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多くの日本人が知らない事 忘れてはならない事
2010年10月11日
世界で唯一原爆の被害を受けたのは日本人。
世界で唯一強制収容所に入れられたのはユダヤ人。
そう思っている日本人は多い。
だが、
第二次世界大戦中、
アメリカで日系人は、
ユダヤ人同様、
強制収容所に入れられていた。
そのことを我々日本人は知らなければならない。
そして、
故に、
日系人たちは、
自分たちの尊厳を守るために、
理不尽や不平等にも耐え、
今日の信用を勝ち得た。
そのことを我々日本人は誇りに思わなければならない。
今の日米関係に於ける深い信頼関係と絆は、
彼ら日系人が勝ち得た信用が基になっていることを、
我々日本人は肝に銘じ、
恥じることなく誇り高く、
如何なる状況においても、
彼らのように、
怯むことなく困難に立ち向かうべきである。
気骨ある民族として。
誇り高き日本人として。
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日米安保と日米同盟
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日本人のアメリカ軍に対する誤解を解くために
2010年6月2日
日本とアメリカでは、軍隊ならびに軍事行動や戦略に対する認識がまったく違うことを日本人はまったく理解していないので、その誤解を解きたい。日本では、嘗て軍隊がある当時より軍隊は、戦略上自国が有利になるための勝つための手段であり方法論であった。ある意味、戦うため勝つための軍隊であったのだ。ところがアメリカでは、今も昔も変わらず、軍隊の存在意味は、サバイバルすなわち生き残りのための手段であり、負けないための軍隊なのだ。よって、アメリカでは、今も昔も、入隊するとまず軍人はサバイバル生き残ることを頭に叩き込まれる。生き残るための手段の一つとして、如何に敵を殺戮するかというようなことも教え込まれる。だが、戦い敵を殺すために、軍隊があるのではなく、生き残りのために軍隊はあるという基本的な概念は昔も今も変わっていない。一人一人の軍人がサバイバルすることで、国家もサバイバルできるという方程式なのだ。よって、先の大戦での勝利も、その認識の違いが大きな要因となっていたと言われている。日本人は、特攻隊にその考え方が凝縮されているように、サバイバルではなく敵を攻め滅ぼし殺すためには、自ら命を賭すという考え方であった。今でも、日本人のメンタリティーの中には、このような軍隊に対する偏向した考え方が根付いている。そのことが、沖縄の基地問題をはじめ、自衛隊など軍事関連のことへ対しての反対運動として、一部の国民のメンタリティーの中に偏ったままアレルギーのようになって存在している。
例えば、アメリカ海軍の第二次世界大戦での勝因は、このサバイバル精神にあったと言われている。日本海軍の軍艦は、相手を撃沈することしか念頭になく、攻撃され艦が手負いになった時の応急修理が全くできなかったため、多くの沈まなくとも済んだ戦艦が海の藻屑となってしまったと言われている。ところが、アメリカ海軍では、第二次世界大戦中より、各戦艦の全乗組員には、まず艦が破損した場合の大急修理の術を教育していたという。そのため、敵の攻撃により多少艦が破損しても、応急修理をしてサバイバルできたのだそうだ。これは、日本とアメリカの軍略や軍事に対する認識の相違を、顕著に表した出事柄であるように私は思う。
今でも、アメリカの軍隊では、特殊部隊を含めサバイバル術が訓練されているのだ。サバイバル生き残るための手段として、相手を傷つけたり殺したりする術も教えている。だが、相手を気づ付けたり殺すことが、目的ではない。そのことは、軍事戦略的にも、ハッキリとした認識としてアメリカ軍の中には浸透している。まず人命第一だ。出来ることなら、戦争にならないように苦心するというのが、アメリカの戦略の第一義なのだ。そのために、抑止力ということを非常に重視している。そのことは、アメリカ軍人や民間人が犠牲や被害にあった時、アメリカ軍は間髪を入れず行動にでることでも、良く理解できる。決して、アメリカという国は、自国民の生命が掛かっている場合、見捨てるようなことをしない。そこには、我々他国人からは想像もつかぬほどの信頼関係が、アメリカ国民と軍隊の間にある。万が一捕虜になっても、アメリカ人は、必ず味方が迎えにくると信じている。そして、決してその信頼を裏切ることはしない。勿論、状況によっては、色々なシチュエーションが生じることもあるが、基本的にはそういうことだ。最近一般的にもテレビなどを通じ注目されている特殊部隊も、その任務目的の第一義は、自国民の危機からの救出となっている。だが、日本人は、そんな期待を日本政府や自衛隊にしない。何故なら、日本国民は、日本政府を信頼していないからだ。信頼できる存在でもないのだが。
ここのところが、アメリカ人と日本人の大きな認識の違いだ。このことは、アメリカ人にとって、日本人を脅威と感じる一番の理由である。先の戦争でも、自らの命を最優先にするのではなく、命を投げ出して攻撃を仕掛けてくる日本人に対し、アメリカ人のメンタリティーでは理解不能であり怖い存在であった。そのことは、今でも差ほど変わっていないような気がする。日本人に対し、多くのアメリカ人が一目置いていることは間違いない。人間は、未知のモノを恐れる。アメリカ人にとって日本人は、未知で神秘のベールに包まれた存在なのだ。
よく、日本人は、沖縄に駐留する海兵隊は、イラク戦争などの前線へも送られ、日本は間接的に戦争に加担している、「けしからん」という反対派の人たちがいる。だが、それは大きな間違いだ。彼ら海兵隊員だって、好んで戦争をしているのではない。無駄な殺戮を防ぐために、軍事戦略を実行しているのだ。少なくともアメリカ軍人は、そういう考え方である。その世界最強の軍隊を、殺戮の道具として使っているのは、軍人の上にたつ我欲と思惑と陰謀にまみれた政治家たちだ。それは、アメリカでも、日本でも、他国でも、同じことだ。そのことだけは、日本人も正しく理解するべきであると私は思う。
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沖縄基地問題視点を変えて見れば・・・
2010年5月29日 沖縄の基地問題は、何故沖縄に米軍基地があるかを、ちょとだけ視点を変えてみれば理解しやすくなる。先の大戦で、連合軍が日本本土を攻撃できたのは、沖縄と硫黄島を陥落させることができたからだ。何故なら、爆撃機は、沖縄や硫黄島のように、日本本土に近い島を給油基地として確保しなければ、本土爆撃に飛ばすこともできなかったからだ。
例外的に、真珠湾攻撃の直後、川崎地区をアメリカ軍が爆撃したが、これは、まるで日本の特攻隊のように、片道燃料で、重装備は全てはずして、無理やり空母から飛び立ったもので、とても継続的に戦略として攻撃できるものではなかった。真珠湾を攻撃されたアメリカ軍人の意地で、一度だけ成し遂げられたことである。
本格的に本土爆撃が叶うのは、それから随分後、終戦間際の期間、沖縄と硫黄島を占領してからのことだ。そのことは、多少の違いはあれど、今でも変わらない。このことを、日本人はすっかり忘れている。
アメリカ軍が沖縄に駐留しているのは、アメリカ軍が台湾海峡や朝鮮半島での有事を想定して、給油なしで飛んでいける範囲内に前線基地を置くという意味もあるが、アメリカ軍が沖縄にいることで、他国が日本を攻めることができないようにするという、先の大戦でアメリカ軍が身をもって体験した経験に基づく戦略的意味合いも大きいのだ。それは、アメリカのためもあるが、日本にとっての意味合いの方が遥かに大きい。だが、多くの日本人は、そういう風に視点をもっていくことさえできなく偏向した視点のみに立ってしまい、基地の存在自体を否定している。悲しむべきことだ。
誰も戦争を望んでいる者はいない。前線に送られるかわからない海兵隊員も、死と隣り合わせの危険地帯に望んでいく者など誰い一人いない。だが、パワー・オブ・バランスが崩れてしまえば、抑止力が利かなくなり。それこそ、戦闘を覚悟しなければならないことになるので、アメリカは、軍事戦略を展開しているのだ。しかも、朝鮮半島は、何度も言うが、休戦協定下であるだけで戦時下である。いつ、戦闘が開始されてもおかしくないのだ。
現実的に、ここまで経済発展を遂げた中国が、国際的な批判を受けてまで、アメリカ軍が手薄になったからといって沖縄や日本本土を攻めてくることはないであろう。だが、北朝鮮が攻めてこないという保証はどこにもない。だとすれば、やはり沖縄に米軍が駐留する意味は非常に大きく、必要不可欠なことであるということを、我々日本人は理解しなければならない。
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緊張感高まる朝鮮半島周辺
2010年5月26日 今月11日午前8時頃、今年1月から定期修理と原子炉周辺のメインテナンス作業に入っていた横須賀を母港とする原子力空母ジョージ・ワシントンが試験航行のため、護衛と検査支援の任務を受けた駆逐艦ステゼムを伴い、短期間大島沖の訓練海域に出港していた。駆逐艦ステゼムは、前日10日早朝に横須賀基地3号バースから出港し、一足先に、訓練海域の安全を確認し待機していた。昨年同様、低レベル放射性廃棄物を搬出後の試験航行であり、大きな意味はないと思っていた。
ところが、帰港直後の今月18日、複数の戦闘艦を伴い、再び横須賀を出港した。名目は、本格的な作戦航海に向けた艦載機パイロットの着艦資格取得訓練と西太平洋地域の警戒のためとされている。だが、現在横須賀基地に残っている戦闘艦は、修理ドックに入っているマスティンと、待機停泊中の巡洋艦カウペンス、駆逐艦カーティス、同じく駆逐艦フィッツジェラルドの3隻と原潜ルイビルだ。空っぽ状態と言っても過言ではない。だが、原潜ルイビルが停泊する13号バースには、停泊中に接続しているケーブルなどを出港に伴い取り外すために使用するクレーン車が一台岸壁に待機しているので、ルイビルの出港も秒読み段階と予想される。
原子力空母のデイヴィッド・A・ラウスマン艦長は、出港に先立ち毎日新聞の取材に応じ、「日米安保改定50周年を記念した、海上自衛隊護衛艦との合同訓練を予定している」と明らかにした。また、同時に、「日米関係は将来的にも強化されるであろう。ジョージ・ワシントンの存在が、西太平洋地区の平和維持に貢献するであろう」と社交辞令的な発言をした。このインタビューに関しては、毎日新聞でも報道されている。
問題は、アメリカは必ず、軍事行動に出る直前、訓練と称して相手国を威嚇する。そして、訓練を即実践体制へ移行できるように行動する。今回も、海上自衛隊の護衛艦との共同訓練を名目にしているが、複数の戦闘艦が朝鮮半島を取り囲むように終結しだしている。厚木基地での戦闘機をはじめとした搭載機の離発着数も急増している。勿論、空母が出港する前後数日間、離発着が増加するのは通常の様子だが、そのことを差し引いても、普段よりも離発着数が多いことが感じられる。そして、ヒラリーが、日本、韓国をはじめ中国まで足をのばし、根回し外交を繰り広げている。イラク戦争の際は、ライス国務長官がイラク周辺国を根回し行脚したことは記憶に新しい。数週間前には、金正日が突然中国を訪問していた。どちらも、万が一の軍事行動が起こった際の根回しをしていることは間違いない。
北朝鮮もバカではない。全面戦争になれば、遅かれ早かれ敗戦することは知っているはずだ。だから、全面戦争となる可能性は極めて低い。だが、ここで、我々が知っておかなければならないことは、金正日は世界一のケンカ上手であるということ。そして、彼にとっては、北朝鮮国民の命など何でもないということだ。彼にとって大切なのは、金正日一族がいかに贅沢三昧の今の生活を維持できるか、それだけなのである。ある意味、失うモノは少なく開き直りができるところに、金正日の駆け引きの強さがある。そこに、いつもアメリカでさえ翻弄され続け屈辱を受け続けてきたのだ。万が一北朝鮮が敗戦したとしても、金一族の安全と生活の保障を条件として取り付け、中国かアメリカへ亡命するということになるだけのことである。それこそ、全面戦争になり、自決するまで戦い抜けば別だが、そんなことを金正日がする訳がない。ここのところに、日本が抱える安全保障上の大きな憂いがあるのだ。北朝鮮にとって、日本でテロ行為を繰り返すことなど、赤子の手を捻るより容易いことだ。そして、日米安保に隙ができれば、その隙を見逃すことなく、金正日はチャチャを入れてくるということである。そのことは、今回の韓国掃海艇撃沈事件を見てもわかることだ。沖縄基地問題で、日米安保が揺れているからこそ起きた問題と言っても過言ではない。いかなる理由があっても、日米安保が揺らいでいると日米以外の他国から見られたら、周辺国から見れば抑止力に陰りが見えてしまうということになるのだ。それは、日本だけの問題ではなく、アジア地区全体の問題であるという認識を日本人は持つべきである。
誤解しないで頂きたいが、だからといって、沖縄県民を蔑にするという意味ではない。鳩山総理の基地に対する認識があまりにも幼稚過ぎたということと、沖縄県民の負担を軽減するという方法論が間違っていたということだ。軽はずみに、長年苦心して三者間(地元住民、アメリカ、日本政府)を調整した自民党案を反故にして、現実不可能な県外移設という甘い夢を沖縄県民に抱かせてしまい、結局自民党案と差ほど変わらない辺野古移設案に戻ってしまった。それまで、納得はしていなくとも、自民党案でやっと落ち着いた県民たちに、淡い夢を抱かせ、かえって基地反対運動に拍車を掛けてしまった。県民の感情を考えると、感情を逆なでされ、もう後戻りはできないという気持ちになっていることはよく理解できる。逆に、そんな県民感情をも予想できなきなかった鳩山氏に、政治家として総理として大きな不安を覚える。結局は、全ては人なのだ。人々の心を、選挙のためだけに弄び、綺麗ごとばかりをいうから、このような二進も三進もいかないことになってしまうのだ。その上、火に油を注ぐように、具体策もないにもかかわらず、私は他の閣僚たちとは違うの、皆さんの味方よ、仲間よ、良い子よ、とばかり沖縄県民のご機嫌取りに出掛ける社民党の福島党首に至っては、その無神経さには呆れて開いた口が塞がらない。大臣を辞めるのは当たり前、それどころか、政治家も辞めた方がよろしいのでは、と強く申し上げたい。
一番の問題は、基地移設などと、選挙目的で軽はずみに言ったことである。基地移設ではなく、住民たちが抱える問題を、一つでも多く現実的に解決することが、何より現実的な負担軽減案であるにもかかわらず、大して検証もせず軽はずみに基地移設を口にしたので、こんなことになってしまったのだ。
それでは、負担軽減案とはどういうことかといえば、その第一は、地位協定の改善もしくは撤廃をおいてない。この地位協定による問題が、山積している多くの問題の根源ではないか。婦女暴行事件にしても、引き逃げ事件にしても、全ては地位協定があるからこそ起こっている問題だ。これは、沖縄だけではなく、世界の米軍基地周辺で、同様の問題が起こっていることで、ドイツなどは、地位協定を改善して問題を解決した。沖縄に基地を置く以上、アメリカ軍も郷に入っては郷に従うで、地元と共存共栄してもらう、というスタンスで交渉をすれば、アメリカ側は否とは言わない。共存共栄ができれば、例えばだが、救急車などの緊急車両も米軍基地を迂回するのではなく、基地内を横断できるようにするなど、住民が不満に思っている問題は、いくらでも解決できるはずだ。ところが、最初から切り口を間違えている。いきなり県外移設だの、ケンカ腰では解決などできない。こちらがケンカ腰になれば、相手も身構えるのは当然のことだ。勿論、騒音や危険度の問題などは残るであろう。だが、それは米軍基地周辺だけの問題ではなく、自衛隊基地の周辺でもまったく同じ問題があることを理解しなければならない。100%の解決策はないのだ。だが、地位協定が原因で起こっている問題は、人道的にもおかしなはなしばかりだということは、アメリカ人も良く理解している。前線に赴く可能性が高い兵士だから、何をしても許されるというのであれば鬼畜と変わらない。だが、そういう感覚が、米軍、特に海兵隊の中に伝統的に残っていることに問題があるのだ。このことは、映画などにもなり、アメリカ人も大いに問題だと思っている。司令官は、命を掛ける前線兵士の不始末に、目を瞑る伝統がある。だが、それは人間として間違っていることなので、アメリカ側が修正するべきことなのだ。
もし、米軍が国外移設を受け入れ、日本から完全撤退したら、まず北朝鮮はこの時とばかり日本をテロ攻撃も含め、あらゆる手段で攻撃してくるであろう。また、周辺諸国も、日本の感情論だけで安全保障上大きな問題が生じたということで、日本を経済的にも政治的にも、相手にしなくなってしまうであろう。そういうこともよく想定して、言動するのが本来総理である。何とも、鳩山総理の総理としての資質は、限りなく0に近いと言わざるを得ない。日本という国が抱える一番の悲劇だ。
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ヒラリー飛来の意味
2010年5月23日 以前にも、何度か書いているが、ヒラリー・クリントンが突然飛来した意味は非常に大きい。ただの飛来なら、そう深刻には受け止めない。だが、前にも言った通り、ヒラリー・クリントンが朝鮮半島問題で飛来したという意味は、日本人が想像している以上に深刻であると認識しなければならない。
最大の目的は、北朝鮮問題だ。彼女は、北朝鮮への強硬派だ。空爆支持の急先鋒である。大義名分があれば、いつでも軍事制裁したいと思っている。その理由は複数あるが、一番の理由は、夫が大統領をしていた任期中の朝鮮半島危機の結末に対する怨念だ。彼女は、男勝りである。だが、やはりメンタリティーでは女性である。あの時受けた思いは、彼女の中で消化されていない。チャンスがあれば、北朝鮮へは強硬姿勢で臨みたいと常日頃から考えている。そのことを懸念するアメリカ政府関係者は多い。あの北朝鮮危機の際、キッシンジャーをはじめ多くの大統領周辺の人間は、北朝鮮空爆で爆走していた。ところが、そうなればソウルは火の海となり多くの犠牲者がでると、当時の在ソウル大使が、ジミー・カーター元大統領に泣きつき、その訴えを受けカーターは、直ぐにピョンヤンへ飛び、危機一髪攻撃30分前に、北朝鮮によるソウル攻撃も、アメリカによる空爆も回避された。だが、そのことがキッカケで、結局またしても、アメリカは北朝鮮に事実上屈服しなければならない屈辱を受けた。結果として、クリントン元大統領が恥をかかされたことになったのだ。その恨みを、ヒラリーは今でも強く持っている。だから、どんなに小さなことでも、大義名分があれば、国務長官であるヒラリーは、軍事行動も含め、北朝鮮へ対しては強硬姿勢で臨む心づもりでいるのだ。そのような緊張した状況下で、今回の韓国掃海艇への攻撃がなされた。あれが、自作自演であったのか、北朝鮮の仕業であったかは定かではない。だが、ヒラリーからしたら、北朝鮮へ大して強硬姿勢を示す大義名分になったのだ。
そもそも、多くの日本人が気づいていないが、アメリカにとって朝鮮半島は前線なのである。休戦協定が長年続いているので、日本人は37度線が前線であるとは認識していないが、実際には休戦協定下にある立派な前線である。最近では、韓国も休戦協定を忘れかけている感も否めないが、朝鮮半島は未だ戦時下であるのだ。最初に私が韓国を訪問した頃、そうもう15年ほどになるか、あの頃は、外国人であっても、毎週水曜日の昼過ぎになると、空襲警報が鳴り響き、全国民地下鉄構内など防空壕になっている地下に身を潜めなければならない、防空訓練が行われていた。マシンガンを身構えた警官たちが、怖い顔をして一般市民や我々外国人を睨みつけるというような、そんな戦時下ならではの緊張感があった。だが、今は、そんなこともなくなってしまっているが。
第二の理由として、沖縄の問題を、この朝鮮半島の問題に引っ掛けて一石二鳥でかたずけようと、合理主義者で頭のよいヒラリーは、考えたと思われる。沖縄の米軍勢力が弱まれば、極東アジア地区のパワー・オブ・バランスが崩れ、中国が攻撃してくることは現実的にはないかもしれないが、北朝鮮が攻撃してきたり、テロ活動を日本国内で行い始める可能性は非常に高い。そのことを、日本人に知らしめる意味もヒラリーは考えたのではないか。だが、それはハッタリではなく、実際に起こり得る問題であることを、日本人は真摯に受け止める必要がある。基地が全面的になくならなくとも、日本の世論に米軍基地が動かされたのなれば、この時とばかりに、北朝鮮が国内で色々な形でのテロ活動を始めることは、容易に予想できる。だが、日本人はそこまで予想していない。だからこそ、鳩山総理などは、あのように軽はずみに沖縄基地問題を、ここまで大きな騒ぎにしてしまったのであろう。しかし、これは、本来日本にとっては、最大の国益が脅かされるか否かの大切な問題であるのだ。そのことを、我々日本人は、しっかりと受け止める必要がある。
きっと、万が一、日本国内で北朝鮮によるテロ活動が起こった時、真っ先に騒ぎ立てるのは、今基地反対運動をしている人間たちではないのか。おかしな話だ。自衛隊の存在自体も反対し、武装することも反対し、日本を丸腰にしようとしていながら、米軍基地も反対し、それで何も起こらないとでも思っているのであろうか? 私には、北朝鮮のまわし者ではないかとさえ思えてしまう。抑止力とは、剣を抜かずして、戦わずして平和を維持するために、最も有効な手段であることは、歴史的に証明されている。それを否定し、放棄することは、逆に日本人自身を、戦争に駆り立てようとしているようにしか、私には見えない。本当に不思議でならない。
そもそも、抑止力という発想は、日本の武士道から出た発想だ。剣の達人は、剣を抜かずして相手を制することを究極の極意として、極めようと努力した。そうするには、自分が相手よりも強くなり、自分が剣を抜かなければ、相手も剣を抜くことはないという発想だ。この発想を、アメリカが抑止力という言い方に変え、軍事戦略で使いだしたのが抑止力である。そもそも、日本人の武士道から出た発想であるにもかかわらず、抑止力に疑問を感じるの、抑止力など必要ないと多くの反対派の日本人はいっている。外国人が素晴らしいと思い取り入れている発想を、自ら否定する現代日本人。私には理解しかねる。本当に、日本人は、どこまで落ちてしまうのであろうか。悲しくなってくる。
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