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小泉首相が女性候補を刺客に立てる理由
2005年8月27日
小泉首相が、今回の衆議院選挙に於いて、郵政民営化法案に反対した議員達の選挙区で、対抗馬として多くの女性議員を送り込んでいることに対し、反対派の議員や民主党をはじめとする野党の議員達は、女性票を集めるために女性を利用している、女性に失礼だ、というようなことを盛んに声だかに言っている。しかし、実際には、そのようなことを言っている反小泉の議員達や民主党をはじめとする野党の方が、女性を利用しているとしか思えない。このような陳腐な発想は、アメリカに於けるアフリカ系アメリカ人やネイティブ・アメリカンへ対する差別的な言動と何らかわらない。選挙とはいえ、論点のレベルが低すぎる。
アメリカでも、裁判や選挙の時不利な状況に陥ると、差別を盾にして被害妄想的な主張が繰り広げられる場合がある。例えば、元バスケット・プレーヤーのO・J・シンプソンの殺人容疑の裁判などは、記憶に新しい事例である。
その逆に、本人が差別意識を感じていないにもかかわらず、肌の色が違うことで差別されたのではないか、と過剰な気配りをされて、かえって結果が狂ってくるといことが頻繁に起こる。今回の女性候補云々という発言は、このようなアメリカに於ける人種差別に根ざした問題と非常に酷似している。
何故ならば、女性ばかりと盛んにマスコミも反小泉議員も言うが、それは嘗て起こったタレント議員ばかりというような場合は、そんなことも言えるかもしれない。しかし、今回の女性候補達の実績を見てみると、女性票を獲得せんがために、誰でも良いから見栄えと人柄の良い女性を、というのとは違うことは一目瞭然である。女性候補者全員が、それなりの実績を各界であげており、それなりのキャリアも積んでいる。そして、国を思う気持ちも持ち合わせている。決して、容姿端麗だが、頭の中は空っぽというような人物達ではない。にもかかわらず、女性票を狙った女性候補擁立作戦だなどとは、それこそ女性候補達へ対して失礼千万である。
大体、諸外国に比べ、日本の政界は女性議員の数が圧倒的に少ない。女性候補がドンドン擁立されてしかるべきであって、そのことが批判されるようなことではない。アメリカでは、次期大統領候補の本命はヒラリー・クリントンである。十中八九間違いなく、アメリカ合衆国初の女性大統領となるであろう。そんな時代である。
考えてみて頂きたい。政治に留まることなく、一般社会に於いても、ビジネスに於いても、昨今女性の実力の方が男性の実力を上回っていることは、誰の眼にも明らかである。会社に於いても、男同士のように上下間系や変な柵がなく、合理的にドライに仕事をこなす女性が非常に多く、注目されている。実際問題、女性の方が良い仕事をする場合が多い。積極的に女性を採用したくとも、男性へ対しての差別になるので、ということで生別採用等さえできなくなっている時代である。今さら、女性の票目当てに女性候補ばかりを擁立することは差別的であり汚い戦法だなんて言ってくること自体が、前近代的で、他に戦わす論点もないのか、と言いたくなってしまうほどだ。
容姿端麗な女性候補ばかり、などと言う反対派に至っては、選挙のどうのこうのというよりも、ご自分のコンプレックスや嫉妬としか思えないほどレベルが低い。そんな上辺のことではなく、お願いですからもっと政策論争をして頂きたい。読者の皆様、特に女性読者の皆様方、如何かがお思いですか?
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