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日本政府と民主党に強い憤り 2010年5月18日 現在開催されている上海万博の日本館のみが、 一切自国の国旗を掲揚していないそうだ。 フラッグ・ポールさえ立てていないという。 外務省は、 中国人への配慮といっているようだが、 中国政府側からは、 そのような要請は出したことはないとのこと。 他の参加国は全て、 何本もの自国旗を 自国館の周囲に はためかせている。 にもかかわらず、 日本館のみが、 一切自国の日章旗を排除しているとのこと。 万博を訪れた、 諸外国からの来訪者たちも、 中国人を含め、 奇異で不思議に思っているとのことだ。 やはり 民主党は、 組合や日教組によって成り立っている党ということなのだろう。 民意よりも、 組合や日教組の意向を優先するということのようだ。 非常に大きな憤りを覚える。 国民に民意を問うたのか? 決して過半数の国民の民意ではないはず。 国際的な場で、 そのような痴態をやってのける民主党に、 政府を任せるわけにはいかない。 日章旗を変えたいということを国会の場で議論もせず、 教育の場や国際的な場で、 勝手にこのようなことを為すということは、 国益に反する。 どこの国も、 自国の国旗に礼を尽くしている。 それは当たり前のことで、 その国の信用にもつながる。 自国の国旗に対し、 国際的な場で、 このような非礼を政府が為すことは、 国際的にも、 信用を失墜することであり、 国益に反する行為だ。 これは断じて許しがたい。 以前よりいっているように、 日本人の国旗に対する意識は 低すぎる。 寄せ書きと称して、 国旗に書き込むことも、 世界中で日本人のみがすることだ。 オリンピックなどの国際的な場でも、 寄せ書きされた日章旗を、 はずかしげもなく振り回している。 ああいう行為は、 他国人からしたら、 信じられない行為にしか見えない。 外国人が一番驚くことなのだ。 アメリカでは、 国旗を汚す行為は、 非常に厳しく罰せられる。 法律でも明文かされている。 国旗に書き込みをしたり、 焼いたりしたら、 執行猶予なしの実刑だ。 そもそも、 逮捕される前に、 自国民になぶり者にされる。 この日本人の体質は、 国際社会において、 恥ずべき体質だということを、 本来政府が率先して 国民に知らしめてしかるべきである。 にもかかわらず、 政府自体が、 自国の国旗を恥じるとは何たることぞ。 何が中国人への配慮だ。 その前に自国民への配慮だろ。 非常に強い憤りを覚える。 日本人のアイデンティティーは、 どこにいってしまったのだ。 |
世界の中の日本と日本人
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矛盾する日本人の外国人へ対する意識 2010年3月15日 こんなことを書くと、また反論の嵐が巻き送るかもしれない。だが、海外生活経験者として、以前から強く感じていた日本人の歪んだ仲間意識に関し書くこととする。 皆様ご存知の通り、朝青龍の暴行事件をはじめとした諸々の問題、ああまた日本人のイジメ体質が露呈しているかとしか見えない。そして、同時に、朝青龍の問題と、沢尻エリカの問題が非常に似ているように思える。 口を開けば、ここは日本なんだから、日本の伝統や文化を大事にするべきだ、とマスコミも相撲協会もよってたかって朝青龍を攻撃し続けてきた。沢尻エリカの場合もまったく同じだ。彼らは、日本にあるが、違う文化の中で育ったり、血が流れているのだ。いくら日本にいるからといって、そんな自分たちのアイデンティティーを全部押し殺し、日本の様式に合わせることが、そんなに重要なことなのだろうか。結局、彼らにとっては、自分らしく生きられず、仮面を被っていきなければということになる。だが、相撲協会も、マスコミも、芸能界も、寄ってたかって彼らをイジメまくった。 そのくせ、シーシェパードの攻撃や、クジラやマグロの問題になると、それぞれの民族にそれぞれの食文化があり、他国や他民族よりとやかく言われる筋合いではないと声を上げる。何だか、やけに調子いいようなきがしてならない。自分たちが火の粉を被れば、自らのことは棚にあげ、他民族から来た人たちへは、自分たちの価値観を押し付けようとする。これが、本当に、国際化する時代の流れに合っているのだろうか。非常に大きな疑問を感じる。 国際社会にあっては、お互いのアイデンティティーを認め合うことからすべてがはじまるのではないか。私はそう思っている。ところが、頭から否定するのでは、それは相手側も反発することになる。そもそも、イジメのように朝青龍や沢尻エリカなどを攻撃している人間たちが、どれだけ偉く、ちゃんとした生活をしているのか大きな疑問を感じる。中には、偉そうにコメントを流しながら、自分は裸体の女性の股ぐらに顔を突っ込んでいる似非文化人などもいる。自分は何をしてもいいが、外国から来た人間は、何をしても否定されるのでは、これほど住みにくい理不尽な国は世界中探してもほかにない。相撲協会にしてもそうだ。叩けば、それこそ前が見えなくなるくらい埃がでる。偉そうに朝青龍批判をしている親方たちの中にも、文化だ伝統だの前に、人間として大きな疑問を感じてしまうような行為をしている人たちだっている。だが、これが、現代日本人の姿なのかもしれない。多くの日本人が、自己中心的で、自分さえよければ、日本さえ良ければという、非常に了見の狭い勘違い人間になってしまっているように思える。でなければ、自分の血を分けた子供を殺してしまうような、信じられない事件が次から次と起こるはずがない。本当に嘆かわしい。 確かに、朝青龍や沢尻エリカにも大いに問題はある。だが、理不尽に否定するばかりだけでなく理解しようという姿勢が、こちら側に少しでもあれば、彼らの対応ももう少し違ったのかもしれない。私は、そんな風に思ってしまう。何故なら、アメリカで生活していた当時、私自身同じようなことを日本から来た日本人より感じたからだ。韓国人も中国人も、皆外国では同胞として助けあう。ところが、日本人だけは、日本人同士で足を引っ張りあうのだ。信じられない理不尽さで。そのことを、戦争経験のある年配者に話したところ、戦時中の軍隊の中も、まったく同じであったと言っていた。日本人の敵は、アメリカ人でも中国人でもなく日本人であった、とその兵役経験のある、抑留経験のある老人はいっていた。一体、日本人のメンタリティーは、どうなっているのであろうか。国際化が進む21世紀だというのに。
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広島・長崎オリンピック共同開催の意義 2009年10月14日 広島市の秋葉忠利市長と長崎市の田上富久市長が10月11日記者会見し、2020年の夏季オリンピック招致に向け、近く共同で検討委員会を設置することを表明した。早速、IOCの委員からは、現在のIOC規約からすると複数の市による共同開催は認められず、実現する可能性は低いであろうというコメントが出された。だが、最初から否定的に捉えていては、何も始まらない。そもそも、オリンピックは平和の祭典であるはずだ。世界平和をアピールするためにも、被爆地広島・長崎での共同開催が非常に大きな意味を持つことは誰の目にも明らかだ。今年のノーベル平和賞が、核廃絶を訴えただけで実現化してないにも関わらずオバマ大統領に授与されることが発表されたことと比較しても、決して違和感を感じない意味深い提案である。 確かに、オリンピックを政治的に利用するべきではないという声もでるであろう。だが、核廃絶、拡散防止ということは、政治的というよりも世界平和という意味の方がずっと大きい。そして、唯一の被爆国日本、その被爆地広島・長崎での共同開催ということは、世界平和に果たす意味が非常に大きい。IOCの委員諸氏も、反対する前に、まず開催できる方法はないものかと模索してほしいものだ。世界平和のために、オリンピックを意味深いものにする絶好のチャンスではないか。これは、被爆国日本にしかできない大きな世界平和への有意義な貢献であると私は思う。
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日本人の血 2009年7月17日 国民の血は社会の犠牲となり 政治家の血は私利私欲思惑で黒くなり 総理大臣の血は名誉保身で目下迷いつつある 嗚呼なさけなや
熱い日本人の血今何処に |
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ホテル・ルワンダ 2009年5月31日 昨晩、ケーブルTVで映画「ホテル・ルワンダ」を観た。以前より、観なければと思っていた映画だ。非常に大きな感銘を受けた。古今東西を問わず、人間とは何と浅はかで、残酷で、冷酷無比な存在なのだろうと心が強烈に痛んだ。しかし、あのような理不尽で危険な状況下でも、自分の命を掛けて、家族を守り、他人を守ろうとする人がいるのも同じ人間の為せる業である。 ユダヤ人を命懸けで救けたシンドラーにしても、杉原千畝にしても、マザーテレサにしても、自分の人生を掛けて、自分の命を掛けて、自分以外の人間の命を必至に守ろうと奔走した心に愛が満ち溢れている素敵な人もいる。残酷な反面、そんな愛に満ちた人々もいる。それが人間だ。本当に素晴らしいことである。 ミャンマーをはじめ、アフリカや中央アジアから中東にかけては、まだまだ、理不尽な一部の人間の私利私欲や自分勝手な思惑によって、多くの民が苦しめられている国々がある。自分達の力ではどうしようもなく、人道支援を待ち望んでいる人々がそんな国々にはたくさんいる。にもかかわらず、物質文明に翻弄され溺れた社会に身をおく私は、何一つ他人のために働くこともできずに日本にいる。大学時代に、学んでいたことを、自分のことばかりで忘れ去っていた。そんな忘れかけていた熱い思いを、映画「ホテル・ルワンダ」は回帰させてくれた意味深い映画であった。 人のために心を砕き、人のために自分の時間を費やす。誰にでもできることであるのだが、なかなか難しいこと。「誰もが、ほんの少し、人のために心を砕き、時間を費やせば、もっとこの世界は平和になる」という大学時代の恩師から言われた言葉が脳裏に蘇った。心に深く響き、そんな思いに立ち返らせてくれる、映画「ホテル・ルワンダ」はそんな意味深い映画であった。
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