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民主党議員の人相に表れる善と悪・虚と実
2010年8月31日 いよいよ民主党代表選が行われる。誰も望んでいないが、国民やこの国の行く末よりも自分たちの思惑や自我を優先する民主党内に巣喰う魑魅魍魎たちが、国会の場で強行採決したように国民不在で民意を無視して代表選をゴリ押しする。一体全体自民党とどこが変わったというのだ? 我々有権者は、何も民主党を好き好んで政権交代させたのではない。自民党に愛想尽かしをしたから、政権交代という選択肢を選んだだけだ。そこのところを誤解するなよ、民主党。政権交代しても何らかわらない。くだらない権力闘争の繰り返し。いや、自民党よりも悪いではないか。自民党は悪いながらも、民意には敏感で議員の度量と幅も少しはあった。だが、民主党ときたら、まるで子供がおままごとで政治をしているような茶番を繰り返す。もう我々国民は、そんな政治はこれっぽっちも望んでいない。いや、辟易としているのだ。
面白いことに気付いた。同じ民主党の議員でも、閣僚のポストにいる者と代表選を推し進める者では、人相が違ってきた。閣僚ポストに就いていたり、代表選に反対していたりする議員たちは、野党時代と比べると政治家らしい良い顔つきになっている。ところが、小沢を代表にと推している代表選推進派の議員たちは、まるで自民党の悪徳代議士のような人相になってきた。偉そうで高飛車な、政治家という職を勘違いしているような顔つきになってきている。それに引き換え前原や原口たちは、非常に良い顔に成長した。与党議員らしい責任感と真剣さが、顔つきからも滲み出ている。善と悪、虚と実を端的に表している。まるで勧善懲悪のドラマを見ているようで面白い。
この期に及んで、分裂を恐れるな。自分が正しいという道を真っ直ぐ前進せよ。そうすれば、有権者は必ず正しい方を支持するはずだ。我々国民はバカではない。民主主義が数の原理で動いているとはいえ、帳尻合わせの数ではなく、本当の意味ある数でなければ、これからは成り立たない。国民、有権者は、そういうことを望んでいるのだ。本当の民主主義を。分裂しても、それで終わりではない。これからは、必ず偽善者は滅び、本物が生き残る。そして、更なる政界再編が起こるはず。さもなければ、この国に未来はない。救いもない。こうしている間にも、中国やインドや韓国は、日本を追い越していっているのだ。政治家よ目を覚ませ! 日本人よ目を覚ませ! 安穏としている時ではないぞ! さあ、立ち上がれ! 我々の国、日本のために。そして、我々の子供たちのために。子孫らに明るい未来を残せるように。
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政党
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自民党議員の政治家としての品位の低さを露呈
2010年6月11日 昨日の自民党両議院総会で、京都の選挙区選出自民党の参議院議員西田昌司の「人間の顔をしているが人間ではない、ゴロツキ集団・・・」という民主党を罵倒する発言は、現自民党の程度の低さを露呈するものである。確かに民主党には問題が山積していた。国民の期待も裏切った。だが、あの言い様はないだろう。そういう西田議員の方が、人間の顔をしているが人間ではないのではないか。政治家たるもの、最低限のマナーがあるはず。もってのほかだ。非常に差別的で、気分が悪くなる発言だ。あんな発言を許しているから、谷垣総裁も、ダメだなんだといわれるのだ。西田みたいな議員こそが、自民党のゴロツキ議員ではないか。偉そうに教育だ福祉だと言っているが、あんな発言をする議員に何ができるというのだ。本当に程度が低すぎる。そんなことをしているから、国民は自民党に愛想を尽かし、民主党に期待を寄せるのではないか。どうしようもない、救いようがない自民党。大体、党首討論さえ管に勝てる自信が谷垣になく、受けないというのだから全ては推して知るべしである。もしかしたら、もう自民党は解党して、若い心ある議員たちで新たに生まれ変わった方がよいのかもしれない。そんな風にさえ思ってしまう。
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忠孝礼をわきまえない小沢一郎の小さな器 2009年12月17日 民主党が政権を奪取して以来、出来るだけ暫くは静観し、あまり批判じみたことは言わぬようにと自らを戒めていた。だが、ここのところの鳩山総理や小沢一郎の暴走振りには大いに問題があるように思うのでペンをとることにした。 改革をしようと思えば、痛みも傷も伴う。それは仕方のないことだ。そのような自らが負う痛手を覚悟の上で改革を人は為すのだ。小泉改革の時もそうであった。もっと遡れば、明治維新の時もそうであった。改革進行中にゴチャゴチャ上げ足をとるほど、格好の悪いことはない。私はそう思っている。 だが、鳩山首相の母親との間で起きているお金の問題、そして、今回の天皇陛下に関わる小沢一郎の言動に関しては、黙って静観している訳にはいかない。勿論、現状問題がたくさんある。今のような慣例を継承してきた宮内庁にも大いに問題がある。だが、今回の問題は、そういう慣習を打破するという問題ではない。天皇陛下の尊厳に関わる問題だ。小沢一郎は、「天皇陛下を政治利用した覚えはない」と言い放ち、記者会見では逆切れしていたが、逆切れしたいのは国民の方だ。戦後60年間、国民も天皇家も、暗黙の了解で象徴天皇としての存在を認め継承してきた。そのような状況下、今までの政権は、決して天皇家を政治利用したことはなかった。また、天皇陛下をはじめとする天皇家の人々も、決して出過ぎた言動を為すことはなかった。寧ろ、皇室という閉鎖的な息苦しい環境の中で、耐え忍びながら生まれながらに背負った運命を受け入れ生きていらっしゃると言えるであろう。自由のない生活の苦しさは、経験した者にしかきっと理解できないであろう。天皇陛下や天皇家の人々の苦しみは、我々国民には容易に理解できないことだ。だからこそ、宮内庁はそのような天皇陛下をはじめとする天皇家の人々を守るということを役目として為してきたのであろう。そして、そのことを我々国民の多くも理解し受け入れてきた。 今回のことも中国の要人が天皇陛下に会うことが問題なのではない。天皇陛下が韓国を訪問することが問題なのでもない。そのことに至るプロセスが、あまりにも配慮の欠けた対応であったことに問題を感じるのだ。結果、天皇陛下はじめ天皇家の存在自体を軽んじたように、国民からも諸外国からもとられてしまう。実際に、多くの国民から、そのことに対し少なからぬ不満の声があがっている。 1か月前までに、というルールが云々ではない。そのことを気遣いなしに破ること自体が、日本国政府の驕りであり、自ら天皇制を否定しているかのごとく、諸外国政府にとられてしまうということだ。第一、あの小沢一郎の記者会見での宮内庁長官へ対しての物言いは、宮内庁長官に問題があったとしても、政治家として余りにも品位がなさすぎる。元々、小沢一郎に品位など期待はしていない。だが、もう少しましかと思っていた。630人の小沢チルドレンを引き連れての中国訪問などは、正に小沢一郎の親分田中角栄式「力の論理」を体現したのであろう。だが、その延長線上で、天皇陛下へ対してまでも、あのように高飛車なモノ言いをするということは、政治家としての資質の低さを露呈したとしか思えない。結局は、選挙屋であり政治屋でしかないということだ。いくら親方田中角栄を真似ても、結局は猿真似でしかなく、田中角栄とは月とスッポンということだ。一体、何様だというのだ。 一連の彼の言動を見聞すると、私が以前記事にしたように、やはり小沢一郎は、将来的に数の論理で力を振りかざし、自分の思い通りにならなくなったら、民主党を飛び出し小沢党を旗揚げするつもりであろう。そんな無言の威圧を、小沢派閥630人での中国訪問ということで体現したのであろう。勿論、鳩山首相をはじめとする民主党へ対しての威圧だ。同時に、最も親しい友人と田中角栄を賛美した中国へ対しては、小沢派閥の数による力の誇示であったに違いない。中国訪問からはじまり、今回の一連のお騒がせ言動は、そんな将来的な野望への序曲であったに違いない。私には、そのようにしか見えない。だとすれば、彼は既に破滅への道をたどり出しているのかもしれない。余りにも時代遅れな手法としか言いようがない。だが、そんな時代遅れが罷り通ってしまうのが、現状の日本の政治システムなのだ。何とも嘆かわしい。 そんな小沢一郎を背負い、お山のバカ大将亀井静香に足を引っ張られる鳩山首相は、普天間どころではないのだ。政権発足数カ月にして、もう既に民主党ではなく無主党になってしまったのだから。今こそ、他人に流されず、何も恐れず自らの信念と決断により、リーダーシップを発揮し名誉挽回する時ではないか。私は、そんな風に思う。
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軸足 |
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自民党本部にまつわる不正融資問題が急浮上 2009年10月12日 永田町に本部を構える自民党。しかし、その本部ビルも、もう老朽化が進み担保価値もどん底だという。にもかかわらず、その自民党本部ビルを担保に、100億円近い融資を続けるR銀行。今回の選挙で大敗した自民党に、新たなる火種が生まれた。このR銀行による不正融資問題を、マスコミだけでなく、国税ならびに地検が捜査しだしているという噂だ。これが事件に発展すれば、自民党は致命的な打撃を受けるであろう。敵陣民主党の大将は元自民党の重鎮小沢一郎である。それだけではない、その民主党が連立を組んでいる国民新党には、自民党の裏の裏まで知り尽くしている亀井静香をはじめとする元自民党重鎮が顔を揃えている。自民党にまつわる不正融資問題が事件化しても不思議でない。いよいよ、これで自民党にとどめがさされてしまうのか? 果たして、どのように自民党は生き残りを試みるのであろうか。
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