政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

世界の中の日本と日本人

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自国の国歌・国旗を粗末にする言動をするのは世界中で日本人だけ
2006年4月15日

 教育の場で、自国の国旗や国歌を愚弄するような態度は、「自由」ということの以前の問題です。これは、思想以前の問題で、自国の国旗や国歌に尊敬の念を持って接することは当たり前のことです。

 子供達は、親の後姿や大人の後姿を見て育つもの。親をはじめとする大人が、子供達の前でそのようなことをしていれば、子供達も同じことを繰り返します。例え、大人がどんなことを言っても、まったく説得力のないものになってしまいます。

 その証拠に、親達をはじめとする大人達が、昨今は墓参りをしなくなったことを受け、多くの若者達が墓参りをまったくしなくなってしまったではありませんか。墓は荒れ放題、寺も継承者がいなく困っているところが多いと聞きます。親が先祖を敬わなければ、自分が死んだ時だけ子供達に墓参りしろと言っても、するわけがありません。これも、国旗の問題と同じような問題です。

 国旗の扱いについては、色々なことを思います。オリンピックや各種スポーツの祭典を見ていていつも思うことですが、日本だけが、国旗に色々な字を書き込み応援しています。悪気があってのことではないでしょうが、他国の人々から見たら、非常に驚くべき行為であります。どこの国でも、国旗は一番神聖なるものであり、国民の拠り所です。その国旗に、字を書いたりということは、けして悪気がなかったとしても、許されることではないのです。アメリカでも韓国でも、どこの国でも、法律で国旗に対しての愚弄行為に対してはきっちりと定められており、それを犯せば刑事罰を受けます。

 多分、戦時中の日本でよく行われた、戦地へ赴く英霊達へ対しての国旗への寄せ書きの名残であるのだと思いますが、このことにしろ、学校での国旗や国歌の扱いにしろ。外国人からしたら、驚くべきことばかりなのです。

 私の娘も今年公立小学校を卒業しました。息子同様、私立の学校に入学させて頂きました。どちらの学校でも、きっちりと国旗を掲揚し、国歌を三唱しております。それに反対する保護者も先生方も、一人もおりません。校長先生が、道徳教育に関し、非常に重きをおいておられる先生であったので、諸事対応に関してもキッチリと全てをこなしておりました。学校というものは、やはり校長先生の色が出てしまうところであると思います。本来、個人の色を教育の場で出すべきではないのですが、魅力のない人間が先生では、子供達も尊敬の念さえもてませんし、学ぶという姿勢もできないはずです。そういう意味では、校長先生の存在は非常に大きいのではないでしょうか。

 また、親達は、色々と勝手なことを言います。自分の家庭教育不手際を棚に上げ、学校の所為や先生方の所為にばかりし、責任転嫁し、声を荒げます。先生方の一部には、やはりサラリーマン的な感覚の方々もいて、そういう方々は、当らず触らず触らぬ神に祟りなし的な言動しかしなくなっています。親が教師を馬鹿にしたことを言っていれば、その後姿を見た子供達も、教師をバカにし学ぼうなどとはしなくなり、敬うこともしなくなります。

 私は、子供達が本年公立校を卒業するまで、幼稚園の時代から11年間ずっと、PTA活動に積極的に参加してまいりました。それは、自分のためでもなんでもなく、私にとって大切な子供達、そして、国にとって大切な子供達の教育現場に、親も子供達と一緒に参加し、学ばなければと思ったからです。役員職や連合会の会長職も経験しました。そんなことをするつもりは当初ありませんでした。しかし、間違ったことがあまりにも多く等閑にされている教育現場を目の当たりにし、黙ってはいられなくなったのでした。教師達には、情熱的な素晴らしい先生達も沢山います。ですが、そんな先生方が、思い通りに教育の信念を貫き通そうとすると、色々な壁が立ちはだかります。その壁を乗り越えるだけで、大きな力を費やさなければならなく、結果教育をするということに疲れ果ててしまうのです。そんな壁を少しでも容易く乗り越えさせる手助けができるのが、我々保護者なのです。保護者の中には、滅茶苦茶なことを言う方々も多くいます。そんな保護者を真正面から制することができるのは、他でもない我々保護者だけなのです。

 PTA活動というのは、ボランティア活動です。人間は、誰も平等に1日24時間365日しか与えられていません。「時間」は、万人に平等に与えられている二つのモノの一つです。余談ですが、もう一つは「命の重さ」です。この貴重な時間を割いてPTA活動に参加するということは、非常に大きな意味があると私は思います。

 国の要は国民です。良い国民を育てずして、良い国をつくることはできません。教育は、国を繁栄させ、平和を維持するために、最も大切な要因の一つなのです。どのような案件よりも最優先されるべき事柄なのです。

 教育の現場においても、兎角「あ〜でもない」「こ〜でもない」と余計なことを偉そうにいい、教師達を威圧する保護者というのは、自分はまったく自分の時間を費やさず、口だけは達者に文句を言うような輩です。自分達は、親としての役目も家庭教育も満足にできないくせに、そんなことは棚に上げ鍵を掛け、偉そうに全て責任転嫁する輩です。こういう輩に、教師の立場では立ち向かえないのです。それが、現在の教育システムなのです。そうであれば、同じ保護者が、よりよい教育現場にするべく、教育現場を守るべく、PTA活動に参加することも、非常に大切な、そして大きな国の為の行動なのです。

 是非皆さん、臆することなく、教育ということに興味を持ち、積極的に学校教育の場に参加してみて下さい。色々なことが見てきます。教育現場を守ることができるのは、我々保護者なのです。

若者世代だけの問題ではなく
「勝ち組」「負け組」という発想が
現世に於ける諸悪の根源(2)
2006年1月29日

 ここで最後に記しておかなければならないことがある。それは、多くの日本人は知らずにいるかもしれないからだ。上記したように、日本社会の危機管理意識が本当に低かったのであろうか? これだけ抜け目無い日本の企業が、今回堀江氏達が為したような法律の網の目をくぐるスレスレの抜け道を知らなかったのであろうか? 答えは、ノーである。企業は、皆知っていた。会計士も、税理士も、企業の経理担当者も、証券会社も、金融機関も、皆知っていた。多かれ少なかれ、皆同じようなことをやっていたのだ。勿論、真面目に商売をしている企業もある。しかし、上場しているような大企業は、大方同じことをやっている。いや、もっと酷いことをやっている。だが、例え何があっても口をつぐむ、というのが日本財界の暗黙の掟として今まではやってきていたのだ。それが、護送船団方式によるスクラムであり、日本企業の見えざる圧力であり、暗黙の掟であったのだ。ところが、堀江をはじめとする若手起業家達は、日本財界の暗黙の掟を犯すような所業を繰り返した。その結果が、堀江の逮捕なのである。小泉首相は、そのような日本社会の深層に綿々と流れる古き悪しき慣習にも、メスを入れようとしていた。その反発の結果が、堀江が逮捕され、今国会で小泉政権は諸々のことで責められているのである。もっともっと、国民にとって大切な議論を闘わせなければならない時なのに、ただただ、私利私欲、既得権益確保に起因する政争に明け暮れる。これこそ、税金の無駄遣いである。こんなことを繰り返そうとする、政界、財界の重鎮達こそ改心しなければ、日本はいつまでたっても良くはならない。

 考えて頂きたい。企業が、金融機関から借り入れをしようと思えば、黒字の決算書を提出しなければならない。しかし、本来企業は、現金を確保したいがために、また、税金を少しでも逃れたいという理由から赤字ギリギリの経営体制を維持するように努める。勿論、実質は黒字であっても、次の事業への投資ということで借り入れを増やし、経理上赤字にしてしまう。昨年問題になった、西武などはこの手法を使う典型的な企業であった。しかし、金融機関から借り入れをするためには、黒字の決算書を提出しなければならない。そこで、企業によっては粉飾し、二重帳簿などということをするのである。金融機関が中小企業へ対しての融資を足踏みばかりしていて、ということが近年問題になっていた。それは、金融機関は、リスクを負いたくないため、安全な大企業にしか貸付をしなかったからである。にもかかわらず、関係省庁の金融機関へ対しての指導は緩かった。ある意味、諸悪の根源は大手銀行にあり、不良債権処理にも多くの税金が投入されているにも関わらず。何故ならば、企業が銀行から借り入れるために決算書を黒字に転換させれば、国は税金を余計に徴収できるからである。正に、政官民の腐れ縁である。ここに、メスを入れなければ、どうにもならない。いつも、皺寄せを喰うのは、一般庶民と中小企業なのである。小泉改革は、民営化を推進することによって、大手企業だけではなく一般企業へも門を開こうという試みでの改革を断行してきた。ところが、既存の利権に絡む企業や人々の大きな反発を受け続けてきている。それどころか、皮肉にも、良かれと思い為した民営化の隙間を縫って、ヒューザーのような中堅の企業が悪さをしてしまったことまで浮上してきた。これらは、全て、反小泉軍団の小泉改革へ対しての反発、抵抗行動なのである。
 今回の堀江逮捕の真相は、自分達も同じことをしていた大企業群、財界軍団が、手の内を堀江に暴露されてしまい、既得権益さえ失いそうになった結果のリベンジなのである。いや、口封じと言った方が正しいのかもしれない。
 堀江は、大人がやっていること、大企業がやっていることを、そのまま真似して急成長した。真似して同じことをしたのに、何で俺だけが悪いの、というのが堀江の今の気持かもしれない。身をもって、日本社会に潜んでいた法律の抜け道を暴露したという功績は、ある意味大きいのかもしれない。思い返せば、いつも堀江は改革のキッカケは作るが、最後に貧乏籤を引く。それが、彼の宿命なのか。
もうそろそろ、我々日本人は、目を覚まさなければならない時にきている。安穏と平和ボケだ、などとは言っていられないところまで来てしまっている。そして、解決策は一つ、「教育」の改革である。年月がかかっても、ここで全てをリセットし、「教育」に本腰を入れなければ、日本は間違いなく沈没する。国も、企業も、人がなすものであるのだから。

若者世代だけの問題ではなく
「勝ち組」「負け組」という発想が
現世に於ける諸悪の根源(1)
2006年1月29日

 歩道を歩いていて、避けることもなく突進してくる自転車に遭遇したことはないか? 車を運転していて車線変更のためウィンカーを出しているにもかかわらず、誰も入れてくれようとしないという経験はないか? 歩行者の信号が赤であっても、臆することなく渡り続ける歩行者に遭遇したことはないか? 赤に変わりかけの横断歩道で、乳飲み子を乗せた乳母車を盾に、我が物顔で渡る母親を見たことはないか? 男子トイレに入ってみると、女子トイレと見紛うほどに、中高年の女性達が我が物顔で占領していることに遭遇したことはないか? 歩道を歩いていて、対向者が子連れの女性だろうが身障者だろうが、譲らず突進してくる年配男性に遭遇したことはないか? あと少し脇に寄れば、他車が通れるにも関わらず、車線の上を我が物顔で進む車に遭遇したことはないか? 
 誰でも、こんな経験があるはずだ。それも、かなり頻繁に、日常茶飯事で経験しているのではないか。昔から、こんな横柄で腹立たしいことが頻繁に身の回りで起こっていたのであろうか? 答えは、ノーである。これらは、近年増え続けている現象である。問題は、「モラル」である。「道徳心」なのである。古き日本の美しき精神が、忘れ去られ希薄化している証拠なのだ。
 案外、皆様気付いていらっしゃらないが、近年、多くの学校で、「道徳」の授業がなくなっている。昔はよく、「道徳」の授業は楽しい。勉強とはちょっと違うから、というような印象を子供達は持っていた。そして、親達はというと、「道徳」の授業は無駄なのではないか、とその頃思っていた。「道徳」の授業などをする暇があったら、算数の数式を一つでも多く教えた方がよい、などと言う親達が多かった。そんな考えを反映して、近年、「道徳」の授業を削減している学校が非常に増えてしまった。その結果が、無秩序平和ボケ日本社会の誕生だ。実は、この「道徳」の授業というのは、青少年を育成するにあたって一番大切なことなのだ。「道徳」の授業は、人間形成や日本人形成のために必要不可欠な授業であったのだ。しかし、人が人として、日本人が日本人として生きていくために必要な知恵や道徳心よりも、近代日本社会が知識を優先した教育方針に変容した結果が、現世で起こっている全ての問題の根源なのである。

 時代は変わっても、何時の時代にも、「今の若い連中は・・・」というフレーズを年配者達からよく聞く。しかし、そういうことを言う年配者こそ、「今の年寄り連中は・・・」などと言われぬよう、気を付けてもらいたいものだ。今回の堀江ライブドア元社長の逮捕に当っても、自己中心的な我儘世代だなどと、堀江氏をはじめ若い世代全体を否定するような発言をする年配コメンテーターが非常に多い。自分達は団塊の世代で、日本の高度経済成長のために汗水流して働いてきたのに、今の若い連中は苦労を知らずに育った偏向世代だ、などと嘯く年配者も多くいる。しかし、その若者達を育ててきたのは、その若者達の親の世代、即ち、そういうことを言う団塊の世代の人々ではないか。堀江のことを、価値基準が「金」という「勝ち組」思考の鼻持ちならないヤツだ、と多くの大人達は言う。しかし、「バブル」、「バブルの崩壊」をはじめ、「金」を価値基準に滅茶苦茶なことをしてきて、平和ボケを日本に蔓延させたのは、若者の世代ではなく、今の若者達を育てた親の世代、即ち団塊の世代ではないのか。
 大体、「勝ち組」「負け組」などという発想自体が、非常にバブル的であり、間違った貧しい発想である。人間社会に於いて、「勝ち組」「負け組」などという単純な価値基準で差別化すること自体が、世の中を舐めたバブル的発想ではないか。いつの時代も、子供達は大人達の背中を見て育っている。これは、時代が変わろうが、絶対に変わらぬ人間形成における方程式だ。一つ例を挙げてみよう。
 派手な格好をして身体を売る若い女子高生達を、自分達のことは棚に上げ頭ごなしに批判する大人がよくいる。勿論、女子高生であろうが大人の女性であろうが、売春ということは良くないことである。しかし、需要がなければ、女性達だってそのようなことはしないはずである。需要があるからこそ、彼女達もそういうことを安易にするのではないか。それでは、その需要とは誰なのか、他でもない若者達を盛んに批判しているような大人達ではないか。売りたくとも、高く買ってくれる需要がなければ、彼女達だって、自分達の心身をすり減らす、売春というような供給発想には至らないはずである。需要があるから、供給するのである。経済の基本原理である。例としては、非常に極端な例であるが、非常にわかり易い例ではないか。

 堀江率いるライブドアの今回の事件にしても、彼らは確かに悪かった。そのことを否定するつもりはない。しかし、彼らを大人達が利用したことも確かな事実である。彼らのことを、子ども扱いする財界のお偉いさん達。彼らは、育児は女性に任せっきりで、多分子供を育てた経験がないのであろう。若者が、子供扱いされれば反発する、ということは育児を経験していれば、容易に理解できることである。批判するのではなく、受け入れ理解しようとすることによって、子供の側も心を開き歩み寄ってくる。これは育児の基本である。子供扱いされれば反発するのが、子供なのである。反抗期の子供達を思い起こしてほしい。今回のライブドアの事件の経過を見ていると、反抗期の子供達がバイクに乗って暴れまわって、大人社会を震撼させているのと同じように私には見えた。彼らは、子供扱いされればされるほど、「なにくそ!」と大人に負けないように余計暴れ回るのだ。こんなことを言うと、大人達は「社会に出たのだから、子供ではないのだから」と言うであろう。確かに、社会にでたら子供ではない。しかし、それなら、大人達も、彼らを子供扱いせず、大人として扱わなければおかしい。差別し、理解しようともせず、頭ごなしに、「お前らなどケツのまだ青いヤツは・・・」的な扱いばかりしておいて、子供ではないのだからと言うのは矛盾しているし、絶対に許されない。それこそ、自分達の私利私欲による利権確保という思惑だけによる、排他的発想と言われても仕方がないのではないか。

 昨今、子供達の世界でも、背筋が寒くなるような事件があとを絶たない。毎日のように殺人事件をはじめ猟奇的な事件が頻発し、テレビを賑わせている。何故、こんなにも異常な事件が続くのか。それは、皆、心を抑圧され、病んでいるからである。だから、反発し、暴れまわるのだ。堀江達も、まったく同じではないか。それでは、何故こんなにも若者達が心を病み、暴れまわるのか? 答えは簡単だ。「教育」に問題があるからだ。戦後教育に、大きな問題があったのだ。出る釘は打ち、大量生産的日本人育成に奔走し、実社会は競争ばかりなのに現実逃避のように競争を排除し、道徳教育を軽んじ、知恵よりも知識習得を最優先した結果なのだ。戦後60年の教育が間違っていた証だ。

 ライブドアの事件に絡んで、多くの大人達が、テレビ等で言っている。若者達による資本原理主義による悲劇だと。これこそ、責任転嫁である。その資本原理主義を、誰が若者達に植え付けたのだ。他でもない、大人達ではないか。今の日本の大企業ほど、資本原理主義を信奉している企業群は、世界中探してもどこにもない。節操がなさ過ぎる。私は中国や韓国のやり方を肯定したくもないしするつもりは全くないが、日本の企業と明らかに一点違うことがある。それは、愛国心だ。彼らは、国の発展を目標にして、滅茶苦茶な方法ではあるが経済発展の途上にある。嘗ての日本も同じであった。国の発展のためなら、何でもやる。全ての行為は、愛国心に起因した。
 ところが、昨今の日本の企業はというと、自社や自我のために、滅茶苦茶なことをしているではないか。ライブドアだけではない。大企業ほど、法律の網の目を抜けて、スレスレのところで利益を少しでも多く生み出そうと、無節操なビジネスをしているではないか。これこそが、資本原理主義ではないというのか。
 嘗ては、日本の企業も目標を持っていた。世界一の経済大国になろうと。ところが、高度経済成長を成功させ、世界一の経済大国になってしまい目標を失った。同時に、愛国心も失った。そして、「金」本位主義の資本原理主義が日本に蔓延した。その結果、バブルが起こり、バブルは崩壊した。その立役者達が、今の日本を支えている団塊の世代であり、堀江達をはじめ、若き起業家達の親の世代なのである。それをまるで、自分達は関係なく、若者達だけの所為にするのはおかしい。

 団塊の世代というのは、戦争を身近に育ち、戦後の大変な時期を経験し、その経験をパワーに代え高度経済成長を成し遂げた。日本を世界一の経済大国にまで持っていった、日本にとっての功労者世代である。が、しかし、彼らは、常に汗水流すが、目標を失い迷走する世代でもあるのだ。それは、生まれた時代の宿命なので、彼らを責めることはできない。
 幼少期、バナナは高嶺の花であった。バナナを食べることを目標に頑張った。その結果、バナナを食べることが出来る世の中に経済発展させた。ところが、気付いてみると、バナナは、誰でも手にできる一番安価な果物になってしまっていた。彼らの目標のバナナがである。その時から、団塊の世代は迷走しだし、日本社会も迷走しだしたのである。そして、そんな迷走するバナナ世代が、育てた子供達が堀江をはじめとする今の若手起業家層なのだ。
 今回のライブドア事件は、日本人の危機管理意識の低さを露呈した事件と言っても過言ではない。堀江のような才に長けた人間によって、法律の網の目を抜けたビジネスがでてきて、初めて一般の人々は日本社会に潜む各種落とし穴に気付いたのだ。ライブドアに投資をしていた個人投資家の多くが、堀江やライブドアのことを色々と批判していた。そのこと自体も、日本人の危機管理意識の低さを物語っている。本来、株式投資というのは、個人の責任で為していることである。それを、損したからといって文句を言って、他人に責任を転嫁するという行為こそが幼稚な行為ではないか。その原因は、日本人の危機管理意識の甘さに起因している。色々なことを想定して投資をしていれば、損をしても他人に責任転嫁するような発言もでないはずである。これが、現代日本人の抱える、そして、日本社会の抱える、大きな問題なのである。

日本人と中国人の価値観の違い
2005年11月26日

 先日、石原慎太郎東京都知事が、日本人と中国人の「命」に対する価値観の違いに言及していた。石原都知事曰く、中国人の「命」に対する価値観は日本人のそれとは大差がある。そのことは、歴史を公平なる視点で振り返ってみれば一目瞭然である。歴史上、自国民の命をあれだけ多く疎かにしている国民は地球上で他にはない、と言うようなことを仰っていらっしゃった。この発言を中国人が聞くと、色々な反論が起こるであろう。しかし、石原氏のこの発言は、間違っていない。「命」ということだけではなく、日本人と中国人、いや中国人と他国民との価値観には、かなりの温度差がある。そのことは、中国人自体が認めていることである。
 仕事で香港に行っていた。そこで、多くの中国人達と話をする機会を得た。彼らの一人が、面白い例を上げて中国人と日本人の価値観の違いを説明してくれた。読者の皆さんもご存知だと思うが、中国の建設現場を見ると、日本のそれとは一目瞭然で違うことがある。それは、足場である。日本をはじめ、世界中の建設現場の足場は、鉄のパイプで組まれている。ところが、中国の建設現場の足場は竹で組まれている。日本人からすると、非常に危険な感じがする。50階建てだの80階建てだのという高層ビルの建設現場でさえ、竹の足場が組まれている。心配をした日本人建設業者が中国人建設業者に、あれで安全なのか、という質問をしたそうだ。すると、勿論鉄のパイプよりもずっと安全だ、という答えが返ってきたというのだ。しかし直後、その同じ中国人建設業者が、小声で日本人建設業者の耳元で、竹の足場の方が鉄パイプの足場より格段に安い、と囁いたそうだ。この話からも分かるように、中国人の全ての判断基準は「お金」すなわち「安いか高いか」ということなのである。これが、中国人の価値観である、とその中国人は説明していた。同時に、彼はこのように続けた。コスト至上主義だの、非人道的だと、一部の外国人がこのような中国人の価値観を非難するが、日本の大手建設会社も、香港や中国にくれば竹の足場で仕事をしている。それは、彼らだって、本当は商売人としてコスト至上主義でビジネスを推し進めたいからである。しかし、日本では厳しい規制や法律があるから、仕方なくそれに従っているだけなのである。実際、竹の足場が危険であるということを、誰も検証したこともないし、できるはずもない。また、今まで一度も、竹の足場であるが故に起きた事故ということはない、とも言っていた。中国の天秤に「お金」と「安全」ということを載せた場合、「お金」の方が重いのだとハッキリと断言していた。
 また、彼は、何故そのような価値観を中国人が持つのかを、香港の例を上げて説明してくれた。香港では、基本的には税金が無いそうだ。まったく無い、というと少々違うが。彼曰く、生活に最低限必要なモノ、即ち人間が生きていく為に最低限必要なもの、「食」に関わる食材や食料品をはじめ、水、電気、ガス、電話代には、まったく税金はかからず、非常に低い料金で利用できるようになっているそうだ。その反面、贅沢品である自動車などは、想像を絶する税金が課せられているという。
 例えば、香港で外車扱いとなる日本車などは、日本円で1500万円なんてこともあるそうだ。故に、日本車にもヨーロッパ車にも差がないために、香港ではベンツも沢山走っているらしい。結局のところ、高級車という意識はなく、自動車を所有し乗れるということ自体が高級であり贅沢なのだ。その証拠に、自動車のナンバープレートなども高額で売買されているという。アルファベットの付かない「1111」とか「8888」などという縁起の良い古い番号などは、1億円を超えるものもあるというのには驚かされた。
 住宅も例外ではない。香港では、所有権というのはない。全ての土地は国に帰属するので、不動産は全てリース借地権で成り立っているという。当然のことながら、そのリース料は大家である国に入る。そのため、マンションにしても、戸建にしても、手に入れようと思えば億を超えるどころか、何億というお金が必要になるという。
 例えば、香港島の海に面した一番新しい建設中の高層マンションの一番安く販売されている部屋の価格が日本円で4億円だという。日本の地価も世界有数であると思っていたが、香港の地価には驚かされるというか、もう我々庶民には想像さえできない世界である。その高価なマンションの部屋の多くが、競うようにして上海人によって買われていると聞き、また驚かされた。分不相応というかチグハグな感じで高級品を身にまとった多くのメイン・ランドからの中国人達が、香港を闊歩している様子を見ると、中国本土の経済成長振りを実感し、恐ろしささえ感じた。どうやって、4億円以上の高価なマンションをポンポンと買えるようなお金を手に入れているのであろうか? 不思議で仕方がない。同時に、その反面、生きることに苦しむ、貧困に喘ぐ人々が中国には沢山いることを考えると、再度何か恐ろしさを感じた。
 中国人は、生活に直結するモノに関しては、如何なる方法をとっても手に入れようとするらしい。東シナ海のガス田開発も、そういうことなのか? 急ピッチで経済成長を続ける中国にとって、天然資源の確保は最重要課題である。特に、生活に直結する燃料関係は、上記したような理由により、如何なる方法を使っても手に入れる必要があるモノという判断なのか。そうだとすると、彼らにとっては早いもの勝ち、先に手を付けた者のモノ、という感覚なのかもしれない。しかし、それは国際社会で通用することではない。もっと、日本の政府は、確固たる態度で臨むべきである。日本人の価値観と中国人の価値観が違うことは、生まれも育ちも違うのだから当たり前のことである。だからと言って、一方的に中国の言い分を受け入れることはまったくない。

 最後に、話は変わるが、上記したような中国人の価値観を見習わなければならないところも日本にはある。それは、昨今話題になっている消費税の問題である。何も、消費税が一律である必要はまったくないのではないか。何故、日本という国が住みにくい国であるかというと、日本には「夢」が無いからである。何故「夢」がないかというと、税金にしても一律に高すぎるからである。中国人の生きていくために直結するモノに税金はかけないという価値観は間違っていない。人間が生きていくためには、食べなければならず、水を飲まなければならない。文化生活をしていくには、ガスや電気を使わなければならないし、電話を使うことも最低限必要なことである。これらのことに、消費税をかけないという考え方は大いに参考にするべきである。その反面、贅沢品には大きな消費税をかけることは非常に合理的な考え方であり、公平であるように思える。同時に、経済を回すためにも、金持ちにも「夢」を与えるべきである。今の日本では、人より汗を流し血の滲む思いをして頑張っても、代替わりでは、財産の半分近く、場合によってはほとんど相続税で国にもっていかれてしまうと思えば、誰も頑張る気さえなくなってしまう。贅沢品に大きな消費税をかけ相続税があまりに高率にならないようにすれば、公平さが期待できる。金持ちばかりから税金を一方的に徴収することが、必ずしも正しいとは言えない。経済効率を保ったまま税収を上げる、そして公平さを保つことが大切である。そういう意味では、香港の税制には、参考にするべき部分も多いのではないか。「夢」の持てぬところに、経済発展も将来性もない。平和過ぎ、「自由」と「平等」を履き違えた今の日本には、「夢」を持てる余裕はないような気がしてならない。皆様は、如何お思いですか?

財界人の驕り、政界人の高ぶり、報道人の勘違い
2005年10月20日

 先日、田原総一郎が司会をつとめるテレビ朝日の「サンデープロジェクト」という日曜日の午前中放送している番組に、楽天の三木谷社長が出演していた。三木谷氏へ対しての質問役として、伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長、慶応大学の榊原英資教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科の佐山展生教授、そして、弁護士の永沢徹氏の4人が対峙していた。当然のことながら、話の中心は、今回の楽天によるTBS株買収劇の件であった。その件に関して、敢えてこの記事で触れるつもりはない。問題は、この番組の終盤で、丹羽伊藤忠商事会長が口にした言葉である。「Economy eats Politics. 経済が政治を喰う」と、臆面もなく財界の重鎮である丹羽氏が仰ったことだ。丹羽氏が口にされた言葉を要約すると、長期的に言えば、いくら小泉首相が意固地になっても、経済が、靖国問題をも含め政治もなにもかも全て呑み込んでしまう、ということであったと私は理解した。
 正直に言って、この言葉を聞いた時、この一言で全ては推して知るべし、であるなと私は大きな危惧の念を抱いた。これこそ、日本に君臨する財界人の「驕り」に他ならない。これを「驕り」と言わずして、何を「驕り」というか。「経済が政治を喰う」、即ち、政治は茶番で、全ては経済で動かされていると豪語しているようなものである。
 丹羽氏の言葉は、それほど威圧的には聞こえない。しかし、あの彼の言葉の中身は、これ以上ないほど威圧的であり、独断的であり、驕りに満ちていた。彼が言っているのは、単に日本の政治をも呑み込むという意味ではなく、中国をも日本の経済が呑み込んでしまう、と言っているように聞こえたのは私だけではないはずだ。 日本は軍国主義へと回帰しだした、と言って中国は小泉首相の靖国参拝を非難している。だが、軍国主義への回帰は小泉首相の靖国参拝ではなく、丹羽氏のあの言葉にこそ秘められていた。財界人が、腹の奥底に秘めたる植民地主義的な発想を垣間見た気がした。「いくら政治家がじたばたしたところで、結局諸問題をも全て呑み込み、中国を支配するのは他でもない日本の経済界だ」と高笑いしているように私には聞こえた。
 確かに、財界人は武力を使わない、暴力も使わない、しかし、武力や暴力の代わりに金と物質的贅沢という武器を使って中国を支配できる、と言っていらっしゃるのであろう。確かに、その通りになるかもしれない。だが、彼の言葉の端々に響く「驕り」こそが、嘗ての日本軍を回顧させる。或いは、こういう日本の財界人の驕りたる言動を見聞して、中国や韓国は日本が軍国主義へ回帰するのではと懸念しているのかもしれない。そうであれば、驕れる財界人の罪は非常に重い。

 大仁田厚という自民党参議院議員がいる。プロレスラーであり、最近新人議員の子守役をかってでたが、相手にされず怒り狂ってマスコミを振り回している政治家である。いや、政治家とも呼べないかもしれない。何故、新人議員に無視された程度のことで、マスコミまで巻き込んで騒ぎを起こさなければならないのか? 非常に大きな疑問を感じる。無視したら無視しかえせばよいではないか。先方にも、それなりの事情があることは推して知るべし、である。それが大人というものではないか。大体、国民の血税より公僕大仁田先生の給料も出ているはずである。1分1秒も無駄にせず、国政と対峙して頂きたい。プロレスラーであられるということは、戦いのプロであられるはずなのに、どうも対峙する相手を間違えてばかりではないか。先般の郵政民営化法案の投票の際のことにしても、その後の言動にしても、今回の件にしても、政治家であるという「高ぶり」ばかりが目に付き、潔さも、謙虚さも、まったく見えない。ああいう議員を選んだ、主権者であり有権者である我々国民にも大きな責任がある。
 それよりも、大仁田議員の昨今の言動とあの激痩姿を目の当たりにすると、窓際に追いやられ孤立無援になってしまったことで精神に異常をきたしてしまったのではないか、と真剣に心配になってしまうのは、私だけであろうか。どうかご自愛ください。おだいじに!

 大仁田議員の問題に関してもそうだが、マスコミが真に受けてしまうから騒ぎが大きくなるのだ。大事な問題ならともかく、取るに足らないような問題まで、「勘違いの正義感」を露にジャーナリスト風を吹かせるから、余計な騒ぎがあちらこちらで起こるのである。まあ、視聴率や販売率至上主義の大手マスコミの記者達からしたら、面倒な取材や調査や勉強に時間を費やすよりも、手っ取り早く騒ぎになるような案件を見つけて兎に角批判しておけば、騒ぎは広がり各社の相乗効果により、各々の視聴率や販売率が上がるという方程式らしい。面倒な取材に時間を割くよりも、記者仲間と「勘違いの正義感」を肴に、酒でも酌み交わしていた方がよっぽど平和だという考え方が、大手マスコミの記者達の間に蔓延しているというから、開いた口が塞がらない。それでよく、偉そうに国益がどうのと批判ばかりできるものだ。自分達の報道姿勢の方が、よほど国益を損なうこともあるとは気付かないところが、何とも平和ボケ大国日本の報道人らしい。いずれにしても、世も末だ。


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