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選挙ばかりを意識した民主党の対応に大きな疑問 2008年2月22日 2月19日未明、千葉県房総半島沖の太平洋上で、海上自衛隊の最新鋭イージス艦「あたご」と延縄(はえなわ)漁船との衝突事故が起こった。漁船は船体が真っ二つになり沈没した。その漁船の乗組員だった吉清治夫(きちせいはるお)さん58歳と長男哲大(てつひろ)さん23歳は、未だ遭難したまま安否が気遣われている。事故直後のイージス艦「あたご」の対応に、被害者家族や漁師仲間、そして、マスコミから大きな批判が沸き起こっている。確かに、防衛省の石破大臣への報告も、事後1時間半を過ぎてから、福田総理への連絡は、それから更に30分遅れ、約2時間を過ぎてからのことであった。これが、もし事故ではなく、有事であったら一体日本という国はどうなってしまうのであろうか? 非常に大きな不安を感じる。 これは、事故直後の被害を受けた漁船へ対する対応も含め、防衛省制服組に蔓延る隠蔽体質に大きな原因があるのではないか。現場では、上官への報告義務よりも、発生した問題を如何に小さく収め、表沙汰にならないように、ということにばかり気を取られていたようにしか思えない。結局のところ、現場責任者のミス隠蔽による責任回避ということが、日常茶飯事的に行われている制服士官組の悪い体質を露呈しただけであり、国民の信頼を大きく裏切る行為でしかなかった。 通常、船だけではなく飛行機でも車でも、大型のモノの方が回避行動に時間を要するのは常識である。しかも漁船団は複数隻の小型船で群れていたので、軽はずみに右往左往すれば、別の惨事を招きかねない。そうならないために、大型艦船はできる限り直線航行するであろうことは想像がつく。あれだけの大型艦船が急に方向転換すれば、当然のことながら大きな波が起こったり、死角が増えたり、と他の弊害が数々でたはずである。また、イージス艦には、艦橋トップ以外に窓はない。前方艦橋から戦艦先端部両側は、角度的に死角となっており、あの大きさの漁船は、多分死角に入り姿を確認できなかったのではと思われる。その辺の詳細は、調査が進むにつれ明らかになるであろう。 問題は、事故後の民主党の対応である。昨日20日の記者会見で、鳩山幹事長は、参議院で石破大臣の引責決議を求める可能性が高い旨を発表した。しかし、本当にそれが正しい判断で、国民が望んでいる判断であろうか? 大きな疑問を感じる。 石破大臣ほど、防衛大臣に適任の政治家はいない。本人も、その役職に誇りと自信と情熱を持っている。その証拠に、旧態依然とした防衛省内を大改革しているではないか。民主党が言うように石破大臣を引責辞任に追い込んで、誰を次の防衛大臣に据えるというのだ? その方が、国益に反する気がしてならない。今回の件も、報告義務を遅滞させた制服組に問題があるのであって、石破大臣が過ちを犯したわけではない。確かに、防衛省の最高責任者としての責任はある。しかし、最高責任者であるからこそ、この悪習を改革することこそが石破大臣の責任であり、今回の事故の真相を突き止めることが正しい責任の取り方であるはずである。 石破大臣就任後、間違いなく防衛省は意識改革されているのであるから。ただ、どんな改革にも、必ず反発が生じる。そのような反発行為に対して、一々大臣が揚げ足を取られ引責をつきつけられるのであれば、大臣なんか誰もやっていられない。民主党は、政治の基本がわかっていない。というか、次の選挙で勝つことしか考えていないとしか思えない。これまた、民主党の勝手理論の展開でしかない。大体、被害者家族も、大臣を引責するのではなく、事故の真相を究明し、自衛隊内の悪習を改革してくれるようにというような旨を言っているではないか。 同じようなことが、道路特定財源の問題でもいえる。盛んに民主党は、道路特定財源に反対している。しかし、机上の空論であって、国民の立場にたっていない。 確かに、道路に関しては問題点が多い。必要ない道路もある。だが、一番の問題は、道路建設の優先順位であって、道路建設自体ではない。宮崎などは、行けばわかるが、昔から本当に陸の孤島である。他にもそのようなところがたくさんある。その反面、こんなところに、こんな立派な道路が何本も必要なのか、と疑問を感じるところも多々ある。問題は、道路を作ることではなく、それに携わる役人や政治家にあるのだ。そのことを等閑にして、ただ選挙を意識しての目先の点数稼ぎ的に道路特定財源反対、増税反対では、あまりにも国民を馬鹿にした話にしか聞こえない。 大体、道路というのは、例え過疎地であっても、日本国民がそこにいる限り、他の国民同様、最低限の生活ができるよう整備するのが国の務めであり義務である。都会は人口が多いから道路を充実させ、過疎地は採算が合わないから道路は作らない、それではただの商売でしかない。そうではない、平等に国民全員が最低限の生活を維持できるようにするのが、国の役目であるはずだ。 どうも、民主党の軽いノリと体質は変わらないようだ。いつまでたっても、政権奪取ばかりを一つ覚えのように唱え、そのためにはあらゆる手段をいとわない。そうではないはずだ。政治というのは、国民のためにあるものであって、特定の党派や政治家のためにあるものではない。その根本を踏み外している間は、どんなに目先の人気を得ることができたとしても、本物の党にはなり得ない。もっと民主党はしっかりしてほしいものだ。そして、常に、国民の立場にたってモノを言ってほしい。皆様は、如何お考えか?
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政党
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自民党幹事長VS政調会長の確執は安倍首相の指導力の弱さを露呈 2006年12月15日 郵政造反議員復党問題に続き、今度は政策に於いて、再び自民党中川幹事長と中川政調会長の確執が表面化している。立場上、幹事長と政調会長は、ぶつかり合う宿命だ。だが、党首の指導力が強ければ、このようなことは起こらない。要職にあるそれぞれの議員が、自己主張ばかりを繰り返していれば、党内も、政権内も、足並みが崩れる。 政治家とは、野心が強く、「隙あらば・・」と虎視眈々とチャンスを狙って、ライバルが躓くことを待っている海千山千である。執行部内での確執が露呈すれば、他の議員達も好き勝手をしはじめるに決まっている。そうなれば、当然のことながら、安倍政権の求心力は低下する。安倍首相にとっては、非常に頭の痛いことである。 こういうことが起こるということは、舞台裏での根回しや調整が上手く為されておらず、充分に機能していない証拠である。ある意味、若い議員達による安倍政権の弱点かもしれない。真っ正直に、直球で勝負することは得意だが、変化球で人心を掌握するということが、あまり上手くないのではないか。こんなことが繰り返されれば、党執行部や閣僚達が、安倍首相を蔑ろにしているのではないかとさえ勘繰りたくなってしまう。だが、こういうことが幹部議員達によって繰り返されれば、どんなに頑張っていても、首相として、党首として、安倍総理の力量に問題があるのでは、と国民は思ってしまう。 安倍総理の一日を新聞で拝読していれば、どれだけ一生懸命、精力的に、安倍総理が日々頑張っているかは読み取れる。だが、指導者とは、それだけではダメなのだ。人心を鷲掴みにするしたたかさがなければ。時には、格好良くスマートにお行儀が良いよりも、泥臭くしたたかな一面を見せることも必要なのではないか。そこのところが、安倍政権、安倍首相の弱点なのかもしれない。
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陰謀もここまでくると・・・ 2006年12月1日 今夜のニュースで一斉に片山さつき代議士と佐藤ゆかり代議士が、先月29日の衆院経済産業委員会での官製談合防止法改正案採決に、無断欠席したと報道された。両代議士の無断欠席に対し、石原伸晃幹事長代理は1日異例の記者会見を開き「あるまじき行為だ。職責を全うするためにも日々研鑽してもらいたい」と憤りを露にした。石原氏の記者会見を受け、片山氏は1日、記者団に「マスコミ対応に追われていた」と釈明。佐藤氏も「(委員の)差し替えをしようとしたが、事務所のミスで行われていなかった」として謝罪した。 しかし、どうもこれは、郵政造反議員復党の反対した両議院へ対してのある意味「いじめ」であったようだ。両氏は、大人の対応として、無断欠席したという事実だけを受け止め、反論することはせず無断欠席をしたことに関して自らの責任を認め、謝罪した。だが、事実は、当日、片山、佐藤両代議士が無断欠席になるような仕掛けが、彼女達へ対し仕組まれていたようだ。しかし、そのことに関し彼女達が言い訳をすれば、騒ぎが大きくなり、そのことが党内の混乱だけではなく、有権者へ対しての不信感に繋がり、野党に対しては攻撃材料を与えてしまうことになりかねないと二人は判断し、敢えて悔しい思いを呑み込み、全てを二人の腹の内に納めたということのようだ。 郵政造反議員が復党した途端に、この有様だ。これでは、もしも、片山代議士と佐藤代議士がこのような大人の対応をしなかったならば、党内はリベンジ合戦に発展していたに違いない。この対応一つをとって見ても、双方の政治家としての資質の違いは明白である。 悪党世に憚るとは、よく言ったものだ。自民党も、せっかく晴れやかな空の下、新しい時代を迎えたように思えていたが、結局、また妖怪が住むおどろおどろしい世界へ逆戻りしてしまったようだ。野党民主党もダメ、自民党もこの有様では、日本の将来は望み薄。日本の政治は一体どうなり、日本の将来は大丈夫なのか? 妖怪軍団は、仲間を取り戻し、ガッチリとスクラムを組み直してしまったらしい。やはり、郵政造反議員を復党させたことは、安倍首相自身の足を引っ張ることになりかねない。一度斬り捨てられた者の恨みは深く、必ずや敵討ちがあるので、情を絡ませれば自らの寝首をかかれることになりかねないということは、遠い昔から武将にとっての常識であった。残念ながら、安倍総理には、リーダーに必要不可欠な、小泉さんのような非情さが足りなかったのかもしれない。安倍総理、足を引っ張られるだけではなく、寝首をかかれぬよう、どうかくれぐれもお気をつけください。
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自民党は政治家の資質で公認候補を選ぶべき 2006年11月29日 遂に、郵政造反議員11人の復党が現実のものとなった。これは、有権者である国民を裏切る暴挙であり、必ずこの報いを自民党は近い将来負うことになるであろう。しかし、それは彼らが判断したことだから、今更トヤカク言っても仕方ない。「自由」とは「責任」の上に成り立つものであるのだから、彼らが自ら、その責任を負えばよいことである。ただ、自由民主党という名前にもある、「自由」ばかりを優先し、民を主とする「民主」の部分が蔑ろにされた気がしてならない。自民党は公認する権利はあるが、選ぶ権利は選挙民、有権者である国民にあるのではないか? 今回の安倍首相率いる自民党の在り様は、現代日本の問題点を露呈している気がする。教育現場で起こっている問題と、非常に似ているような気がしてならない。「いじめ」あり、「自己中」あり、「理不尽」あり、やはり子供達は親の後姿を見て育ち、国民は政治の後姿を見て育つのだなと実感させられた。 ただ、これだけは言っておきたい。どうでもよいような、選挙での集票マシーン的な復党した郵政造反議員達より、落下傘と言われても、政治家としての資質も能力も高い議員が、先の郵政改革選挙での刺客となった新人達の中には沢山いる。確かに、政治家は当選しなければタダの人である。しかし、これからの政治は、選挙を政策に対する国民の審判の場と認識し、党は、それぞれの政治家を、政治家の資質で判断し公認するべきである。時代は、そういうふうな時代に変革しだしているのだ。そして、国民の政治へ対する意識も、そういう方向へ転換しつつあるのだ。この流れを逆行させるような行為は、それこそ国益に反する大罪に等しい。このことをよく肝に銘じて頂きたい。 どの議員が議席獲得のために、即ち党の将来のためになるかで判断せず、どの議員が日本国の将来のためになるかという政治家の資質の部分で判断して頂きたい。例えば、強い後援会を持ち組織票を保持しているとしても、政策ではなく、敵対する議員の関連場所へ、糞尿を撒いたり、諸々の痴態を繰り返すような低俗な後援会など、例え票があったとしても、これからの日本の政治にはまったく必要がない。そういうことをする人々は、真剣にこの国のことを思慮しているのではなく、自分達の欲得のために政治を、政治家を利用しようとしているだけであることは明白である。そんな話を聞いただけで、憤りは沸騰点に達する。 大体、そういうことを後援会の人間達がしていても黙認している野田聖子なるポンツク政治家と、そのような辛酸に耐えながら国のために一生懸命働く佐藤ゆかり議員と、どちらが政治家としての資質が高く、今後の日本国のためになるかは、誰の目にも一目瞭然である。お断りしておくが、私は、別に佐藤代議士の後援者でも、応援者でもない。ただ、あのような痴態を平気で演じる野田女史の後援者達のレベルの低さ、そして、そのような後援者達の票を逃すことが怖くて何も言えない野田女史の政治家としての資質の低さに、大きな憤りを禁じえないだけのことである。 しかし、野田女史、考えようによっては一貫性がある。票のため、復党のためならば、自分の信念も曲げる。票を失うのが怖いから、例え悪行と分かっていても、自分の後援者達の痴態を制止することもできない。恥ずべき一貫性があるではないか。そんな議員を有権者である国民は、国政に必要とは思っていない。そんな議員の復党を認めた自民党も自民党、票に目が眩み、国民を蔑ろにする行為には、心底腹が立ってしかたがない。安倍総理は、一体、如何お考えなのか? 逃げてばかりいず、ハッキリと一度国民に釈明して頂きたい。このことは、改憲よりも大切な問題ではないか!?
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いくら憲法改正を目指しているとはいえ・・・ 2006年11月28日 遂に、平沼赳夫氏を除く郵政造反議員11人が復党した。いくら、安倍首相が憲法改正を目指しているとはいえ、少々品がなさ過ぎる。元々、政治に品格を求めることじたいが間違いなのかもしれない。だが、それにしても自分が為したいことのためなら何でもありなのか? 昨今、教育現場で問題になっている道徳心は、どこに置き去りにされてしまったのか。 確かに、憲法改正という大きな目標があるのかもしれない。しかし、選挙を政策論争に基づき為すという、王道に小泉前総理が戻したのではないのか? それが、今度は、来年の参議院選挙のためだとやら、憲法改正に必要な全議員数の2/3を確保するためだとか、政党助成金を確保するためだとか、何だか自民党は後戻りはしないと言いながら、しっかり後戻りしているではないか。 例え、盟友であろうとも、政策論で意見を異にすれば、苦渋の思い出袂を分かつのが男ではないか? それが、政治の本来目指すべき姿であるのではないのか? 大体、自民党内部の事柄であるにも関わらず、有権者を頭越しに勝手な言い分ばかりを叫ぶ。まったくもって不届き千万、国民をバカにするのもいい加減にして頂きたい。 結局のところ、小泉前首相とは違い、安倍首相は、やはりただの二世政治家であったということだ。親の代からのシガラミを振り払うこともできず、自分の我儘を通す駄々っ子にしか見えない。やはり、今、教育現場で問題を多発させている親達と同じ世代であり、同じような自己中心的なノリだということだ。先の選挙で公認しなかったのは、安倍さんではなくとも安倍さんが総裁を務める自民党。そして、その政治家達を選挙で選んだのは、他でもない国民なのだ。今回の造反議員復党問題で、安倍さんは、自ら強運をかなぐり捨てたとしか思えない。やはり、小泉前首相とは違い、人の心を読む力に劣っていたのかもしれない。国民は、そんなにバカではありませんよ。これだけは、申し上げておく。
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