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ビンラディン暗殺作戦「ジェロニモ」の全容が見えてきた |
テロリズム
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オサマ・ビンラディン暗殺作戦成功に伴いオバマ大統領声明発表 |
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世界で起こるテロリズムに思うこと 2007年10月24日 世界中で、テロリズムが起こっている。悲しむべき出来事である。人によるエゴによって、全ては始まった。エゴがエゴを呼び、思惑が新たなる思惑を生み、人々を狂気へと導いている。 人間とは、愚かな生き物である。人が人を恨み、殺し合い、奪い合う。自らを守ろうとするが故に、愛する者を守ろうとするが故に。しかし、そのために、他人を傷付け、自らも傷付くことになり、その連鎖はエンドレスに継続している。 嘗て、冷戦時代には、国と国が戦った。冷戦終結後、民族と民族が戦った。そして、今、宗教と宗教が戦っているかのようにも、テロリストと大国が戦っているようにも見える。しかし、そうではない。今、この地球上では、個と個が戦っているのだ。それぞれの人間のエゴを正当化し、それぞれの人間のエゴに翻弄され、他を認めず、自分だけが正しいと思い込み、他を傷付けることが、自らの幸せに繋がると勘違いし、自己中心的な身勝手な思想を信じ、宛のない道を彷徨っている。いや、思想とも呼べない、ただの我欲でしかない。そのことは、個人も国も変わらない。皆が、自分のこと、自国のことしか考えていない。その証拠に、この地球が、自然が、悲鳴をあげているではないか。 我々は、大切なことを忘れている。誰もが、同じ考えのもとに行動しているということを。テロリストと呼ばれる人々も、テロリストと呼ぶ人々も、皆、それぞれの愛する人を守るために戦っている。皆、愛する人々を守るために、戦い、そのために他人を傷付けている。恨みは恨みをかい、エンドレスに恨みの連鎖は悲劇を生み続ける。そのことに気付かない限り、この地球上から、悲劇の連鎖は消滅しないであろう。寧ろ、悲劇の連鎖は広がり、ますます収拾のつかぬことになってしまうであろう。 本当は、簡単なことである。自分が愛する者を守ろうとしているように、相手も愛する者を守ろうとしている。もし、自分の愛する者が傷付けられれば、痛みと悲しみ、そして、復讐の念が体内に生まれる。相手の愛する者を傷付ければ、同じように相手も、痛みと悲しみ、そして、復讐の念を体内に宿す。ならば、争うのではなく、手を繋ぐ努力を、理解し合う努力をすれば良いではないか。しかし、現実問題、それは至難の業である。何故ならば、もう、悲劇の連鎖は、遠い昔より始まってしまっているからだ。悲劇の連鎖が、さらなる悲劇の連鎖を呼び、複雑に絡まりあってしまっているからである。今こそ、その過ちに気付き、絡まった糸を切り捨てるのではなく、解かなければならない。そうしなければ、この地球は、温暖化などで自然破壊する前に、人間同士が、傷付けあい自滅してしまうことにもなりかねない。感傷的な平和主義と言われるかもしれないが、最近、私は、そんな風に思うようになった。 何人だからとか、何の宗教だからとか、そんな、肌の色も、宗教も、生まれ育ちも関係ない。皆、人は、この地球で生まれ、育ったのだ。全ての人間の故郷は、同じこの地球ではないか。ならば、自己中心的なミクロな発想に陥るのではなく、地球規模でのマクロな発想に転換し、皆が手を繋ぐべきであるはずだ。難しいことではあるが、そう努力すべきである。 人とは、愚かで、浅はかな生き物である。個も、衆も、常に仮想的な敵を想定することによって団結し、大きな力へと導かれる。今、世界では、その人間の心理が裏目に出ている。民族単位、宗教単位で、徒党を組み、敵を作り戦い合ってしまっている。そして、そのような紛争は、エンドレスの様相を極めている。もし、そのような状況が解決されるチャンスがあるとすれば、それはこの地球上に住む人類が、共通の敵を持った時であろう。即ち、地球外よりの敵が現れた時なのかもしれない。そうなれば、きっと、示し合わさなくとも、自然に、争いは止み、皆手を取り合って、地球外よりの外敵に立ち向かい、地球上に平和が訪れるのかもしれない。だが、その地球上での平和と引き換えに、新たなる争いを地球外よりの敵と持たなければならない、という宿命を我々人間は覚悟しなければならない。いずれにしても、人間とは、本当に悲しく愚かしい生き物であることだけは、間違いない。最近、つくづくそんな風に思うようになった。
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キャピトル東急ホテルがこの時期に閉店した本当の理由 2006年12月4日 永田町の国会議事堂や議員会館の裏手山王日枝神社隣に位置し、数々の戦後史の舞台となったキャピトル東急ホテルが、先月11月30日をもって約50年の歴史に幕を閉じた。東京オリンピックを機に開店し、本格的なアメリカ式ホテルとして、数ある東京のホテル群のトップに位置し続けた。昨今、乱立しだしたお洒落で近代的な外資系ホテルや、オークラ・ホテル、帝国ホテル、ニューオータニ・ホテルなどの老舗ホテルが、設備なども進化させ続け居住空間を充実させている状況下、必ずしもキャピトル東急ホテルは魅力的な真新しい建物でもなく、立地がとび抜けよいわけでもない。にもかかわらず、多くの著名人に惜しまれつつ閉店を迎えた。果たして、その理由は一体何であったのだろうか? キャピトル東急ホテルの隣接地には、嘗て山王ホテルが建っていた。戦後は、米軍に接収され、米軍専用の治外法権が適用されるホテルとなっていた。その建物は、嘗て二・二六事件が勃発したビルでもあった。今は、その山王ホテルも天現寺に移転し近代的な米軍専用ホテルに生まれ変わっている。勿論、今でも大使館と同じく治外法権下にある。 このように、キャピトル東急ホテルが建っている場所は、歴史的にも非常に意味深い場所であった。開店当初は、やはりアメリカと所縁の深い、というかアメリカのホテル・チェーンであるヒルトン・ホテルであった。新宿副都心に新しいヒルトン・ホテルが建設されたことを機に、東急へ売却されキャピトル東急ホテルと名称を変えた。しかし、そのサービスは、閉店を迎えるまでしっかりと引き継がれた。アメリカ仕込みの充実したサービスと日本人らしい木目細かく繊細なサービスが融合されていたが故に、多くの著名人がリピーターとなっていた。ビートルズが滞在したことで、一躍周知のホテルとなった。その後も、マイケル・ジャクソンをはじめエリック・クラプトン、オードリー・ヘップバーン、ペ・ヨンジュンなど、多くのエンターテーナーが、リピーター客として幾度となくキャピトル東急ホテルを訪れた。 国会議事堂と議員会館裏手ということもあり、多くの政治家達もキャピトル東急ホテルを利用した。日本の戦後政治になくてはならない裏舞台でもあった。キャピトル東急ホテルを囲んで、パレロワイヤル、十全ビル、TBRビルと、3棟のマンション型オフィース・ビルが建ち並ぶ。これらの3棟のビルには、時の永田町を闊歩する有力政治家たちが、いつの時代も私設事務所を構えている。そして、彼らは、目と鼻の先であるキャピトル東急ホテルを、自分達の応接室のように使ってきた。時には密談、時には密会、時には隠れ家として、キャピトル東急ホテルは、裏昭和史を目の当たりにしてきたホテルでもあった。瀬島龍三などは、キャピトル東急ホテルの一室に事務所を構えていたほどである。 弊社も先代の時代には、パレロワイヤルに事務所を構え、毎年、キャピトル東急ホテルの、あのビートルズが記者会見をした宴会場で盛大なパーティーを催していた。嘗て、政治家達は、キャピトル東急ホテルを中心に永田町を蠢いていた。古き良き時代ともいえるのかもしれない。 メイン・ロビーから宴会場ロビーに階段を降りる途中の階に、ホテル直営の有名な中国料理店「星ヶ岡」があった。値段も一流であったが、料理もサービスも一流であった。必ず誰かしら、有名人が客として訪れていた。また、メイン・ロビー横の「おりがみ」も、気楽なカフェ・レストランでありながら、しっかりとした料理を出してくれた。ラーメンからステーキまで幅広く、自家製ケーキをはじめデザートまで手抜きは一つもないサービスであった。サービスも、メイン・ロビーに限らず宴会場ロビーのドア・マンまで徹底していた。常連客の顔を覚えるのは当たり前。弊社先代なども、非常に親しくさせて頂き、色々と無理を聞いてもらっていたようだ。 昨日の読売新聞朝刊にも囲み記事で掲載されていたが、地下の駐車場から宴会場ロビー階へと繋がる階段横にエレベーターがあり、その前に「村儀理容室」という理髪店があった。各界著名人が散髪しにくることで有名なところだ。料金も、街中の理髪店に比較すると格段に高いのだが、そのサービスも格段である。キャピトル東急ホテル、新宿ヒルトン・ホテル、そして、アメリカ大使館に支店を持つ凄い理髪店だ。以前、新宿のヒルトン・ホテル地下にある支店で散髪した際、各支店長の父親である社長がおり、散髪している間、色々な話を聞かせてくれた。その社長は、散髪をしていると、それぞれの客の性格や特徴がわかると言っていた。そんな興味深い話の中で、こんなことを言っていたことを思い出した。「小泉首相は頑固で、絶対にこちらの言うことを聞いてくれないんですよ。ご自分の思う通りにしないとダメなんですね。あのライオンのタテガミみたいな髪型も、私は最初可笑しいなと思って、違う髪形をお勧めしたのですが、頑としてお聞きになってくださらなかった。お客様がそうおっしゃるのだから、仕方がないと思いながら散髪していたんですよ。でもね、月日が経ってみれば、あの髪型が小泉首相のシンボルになって、不思議と違和感がなくなっていたんですよね。さすがだな、と思いましたよ」何事も極めれば、人の心理や心の内まで見透かすことができるようになるのだな、と私は感心しながらその社長の話を聞いていたことが蘇った。 前置きが随分と長くなってしまった。そろそろ本題に入ろう。さて、何故、そのように多くの人々に惜しまれつつも、キャピトル東急ホテルは閉店という決断を下したのか? 不思議に思っている人々も多いはずだ。テレビなどの報道では、東京のホテル事情が影響しているとか、一般受けするホテルではなく一部の人々に持て囃されてきたホテルなので経営が大変であったとか、永田町が様変わりし昔のように懐の深い政治家が少なくなり政治家の利用頻度が激減したからとか、色々な理由が説明されていた。確かに、どの説明も、一理あるであろう。しかし、一番の理由ではない。報道されていた通り、大規模地域再開発計画があるらしい。それは本当の話だ。それでは、何故、今この時期に、歴史的な意味も非常に深いあの場所が、突然、人の流れからも少々離れているにも関わらず、大規模再開発されなければならないのか? 不思議に思っている人々も多いはずだ。もっともだ。 この大規模再開発がいつ頃から計画されたかを検証してみれば、その理由は一目瞭然である。ご存知のように、今年、一新された近代的な首相官邸が完成し、退任間近い小泉前首相も、新しい首相官邸へ引っ越したことは、皆様の記憶にも新しいはずである。キャピトル東急ホテル周辺を散策されると、新しい首相官邸が完成する以前と以後では、まったく別世界のように地域全体が様変わりしたことに気付かれるはずだ。道路も整備され、それまで一方通行であった道路も両面通行になり便利になった。地域全体生まれ変わった。ガラス張りで、少々フランスの近代的建造物を連想させるような瀟洒な首相官邸の建物を中心に、近未来都市化することを模索しているかのようにさえみえる。そのような地域環境の変化の中、古い佇まいを残すキャピトル東急ホテルは、正直浮いていた。しかし、そんな理由で、再開発とキャピトル東急ホテルの取り壊しが推し進められたのではない。 首相官邸側に面したキャピトル東急ホテルの部屋に入ってみると、その理由は誰の目にも明らかだ。客室の窓に設置された障子を開け、窓の外を眺めてみると、真新しいガラス張りの首相官邸が目の前に広がっている。部屋によっては首相官邸を見下ろす位置関係にさえなっている。これが、一番の理由である。新首相官邸の危機管理対策が一番の理由である。危機管理を専門に学んでいる人間でなくとも、新首相官邸の危機管理上のウィークポイントというか鬼門が、官邸と面しているキャピトル東急ホテルの客室であることは、誰の目にも明らかであった。もし、万が一、テロリストが、官邸に面した側の部屋に宿泊し、ロケット砲でも持ち込み、窓から官邸へ向かってそのロケット砲を発射すれば、百発百中で命中し、大きな打撃を与えることができてしまう。キャピトル東急ホテルの官邸に面した部屋からであれば、命中させないことの方が難しい。そのくらい距離的にも近い。このことが、キャピトル東急ホテル取り壊しの一番の理由である。少々、勿体ない気がしてならないが、あそこに新しい首相官邸ができてしまった以上、仕方のないことなのかもしれない。それにしても、西欧諸国では、古き良きものを維持することを最優先にする傾向があるにもかかわらず、どうも日本を含めアジア諸国では、古いものを平気で壊し近代化してしまう傾向があるような気がしてならない。古きものを尊ぶ日本人の心は何処にいってしまったのか。少々淋しい気がしているのは、私だけではないはずだ。
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ワールドカップで懸念されるテロの脅威 |



