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教育現場の荒廃を改善するには・・・ 2006年11月26日 昨今、心を痛めるような子供達に関わる問題が頻発している。そのような状況下、政治もメディアも、教育の問題を連日取り上げている。しかし、本当の意味での解決策が見出されてはいない。メディアが報道することも、国の宝である子供達のこと教育のことに多くの国が関心をもちだしたという意味では、有意義であるのかもしれない。だが、視聴率等を度外視して、真剣に取材し、報道するべきである。 どうも、永田町での議論も、メディアの報道も、子供達の問題でありながら、大人たちの都合や思惑で議論を繰り返している気がしてならない。これでは、何も解決されない。子供達の心を傷つけ、苦しめるだけで、何も解決されない。 このブログの記事でも報告したが、私の子供達が通っていた公立小学校の校長先生が胃癌で先日亡くなられた。道徳の先生で、教師の教育等にも心を砕かれ、色々な活動もされていた。その先生が、仰っていた。「恩田さん、私はね、本当は、全部の生徒達に、女の先生の担任だけでなく、男の先生の担任も経験させたいんですけどね。女の先生からも色々なことを学べる。でも、男の先生からも色々なことを学べる。だけど、今、男の先生は、凄く少なくなってしまったのです。若い男の先生が誕生したと思っても、直ぐに教師という職業に挫折してしまったりして、男性教師を確保することが凄く難しくなってしまった。でも、教育はバランスが大切なのです。何とかしなくちゃですね・・・」これは、私が、常々「男にしかできないこと、女にしかできないことがるのだから、差別ではなく、男は男らしく、女は女らしく、ということも大切なこと」ということを言っていることを受けて、その校長先生が、私に話してくれたことでした。 この校長先生の言葉は、非常に貴重な言葉である。この言葉の中に、荒廃する教育現場をよりよくするための第一歩になる答えが隠されているように私は思う。 難しい議論を繰り広げるの大切なことなのかもしれない。しかし、我々国民、我々保護者が、直ぐにできることがある。それは、まず、子供達が一生懸命勉強し育まれる教育の現場、即ち学校に、中庸な心を保ちつつ関心を持つことである。クレームをつけたり、学校や教師を恫喝するばかりではなく、一緒に汗や涙を流しながら参加することである。そして、今一番必要なことは、父親が教育現場に、もっともっと関心をもち参加することである。それだけでも、教育現場は、随分と活性化されるはずである。母性に根ざした母親の感覚だけではなく、教育現場でも子供達は父性を必要としているのである。
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教育問題
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本日、加藤八郎先生がお亡くなりになりました 2006年11月13日 本日、加藤八郎先生がお亡くなりになりました。加藤先生は、本年3月末日まで、東京都港区立白金小学校で校長先生を務めていらっしゃいました。今年3月に長女が卒業するまで、6年間PTAの活動をキッカケに親しくさせて頂き、公私に渡って色々とご教授頂きました。 公立小学校の校長先生の、一校での任期は普通3年だそうです。ところが、加藤先生は今年3月末日で定年退職されるまで、6年間東京都港区立白金小学校で校長先生をされておりました。当初より異例なことであり、非常に優秀な先生であると聞いておりました。文科省も、非常に期待を寄せている先生であられる、ということも聞き及んでおりました。長男が2年生、長女が入学と時を同じくして赴任され、ずっと最後までご一緒させて頂きました。非常に優しい素敵な先生でいらっしゃいました。 私は、加藤先生から色々なことを学びました。長いようで、非常に短い、アッと言う間の6年間でした。最初に赴任されて直ぐ、PTAが主催した餅つき大会で、加藤先生と一緒に餅つきをさせて頂いたことが、お近付きになったキッカケでした。嘗て武道をしていた私は、その道場で毎年年末に孤児院に赴き餅つきをしていた経験があり、餅つきには少々自信がありました。ところが、餅つきを始めてみると、スリムな加藤先生の方がずっと上手に餅をつかれました。驚く私に、「恩田さん、私は新潟の出だから、毎年何回も、お餅をついて育ったのですよ」と優しいお言葉を頂きました。それ以来、公私に渡り、非常に親しくして頂いておりました。そして、昨年の暮れにも、餅つきがあり、また一緒に餅つきをさせて頂きました。幾つも杵と臼はあったのですが、私と加藤校長先生の周りには、忽ち6年生の生徒達が集まり、掛け声をかけながら、皆で一体になりながら餅をつきました。 その日は、私も、加藤先生も、小学校最後の餅つきということだったのですが、何故か私も加藤先生も、心中これが今生最後の餅つきだね、という気持でついていました。そのことは、言葉にしなくとも、お互いに分かっていたような気がします。 そして、卒業対策委員長を拝命していた私は、娘の卒業のため、加藤先生の退職のため、最高の謝恩会を催すことを心に決めました。無事謝恩会も、皆様方に喜んで頂きつつ終わらせ、遂に卒業式を迎えました。言葉にしなくとも、先生が何を言わんとしているかは伝わってきました。公衆の面前であったので、丁重にご挨拶をして、しっかりと握手を交わしお別れしてまいりました。その時の先生の目は、今日の日のことを予感していらっしゃったと私は思っておりました。 60歳というあまりにも早すぎる死。胃癌という病魔には、さすがの先生も勝てなかったようです。しかし、全摘出の存命率が高くなった胃癌で、全摘出をしたにもかかわらず、このような結果になったということは、やはり現在の教育現場が、どれだけストレスの溜まるところであったのかということを物語っているのではないでしょうか。 加藤先生は、公立小学校で使用する道徳の教科書の著者でもありました。校長会の会長でもありました。全国どこでも、子供の事件が起きたり、子供が命を落とすような事件や事故があると、ご自分の目や耳で見聞するため、無理をしてでも必ず現場に出掛けられていました。子供達にも慕われておりました。あんなに素晴らしい先生に、私はお目にかかったことはありませんでした。娘は、卒業後も、加藤先生と文通をしていたほどです。他のお友達の多くも、文通をしていたようです。そういう先生が、今でもいらっしゃったのです。しかし、そういう貴重な先生が、何故こんなにも早く亡くなられてしまうのでしょうか。今こそ、加藤先生を、日本の教育現場は必要としていたのに。 3月末の退職後は、都の教師を教育する機関に就職されていました。ですが、体調が思わしくなく、入退院を繰り返されていたと聞き及びました。志半ばにして、さぞかし無念であったことだと思います。本当にありがとうございました。加藤先生にお目にかかれたことは、私にとっては忘れがたい大切な思い出となりました。色々と貴重なご教授ありがとうございました。ご冥福を心底よりお祈り申し上げます。
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「いじめ」に関しての報道の在り方に大きな疑問 2006年11月13日 ここ暫く「いじめ」の問題やら未履修問題やら、ニュース番組でもワイドーショーでも教育関係の話題一色だ。教育の問題を、話題にすることはよいことである。今、全国民が、教育の問題を真剣に考え、改革していかなければならない時にきていることは間違いない。 しかし、その報道姿勢には、もう少し配慮があってもよいのではないか。何でもかんでも、他社との競争で、垂れ流し状態で報道すればよいという問題ではない。報道したことによって影響がでるような、非常にセンシティブな問題である。 例えば、「いじめ」予告の手紙についての報道や、「いじめ」が原因での自殺という問題の報道である。こういうことを無節操に報道すれば、必ず模倣犯的な便乗犯が出てくることは予想がつくことだ。また、いじめたり、いじめられたりしている子供達は、大人の注意を引きたいのだ。大人に耳を傾けてほしいのだ。大人やマスコミが騒げば騒ぐほど、伝播し、連鎖的に自殺予告や自殺は全国的に広がる。 豊島区の消印で投函されたので、豊島区内の学校を中心に警戒している、などと盛んに報道している。しかし、そこまで報道する必要がどこにあるのだ。悪戯に、騒ぎを大きくしているだけだ。そのような手紙があったことをマスコミにリークする関係機関も関係者も、問題だ。こんなに騒ぎが大きくなれば、出てきたくとも出てこられるはずがない。どんどん、問題は水面下に沈殿してしまう。 大体、豊島区の消印があったから豊島区内の学校を、などという発想も非常に浅はかである。豊島区池袋駅を経由する電車には、通学生が溢れている。山手線の駅なので、都内全域に及ぶ。また、池袋を経由する生徒には、都内だけではなく埼玉などの学校へ通う生徒も多いはずだ。また、池袋には学生達が都内全域近県からも沢山来ている。このような状況であるにも関わらず、安易に豊島区内の学校に限定するなどということ自体、非常に単純過ぎる発想ではないか。その上、テレビをはじめとするメディアで、あれだけ騒いでしまえば、出てきたくとも出てこられない。また、後追いする生徒達が出てくることも間違いない。もっと、教育というものを上辺だけでなく、真剣に関係者もマスコミも取り扱って欲しいものだ。
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かつて教師とは聖職者であった 2006年11月5日 昔は、教育という職業を聖職と言い、教師を聖職者と呼んでいた。読んで字のごとくである。聖域(サンクチュアリー)を司る職業であったのだ。その聖域とは、教育現場のことだ。教育現場を、偏向しない清らかなる場所であるべきという意味を込め、聖域と捉えていた。それはまた、聖職者に全てを任せ、学校という教育現場には、聖職者以外は口を挟むべきではない、という意味をも込めていたのかもしれない。よって、今でも続く、父兄参観という行事が、年に数回催されたのかもしれない。何故なら、普段は親でさえ、聖域である学校には足を踏み入れられなかったからだ。そのかわり、聖職者である教師も、親へ対しても、子供へ対しても、大きな責任を自覚しつつ教鞭をとっていた。 この形は正しい、と私は思う。本来、教育とは、こういう形であって然るべきである、と私は思う。子供達は、無垢な白紙の状態で生まれてくる。そして、成長していく。真っ白な状態の子供達に、例え教師といえども、大人の思惑で色をつけては絶対にならない。それは天に唾を吐くようなことであり、神を冒涜するに等しいことだ。 子供達が大人へと成長していく段階で、当然のことながら色がついていく。しかし、その色は、大人や教師の思惑で他人からつけられるものではなく、自ら学び、知識を得ながら、自らの判断の中で育まれ、自然に内から湧き出してくる色であって然るべきだ。教師も親も、その経過でのサポーターでしかなく、サポーター以上でも以下でもない。その一線を守らなければ、かえって子供達は迷い苦しみ、出口のない迷路に迷い込んでしまうことになる。今、教育現場で起こっていることは、そういうことが繰り返されての結果である、と私は思う。 親も、教師も、教育者関係者も、学校も、地域も、社会も、国も、全ての大人達が、出過ぎて教育現場のバランスを崩してしまっている。サポーターに徹するという一線を越え、無責任でうるさい傍観者になってしまっている。無責任に声を荒げ批判することは簡単である。しかし、責任をもって、子供達を教育することは茨の道なのである。親も、教育関係者も、世間の全ての人々が、まず聖職者である教師を敬う姿を子供達に見せること。そして、聖職者である教師は、人々から敬われるような人であるよう努力する。それには、大きな責任を自覚することだ。その責任とは、子供を預かる親へ対しての責任、国の未来を支える子供達への責任、そして、国を支える子供達を育てるということによる国と国民へ対しての責任である。こここら始めなければダメだ。この基本が、戦後60年、忘れ去られている。その原因は、教育現場のシステムの問題、そして、家庭教育の問題、家族の形の問題にある。 戦後、日本の家族は核家族化されてしまった。そして、高度経済成長を経て、日本は経済大国へと成長した。しかし、同時に、物質文明に翻弄され、精神性を忘れ去ってしまった。かつて、家族は、子供達が最初に接する小さな社会であった。祖父母がいて、両親がいて、時として、叔父や叔母もおり、従兄弟達もいた。当然のことながら、兄弟姉妹もおり、彼らと接し生活することから、人との関わりということを学んだ。そのような家庭環境が、親子の関係や兄弟姉妹、家族との関係を健全に育んだ。そして、その延長線上で、人との接し方や礼儀作法も身に付けた。このような道徳教育が、家庭で自然の内になされていた。当然のことながら、親は子供を学校に預けた以上、聖職者である教師に任せ、聖職者である教師を敬い、それを子供達の前でも態度で表していた。子供達は、そんな親達の後姿を目の当たりにして育った。当然のことながら、教師には一目置いていた。 ところが、戦後、そのバランスが崩れた。それは、「平等」「自由」ということの履き違えからはじまった。誰もが「平等」で「自由」、この発想が、親も、教師も、生徒も、皆「平等」で「自由」である、と子供達に勘違いさせるような非常識をつくってしまった。また、親達も、それが正しいかのように思い込んだ。 私は、アメリカで長年生活した経験から、同じ民主主義でも、日本とアメリカが大きく違う原因はここにあると思った。「自由」と「平等」ということの捉え方だ。アメリカ人は、「自由」と「平等」には、同時に「責任」が伴うということを承知している。しかし、多くの日本人は、「自由」と「平等」は主張するが、「責任」を蔑ろにしている気がしてならない。教育現場も、例外ではない。「自由」と「平等」を、親も、学校も、教育委員会も、文科省も、履き違えた結果、今の教育現場の荒廃が起こったように思う。子供達は、やはり身近な親の言動を背後から見聞し育つ。そして、真似ることによって、成長していく。その結果が、今の教育現場で起こっている諸々の問題なのだ。ということは、これら現在頻発している問題は、親である大人達が、自分達の姿を投影していると思い、真摯に受け止めることなくして、解決への道は開かれない。子供達に起こっている問題であるが、実は大人達の問題なのだ。いじめの被害者だけではなく、いじめている加害者も、実は親という加害者による被害者であるということを強く認識し議論しなければ、本当の意味での解決策は望めない。結局は、場当たり的な小手先芸に終始してしまうことになりかねない。 単純に一つのことを解決しようとして、全てが解決できる問題ではない。時間をかけ、一つ一つ真正面から、逃げることなく対峙して解決していかなければ、教育は再生されない。小手先芸ではダメなのだ。それには、「ゆとり」が必要である。しかし、その「ゆとり」とは、ここ数年いわれ続けた「ゆとり教育」の「ゆとり」とは違う。個人の時間に「ゆとり」をもたせるための「ゆとり」ではない。「ゆとり」を持って、「余裕」をもって、焦らず教育ができる、じっくりと子供達と対峙できる、「精神的ゆとり」ということなのだ。土曜日をカットし、個人の時間を増やすことではない。逆に、もっと教育のための時間を増やすぐらいでもいい。ゆっくりと、じっくりと、思考できる「ゆとり」が今求められている。そして、その「ゆとり」とは、答えを急ぐのではなく、納得するまで議論して答えを得る、ということができるような「ゆとり」なのだ。 知識を詰め込むことよりも、人としてどうあるべきか、ということを10代の内に学ぶことの方が必要であり、大切なことなのだ。受験のための偏差値よりも、人としての人間値を高めるべく努力をすることの方が大切なことなのだ。そのために、国は何をなすべきか、親は何をなすべきか、教師は何をなすべきか、を議論しなければ、本当の解決策は見出せない。 た同時に、じっくりと子供達に対峙できる、教師への「ゆとり」も必要不可欠だ。教師も人間である。家族を守り、生活しなければならない。そのような基本的な人権が脅かされたり、不安な状態であったりすれば、子供達と真剣に対峙することも難しくなる。まずは、教師たちの気持や心が安定しなければ、子供達の気持や心も安定せず、教師から子供達へ何も届くはずもない。教員定数で不安を抱えたり、妊娠や育児休暇で職場を追われたりという不安を取り除くことも、教育現場を活性化する重要な要素であろう。 子供達は、国の宝。子供達が迷い苦しんでいるようでは、この国に未来を見出すことはできない。この教育という問題は、戦後60年掛かって、ここまで荒廃してしまった。多分、この問題を本当の意味で全てを解決するには、同じだけの年月、最低限60年掛かるのかもしれない。しかし、そのことを躊躇ってはいけない。直ぐにでも、行動を起こさなければ、取り返しのつかぬことにもなりかねないのだから。
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バランス感覚を失った日本の教育現場 2006年10月31日 ここのところ、教育現場に纏わる事件が連日報道されている。履修単位の問題、いじめの問題、どれもこれも自然発生した問題ではなく、ある意味人為的に起こった問題である。 本来、教育現場というのは、偏向することなく、バランス感覚が常に保たれているべきである。ところが、戦後60年、日本の教育現場は、荒廃してしまったと言っても過言ではない。その根本には、日本人の精神を骨抜きにせんがための進駐軍による戦後政策が影響していることは間違いない。アメリカ人は、日本人の精神性に驚異を感じていた。彼らの思考回路では、到底理解できないことであった。だからこそ、骨抜きにしてしまうことが、今後再び日本をアメリカにとっての脅威として復活させないための道と思ったのだ。 確かに、そのアメリカによる戦後政策の結果、日本は60年間平和を維持することができた。軍隊を必要とするような危機的状況に巻き込まれることもなかった。だが、そのような平和と引き換えに、日本人は魂を売ってしまったと言っても決して過言ではない。そのようなアメリカの戦後政策が、戦後60年にして、結実しているのである。アメリカも忘れていた、戦後政策の答えが、今、奇しくも日本の教育現場に症状としてあらわれている。 一言で言ってしまえば、平和ボケしたが故に、教育現場でも五感が退化し、予期していなかった悲惨な事件が、次から次へと発生しているのだ。ある意味、アメリカの戦後政策は成功したのかもしれない。しかし、日本にとっては等閑にはできない重大なる問題に発展してしまったことは間違いない。 戦後暫くの間は、日教組が強く、教育現場は荒れていた。自由の履き違えも甚だしい状況であった。大体、自国の国旗や国歌を認めない、とか掲揚したり斉唱したりしない、などということを教育現場で子供達に強要することの方が、教育という事柄を履き違えていること甚だしい。国旗や国歌を敬うな、と教育するような国が、世界中探してみても、日本以外に何処にあるというのだ。 国旗を掲揚することが正しくないか、国歌を斉唱することが正しくないか、は成長した後子供達が独自に判断することであって、大人が、ましてや教師が強要するものではない。日教組の教師達は、国旗の掲揚と国歌の斉唱を学校で強制することに反対、と唱えているが、それは逆で、掲揚させず斉唱させぬことの方が、子供達へ対しての強制である。教師にその権利はない。 大体、国旗を認めず、国歌を認めない、というのであれば、学校という教育現場でそのことを子供達に強要するまえに、まず国旗を変えようとか、国歌を変えようという議論を教育現場ではない場で為してからが筋であろう。無垢の子供達が勉学にいそしむべき学校という場で、一番の弱者である子供達を洗脳するような、そのようなことの方が非常識なことは一目瞭然である。そのことは、諸外国のメディアが、常に不思議に思い続けてきたことであった。 昨今では、教育現場のバランスも少々変わってきた。以前のように、必ずしも日教組が強いというのでもない。日教組に所属する教師の数も年々少なくなってきた。それでも、尚、教育現場での問題は絶えない。何故ならば、やはり教育現場でのバランス感覚が欠如しているからだ。 昔のように親は、教師を尊敬しなくなった。また、親に尊敬されるような教師も少なくなった。その結果、親は子供達の前で、教師の悪口を平気で言う。当然のことながら、そんな親による教師へ対しての批判ごとを耳にした子供達は、教師へ対して尊敬の念などもてなくなる。それどころか、教師を生徒が馬鹿にさえするようになってしまう。その結果、教室は荒廃する。教師によって、生徒達を纏められなくなってしまう。 教師は、父母に攻撃されることをおそれ、信念を失う。その姿は、子供達に勘違いをさせる。教師は親がお金を払って雇っているのだから、自分達が言うことを聞く必要などない、と子供達は思ってしまう。 同じようなことは、家庭内でも起こっている。母親は、子供達の前で、父親を罵倒する。その結果、子供達は父親を尊敬しなくなる。父親は家に居場所がなくなる。当然のことながら、家庭内では不協和音が生じる。そして、両親の不協和音を察知した子供達は、寂しさを癒やそうと、外へと目をむける。または、そのはけ口を、「いじめ」という形で、他人へと向ける。それらの行為は、どれも大人達や親達の行為の後姿を真似した姿なのである。 教師は教師で、上と親しか見ず、生徒達へ目を向けない。クラスを上手く纏めたいが一心で、生徒の気を惹くために、生徒達が「いじめ」ている生徒を敢えてスケープゴートにしてしまう。本来、教師が救わなければならぬにも関わらず、いじめられた上に、教師にまでスケープゴートにされた生徒は、死を選ばざるを得ない状況に追い込まれる。 「いじめ」によって死に追い込まれても、その後、その教師や学校長の態度は二転三転する。この期に及んで自らの保身や学校の存続のため、問題と正面から対峙しようとしない。記者会見を開き、ノウノウと「いじめ」が原因であるという証拠がないので、「いじめ」による死とは言えない、などと平気でのたまう。あのようなことを、記者会見の場で平気で言える校長は、教育者でもなければ、人間でもない、悪魔としか言いようがない。あのような人間を校長に奉る、現在の日本の教育現場に問題があることは誰の目にも明らかである。 この教育現場で起こっている諸々の問題の解決策は、一つである。それぞれが、逃げず、真正面から対峙する。それだけである。小手先芸では、答えはだせない。その場凌ぎの対応でも、答えは得られない。子供達と真正面から対峙しなければ、この国の未来を支える子供達を救い出すことはできない。子供達を救い出すことができないということは、この国に未来が無いということに等しい。教師も、文科省の役人も、親も、全ての大人達も、そして、子供達も、思惑で言動せず、心で受け止め、心で感じ、心眼で見、心で聞き、心で語って、はじめて解決できる問題である。心で、対峙するしか解決方法はない。私は、強くそう思う。
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