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バリ島での自爆テロは新たなる世界的規模でのテロリズムの始まり
2005年10月3日
悲しむべきことではあるが、7月13日の政財界倶楽部ホームページに掲載した「次なるターゲットは、カナダ、オーストラリア、日本」という注意勧告記事での予測が当たってしまった。かなり精度の高い情報だったので、適中することを内心恐れていた。残念なことだ。その情報源は、ある国のシンジケートとある国の司法関係との司法取引によるものであった。ある条件との交換条件で、前回のバリ島爆破テロ犯に関する有力情報と爆弾の入手経路情報、そして、北朝鮮の武器入手ルートに関する情報を入手したものであった。その結果、前回のバリ島爆弾テロの実行犯は、実際、情報入手直後に拘束された。
ただ、バリ島ではテロが実行され警備体制も強化されていたので、次ぎなるターゲットは、カナダかオーストラリア、もしくは日本と思われていた。だが、これら三国の警備体制は、かなり強化された。当然、インドネシアでも警備体制は強化された。しかし、警備体制が強化されたとは言っても、やはりカナダ、オーストラリア、日本に於けるテロ対策に比べれば、インドネシアの警備体制はまだまだお粗末であった。と、同時に、バリ島の場合、既に一度爆弾テロがあったので、再度はないのではという希望的観測により、警備体制は強化されたが隙があったということも否定できない。
それでは、何故バリ島なのか? その答えは簡単である。現在、アルカイダをはじめとするテロリスト達が、次なるターゲットとしているのがカナダ人、オーストラリア人、そして、日本人なのだ。この三国の国民を同時に狙えて、しかも、警備体制に隙がある場所ということでターゲットを絞り込めば、悲しいことではあるがバリ島がターゲット候補地として浮上してしまう。
また、インドネシアに潜伏するテロリスト達の行動を把握することは容易ではない。何故ならば、インドネシア政府によるテロリストの把握のレベルが、他国に比べると格段に低いからである。ジャングルなどの潜伏場所が多く、潜伏するに適しているという環境もある。
しかし、一方、こういう見方もある。アルカイダとインドネシアに潜伏するイスラム過激派テロリストとの接点や密接度はそれほど強くない、という見方である。ただ、インドネシアのテロリスト達同様、売名行為的意味合で、アルカイダの名の下テロ行為を実行しうるテロリスト組織は、世界中に潜在的な勢力として存在している。彼らが、模倣犯的にテロリズムを各地で実行する可能性は、非常に高まっている。これらのローカル・テロリスト達は、アルカイダの下テロ行為を行えば、売名できる。また、アルカイダは、どういう形であれ、対アメリカ及びその同盟国国民へ対してのテロリズムを実現できる。どちらにとっても利害が合致する。恐ろしい、テロの連鎖である。
ほんの十年前のバリ島は、まだ平和であった。自然に恵まれ、お金などなくとも自給自足ができるような土地柄であった。バリでは、至る所に果物がなり、気候的な条件もよく、二毛作三毛作は当たり前である。海には、豊富な海産物があり、生きていくに困ることのない、諍いのない島であった。
インドネシアといっても、バリ島の人々はイスラム教徒ではなくヒンズー教徒である。そういう宗教的なこともあり、バリ島は別世界であり、非常に綺麗で平和な島であった。また、神々の宿る島とも言われ、非常に神聖な島でもあった。人々は非常に穏やかで、歴史的な理由により、親日感情も非常に強い。ところが、そのバリ島にも、時代の流れで文明が流れ込んだ。多くの観光客が、贅沢と消費という悪習を持ち込んでしまった。バリ島の生態系は壊された。それまで、必要でなかったお金が、全てを支配するようになり、神々の力を上回ってしまった。地球の進化、人間の進化が、短期間に、縮小版としてバリ島に起ってしまった。悲しむべき現実であった。
インドネシアというと、戦争によって反日感情の非常に強い地域と思いがちであるが、一概にそうは言えない。地域によって、対日感情はかなり違う。ジャワ島に於いても、ジャカルタを中心とする北部の地域とスラバヤを中心とする南部の地域では大分違う。日本で言えば、ジャカルタが東京、スラバヤは大阪というふうに理解したらよいと思う。
スラバヤは、日本軍が最初に降り立った都市である。スラバヤを中心にした南部のインドネシア人は、オランダの植民地支配から解放しインドネシアを独立へ導いてくれ、生活全般で助けてくれたのが日本人と日本軍であった、という認識を持っている。よって、今でも親日家が非常に多い。海洋資源に非常に恵まれている地域で、海老や石油などを通じ、今でも非常に日本との関係が深い地域でもある。それに比べると、北部地域は少々違う印象である。
バリ島では、日本軍のある中佐が、日本の軍人である以前に人間であるという思想の基に、命懸けでバリの人々を死守したという歴史があり、非常に親日色が強い。今でも、その中佐の墓がバリ島の中心都市デンパサールの中心にあり、多くのバリの人々の誇りとなっている。
こういうことを見聞していくと、結局、最後は人なのだ、ということが実感できる。どんなに悲惨な戦争の中でも、生まれも育ちも違う人々が、心と心を通い合わせた関係もあった。そして、そのような温かい心をもって接した日本軍の指揮官がいた地域は、今でも日本人へ対しての好印象が残っているということを見聞すると、一人一人の人の力の大きさを実感させられ、感慨無量である。
こういう人の歴史を考えると、今回のような平和な観光地でのテロ行為の罪の重さを、より一層強く感じる。罪もない一般観光客を巻き込み、歴史的友好関係まで破壊しかねないテロ行為。如何なる理由があろうとも、絶対に許される行為ではない。
と、同時に、日本の国も日本人も、テロリストによるテロ攻撃は他人事ではないということを自覚しなければならない。現状、いつなんどきテロ行為が日本国内で起っても、まったく不思議ではないという現実を、もっと認識する必要がある。そして、政府も国民も、テロリズムに対する危機管理意識を高めておく必要がある。一旦、事が起ってしまってからでは手遅れなのだ。事前にテロ行為を防がなければ、いくら騒いでも意味はない。
例えば、一旦テロ行為が起ってしまった時の、被害者の身元確認システムを確立する、というようなことも最優先課題の一つであろう。電車がテロ攻撃を受けたりしたら、その場に誰が乗り合わせていたかという確認作業などは、現状では困難を極める。しかし、それでは技術的に非常に難しいのかというと、そんなことはない。携帯電話がこれだけ普及している時代である。ちょっとしたアイデアで、改札を通過したという情報や電車に乗り降りしたというような情報の管理は可能になるであろう。確かに、個人情報保護という観点から言えば、多少問題はあるのかもしれない。しかし、個人情報保護と人の命とを天秤にかければ、どちらが重いかは自ずとわかるはずである。その辺は、法律的にも臨機応変に対応しなければ、何も事は運べず、危機管理対策は常に後手に回ってしまうことになりかねない。
議論を闘わせ最善策を捻出することも大切である。しかし、国民の命がかかっているような案件に関しては、最優先課題として、まずは実行し、その後練り直し、法整備も行い、より良い形を模索すればよい。兎に角、臨機応変ということが、日本の政治にも行政にも欠落しているような気がしてならない。皆様は如何お考えか?
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