政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

中東問題

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ウェストバンクに関してのオバマ大統領の勇気ある声明
2011年5月20日

 オサマ・ビンラディン掃討作戦の際のオバマ大統領の決断には、近年の歴代大統領にない勇気とリーダーシップを感じた。しかし、世間では、ビンラディンを殺害したことで批判の声が高まっていた。表面的なことだけを見ると、確かに殺害したことに問題があるように見えるが、その決断にいたる経緯を注意深くみれば、如何に勇気ある決断でありその正当性が理解できる。そのことを今回のイスラエルに対する声明で、オバマ大統領は見せ掛けでないリーダーシップであることを証明した。

 今回のウェストバンクに関しての声明でも、ただの茶番ではなくオバマ大統領が本気で、また勇気ある決断ができるリーダーであることを我々に見せてくれた。イスラエルに対して、今回の声明のような物言いをできる大統領は近年一人もいなかった。それは、アメリカの社会構造や政治構造を理解すれば理解できることだ。ピラミッドの頂点を牛耳るユダヤ系アメリカ人が、大きな影響力を持つアメリカ社会で、イスラエルを批判することは非常に勇気のいることだ。日本人が想像する以上に、これは経済的にも政治的にも大きなことだ。間違いなく、イスラエルのこれまでのパレスチニアンへ対しての言動には問題があった。戦後、イギリスが主導で、無理やりあの場所に割り込んでイスラエルという国を創設したにも関わらず、ずっと住んでいたパレスチニアンを限られた場所ウェストバンクやガザ地区に追いやり、それでも足りずに壁を立てたり無差別ミサイル攻撃をしたり、諸々の理不尽をやってきた。ユダヤ人はナチスに理不尽な行為を強いられた民族であるにも関わらず、そのことを轍とするのではなく、同じようなことをパレスチニアンに対してしてきたことは大いに問題である。そして、そのことは、中東の平和を崩している大きな原因の一つである。

 そのような状況であるにも関わらず、アメリカ社会が実質ユダヤ系アメリカ人によって動いているといっても過言でない状況にあるため、歴代の大統領はイスラエルに対し揉み手状態で、今回のようなことを言えた大統領は一人もいなかった。オバマ大統領の大統領として、国のリーダーとして資質が非常に高いことを、今回の声明は証明した。大いに評価したい。立派な大統領である。私はそう思う。

リビア空爆開始

リビア空爆開始
2011年3月20日

 リビア空爆がイギリスとフランスの戦闘機によって始まった。暴動が起きて以来、軍事介入に関し賛否両論あった。だが、休戦協定を結びながらその直後カダフィ側が空爆をしたり、油田を爆破したりと石油関連施設の爆破が進む中、それまでアメリカの覇権を許したくない中国とロシアが反対していたが、日本の原発事故に伴い世論がエネルギー問題で原発推進を見直す方向に動き出したため、俄かに中国とロシアも賛成に回ったため、今までもたついていたリビア空爆が始まったのだ。

 アメリカは国内事情もあり、積極的な姿勢を控えていたが、NATO軍に派遣されているアメリカ軍に対しオバマ大統領が攻撃許可命令をくだした。武力行使は出来る限り避けたいのだが、カダフィは、イラクのフセインなどとは違い、非常に残虐な悪魔のような人間であり、多くの自国民を今まで殺傷してきた。また、1986年には、アメリカ軍による制空権問題でカダフィ公邸をピンポイント攻撃した際、反撃に転じアメリカ空軍戦闘機二機が撃ち落とされ、二人の搭乗員空軍兵士が生き残った。だが、テレビを通じ公開拷問処刑という人間とは思えない所業をなした悪魔である。その放送は全米で流された。私の母校サンフランシスコ州立大学は、空軍プログラム下の大学であったため、同窓生がその撃ち落とされた戦闘機のミサイル技師として搭乗していた。その拷問放送が放映されてから、一週間キャンドル・サービスと共にハンガーストライキを学園キャンパスで行われた。その際、彼の母親もストライキに加わり、私たち生徒たちや教授たちも、キャンパス大芝生に座り込みキャンドルをともし一週間座り続けた。彼の母親は、強かった。「皆さん、泣かないで。私の息子は、この愛するアメリカと世界の平和のために頑張っている」とメッセージを私たちストライキ参加者に告げ、悲しむ私たち若者を逆に励ましていた。しかし、そんな思いも空しく、またアメリカ軍の救出作戦も空しい結果になってしまった。直ぐに当時の我が校とは馴染み深かったレーガン大統領から直接メッセージが届き、ストライキは解除された。

 こんな経験もあり、私は個人的にもカダフィだけは許せない指導者の一人であると、あれ以来ずっと思っていた。だが、ここで理解しなければいけないことは、カダフィは典型的なアラブ地域の部族主義に基づく弱肉強食主義に根差した部族長だということだ。よって、彼がリビアをクーデターで奪い取った方法も、部族主義的な方法であった。現在あるアラブ諸国の国境線は、大英帝国時代のイギリスが、石油利権に根差して、彼ら部族民の意志を無視して勝手に引いた国境線であるため、このようなエンドレスな確執が起こっているということを忘れてはならない。映画「アラビアのローレンス」を観ると良く理解できるが、アラブの人たちにとって部族は家族と同じぐらい大切なことなのだ。それを無視した白人社会に対しての反感が非常に大きい。そのことは、理解しておく必要がある。もともと石油は、彼らにとっては大切なものではなかった。何故なら、彼らはラクダと共に暮らしていた。石油が大事になったのは、白人社会による物質文明と共にもたらされて以降のことだ。石油を必要としていたのは、当時白人たちであったのだ。

 高をくくっていたカダフィとしては、日本で大震災が起こり原発事故が起こったことで、世界の世論が予想外にガソリン側に動いた。その結果、今日の攻撃が始まってしまった。皮肉なことだ。余談だが、現在日本で救援活動をしているのは、アメリカ海軍第七艦隊を中心にした部隊。リビア攻撃に関わるのはアメリカ海軍第六艦隊を中心にした四軍ということになる。

テロがはびこる今の世界情勢を知るには映画「アラビアのロレンス」を観るべき!
2007年11月21日


 このタイトルは、何だか非常に浅はかなように聞こえるかもしれない。しかし、テロが蔓延する今の世界情勢の始まりを知る上では、非常に理解しやすい映画であると私は思っている。多分、以前、別の記事でも書いたことがあると思う。

 テロがはびこる今の世界情勢をしるには、何故イスラミックの人々が、こんなにもアメリカをはじめとする西側諸国に憎悪を持っているかということを知る必要がある。何の原因もなく、人は人を憎みはしない。そこには、必ず原因がある。

 全てを理解しようと思えば、アラブ問題は、非常に複雑怪奇で難しい。しかし、大きな流れだけでも、ポイントを押さえれればもっと色々なことが見えてくるはずである。

 ただ、最初に申し上げておく。歴史には、事実は一つであるが、真実は、その当事者の数だけあるということを。このことをしっかりと心にとめて、偏ることなく歴史を繙く必要がある。そのことだけは、忘れないで頂きたい。

 まず、皆さん不思議に思われないか。何故、アフリカ諸国と中東諸国の国境線は、直線が多いのかということを。私は、アメリカの大学で中東問題を勉強した際、最初にそのことを不思議に思った。大抵の場合、国境線とは、どういう風につけたのかと思うほど複雑に入り組んでいる場合が多い。ところが、アフリカと中東の国々の国境線は、まるで人が定規で地図上に線をひいたかのごとくに直線が多い。

 それは、イギリスが大英帝国と呼ばれていた時代、植民地政策を推し進めていたことによるところが大きい。イギリス人をはじめとする西洋人の思惑によって、アフリカや中東諸国の国境線は理不尽にひかれたのだ。

 そもそも、アフリカにしても、アラブにしても、部族単位でなりたっていた地域である。そのことは今でも変わらない。国という価値観よりも、部族という価値観の方が高い民族の集まった地域なのである。そのことを理解しなければならない。

 アラブ首長国連邦という国がある。アラビア半島東部北岸に位置し、アブダビを首都とする国である。アラブ諸国の中では、日本人に馴染み深い国の一つであるはずだ。ドバイという都市は、多くの日本人にも知られているはずである。そのドバイも、このアラブ首長国連邦の都市である。

 このアラブ首長国連邦という国が、アラブ民族の特徴をよくあらわしている。読んで字のごとくである。この国には、7人の首長がいる。即ち、7部族の連合体で国の体をなしているのだ。アラブの人々は、正にこの感覚なのである。というか、これがアラブ民族の文化であり、価値観なのである。国という価値観は、あくまで近代西洋人が押し付けた価値観でしかないのだ。

 それでは、何故灼熱の砂漠ばかりのアラブへ対し、イギリスをはじめとした西洋人達は目の色を変えたのであろうか。答えは、簡単である。それは、石油を確保したいからである。これが、アラブ人達にとっての不幸のはじまりである。その延長線上に、ユダヤ人によるイスラエルの問題も浮上し、話はより複雑になってしまった。イスラエルにしても、1948年にイギリスの委任統治終了とともに建国された国であって、ある意味イギリス人の思惑で、あの地に無理やり建国されたと言えないこともない。確かに、歴史的には、ユダヤ人にとってあの地は所縁ある地かもしれないが。

 映画「アラビアのロレンス」は、更に時代を遡る。時は1914年、第一次世界大戦が勃発し、アラビアはトルコ帝国の圧政下にあった。オスマン・トルコの時代から、アラビアの部族達もトルコ人達も、力で全てを決するという文化と価値観を持っている。強いものが全てを支配する。それが、彼らの力関係であり価値観である。そのことは、今でも変わらない。この映画は、そんなアラブの危機を、西部劇のようなタッチで描いているともいえる。「七人の侍」「荒野の七人」ではないが、トルコに攻め入られるアラビアを、ロレンス中尉が果敢に戦い救おうとする勧善懲悪ドラマのようにもみれる。しかし、実は、その裏側には非常に深い歴史背景と意味合いが含まれている。

 「アラビアのロレンス」は、実話である。イギリス軍のロレンス中尉の物語である。実在した人物だ。アラブの人々の間では、今でも英雄としてロレンス中尉の話は受け継がれている。その反面、イギリスでは裏切り者的なレッテルを未だに貼る人々も多い。しかし、今となっては、その真実はわからない。ただ、間違いないことは、ロレンス中尉が、アラブの人々のために、アラブの独立のために、彼らに加担していたということだ。それが、イギリスのためと思ってやっていたのか、映画で表されているように、純粋にアラブ人のためにと思ってやっていたのかは、本人の心の内を見れない今となっては分からないことである。

 ただ、一つだけ確かなことがある。あの時、ロレンス中尉の進言どおりにイギリス政府ならびにイギリス軍が判断をくだしていれば、世界情勢はもう少し変わっていたかもしれない。歴史に「もし」はあり得ないことだが、少なくとも憎悪の連鎖をもっと軽減することはできていたかもしれない。

 どうも、アルカイダをはじめとするテロリスト達が、イスラム教を看板にし、また楯にもしているので、どうも我々西側諸国の一員からすると、イスラム教の教えが悪いのではないか、と大きな誤解をしてしまいそうであるが、そうではない。イスラム教自体は、純粋な教えであり、そんなに悪い宗教だとは思わない。彼らテロリスト達は、原理主義者であり、自分達の都合のように歪曲して受け止めているので、鵜呑みにするべきではない。それよりも、この憎悪の連鎖によるテロの連鎖は、前記したような部族単位での価値観に起因するところが大きい。その延長線上に、宗教の存在があると理解するべきである。

 何故、トルコは、歴史上、何度となくアラブに攻め入るのかも、その辺に理由がある。そして、その延長線上に、ギリシャ正教であるトルコとイスラム教であるアラブという、宗教的な理由もある。どちらも、あまりにも高潔な教えであるが故に、双方が双方を認めないから起こる争いである。本来であれば、共存という形をなせば解決できるはず問題であり、そうあるべきことであるが、そういかないのがアラブの文化であり価値観なのかもしれない。

 今、一つ懸念すべきことが勃発しつつある。それは、トルコのイラク侵攻である。クルド人の問題を理由に、トルコは再びアラブに攻め入ろうとしている。歴史は繰り返す、とはよく言ったものだ。しかし、このことが、大きなことに発展する可能性は非常に大きい。アメリカがどう対応し、トルコがどのように判断し行動に移すかで、また新たな火種が誕生する可能性がある。

 中東は弱肉強食を地で行く地域である。油断をすれば、虎視眈々と狙っている隣人達に攻め入られてしまう。非常に難しい地域である。今後の動向を見逃せない。
アメリカの手前勝手な提案書でしかない「イラク研究グループ」による報告書 (下)
2006年12月16日

 あれだけの犠牲をはらいながら、アメリカは多くの自国民からも、イラク人からも、そして、中東諸国にとどまることなく世界中から非難され続けている。しかし、もしアメリカ軍をはじめ同盟国の派遣軍が即時前面撤退してしまったならば、イラクはどうなってしまうだろうか? それこそ、イラクは世界にとってテロの火種となり、非常に危機的な状況に陥ることは誰の目にも明らかである。それに、ここまでイラクの民主化のために尊い命を落としてきた人々の死が、全て意味をなさなくなってしまう。何事を為すにも、茨の道を抜けることは必要不可欠だ。「継続は力なり」というではないか。

 このような複雑な状況下、周知のごとく、アメリカでは、超党派の「イラク研究グループ」によって、イラク問題の解決方法が模索された。そして、遂に今週、報告書が提出された。直後、ブッシュ大統領も含め、ホワイト・ハウスで、メンバー達と共に議論が交わされた。しかし、あれだけアメリカを批判し、早期撤退を叫んでいたイラク人達から、そして周辺の親米アラブ諸国からも、この「イラク研究グループ」による提案書へ対し、大きな反発の声が上がっている。その意思表示として、大型テロがバクダットでここ数日頻発し、イラク副大統領も暗殺されかけた。未遂で終わったが、危機一髪であった。

 それでは、彼らが反発するのは何故か? 答えは、簡単である。また、同じ過ちを繰り返しているからである。同じ過ちとは? それは、アラブ人達の性質や文化をまったく無視し、西洋人的な発想で、アメリカの思惑に基づいての勝手な提案でしかないからだ。これは、嘗て、イギリス人が、大英帝国時代、アラブにおいて為した過ちを繰り返しているだけである。映画「アラビアのロレンス」の時代の繰り返しでしかないからだ。

 中東問題の解決は、至難の業である。完全なる解決方法は、多分ないであろう。それは、アラブ人達の資質や性質や文化によるところが大きい。そのことを理解せずに、西洋人的な発想で解決しようとしても、結局火に油を注ぐだけのことになってしまう。今回の報告書に目を通してみると、まだネオコンといわれる、これまでのイラク政策をブッシュ政権下で推し進めてきた人々の方が、「イラク研究グループ」よりも、よりイラク人やアラブの人々のことを理解しているようにさえ思えた。

 唯一の解決策は、タイム・スリップしかない。時計の針を、「アラビアのロレンス」の時代に戻し、全てを仕切りなおすしか方法はない。イギリス人将校 T.E.ロレンスは、結果としてアラブ人達を騙してしまうことになったことを亡くなるまで恥じ、自責の念にかられ続けたと聞く。その証拠に、アラブの英雄とさえ言われ、アラブ人達にも慕われ尊敬されたロレンスは、二度とアラブへ戻らなかったとも聞く。ロレンスの時代に、私利私欲でなした行為を改めない限り、本当の解決は有り得ない。しかし、時間を戻すなどということは、できるはずがない。

 もともと、アラブ人というのは、部族単位で成り立っている民族である。そして、部族同士は、力によって優劣を決めるというのが、彼らの文化なのだ。部族間での、縄張り争いなども、全て力によって解決されていた。にもかかわらず、部族や部族のテリトリーを無視して、イギリス人達は、自分達の私利私欲、すなわち石油利権だけを念頭に、勝手に国境線を引き、部族を分断してしまったのだ。これが、今に続く中東におけるあらゆる問題の原点である。勝手に、お前はこっちの国、あんたはこっちの国と分けられても、同じ部族が分断されていれば、紛争が起きて当たり前である。自分の家族や仲間を取り戻そうとするのは、自然な感情だ。同時に、分断した西洋人に対して、恨みをもつのも自然な感情だ。このような複雑な状況がある上に、さらに複雑な問題をイギリス人は中東に残した。それは石油だ。

 それまで、彼らアラブ人は、石油など知らなかった。いや、知ってはいたが、彼らは必要としていなかった。よって、石油絡みでの紛争など皆無であった。ところが、西洋人達が、石油の取り合いをすることを目の当たりにし、石油がお金になるということを知った。その結果、部族、宗教と複雑な問題が山積されている上に、石油の利権という金銭的な欲得問題までが加わり、中東問題は非常に複雑化してしまったのだ。それもこれも、元を糾せば、イギリス人をはじめとした西洋人の勝手な私利私欲に始まったことなのだ。そして、最後に、衰退し始めた大英帝国の尻拭いと欲目で、アメリカが出てきたのだ。これらの歴史的背景と、民族の特性を理解せずして、中東の問題は解決できない。

 イラクの問題にしても、内戦状態の原因は、ハッキリと目に見える形で露呈しているではないか。北部のクルド人地区、南部のシーア派地区、そして、残りのスンニ派地区。結局のところが、部族単位、宗派単位での対立なのだ。北部のクルド人地区などは、クルド人達が自ら自治しているので、フセイン政権崩壊後、一度もテロ行為やテロの被害も受けず平和になっているというではないか。

 イラクの問題も、中東全体の問題も、解決するには時間が掛かる。これだけ複雑な状況に中東地区がなるにも時間が掛かったのであるのだから。まず、今イラクで、アメリカはじめ同盟国がしなくてはならないことは、仲裁役に徹することである。イランに頼るのでも、シリアに頼るのでもなく、仲裁役に徹し、部族単位、宗派単位で分断し、独立させることである。多分、イラクは、三つの国に分断されるであろう。しかし、それが一番平和にイラクの紛争を解決する方法である。

 当然のことながら、そうなれば今度は石油の問題が浮上する。北部のクルド人地区と南部のシーア派地区には、石油が豊富にある。しかし、西部のスンニ派地区にはほとんど石油がない。そして、このスンニ派が多くのテロを起こしている。ここをある程度納得させない限り、問題は解決しない。ならば、一定量の石油をクルド人地区とシーア派地区からスンニ派地区へ無償提供する条件の下、それぞれの独立を認めさせればよいのだ。そして、独立が承認された後は、それぞれの独立国として自治されればよいではないか。ただし、イランやシリアが、自国の国益に根ざし独立したシーア派地区やスンニ派地区を傀儡政権としないように、国連軍が監視すればよいのだ。このような解決方法しか、実際にはないように思う。結局のところ、十把一絡げで思想も、宗教も、民族も違う人々を無理矢理一緒にしているから、テロや紛争がおさまらないのだ。まずは、それぞれの関係国が、私利私欲を捨て、平和を第一義に、独立を模索し、その結果として私利私欲の部分である石油の配分という問題の解決策を模索すればよいのだ。そして、その全ては、ロレンスによって書かれた、「アラブ人操縦の27か条」を念頭におき、為されなければならない。間違っても、西洋人的発想で推し進めることのないように、為されなければならない。私は、そのように思う。
アメリカの手前勝手な提案書でしかない「イラク研究グループ」による報告書 (上)
2006年12月16日

 中間選挙以来、イラク政策の方向転換がワシントンやメディアで盛んに取沙汰されている。何故ならば、今回の中間選挙での共和党惨敗という選挙結果は、イラク政策の失敗と大きな犠牲へのアメリカ国民の反発というように、メディアもワシントンも捉えているからだ。だが、ここで少し冷静にならなければならない。本当にイラク政策は失敗であったのか? 多少の疑問が残る。

 どこに視点を当てて判断するかで、この疑問の答えは変わってくる。多くの犠牲者を出しているアメリカ人は、今、感情論でイラクの問題を捉えている。イラク戦争を始めたこと自体間違っていた。あんなに多くのアメリカ軍を派遣したことが間違っていた。こういう否定的な意見が、アメリカの国中に蔓延している。その結果、あのような結果が先の中間選挙で出た。それは、多くの若きアメリカ人兵士達が、尊い命を落としているから。そのことが、他人事ではなく、アメリカ人にとって「明日は我が身かも」という差し迫った問題となっているからだ。だが、少し視点を変えてイラク戦争のことを捉えてみる必要もある。何故なら、ブッシュ大統領が、自国民を苦しめようと思ってあのような戦争を始めたのであろうか? 答えは、NOである。ブッシュ大統領は、あの段階で、アメリカの国益を考え、最善の判断と信じ、強行したはずだ。その結果は、必ずしも100%良い道筋を導き出しはしなかったが。いや、ある意味、悲惨な結果を多く生み出すことになった。

 それでは、見方を変え、もし、あの段階で、イラク攻撃を躊躇っていたならば、今頃中東は、世界は、どうなっていただろうか? この答えも、簡単である。フセイン元大統領はもっと増長し、今頃は、アメリカはじめ同盟国にとって、もっと不利益なことになっていたことであろう。メディアの多くは、石油利権のために、アメリカはイラクを攻撃し戦争を始めたと言っている。だが、そうではない。二次的、三次的な戦利副産物として、当然のことながら石油利権も眼中にはあったであろう。しかし、それが主体ではなかった。

 確かに、大量破壊兵器は存在しなかった。そのことを、後にパウエルは自ら謝罪し、ホワイト・ハウスから彼の姿が消えることになった。確かに、一つの事柄としては、間違っていたことである。だが、イラクを攻撃するための大義名分が、あの段階で早急に必要だったのだ。さもなければ、もっと大変のことになっていた可能性が高いからだ。

 フセイン元大統領というのは、必ずしも凡小な指導者ではない。寧ろ、政治家としては頭の良い優れた政治家の部類に入るであろう。しかし、善人ではない。言うならば、ヒットラーなどと同じような悪賢いリーダーであった。その証拠に、多くのイラク人が迫害され、命を脅かされ、苦しめられていた。クルド人の大虐殺にしても、日本ではあまり報道されてはいないが、ナチスによるユダヤ人虐殺に相当する暴挙であった。オウム真理教が撒いたサリン、あのサリンをこの地球上で初めて試したのがフセイン元大統領によるクルド人大虐殺である。何の罪もないクルド人地区で、無差別にサリンを散布し、多くのクルド人達を虐殺したのだ。このことだけをとってみても、フセイン政権を崩壊させる意味は十分にあった。

 あの当時、アメリカにとって一番の脅威は、フセインの悪知恵とイラクの豊富な石油資源であった。原油産油量では、世界で4番目である。当然のことながら、そのことは豊富な資金力を意味する。イラクが、近い将来アメリカはじめ同盟国にとっての脅威となり、中東の平和を乱す元凶になることは火を見るより明らかであった。

 表向き公式には語られていないが、フセイン元大統領が画策していたアメリカを経済的に追い詰める世界戦略を、彼が具体的に行動に移しだしたことが、イラク攻撃の本当の理由であった。そのことは、複数のホワイト・ハウス関係者が、声を潜めて言っている。同じことが再度起こることを懸念して、厳しい緘口令が敷かれているので、アメリカ・メディアも報道しない。9.11以来、アメリカはこういうことに神経質なのだ。では、フセインによる脅威の反米戦略とは、如何なるものか?

 フセインは、原油の基軸通貨をドルからユーロへと変換したのだ。それは、前触れもなく突然為された。その日、ホワイト・ハウスは震え上がりパニックに成りかけたと聞き及ぶ。ブッシュ大統領は、武者震いが止まらなかったと聞く。

 アメリカは、借金大国である。ドル紙幣を際限なく刷り続けることによって成り立っている国である。それができるのは、原油取引の基軸通貨を筆頭に、全ての物資取引の基軸通貨がドルであるからだ。そこのところに、フセインは着目したのだ。非常に頭が良い。原油の基軸通貨を、世界第4位の産油国イラクが、ドルからユーロに変えれば、OPEC加盟国の多くが右へ倣えでドルからユーロに変える可能性は非常に高かった。実際、イラクがユーロへ変更した直後、サウジアラビアなどはユーロへ変更した。しかし、アメリカからの強力な抗議と圧力によって、直ぐにドルへ戻した。だが、ドルからユーロへの変更に際し、サウジアラビアがフランスの銀行に預けたユーロ預金は、未だフランス政府によって凍結されている。サウジアラビアにしたら、踏んだり蹴ったりであった。

 このような理由により、アメリカは、当時、フセインを排除することが、中東地区の安定に繋がると判断した。そして、実行された。それが、イラク戦争であった。

 実際問題、フセインは色々な反米政策を画策し、準備していたと言われている。あのまま放置していれば、かなりの影響がでていたに違いない。そうなれば、イラクの周辺諸国にもトバッチリが及ぶ可能性は大であったわけだ。だが、残念なことに、フセインを排除しても、イラクをはじめ中東の平和は得られなかった。

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