政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

政治・選挙

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明日の選挙に当たって

いよいよ明日投票日。
一体この国の政治はどうなることやら。
予想外な結果がでるような気もする。
だが、
私としては、
以前にも書いたが、
今回は、
諸問題を考慮すると
安倍自民党が政権を取るのではないかと思っている。
安倍氏と石破氏の二人三脚で、
国難の今、
とくに領土問題を含めた外交問題を乗り切ってほしい。
そして、
その後にもう一度大きな政界再編が訪れ、
その時に、
大きくこの国の仕組みが変わるのではないかと思っている。
勿論維新の会が主役になり、
自民も民主も再編され、
志と思想信条を同じくする人々が
自然に手を取り、
新しい日本を導いていってくれるであろうことを期待する。
今回、
政党が多いとマスコミは批判的なことを言っているが、
今この段階で
この状況では、
小政党がいくつも誕生して構わないと私は思っている。
これらの小政党を経て、
新たな本物の政界再編が
近未来訪れ、
その時は迷うことなく、
それぞれの政党が真っ直ぐに主義主張を打ち出せばよい。
勿論合併も離散もあってよい。
色々な可能性を模索して、
最終的には、
二大政党のような形に落ち着いてくれれば良い。
今の民主、自民では、とても二大政党とはいえない。
本当の意味での主義主張を同じくし、
政策案も同じくする人々が
自分が所属すべき政党に帰属し、
烏合の衆のようなことはないように、
魑魅魍魎が永田町に溢れかえることのないように、
真面目に政治に取り組む人々だけが、
淘汰され生き残れば良い。
現状では、
それぞれの一政治家には、
この国を導くに値する一部の優秀な政治家としての人材を見て取ることできるが、
未だ、
党ということでは、
いずれの党もそれに値しないと私は思っている。
橋下氏と石原氏の二人三脚は、
この国のリーダーシップを取らせるに値すると評価している。
だが、
維新の党としては、
問題点も多いように思う。
安倍氏と石破氏の二人三脚も
リーダシップを取るに値すると評価している。
だが、やはらい自民党としては、
まだまだ大いに問題はある。
野田氏にかんしても、
野田氏個人は、
立派な総理大臣で信頼に値すると思う。
だが、
不幸なことに、
烏合の衆である民主党に帰属しているので、
野田氏という人材が総理として活かしきれていない。
そもそも、
党の代表である野田氏を
民主党内部の人間が批判したり
足をひっぱったりするようでは、
とても党として信頼できない。
多少意見は違っても、
自分たちが担いだ親分である代表野田氏の足を引っ張るなんてことは、
絶対にあってはならない。
そのことだけでも、
民主党は失格であるし、
返り咲くことはできないであろう。
大体、先の選挙で政権奪取のために、
数を集めただけで、
右から左まで蠢く烏合の衆である。
問題外だ。
「みんなの党」は、
非常に良い。
私も実際支持していたし、
一時期党員登録もしていた。
しかし、
残念なことに
少々守りになりだしたというか、
排他的な印象を最近感じる。
主義主張には説得力もあり、
真面目さも際立っており、
非常に良いと思う。
何より、
ブレない安定性は評価に値する。
公明党も、
多少陰りを感じる。
それに変わって、
まだまだだが、
幸福実現党が、
公明党の位置に取って代わる可能性もある。
あまり宗教色を表に出さず、
オームのような馬鹿げた選挙戦をせず、
まっとうに政治を考え言動すれば、
その可能性はある。
例え、
支持母体だとしても、
間違っても先日のように大川氏が
選挙戦の矢面に立つようなことをしていたら、
その可用性、芽はなくなるであろう。
それには、
揺らぐことのない党首が、
人望と常識がある党首を押し立てることが先決ではないか。
共産党は、
昔の共産党とは違い、
正直面白い部分もある。
だが、
如何せん「共産党」という名前が邪魔をしている。
時代は変わったんだ。
日本の国も変わったんだ。
もしかすると、
共産党の先生方が一番そのことを理解しているのかもしれない。
だが、
その名称から脱却できないジレンマが
彼らをもう一歩踏み出せなくしているのではないか。
社民党は、ハッキリ言って論外。
残りの小政党は、
これから変わり行くのでコメントを控える。
以上、
明日の選挙戦に当たって
思うことを自分勝手に綴ってみた。
感謝

石原慎太郎が東京都都知事を辞任新党結成
2012年10月26日

 石原氏の辞任新党結成に関しては、賛否両論渦巻いている。
 正に彼らしい行動力だ。このままいっていたら、橋下「維新の会」の勢いが落ちてしまいかねないと判断した石原氏は、彼なりの鋭い洞察力と戦略で、都知事を辞任し、新党結成という荒療治に出た。

 安倍−石破自民党が、優位に立ってきた今、石原氏のこの一石は、永田町に大きな波紋を広げた。正にこのタイミングでの行動は天晴だ。石原氏の人気と橋下氏の人気を合体させれば、自民に勝てるかもしれない。また、橋下「維新の会」が弱い、外交や領土問題も、この組み合わせでいけば面白い。やはり、石原氏は、ここぞという時にやってくれる。ただ、年齢が年齢なので、厳しいという味方をする有権者も少なくない。

 そもそも、石原氏は、嘗て中尾栄一を中心に結集された青嵐会のメンバーだ。生え抜きの真保守である石原氏のみが、やはり真保守の安倍−石破自民党に対峙できるのではと思う。そういう意味では、このタイミングで乗り出してきた石原氏の政治家的洞察力は大したものだ。評価したい。永田町が、非常に面白くなってきた。

 片や「維新の会」に近くなった「みんなの党」の渡辺喜美氏、一方石原慎太郎。犬猿の仲とは言わないが、決して仲が良いとは言えない。主張も、政策も、正反対。ここのところが、結構ネックで、結局自民に有利に働くのかと上辺だけを見れば考えられる。
 だが、よく見ると、別の一面も見え隠れする。渡辺氏は、安倍政権で閣僚を経験している。また「みんなの党」には、嘗て石原氏が帰属した青嵐会の代表者中尾栄一氏のご子息もいる。非常に複雑な混戦状態だが、結局は志の強い人間が生き残ると私は思っている。それと、国民から共感を得ることができる人も党もということだ。

 兎に角、今、日本にとっての最優先課題は、尖閣、竹島などの領土問題、教育問題、拉致問題、そして、経済の立て直し問題だ。最優先課題は、これらの問題に付随する憲法改正、自衛隊法改正、地位協定の撤廃もしくは改正などである。それが、できるのは、安倍氏だけかと思っていたが、石原氏が出てくるとなると、石原氏も可能性を含んでいる。いよいよ選挙が近づき、秒読み段階に入り、永田町が面白くなってきた。

日本維新の会VS安倍自民党
2012年9月10日

 今の段階で、日本維新の会VS安倍自民党などというと、自民党の総裁選も決まっていない内に、こいつは何を言っているのだと、諸先輩方からお叱りを受けそうだ。だが、敢えて今度の選挙の理想像だと私は思っていると申し上げる。

 その理由は、明確に政策論争を戦わせる選挙にしてもらいたいからだ。そして、日本維新の会が打ち出す政策案も、安倍自民党が打ち出す政策案も、今の日本にとっては、優先課題であると感じるからにほかならない。

 解り易く言えば、地方分権やそのシステムを改革しようとしている日本維新の会、対する、憲法改正へ向かって大手を掛けていた元安倍総理、やり残していたことが色々あったが、そのやり残していたことを、今実現するために絶好のタイミングであると私は思う。どちらも、今の日本にとっては大切な事柄だ。

 今回の自民党総裁選には、複数の候補者が名を連ねている。どの候補者も、悪い政治家ではない。石原氏にしろ、石破氏にしろ、安倍氏にしろ、ちょっと年長だが町村氏も、皆将来総裁になる可能性が高い人たちだ。谷垣氏には申し訳ないが、彼の任期中、決して落ち度はなかったが、総裁再任は難しいと思われる。そのような状況の中、それでは、誰が掲げる政策案が、今最優先で議論されるべきで、実現されるべきか、ということが、我々有権者である国民にとっては大切なことである。そうやってみると自ずと結論が導き出され、誰が総裁選で選ばれるか、ということになる。ただ、必ず例外はある。安倍さんが、自民党ではなく、自民党の外から立つという可能性だって無きにしも非ず。だが、その可能性は、非常に薄い気がする。それでも、薄くても可能性は可能性だ。

 次に、日本維新の会の現状抱える問題点を見てみる。今一番の問題点は、候補者をどう選択するかだ。昨日の討論会でも、何か釈然としてないものがあった。本当に立候補者皆が同じ方向を見ているかだ。懸念するのは、候補者は皆選挙に勝ちたい一心で、人気の維新の会に合流するであろう。その多くは胸中、民主主義の基本的原理である数の方程式を思い描いているに違いない。討論などをしても、現段階では、胸中を吐露しないであろう。何故なら、合流し立候補させてもらい、当選させてもらうことしか考えていないからだ。ここのところが、日本政治のシステムの良くない点ある。だが、結局、理由、方法はどうあれ当選してしまえば議員だ。この流れがあるから、政党というものが、同じ思想信条で、同じ方向を向いて、政治をすることができないのだ。その悪例の最たるものが、民主党である。

 維新の会も、政党とはどうあるべきか。すなわち、帰属議員が皆同じ方向を向いている。思想信条を同じくする。それが、政党の本来あるべき姿だ、ということまでは気付いている。だから討論会まで催したのだ。だが、その討論会に参加した、これから先合流しようとしている議員たちの様子から、昨日の討論会の現状を見ていると、本音が吐露されていなかった。何か中途半端なことになってしまっている。これが、ある意味、日本維新の会にとって、最も高いハードルなのかもしれない。

 そのような厳しい状況の中で、橋下氏の言動は一挙手一投足国民から見聞されている。だが、果たして、維新の会を構成する人々が、本当に橋下氏と100%意見を同じくしているかということには、非常に大きな疑問を感じる。中には、橋下人気にぶら下がっていこうという人々もいるはずだ。そこの見極めが如何に為せるか否かで、維新の会が、民主党と同じような末路を辿るか否かと言える。どちらにしても、ここ暫く選挙までが、正念場だ。しっかりと、我々国民も政治を見守って行くべき時である。

政局に明け暮れる日本政治に三下り半
2012年6月15日

  民主党政権へ政権交代が行われて以来、我々国民は落胆することばかりが続いてきた。あまりに期待が大き過ぎたのかもしれない。だが、最初からもう一度大きな政界再編が行わなければ本当の意味での改革はできないであろうと思っていた。だが、やはりそういうことであると、多くの有権者たちがやっと気付きだしたのかもしれない。

  そもそも政治屋の皆さんは、明けても暮れても党利党略私利私欲、思惑ばかりが先行して、政局にばかり頭が120%翻弄され、国民のための政治など微塵も思っていない。本当にくだらない茶番の繰り返しだ。役者も、まったく代わり映えがしない。呆れ果てる。

  現状の日本の経済状態、国民生活、特に社会保険制度の崩壊や制度改革を思えば、こんな馬鹿げた茶番など繰り返している暇はないはず。だが、結局バカな政局に翻弄され、政治を蔑ろにしている。国会中継をみていても、足の引っ張り合いばかりで、政策論争の本質など微塵も感じられない。本当に政治家の意識は、地に落ちた感が否めない。大体、政治家としての資質もない人々が、私利私欲党利党略によって担ぎ出されたり、しゃしゃり出たりして、論争以前に論じるどころか思考すらできない魑魅魍魎が永田町には満ち溢れている。彼らを選んだ我々有権者にも、大いなる責任がある。だが、本当に日本の政治は地に落ちた。これでは、本当にこの国は、立ち上がることすらできないのではないかと本気で心配になる。そんな状況下、大切なことは、我々国民が、正しい目で、政治と政治家を見極めることだ。マスコミに翻弄されずに、自らの良心で彼らの言動を精査し、どの政治家が本気で国民のために汗水を流しているかを察知する必要がある。本気の人間の情熱は伝わるものだ。そうすると、案外マスコミが垂れる知ったかぶりの能書きとは違った答えが見えてくるかもしれない。誰が足を引っ張り、誰が本気で政策を議論しているか、政治家の仕事を見極める本質はそこにある。

  そもそも、政治家たちの視野があまりにも狭すぎる。物事を大局的に見ることができ、英断がくだせる資質を持ち合わせているのが、本来政治家という存在だ。子供が政治ゴッコをしているのではない。世界の中で、この日本という国を統治していかなければならないのだ。 覚悟も、勇気も、もっと必要だ。その辺のことを肝に銘じて、政治屋の先生方は、国民のために、この国のために、一度胸に手を当てて真剣に改心して頂きたい、そして、我々有権者は、澄んだ心の目を見開き本物を見極めることを切望する。

原発事故調での菅元総理の発言真意
2012年6月2日

 はじめに、私は菅元総理の支援者でも後援者でもない。ただ、未来のために、今回の原発事故を出来る限り客観的に見詰めたいと思っているだけだ。正直、今回の事故調で、枝野や菅や諸々の民主党関係者の発言に対しては、呆れて開いた口が塞がらない。お互い足の引っ張り合いで、見苦しいことこの上ない。だが、菅元総理だけが、間違ったことを言っていないように感じた。彼は激情型の政治家だ。だが案外正直に、私利私欲抜きでモノを言うタイプであるように思う。

 巷では、イラ菅が感情に任せて原発や東京電力本社に乗り込んだので、現場の人間たちが迷惑して判断を誤ったと言っている意見が多い。だが、果たしてそうであろうか。私には、そういう人々の声に疑問を感じる。大体、東電幹部にしても、今頃菅元総理を責めるが、会長も社長も東京本社に不在で、地方や海外にいたわけである。本来二人ともが東京本社を離れることはせずに、片方は残るべきである。にもかかわらず、自分達の非を棚に上げて、菅ばかりを責める姿は見苦しいことこの上ない。あの状況下で、菅元総理が現場に乗り込んだのには、理由があったとように私は思う。巷で言われている、情報が総理官邸に上ってこなかったという理由は、一番大きな理由であるように思う。当事者であった菅元総理は、そのことを多分当事者として痛烈に実感し、現場に赴いたのであろう。世間やマスコミは、菅元総理をボロクソにいい、現場の人間が正しかったように自民党も含め盛んに囃し立てているが、果たしてそこに真実があったのであろうか。当時、あの状況を第三者的に見つめていて、私が強く感じたのは、原子力保安院の存在意味である。彼らが、本来東電と官邸の間の架け橋であり、ワンクッションになるべきであった。ところが、どう見ても彼らが役目を果たしているようには、私の目には映らなかった。彼等は、東電のみに責任を転嫁し、自分達の非は認めようとしなかった。それどころか、保身ばかりを最優先し、何をあの場で為さなければならないかという大切な問題を等閑にしていたように感じた。菅元総理も、そんな彼らの姿勢を間近で見聞し、現場へ乗り込み現実を把握するという行動にでたように感じた。菅元総理ばかりを責め立てるが、あの状況下、本来総理が現場に乗り込んだあの行為は、原子力安全保安委員が為すべきことであったはずだ。にもかかわらず、彼らは微動だにしなかった。故に菅元総理は批判を浴びながら自ら赴いたのであろう。よく理解できるリーダーとしての行動だ。状況が把握できない状態にあるならば、自ら赴くということは、組織のリーダーとして正しい判断である。私はそう思う。その証拠に、福島原発の吉田所長は、上の対応にヤキモキしてクレームをつけていたではないか。それは、東電幹部や原子力安全保安委員会が上に存在し、正しい情報が迅速に政府まで伝わっていなかったことへのフラストレーションの表れであった。

 そして、その状況を目の当たりにした菅元総理が決断を下すのだが、そのことに対し自民党などは非としているが、あの状況下で、腰抜け原子力安全保安院が適格な判断を、勇気を持って下せたであろうか? 答えは否である。あの状況下で、保身と責任を盥回しばかりしていた彼らに、そんな重い勇気ある決断はできなかった。その結果、現実問題として、後手に全てが回っていたではないか。菅元総理の迅速な判断があったからこそ、全てが動き出したように私は思った。後で、色々な屁理屈は言える。だが、誰かが英断をくださなければ、事態はもっと深刻なことに陥っていたように思う。

 そもそも、役人である原子力安全保安院にしろ、経済産業省にしろ、決断を下せるわけがない。彼らが常に考えていることは、責任を転嫁し盥回しにすることばかりだ。そんな輩が、英断など下せるわけがない。例え専門家だとしてもそんな英断は下せない。そういう英断を下せるのは政治家だ。確かに政治家は原子力の専門家ではない。だが、組織のシステムでは、専門家の役目は状況の把握と対処策の把握、そして、その状況を的確に判断し、そこで英断を下すのは政治家であってしかるべきだ。そこのところを間違えれば、また同じ轍を犯しかねない。私は、そんな風に思う。大体、今になって、誰が悪かった。ああすればよかったと綺麗ごとばかりいうが、現実にその場でそれを為したのは誰だ。あの危機を乗り越えたのは誰だ。そのことを素直に受け止め、その当事者である菅総理はじめ現場を知っていた人間の意見を反省意見として取り上げ、今後に生かして然るべきであると私は強く思う。足の引っ張り合いは、何の意味もない。生産性のないことに、時間も労力も費やすべきではない。今の政治には、民主党政権には、そういう無駄があまりにも多すぎる。私にはそう思えてならない。


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