政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

小泉改革

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ライブドアへの強制捜査は反小泉勢力の怨念の第一歩
2006年1月16日

 本日午後6時30分過ぎ、六本木ヒルズのライブドア本社をはじめ代表取締役の堀江貴文氏の自宅を含むライブドア関係各社ならびに施設へ、東京地検による強制捜査が開始された。マスコミをはじめ政界においても、今回の強制捜査は寝耳に水であり、まるでパールハーバーを彷彿とさせる奇襲攻撃であった。内偵捜査も極秘裏に行われ、緘口令も敷かれていたらしい。その所為か、大手マスメディアをはじめ、ミニコミ系やブラック系でさえ、今回の強制捜査の情報は得ていなかった。ただ、反小泉派の一部議員達が、年末近くより、小泉首相ならびに側近達へ対する強気の発言を、あちらこちらで吹聴していたという噂はあった。
 ライブドアに強制捜査というニュース報道だけを目の当たりにしていると、その本質を見失ってしまう。しかし、マクロな目で、永田町を見渡し、昨年来の一連の事象を検証してみれば、今回のライブドアへの強制捜査が、反小泉勢力による小泉政権への反撃の奇襲攻撃であることは一目瞭然である。これは、間違いのない政争であり、弔い合戦である。
 多分、多くの読者は、いくら隠密裏に東京地検が動いていたとしても、時の首相がそんな報告を受けないということが有得るはずがないとお思いであろう。しかし、霞ヶ関や永田町の怖いところは、ここのところなのである。いくら、時の首相でも、霞ヶ関から永田町の全てを把握しているわけでも、掌握しているわけでもないのだ。そこには、数限りない人間達のおぞましい思惑が複雑に絡まりあっているのである。それが、政治というものなのである。故田中角栄首相のロッキード事件を思い出して頂きたい。時の総理が逮捕され、起訴されたのである。本来ならば、信じがたいことである。自国の首相を、自国の司法が逮捕し起訴する。これが、三権分立というものなのである。
 しかし、それとこのライブドアへの強制捜査と、どう関係があるのだという疑問を持たれる読者も非常に多いと思う。答えは簡単である。昨年の総選挙で、無所属での立候補ではあったが、堀江氏が広島より出馬したことは記憶に新しい。その為に、想定外の苦戦を強いられた反小泉の古参元自民党議員がいたことも、皆様の記憶に残っているはずである。そして、落選はしたが、堀江氏は、武部幹事長の肝煎りで、次回選挙戦でのインターネット戦略のアドバイザー的存在に抜擢されたことも記憶に新しいはずである。韓国のノムヒョン大統領が、インターネットを利用して予想外の当選を果たした例を大いに参考にしての、堀江氏大抜擢であった。実際に、韓国でノムヒョンの当選を助けたインターネット会社とライブドアは、昨年業務提携をしている。要は、昨年の総選挙以来、堀江氏はガッチリと武部幹事長や小泉首相の懐に飛び込み食いついたということだ。その証拠に、堀江氏は、アメリカのメディアの取材で、目指すは総理大臣だ、と嘯いているほどである。以前、弊社の雑誌で堀江氏にインタビューした際には、政治にはまったく興味がないと言っていた男がである。財をなせば夢は広がり、欲も広がるということだ。しかし、政治の世界は、堀江氏が考えるほど、甘くはないのだ。生き馬の目を抜くような妖怪変化が宿る世界が永田町や霞ヶ関である。堀江氏が、自分を過信し浮かれている内に、反小泉勢力からしたら、堀江氏は小泉政権のアキレス腱になってしまっていたのである。堀江氏を血祭りに上げることで、堀江氏を起用したり、選挙で応援したりした時の総理としての責任を政治的に問えるということだ。
 それでは、何故真面目に改革を推し進めている小泉さんが狙われるのか? これは、もう反小泉勢力の古参政治屋達の怨念とどす黒い我欲だけである。愛国心や国のことを憂う気持以上に、己らの我欲を優先させてきた自分達の非に気付くこともなく、自分らの首を斬った小泉憎くしの一念だけなのである。ただ、小泉の首をとれ、とその怨念だけなのだ。これこそ、我が国最大の悪党どもの、最後の悪あがきなのかもしれない。
 しかし、何故、首相が気付かずに、このような大捕り物が隠密裏に行えるのか、と疑問を抱く読者も多いことであろう。しかし、残念ながら、反小泉勢力には、司法関係に非常に強いパイプや圧力を持つ政治屋が何人もいるのだ。それだけではない。小泉改革では、多くの官僚をはじめとする霞ヶ関の役人達が、己らの悪行を忘却し、憂き目を食わされていると思い込んでいる。彼らの偏向した怨念もが、反小泉勢力に加勢したのである。それが、今日のライブドアへの強制捜査の真相である。マスコミに情報が洩れることもなく、隠密裏に奇襲攻撃を為せたのも、その怨念の大きさを表しているのかもしれない。
 ただ、これだけは、付け加えておく。日本の検察は優れている。捜査に当っている現場の検察官達は、上記したような悪党役人ではない。彼らは、世界でも類を見ない優秀な捜査官達である。問題は、彼らを利用する悪党政治屋達がいるということである。
 それにしても、織田信長を敬愛する小泉さんが、奇しくも乾坤一擲桶狭間を反小泉勢力に為されてしまったというのも、なんとも皮肉な話である。永田町、一寸先は闇か幻か。やはり、永田町にも霞ヶ関にも、化け物が住んでいるらしい。

寝返り造反議員達による新たなる造反
2005年10月12日

 野田聖子造反議員をはじめとする多くの造反議員が、今回の郵政民営化法案に於いて賛成へと寝返った。当然のことながら、彼らの目的は一つ。それは、自民党への復党だ。彼らの言葉を借りれば、まだ離党はしていない、ということになるのかもしれない。しかし、有権者である国民の一人として、どうにも彼ら造反議員達の言動は許しがたいものに感じられてならない。
 彼らは、郵政民営化法案に反対しただけで、自民党を離党するつもりも自民党に盾を突いたつもりもない、と憚ることなく言う。どうも、彼らは、政治の根本をわかっていならしい。いや、政治家ではなく政治屋なので、間違って理解しているのかもしれない。政党というものは、選挙に当選するためにあるのではない。政策や、政治理念や、政治姿勢が一致する政治家同士の集まりであってしかるべきものである。しかるに、政策案に異論を唱えるのであれば、意見を同じくする党なり、政治家たちと合流すればよい。法案に反対することは構わないし、自分の信念に基づいての行動であれば、政治家としてとるべき姿勢でもある。しかし、党が指示する法案には反対するが、選挙で当選するために党員の席は残したいというのは、あまりにも虫が良すぎる。それどころか、そういう姿勢事態が、政治家ではなく政治屋と呼ばれても反論する余地さえない、政治家としての資質を疑われる行為である。
 にもかかわらず、そのような自分自身の政治家としての問題点をも理解せず、今回は法案に賛成します、などと臆することもなく記者会見まで開ける無神経さには恐れ入った。正直、有権者である国民は呆れかえっていることに、ご本人は気付かれていないのか。それとも、気付いてはいるが、勝てば官軍よろしく、厚顔を通し復党をなんとしても果たそうという魂胆なのか。いずれにしても、政治家としての資質を疑わざるを得ない。それどころか、人間としてさもしすぎる。
 大体、今回の選挙で再選してきたのは、郵政民営化法案に反対、ということをハッキリと打ち出して有権者の支持を得てきたのではないか。ということは、有権者である国民を欺いたと言われても反論する余地はない。結局、党に造反し、今度は有権者である国民に造反したということだ。それでは、有権者の一人、国民の一人として、彼ら寝返り造反議員達に問いたい。何故そんなにまでして、党にしがみつきたいのか? 何故、そんなにも政治家でいたいのか? 彼らの、これまでの言動を見ると、それは愛国心でもなく、大きな志でもなく、ただ私利私欲として政治家でいたいとしか、寝返り造反議員の皆さんからは感じられない。正直、こんな政治家達は、一人も日本の国のためにはならず、必要ない無用の長物だ。
 大体、以前から、何故野田聖子などという政治家としての資質もレベルも低い政治家が、未来の総理大臣などと持て囃されるのか不思議でならなかった。マスコミもマスコミだ、こんな政治家を、未来の政治家だなどと、よくも無責任なことが言えたものだ。これこそ、ワイドショー的報道と揶揄されても致し方ない。あまりにもお粗末すぎる。一体、誰がそんなことを言い出したのか。どうせ、不純な思惑で、野田聖子という議員をおだてた古狸政治屋の言葉を、大手メディアの提灯持ち番記者が、真に受けてのことであろう。開いた口がふさがらない。
 選挙戦の様子を見ていても、政策だの政治信条を闘わせている様子もなく、ただ政敵である自民党候補者や小泉首相の悪口に終始し、恥も外聞もなく泣いてみたり、土下座してみたり、怪我を装ってみたり、と本当にこれは真剣に日本のことを憂いて立候補しているのであろうか、と疑いたくなってしまうような様相であった。そして、案の定、ここへきたら、有権者を今度は裏切り、郵政民営化法案寝返り賛成投票ときたものだ。彼らに、政治信条などあるはずもない。政治に対する信念など期待するだけ無駄だ。呆れてモノも言えない。
 何故、あんな議員達を再選させたのだ。彼らを当選させた地区の有権者の政治意識に、大きな疑問を感じる。多くの大手マスメディアやコメンテーター達は、盛んに自民党を大勝させた有権者のことを批判するが、野田聖子議員をはじめとする寝返り造反議員に対しては非常に同情的なコメントばかりが目立つ。自民党を大勝させた有権者の政治意識よりも、寝返り造反議員達に同情的なコメントをする大手メディアやコメンテーター達の政治意識の方が、遥かに低く愚かしい。無垢の国民に大きな影響力を持つ無責任な日本のマスコミの罪も、寝返り造反議員達に負けず劣らず非常に大きい。
 「情けは見方、仇は敵」と戦国の武将武田信玄は言っている。その通りである。しかし、今回の度重なる造反劇は、少々節操がなさ過ぎる。ある程度、厳しい処分をしてしかるべきではないか。如何なる理由があろうとも、有権者である国民を欺く罪は大きい。読者の皆様は、如何お考えでしょうか?

小泉構造改革に感じるスピード感
2005年9月29日

 何ごとを達成するにも、一朝一夕でことは成就しない。既存の体制を打破し、新しい体制を再生する改革は、忍耐に忍耐を重ねた上で成されるのが常である。しかし、ここまでの小泉構造改革の動向を見守っていると、過去に例をみないほどのスピード感を感じる。確かに、まだ結果のでていないことも多々ある。だが、何ごとも新たなる体制に切り替えるには、それなりの受け皿が必要となる。そこまで、配慮しながらことを進めるのが本当の改革である。
 例えば、公務員削減と叫ぶのは簡単である。しかし、削減した後に、彼らが行っていた業務の受け皿を確保しなければ、国民が困ることになる。ここに一つの例を挙げてみる。
 10月1日から、印鑑証明や謄本等の証明書の発行業務が自動化になる。実際にこれらの業務移行を行うのは区とか市単位の地方自治体である。よって、施行には、地域によって多少の時間差があるのかもしれない。東京都港区の場合は、10月1日から実施される。それは区がやっているので、政府とは関係ないと仰る方がいるかもしれない。しかし、これを実現するには、自動化の為の機械を導入し、区役所や支所に配置しなければならない。当然、予定外の予算である以上、補助金や政府の助けがなければ、実現するスピードが落ち、結局失敗に終わってしまう。このような新体制への移行を後押しし、スピードアップする補助をしているのが、小泉首相である。こういうことは、案外気付いていない国民が多い。小泉首相も自慢しないし、小さなことのような気がして、見落としがちな事柄である。しかし、非常に身近で、我々国民に直結している問題である。
 区役所や支所の窓口で、たらい回しにされたり、見てみぬふりをされたり、気付かぬふりをされたりして、他の職員が対応するまで待たされた、というような被害にあい嫌な思いをした国民は多いはずだ。無駄な時間を費やし、腹立たしい思いを嘗てはよくさせられたものである。この部分を自動化し、その無駄な人員を削減するということは、国民生活に直結した目に見える部分での改革である。評価すべき、非常に良いことである。

 国民誰もが、郵政改革だけではなく、社会保険制度をはじめ色々山積されている問題を解決すべく、速やかに改革をして欲しいと思っている。しかし、何ごとを成すにしても、一朝一夕に結果を出すということはあり得ない。ここまでの小泉構造改革の過程や、小泉改革のスタッフ達の人となりと様子を見ていると、小泉構造改革が本物か否かは一目瞭然である。そして、ただ改革と叫ぶのではなく、改革した後の受け皿を考慮して、実際に上記したような動きがでてきている。歴代の政治家達は、自分達はこんなことをしたんだぞ、と過剰に自慢したり、吹聴したりした。が、しかし、小泉首相という人は、そういう格好の悪いことはしない。だが、注意深く目を凝らして見てみると、過去に例をみないスピード感を小泉構造改革には感じる。まるで、明治維新の時のような勢いだ。とはいっても、残り時間が少なくなってきている。小泉首相が自らの美学を守り、任期を延長しないとすれば、残り後一年である。そこが、私たち国民の一番心配するところだ。

5年間で5%削減という公務員削減案に大きな疑問
国民と痛みを共有してこそ真の改革が実現するのでは?
2005年9月28日

 5年間で5%の公務員削減という。しかし、民間に比べると非常に及び腰な案としか思えない。Sonyの新社長によるリストラ案をみて頂きたい。他の民間企業も同じである。国民は、大きな痛みに耐えながら、小泉構造改革に大きな期待を寄せているのだ。その結果が、今回の選挙の結果である。小泉首相には、国民の大きな期待を裏切らない改革をお願いしたい。
 公務員削減といっても、全ての公務員をと言っているのではない。誰にも代え難い優秀な公務員も、多くいる。彼らは、日本の宝である。しかし、愛国心もなく、自分の出世と立場のことだけで仕事をする公務員を、国民は欲してもいないし、必要ともしていない。それは、政治家へ対しても同じことが言える。
 国民と痛みを共有してこそ、本当の改革は実現され、その速度も加速されるはずである。景気が上向いたと言われる。しかし、正直なところ、国民は非常に大きな痛みに耐え続けている。それでも、小泉構造改革に大きな期待を寄せるから、耐え忍んでいるのである。どうか、国民の納得できる改革をお願いする。
 マスコミは、色々と言うが、多くの国民は、まだ大きな期待を小泉構造改革に寄せている。任期を延長されないという小泉首相の美学はよく理解できる。その潔さは、日本人として素晴しいことであり、良き手本となるであろう。過去の首相経験者達が継承してきた悪習を改革する意味もよく理解できる。しかし、国のための、国民のためのドラスティックな改革は、誰にでもできることではない。現状では、小泉首相にしかできないことなのだ。残された時間を考えると、非常に大きな不安を覚える。美学を優先し、中途半端に改革をバトンタッチするようなことだけはしないで頂きたいものだ。

小泉首相にとっての郵政民営化の意味
国民にとっての郵政民営化の意味
2005年8月28日

 郵政民営化の是非が長きに渡って問われているが、どれだけの国民が郵政民営化の本当の意味を理解しているであろうか。非常に大きな疑問を感じざるを得ない。本来、政策論争で正々堂々と与野党が闘わなければならないにもかかわらず、最大野党である民主党をはじめとする野党各党が、郵政民営化の意味を研究し、国民に説明した上で議論を闘わせず、ワイドショー的政治手法で、足の引っ張り論争しかしなかった罪は非常に大きい。国民は、言葉尻を捕まえて揚げ足をとるような議論は聞きたくない。しかし、野党各党の多くの議員、特に民主党議員と反小泉自民党脱落議員の多くが、揚げ足取り的議論ばかりを繰り返す姿には、もう辟易とした。政策の本質を議論して欲しいものだ。

 まず、小泉首相が何故ここまで郵政民営化に固執するのか、そのことを理解しなければならない。実は、自民党員である小泉首相が郵政民営化を唱えるということは、自ら自らの肉を切り、血を流すことに等しいのである。そのことを、どれだけの国民が知っているであろうか。都市部では案外知られていないが、全国にある特定郵便局というのは、若き日の故田中角栄元首相が、自民党の集票組織として全国に張り巡らせたものなのだ。ある意味、現代的に言えばフランチャイズ方式の郵便局なのである。特定郵便局自体は民間企業と変わりない。局員の給料も各々の特定郵便局の売上から支払われている。局長が経営フランチャイザーであり社長として経営しているようなシステムなのである。しかし、不思議なのは、立場や各種優遇措置は、民間ではなく公務員と同じなのだ。そして、ここで一番注目しなければならない事実は、特定郵便局長は、特定郵便局の局長であると同時に、その地区の自民党支部長的な役割も兼務していることである。即ち選挙の際の集票地区組織代表になっているということだ。
 だからと言って特定郵便局を否定するものではない。言い方は悪いが、国から給料を頂いている100%公務員が働く郵政公社直営の郵便局に比べれば、特定郵便局のほとんどが地域に根差し、地域の人々との絆を持っている。実際に地域の利用者も、特定郵便局には親しみを持っていて、隣組的なノリで繋がっている場合が非常に多い。それだけに、選挙の際には自民党の集票活動に大きな役割を果たしてきた。日本新党による細川政権に与党の座を許し野党に甘んじた自民党が、再び与党に返り咲いた際の一番の功労組織も、特定郵便局で構成される集票組織であった。
 にもかかわらず、首相就任以前から、一貫して郵政民営化を唱える小泉首相は、どのような複雑な思いでいるのか、容易に想像がつく。このような、自民党に恩のある組織を切り捨てようとしているのだ。それは、それなりの覚悟と信念がないはずがない。大体、野党の議員達は、盛んに小泉首相の郵政民営化を避難するが、小泉首相は、今回の選挙のためや、アメリカからの外圧によって郵政民営化を言っているのではない。小泉首相は、首相に就任するよりも随分昔から郵政民営化を一人で声だかに叫んでいた。郵政民営化に関しての本も、出版しているほどにずっと以前から郵政民営化は日本の構造改革に必要不可欠と叫び続けてきた人なのである。
 小泉首相が首相に就任する直前に、新宿の厚生年金会館大ホールで行われた、「首相公選制の会」に参加した時のことであった。中曽根元首相と小泉首相がゲストとして、講演をされた。その時は、まさか小泉氏が首相になるとは思ってもいなかった。しかし、その数日後、突然小泉さんの名前が首相候補に浮上し、瞬く間に首相に就任してしまった。今でも、その「首相公選の会」で小泉さんが語られた言葉が、この人はなかなか面白い政治家かもしれないな、という印象で私の耳に残っている。「私は、自民党をぶっ壊します。そうしなければ、首相公選制も実現しない。それには、まず郵政を民営化しなければならないのです」と熱い言葉で語っていた。しかし、その時の小泉さんの言葉から理解すると、自民党が憎くてぶっ壊すのではなく、自民党のことも、日本の国のことも愛しているからこそ、一度は自民党をぶっ壊すのだ。ぶっ壊して再生しなければ、日本にも、自民党にも、明るい未来はない、というようなことを言っていた。この時の小泉首相の言葉は、非常に説得力があり、今までの既存の政治家からは一度も聞いたことのない、非常に奇抜な政治論であった。
 小泉首相は、自分の私利私欲や我欲や意地で、郵政民営化を叫んでいるのではない。身を切るような思いをしながらも、自民党の再生、そして日本という国の構造改革を成し遂げようとしているのである。その足掛かり、最初の一歩が郵政民営化なのである。

 郵政省というのは、もともと郵便事業だけしか視野にない時代に創設された省である。創設当時、まさか郵便以外に放送やらインターネットやら通信事業だなどと、莫大な金銭が動き利権が渦巻くような業種を管理する省に発展するとは、誰も予想していなかった。ところが、時代は変わり、郵便や郵便貯金にとどまることなく、時代の最先端となった放送もインターネットも通信も全て郵政省管轄の事業になった。数ある省庁の中で、これだけ大きな発展を遂げ、莫大な金銭を扱うことになり、無数の利権が渦巻くようになった省庁はないであろう。昔は、郵政省というと、数ある省庁の中でも、公務員希望者から一番人気のない省庁であった。しかし、今では、一番人気の省庁に変貌を遂げた。そのような郵政省に、誰もが馬鹿にしていた時代に、自民党の集票組織を根付かせた故田中角栄元首相という政治家の、「先見の明」には驚かされる。
 特定郵便局という集票組織は、自民党にとってはこの上のない組織である。しかし、日本の将来のことを考えれば、小泉首相が考えるように、郵政省は民営化し、色々な意味で公平な状況にもっていくことが最善なのではないか。企業や組織の力が選挙の集票活動に影響を及ぼすようなことがあっては、国民の意見が選挙で公平に反影されないことは誰の目にも明らかである。そのような不公平なシステムになっているのであれば、そのような関係を精算し民営化することが、郵政事業にとっても、日本の国にとっても、そして、自民党にとっても良いことであるはずだ。

 それでは、国民にとっての郵政民営化の意味とは何であろうか。もちろん、上記したような事柄も、国民にとって大きな意味がある。しかし、それだけではない。郵便事業ということだけをとってみても、民営化した方が良いことは一目瞭然である。ただ、全ての面で、民営化が良いという訳ではないのかもしれない。例えば、郵便貯金に関しては、今までは公社であったので、国民が安心してお金を預けておくことができた。しかし、民営化されれば、預けられたお金は株主が自由に運用することも可能になる。ということは、例えば、外資系の企業が株主になってしまえば、日本の国民が汗水流して貯金したお金が、海外に流れてしまうという可能性だってあり得るということだ。
 しかし、郵便貯金以外の部分で言えば、民営化をした方が国民にとってもプラスになる部分が多いように思う。実際問題、ドイツ、イギリス、イタリアを始め、多くの諸外国では、1980年代より民営化や自由化が為され、それなりの好結果を得ている。郵政族の荒井議員などは、アメリカだって公社のままだと盛んに言われているが、確かにアメリカは公社のままである。が、しかし、早い段階から自由化され、アメリカ国民は選択肢を得ている。その結果は、一目瞭然で、アメリカで生活したことのある人ならばわかるが、明らかに郵便よりも民間の宅配便の方が優位にたっている。皆様もよく耳にされるフェデックス(FedEx)やUPSは、民間宅配業者である。

 カナダにしても、確かに公社のままではあるが、自由化され国民にとっての選択肢が増えた。しかし、カナダの場合は、アメリカに競べると郵便の信頼度もまだまだある。ただ、スーパーマーケットでも切手を買うことができるようになったり、今まで点在していた郵便局の数が減り、その分セブンイレブンのようなコンビニエンス・ストアーの店鋪内に郵便ブースができたりと、色々な無駄が削減されつつ便利さが増幅されるような方策がとられ、非常に良い結果がでている。
 他にも、ドイツやオランダのように郵政省は民営化され、世界でも指折りの大企業として成功を収めている。どこの国の場合でも、郵政事業が民営化や自由化されても、ユニバーサル・サービスができなくなったとか、解決できない各種問題が生じたという話はない。それどころか、無駄が省かれ、それまで赤字経営で多額の税金が投入されていたが、自由化、民営化後は、そのような赤字が解消され、大きな利益を上げている例ばかりである。

 上記したように、特定郵便局は地域に根差し、比較的良いサービスを国民に提供しているような気がする。何故ならば、特定郵便局は公共機関の立場でありながら、その経営形態は民営に等しく、商売として成り立っているが故に、お客様へ対してのサービスが徹底されているからである。ところが、郵政省直営である本局に行ってみると、その様子はかなり特定郵便局とは違う。本局に行って、かなり歯痒い思いをしたり、嫌な思いをしたり、という経験を持つ国民は多いはずだ。
 例えば、窓口で長い行列ができていて、横には別の局員がいるにもかかわらず、自分の担当ではないということで見て見ぬふりをされたり、取って付けたような返答しか返ってこなかったりとか、非常に面倒臭い様子で対応されたりとか、長時間待たされたりとか、盥回しにされたりとか、大切な郵便物が破損したにもかかわらず責任転嫁されたり、と各種トラブルや嫌な思いを経験された読者も多いと思う。その度ごとに、本当に郵便局の本局で働いている人々は、働く気があるのだろうか、と大きな疑問を感じるのは私だけではないはずだ。
 野党の議員達は、郵政民営化に関し、国民の立場にたったような口ぶりでユニバーサル・サービスがどうのこうのとか、リストラがどうのこうのとか、「民」と言っているが自民党が言う「民」とは民間大企業だけだとか、色々言っている。が、しかし、一つとして説得力のある意見がない。それは何故かと言うと、彼ら彼女らが、実際に日々郵便局に通って、郵便貯金を自らの手で為したり、郵便を出したり、ということをされていないからに他ならない。されていたとしても、一般の国民とは違い、顔の知れている政治家の先生であれば、悪い対応をしてくるわけがない。それと、特定郵便局に関しては、確かに公社の傘下であり、立場は公務員であるが、実際には民営と変わらない状況で現在も運営されている訳である。よって、母体は変わってもその利便性は存続するに違いない。大体、現状でも、特定郵便局員が、公務員である必要がどこにあるのかが理解できない。
 どうも、非常に身近にある特定郵便局が、自分達の今後の身の振り方を考え戦々恐々としているが故に、そこから発せられる声が聞こえてくるので、何か郵政民営化とは非常に悪いことのように聞こえてきてしまう。が、しかし、実際には、特定郵便局に絡む小さな利権構造や郵政省自体が絡む大きな利権構造を、郵政民営化によって一掃することは、国民にとって無駄なことではない。

 問題は、いくら安価で確実に郵便が届くシステムができていても、その為に莫大な赤字が出て、その赤字の穴埋めに莫大な税金が使われていることである。それならば、民営化し、自由競争の中で、価格もサービスも競い合い、赤字の出ない形で最善のサービスを提供できるような方法を模索するべきである。それには、郵政事業の自由化と民営化しかない。そのことは、日本以外の諸外国もまったく同じ問題を抱え解決したという前例があるので、一つも躊躇う必要がある改革ではないのだ。それよりも、一日でも早く実行すべき法案なのである。読者の皆様もご一考あれ。

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