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カラスの面白い習性(3) アヒルの鳴き真似をするカラス達 2008年5月19日 一時、都庁の試みが功を奏したのか、都内のカラスの数が減ったような気がした。だが、最近また増えてきた。ただ、何故だか理由はわからぬが、カラスの鳴き声は以前よりも耳にしなくなった。 ここ2〜3か月前までは、我が家の周りでも、朝から晩までカラス達が大合唱を繰り返していた。都内の割に木立が多いからか、やたらカラスの数が多い。だが、何故なのか定かではないが、最近カラス達は鳴かなくなった。勿論、だからといって、カラス達がいなくなったわけではない。餌を求めてゴミ収集場所付近には、大きなカラスが以前同様何羽もたむろしている。それなのに、どういう訳やら、前ほどカラス達は鳴かなくなった。 それだけではない。面白いことに気付いた。朝起きると、外でアヒルの鳴き声がするのだ。グウァグウァとそこら中からしてくる。だが、我が家の周囲に池などはない。窓から目を凝らしてみると、アヒルの鳴き声をしているのは、他ならぬカラス達だ。その鳴き声は、まるでアヒルなのだ。何故、彼らがアヒルの鳴き声を真似ているのか、その理由も定かでない。だが、彼らは、アヒルの鳴真似をしている。というか、カラスの鳴き声は、一声もあげない。どういうことか? まさか、カラスの鳴き声で鳴くと捕獲されてしまうので、アヒルの鳴き真似をするのでもあるまい。だが、兎に角、最近カラス達の間では、アヒルの鳴き真似をすることが流行のようである。本当に、面白い連中だ。
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社会・文化
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カラスの面白い習性(2) 光りモノをこよなく愛す悪戯なカラス達 2008年5月19日 もう10年以上前の話だ。私が、離婚調停のため霞が関にある家庭裁判所に通っていた時のことである。家裁まで、私はいつも日比谷公園の中を通り抜けていた。中央の広場を抜け、日比谷図書館を左手に見ながら霞が関側の公園出口に向かう小道を歩いて、出口近くの池の手前に差し掛かると、必ず1羽のカラスが私掛ける金縁の丸眼鏡を目掛けて攻撃をしかけてきた。最初は、偶然私が通りかかり、カラスが間違えてぶつかってきたものと思っていた。ところが、どうもそういではない。何故なら、毎週同じ場所で、私はカラスに攻撃されたからだ。必ず、カラスは左上の枝から飛来し、私の丸眼鏡右側の縁を狙って急降下してくる。1日たりとも休むことなく、私がそこを通り掛かると、そのカラスは私を襲うのであった。そして、どうも私を襲うカラスは、1羽の同じカラスであるということを私は突き止めた。よくみると、カラスの表情も、1羽1羽違う。特に、嘴にそれぞれ特徴があるように私は感じた。まあ、当然といえば当然だ。人間だって、十人十色、皆違う顔をしているわけだ。犬だって、猫だって、一匹たりともまったく同じ顔をしたものはいない。カラスとて、同じことだ。 読者の皆様の中には、また随分と被害妄想が強いと思われる方もあるかもしれない。私だけではなく、他の人でもそこを通り掛かると、そのカラスは全ての人に襲い掛かっているに違いないと思われても仕方ない。私も、最初はそう思った。そこで、ある日、そこの場所が遠くから見通せる場所に行き、30分程密かに様子を見ることにした。その間、10人程の人々が、その場所を通り抜けた。しかし、そのカラスは、1人もカラスに攻撃された人はいなかった。私は、「何だ、あれはやはり偶然だったのか」と思い同じ小道を歩んで家裁に向かった。ところが、やはり私は攻撃された。この30分間、私以外1人も攻撃されなかったのに、私が通った途端、そのカラスは私を攻撃してきた。やはり、あのカラスは私を狙っているのだ、とその時確信した。 カラスは、光りものが好きだということは知っていた。また、巣作りなどに鉄製のハンガーを使ったりもするということも知っていた。きっと、私を襲うカラスは、私の金縁眼鏡の縁を、巣作りに使いたいのだなと想像した。そんなことを考えると、何だかそこの場所を通るのが億劫になっていた私にも、そこの場所を通ることが楽しくさえ感じられた。いや、そのカラスと対峙することが、楽しくさえ思えるようになっていた。 私を攻撃してくるカラスは、いつも攻撃してくる近辺で、巣作りをしているに違いないと思った私は、ある日、1本隣の広い道を通ることにした。きっと、あの小道を通らなければ、あのカラスも襲ってこないだろうと思ったのだ。ところが、例のカラスは、道を変えても、やはり私を襲ってきた。彼は、巣作りのために私の眼鏡を襲っているのではない。きっと、私の金色に光る眼鏡の縁がどうにも気に入ったか、あるいは私を気に入ったのであろう。私は、その頃既に、大人気なくむきになっていた。 渡米当初、同じようなことを経験したことがあった。ホームステーしていた家のママさんが可愛がっていた黒猫に、どういう訳か私はほれ込まれてしまった。その黒猫に四六時中追っかけ回され、夜になると私のベッドの中に忍び込んできてゴロゴロゴロゴロと求愛された。黒猫ならまだ可愛い。だが、真黒なカラスでは、どうにもこうにも話にならない。攻撃された経験のある方はわかるであろうが、あの大きくドス黒い嘴が目の前に迫ってくると、案外怖い。一瞬、ヒッチコックの映画「鳥」の主人公になった気分だ。あのカラスの嘴に突っつき殺されてしまうのではないか、と冗談のような恐怖感さえ覚えた。ただ、段々と度を重ねるごとに、少しだけそのカラスの気持が何故か伝わってきたような気がした。どうも、彼は私を嫌いで攻撃しているのではないようだ。カラスと話したわけではないので、真意はわからない。だが、彼は私か私の眼鏡に必要以上の興味を示し、あのような行動に出ているように感じた。カラスの気持が伝わるというのも可笑しな話だが、以心伝心というやつかもしれない。そう思うと、何だかその場所を通るのも嫌ではなくなり、悪戯好きなカラスが襲ってくるのも、愛嬌のようにさえ思えるようになった。本当にカラスとは、不思議な生き物だ。
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頭にくるのだがカラスの面白い習性(1) 2008年5月17日 黒い車に糞をする。黒いメタリック車を上空からみると、どうも自分の姿が映って見えるようだ。その姿をみて、仲間がいると思うのか、あるいは敵がいると思うのか、その自分の飛んでいる姿が映った黒いメタリック車の屋根めがけて糞の爆撃攻撃をする。左右前後に何台も車は止まっている。だが、生憎黒のメタリック車は、私の車だけ。周りの車はみなグレーか白。それらの車には、まったく糞を投下しない。私の車は、洗車しても洗車しても、カラスの連中が糞爆弾の攻撃を繰り返す。困ったものだ。だが、面白い習性だ。
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山口県光市母子殺害事件判決にみる被告弁護団の愚かさ 2008年4月25日 以前にも、この事件の裁判に関しては、何回か記事として書いた覚えがある。その度ごとに、被告弁護団に対して大きな憤りを覚える。 4月22日広島高裁で行われた差し戻し控訴審判決公判に於いて、楢崎康英裁判長は、殺人罪、強姦致死罪等に問われていたこの事件の被告元少年に対し、「無期懲役」という山口地裁の一審判決を破棄し、求刑どおり「死刑」判決を言い渡した。被告側の主張を全て否定し、「犯行は冷酷、残忍にして非人間的な所業。特に死刑を回避すべき事情は認められない」と楢崎裁判長は述べ、被告の罪の重さを強調した。この判決に対し、被告弁護団は、「判決には事実誤認がある」として直ぐに上告した。 必ずしも死刑制度を全面的に容認するものではない。しかし、この事件に関しては、客観的に観察してきた多くの傍観者の一人として、被告の更生意識を確認できたとは言えない。寧ろ、状況の変化により、臨機応変に狡賢く、そして、都合よく被告人が態度を変化させたようにしか、私には見えなかった。 この裁判に於ける一番の問題点は、裁判における公平性の欠如である。如何なる理由があろうとも、被告弁護人は、私的思想を押し通すために、被告人の弁護を利用してはいけない。ここのところに、被告弁護団の稚拙さと愚かさを感じる。 盛んに被告弁護団は、この判決は不公平だ、不当だ、と声を上げているが、我々傍観者からすれば、被告弁護団の方がよっぽど不公平で不当に見える。この事件のように、被告人が被害者母子を殺害したことは間違いのない事実であり、その殺意があるや否や問う裁判では、本来弁護人は、殺意の有無をテクニカルに検証して刑罰を軽減するための弁護をするのではなく、殺意があるや否や関わらず、まず被告人が犯した罪の重さを被告人自身に認識させ、その上で反省させる努力があって、はじめて裁判の法廷につける準備ができたといえるはずだ。 ところが、この被告弁護団は、「死刑反対」という自分達の思想や思惑を最優先し、それが被告人にとっての最善策と勘違いした奢りに問題がある。その奢りこそが、この裁判に於ける公平性の欠如であることは間違いない。そして、その公平性とは、原告側にとってではなく、実は、彼等が弁護している被告人に対しての公平性の欠如なのである。ところが、被告弁護団は、そのことに気付いていない。そこのところに、この裁判の悲劇、そして、被告人の悲劇がある。そのような被告弁護団の弁護姿勢が、被告人を反省や更生へと向かわせるのではなく、逆に増長させるような結果になってしまったといえる。その結果、被告人は、知人に対し非常に不謹慎な手紙をだしたり、上手く死刑を回避でき、案外早い段階で社会復帰できると楽観視したりして、罪の重さを認識できなくなってしまった。結果、更生意識を芽生えさせることさえできなくなってしまった。それどころか、どういう風にこの危機を上手く擦り抜けてやるか、と非常に不謹慎な世の中を舐めた考え方にさえなってしまった。多分、今回の死刑判決を受け、初めて事の重大さに気付いたに違いない。 今回の判決と被告弁護団や被告の様子を見ていると、時代を反映しているかのようにも思えてくる。親が子供を叱ったり躾けたりすることができず、子供が善悪を認識できなくしてしまうそんな親の甘さ、その親の甘さと弁護団の甘さが重なって見えた。決して喜ばしいことではないが、ある意味時代を感じる。 原告であり被害者遺族の本村洋さんにしても、殺害された妻子への思いと仇打ち的な復讐心があったであろう。それは、理不尽に殺害されてしまったのであるから、そういう感情があって当たり前だ。だが、必ずしも、死刑判決を勝ち取ったことで、そのような本村さんの複雑な気持ちが癒され解消されてはいないはずだ。寧ろ、新たに大きな思いを、当事者として背負ってしまったはずである。例え、自分の妻子を殺めた仇であっても、やはり人である。その命を絶つということは、償いのためとはいえ簡単なことではない。本来このような事件が起こっていなければ、彼自身背負う必要もなかった重荷であるはずだ。人の命の重さを、被告よりも原告である遺族の本村さんの方が、今は重く感じているはずである。 このような遺族の感情や、被告人の結末をみるにつけ、被告弁護団の罪が如何に大きいかを思い、大きな憤りを感じる。被告人を死刑へと追いやったのは、裁判官でも、遺族の本村さんでもない。それは、他でもない被告弁護団自身である。そのことに気付かず、上告し裁判を続けたとしても、無意味に被告人の傷を深くするだけだ。そんな風に思うと同時に、日本の司法は今大きな転換期を迎えているにもかかわらず、この裁判のように未だ未熟な状態であることに対し、非常に大きな不安を覚える。
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手 帳 2008年3月1日 早いもので、もう3月だ。遂先日新年を迎えたと思っていたのに。歳をとるのが早いわけだ。しかし、どうしたことか精神年齢は、いっこうに成長しないし年取らない。困ったものだ。 3月を迎えて今更「手帳」の話など、何だか少々ずれているような気もしないでもない。だが、私にとって非常に大切なことなのでお話することにする。いつの日からか、手帳選びが私にとって年末年始の大切な行事になっている。 年末年始というと、何を寝ぼけたことを言っているのか、と仰る方もいるかもしれない。新年を迎える頃には、普通皆さんは既に新年用の手帳を用意しているものである。何を基準として「普通」ということを定義づけるかにはいささか疑問もあるが、まあ、年始に手帳が既に用意されているのが、普通であり一般的であろう。その証拠に、年を越えた途端、文具店でも書店でも、一斉に手帳とカレンダーの大安売りが始まる。 私の場合は、その年によって差はあるが、年始の段階で手帳が決まっていない場合が案外多い。数年前までは、ある決まった手帳があり3~4年は迷うことなくその手帳を使っていた。なので、年始には必ず新しい手帳を持っていて、元旦に最初の言葉を書き入れることを楽しみにしていた。 ところが、一昨年より、その使い慣れた手帳が市販されなくなってしまった。理由はわからない。その会社が倒産したのか、夜逃げしたのか、儲けがでないから手帳ビジネスから撤退したのか、私には関係ない。だが、その手帳が手に入らないということは、私の中では非常に大きな事件であった。気に入った手帳が手に入らないと、落ち着かない。どうも、いつまでたっても新年を迎えられない。それどころか、気に入った手帳が手元にないと、一年があまり良くない年になってしまう。大体、日記の役目も果たす手帳に、書き込む気持も萎えてしまう。そうなれば、もうその一年は惨憺たるものになってしまう。実は、一昨年と昨年は、そんな年を2年も続けてしまった。どうやって探しても、気に入った手帳を手に入れることができなかった。 昨年などは、結局5冊ほど買ってしまった。しかし、結局どの1冊も手に馴染まなかったり、中身が使いにくかったりと、どうもシックリこなかった。お陰で、手帳を殆どつけない年が2年も続いてしまった。手帳に書き留めないということは、日記の役目も放棄してしまっているということであり、記録も残っていないということになる。困ったものだ。結局は、自分の所為なのだが、手帳の所為にしている。 手帳は、書店や文具店にいくと山ほど売っている。だが、本当に気に入るものは少ない。特に、近年その傾向が強くなった気がしてならない。種類は多くなったが、個性がなくなった。皆似たり寄ったりで、あまり使い勝手がよくない。 私が手帳を選ぶ際、幾つかの条件がある。まず、当然のことながら、中身の使い易さだ。これは、もう絶対の必須条件である。予定を書き込む欄、そして、日記を書き込む欄が、分かれていなければならない。それだけではない。余計なものはついていなくてよいが、必要なところには充分なスペースが欲しい。付録部分に関しては、何もかにも余計なものまで付いている必要はない。西暦、和暦、暦注六輝、縮尺比較表など、最低限必要なものがこぼれていなければそれでよい。あとは、ポケットがついているかとか、栞がついているかとか、止めるゴムが付いているかとか、そんなところだ。これらの条件をクリアーした上で、外見が良ければ最高である。 実は、今年も、昨年暮れに1冊購入してあった。だが、まったく気に入っていなかった。それでも、ここ2年間手帳をほったらかしていたので、今年こそは、妥協してでも手帳を手元に置かなければと思い買った1冊であった。 ところが、1月の下旬、思いがけず素敵な手帳に巡り会った。もうこれは運命としか思えない。別に手帳を探しにいったわけではない。本作りの仕事で使う紙を見に専門店に行ってのことであった。手帳売り場の横を通り過ぎようとする私の目が、1冊の手帳に釘付けになった。実際には、1冊ではなく同じもので表紙が違うものが数種類あった。どの手帳も、見たことがないほど素敵なデザインであった。私は、本題の紙探しを忘れ、その手帳を手に取ってみた。普通の手帳と違い、ハードカバーの上製本のように表紙は硬かった。多分、この肌触りに違和感を感じる人が多いのだろう。しかし、私は、その手帳に魅了された。表紙を開け中身を見た私は、目を疑った。私が普段から探し求めていたがみつからなかったようなページ立てになっている。思わず笑みが零れた。やはり、運命とはあるものだ。そんな大袈裟なことを私は感じた。不思議なことに、一気に目の前が明るくなったような気さえした。何だか人生まで開けたような気分であった。そのぐらい、手帳とは大切なものである。 その手帳を手にしてから、不思議と仕事もプライベートも全て順調に動きだした。勿論、その手帳と出会って以来、1日も欠かさず手帳をつけている。手帳をつけずにはいられない。文章が活き活きと手帳のページで踊っている。私の気分も爽快だ。毎日、その手帳の表紙を眺め、中身を読み返す。それが、自然にできるのだ。そうすることによって、仕事でのミスも減り、スムーズに全てが流れる。本当に手帳とは大切なものである。生活や人生にとっての潤滑油のようだ。この2年間、馴染む手帳を手にできなかったことで、今まで気付かなかった手帳の大切さに、改めて気付かされた気がする。今は、この手帳が、来年も私の手元に入ることを祈るばかりだ。
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