、シビリアン・コントロールという意味合いからしても、間接的にではあるが国民に選ばれた役職に彼は付いているのである。だとすれば、そのような肩書にある立場にある間は、個人的な言論を自由に勝手に発表できると理解し行動してしまうことに、大きな疑問を感じる。もし、意図的でないとすれば、非常に幼稚なことであり、そんな彼を選任した内閣にも大きな責任があると言わざるをえない。だが、私には、今回の田母神氏の肩書付きの論文発表は、意図的なものであったような気がしてならない。
 何故なら、幕僚長にまで昇りつめたエリート中のエリートが、そのようなことも理解できないはずがない。ましてや、今回の論文を採用した懸賞の主催者である民間企業アパの会長と田母神氏は、知人以上の深い関係にあったことは周知の事実である。だとすれば、ある意味、これは確信犯的な行為であったに違いない。アパの会長も、田母神氏も、全て承知の上で、大きな議論を巻き起こすことを意図した上で行った、「言論クーデター」であったと私は感じている。でなければ、どうしても理解しきれない部分があまりにも多すぎる。
 現代社会において、226事件のような武力行使によるクーデターを日本で起こすことは、現実的ではないし共感を得られる行為ではない。しかし、退廃しきった日本に疑問符を投げかけるべく、田母神氏は「言論クーデター」を発起したのではないかと私は思う。そして、そのことに共感したアパの会長が、そのチャンスを与えたのではないか。そして、その言論クーデターに連なった将校達が、あの懸賞に応募した97人の同士であるような気がしてならない。記者会見での田母神氏の発言に、「もし私が指示を出していれば、1000人の自衛隊員が応募したであろう」という言葉は、彼の軍人として、指揮官としての自信をみなぎらせていた。そして、語調は静かであったが、恫喝的な響きを感じたのは私だけでないはずである。
 これが、もし、田母神氏が親しいアパが主催した懸賞でなく、肩書も付けられていなければ、それは言論の自由の範疇であり、何も問題になることでもなく、誰もそれをとやかく言えることではなかったはずだ。

 次に、第3番目の、事件発覚後の防衛省の対応には、いささか問題があったように思う。だが、知恵者がいることもわかった。誰をも傷付けず、あのような形で、事実上田母神氏を更迭したことはアッパレとしか言いようがない。退職という形であれば、彼の経歴にも傷が付かず、防衛省側にも、内閣側にも、余波は少なくて済むという咄嗟の判断であろう。あの判断は、内閣総理大臣と防衛大臣、そして、自衛隊トップによるものであることは明白だ。中でも、内閣総理大臣の判断が大きく影響したことは見てとれる。多分、公にはされていない内部事情か事実があったはずだ。彼らは、田母神氏の今回の行動が、「言論クーデター」であるという確証をえる何か具体的な事実を把握していたのだと思う。でなければ、あのように俊敏に対応はできず、またあのような対応は大きな問題になっても不思議はない。内閣府の危機管理体制が機能していることが、皮肉にも実証されたのではないか。

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