政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

政治・選挙

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菅総理不信任案の是非

菅総理不信任案の是非
2011年6月1日

 永田町では菅総理の不信任案が明日出される様子。前代未聞の為体だ。菅総理の手腕には、大いに問題がある。だが、この時期に、震災復興を最優先しなければならない状況にある今、それを差し置いて不信任案を出す永田町の懲りない面々の神経を疑う。この自分勝手で無神経な政治屋諸氏の姿勢と資質に、大いに疑問と憤りを覚える。今は、疑問や問題があっても、被災者と被災地復興を最優先に超党派で一丸となり切り抜けなければならぬ時。にもかかわらず、あろうことか、民主党員が民主党の首相に対しての不信任案に賛同するとは呆れ果てて開いた口が塞がらない。例え最低の総理でも、それを皆で補佐して、この国難を乗り越えることが被災者や国民を守るということになると思えないのか。

 国民を差し置いて、被災者を差し置いて、永田町ではまったくもって自分勝手な政争茶番が繰り返されている。もともと、民主党は右から左まで思想信条ではなく政権奪取目的で集まった烏合の衆 。その本性が、こんなに大事な時期に露呈したということであろう。だが、野党自民党も、政権を奪取されて以来の反省もあまりなく、代り映えのしない様子。そんな有様を見聞し、私自身更なる政界再編を望んではいたが、何もこの時期ではなくともいいではないか。国民を置き去りにした政治は、国を衰退させるだけ。結局資質もない人間が浮かれて政治屋になった結果であろう。

 このまま不信任案を強行するのであれば、せめて民主党内より不信任案に賛成した議員は、民主党からは離れるべきである。これでは、民主主義を冒涜しているとしか言えない。本来、辞職して国民に審判を問うべきである。だが、この時期に選挙などというバカげたこと自体、被災者や国民を置き去りにした政治とは言えない所業だ。一体、この国はどうなるのであろうか。懲りない永田町の面々には、全員退場して頂きたいというのが本音だ。もう我慢も限界、堪忍袋の緒も切れる。

ある民主党議員の発言に唖然!!!
2011年5月9日

 一昨日、昨日と、ある医療系の震災チャリティーコンベンションに参加してきた。アメリカ時代より30年来の付き合いである友が、その会で講演をするのでお手伝いで同道した。

 この会で主催者のドクターを中心に、パネルディスカッションが行われた。全部で6人のパネラーが色々と議論をしていた。勿論、今回の大震災に関してだ。お二方は、整体師の方々で、医師ではないが震災直後よりボランティアとして被災地に入っていらっしゃる方々であった。さすがに、被災地で汗水流していらっしゃるだけあり、説得力のある内容であった。私も10日ごとに被災地に入っているが、被災地の様子、感情の変化を整体師という立場からの視線で、語っておられた。避難所での厳しい環境の中で、被災者たちの体調は限界を迎えているという話が、非常に印象的であった。

 その反面、非常に驚かされたのは、一人参加していた政治家、民主党のO.K.議員の話だ。パネラーの一人福島中通り地域出身の元野球選手中畑清氏が、単刀直入に政府の動きに関しての疑問を質問した。その問いに返ってきた答えに驚かされたと同時に、憤りさえ感じた。要約すると、国会の場で福島原発の問題や浜岡原発停止問題を取り上げると、直ぐに東電の幹部社員たちがそれぞれの議員に圧力を掛けてくる。故に、国会の場でなかなか原発問題を本音で議論できないと仰ったのだ。驚いた。

 我々国民は、自民党の金権体質や天下り体質、そして、企業や業界との癒着体質に辟易として、民主党を選挙で選んだ。にも関わらず、この国家の一大事に当たり、一企業である東電からの圧力があるため、皆議員たちは国会の場で議論をできないというのだ。耳を疑った。自民党時代と何ら変わらないではないか。そもそも、政治家の役目は、言論の府国会で議論を闘わせることではないか。そして、国益の第一義は、国民の生命と財産を守ることではないか。民主党議員というのは、政治の基本中の基本であるこういう当たり前のことをまったく理解していないのだなと実感させられた。

 政治は、飯事や茶番ではない。政治家は、職業でもない。多分、この議員は、そういうことがあるのだということを我々に内部告発したつもりなのかもしれない。まあ、その勇気は認めるとしても、それであっても政治家としての資質を疑う。その証拠に、彼はその後一生懸命医療問題の矛盾点を論じていたが、場違いであり、票稼ぎにしか思えず、呆れて開いた口が塞がらなかった。お笑いだ。

 そもそも、中畑の質問の導入内容は、郡山市内の全ての学校の校庭の土を除去した問題に関してであった。その答えとして、この議員は、行政と政府と足並みがそろっていないので、というような発言から上記の内容の呆れた言い訳になった。だが、考えて頂きたい。前にも書いたが、汚染された土を校庭から剥ぎ取り、その校庭の片隅に積み上げブルーシートをかぶせておくなどということは、これ以上バカげたことはない。雨が降ったら集めた汚染土は校庭に流れ出て、削ぎ取る前より濃度の高い汚染土となることは、専門家でなくとも理解できる。放射能というのは花粉のようなもので、地表に蓄積されるのであるから。自治体が、子供たちのことを考えやったことは想像がつく。実際にそうだ。だが郡山市は、その汚染土の処理に困った。私は、福島原発へ持って行けばよいとある民主党代議士に提案した。だが、一蹴された。その理由が、まったくの他人事である。運んでくれるトラックがないというのだ。そうではないだろう。運んでくれるトラックがいなければ、危険手当を支払い、作業後に使用したトラックは買い替えるぐらいのことをすれば、必ずやってくれる業者は現れる。政府が率先してするべきである。何故なら、国の未来を託す子供たちの健康に関わる問題だからだ。それこそが、リーダーシップであり政府のするべきことではないか。自治体は、県民、市民の健康を考え、迷うことなく動いた。にも関わらず、政府の受け皿がないがために、全てが二の足を踏み茶番と化している。パフォーマンスとまで言われてしまう。足を引っ張る心無いコメンテーターまでいる。本当に、この政府は末期的ではなく、既に破綻していると言いたい。ビンラディン掃討作戦におけるオバマ大統領の言動と比較すると、リーダーシップのレベルの違いを実感させられる。ここのところに、この国の不幸がある。

 東電から圧力を掛けられるという言い訳をするということは、そもそも東電に食べられない菓子箱を貰っている民主党議員が多いということを言っているようなものだ。自民党時代とまったく変わらないではないか。それどころか、決断力、判断力が劣っている分、国民にとっては不幸この上ない。政治は、見掛けだけのパフォーマンスだけではダメなのだ。本気で掛からなければ。特に、今回の大震災のような大きな危機にあたっては、本気で対処しなければ。そして、国民の生命と財産を守るということを最優先にしなければ。国民は、この国を信用しなくなってしまうだけではなく、絶望感に突き落とされ、経済までもを衰退させてしまう。結局は、総理に強いリーダーシップが有るや否やで、国の在り様を左右することになる。そうやって考えると、どうも絶望感しか感じられない。私利私欲を捨て、捨て身でことにあたる姿こそが、人々の心に響き、人を動かし国を動かす。今いる政治家たちの政治家としての資質自体に大きな疑問を感じざるを得ない。国民は、これだけ一丸となり震災を前向きに捉え頑張っているのに、政治は真逆としか思えない。本当に、いい加減にして頂きたい。

遅々として進まぬ復興融資
2011年4月13日

 被災地に行くと、着々と復興が進んでいることを実感できる。但し、震災被災地と津波被災地では大きな差がある。改めて津波の恐ろしさを感じざるを得ない。

 ところで、福島を始め多くの被災地では中小企業工場などが、被災してしまい壊れてしまった工場などを直して仕事を始めたいと思っている。ところが、地域差もあるが、復興融資がなかなか遅々としてスタートされない。既に、日本銀行からは一兆円規模の復興融資資金が現地銀行や信金などの金融機関へ融資されることになった。だが、実際には、末端の被災企業には行き渡っていない。それらの企業や工場は、仕事ができない上、従業員の人件費が大きな負担となり、二進も三進もいかない状況に追い込まれている。震災被害、津波被害、その上、復興融資遅滞という、度重なる災難続きに疲弊しきっている。

 私が取材にいっている福島県内の複数の中小企業工場も、そんな災難に苦しんでいる。それだけではない、今回の地震で酷い事実が露呈し怒りに震えている。

 怒りとは、詐欺のような事実が今回の地震で発覚したのだ。彼らは、福島県外から福島県内のある場所に開発されたビジネス地区に誘致され、引っ越してきてその場所で工場経営をしていた。中には、中国系の企業もある。誘致に当たっては、その村の村長も大きく関わった。そのK村長は、W代議士と非常に近い存在にあったという。ところが、その村長、複数の汚職事件に関わり逮捕された。また、村長周辺では、複数の関係者が自殺をしたり謎の死を遂げた。そこまでは単なる贈収賄事件ということになるであろう。だが、今回の地震で大きな問題が起こった。それらのビジネス地区で、酷い液状化現象が起こり、調べてみると嘗て池であった土地を産業廃棄物で埋め立て、ビジネス地区として他県の業者たちに売ったということが発覚したのだ。単なる液状化ではない。地面は酸化していて、それらの企業の業務に大きな影響がでているというのだ。ところが、その村長は既に亡くなっており、村はそのことに関し逃げを決め込んでいるというのだ。それだけでない、他の地区が既に復興融資の受付を開始していたにも関わらず、その村では今週になってやっと受付を開始したというのだ。それも乗り気ではない姿勢なのだ。誘致された複数の企業は、もう被災後1か月も経っているのに進展がなく、先の見えないトンネルに追い込まれたような状況にある。明日から、三度目の取材に被災地を訪問する。さらなる事実を掘り起こすつもりである。

福島県政二極構造 渡部恒三派VS佐藤栄佐久派
2011年4月6日

 福島県政の構図が段々明らかになってきた。端的に言えば、渡部恒三派VS 佐藤栄佐久派ということだ。現福島県知事佐藤雄平は、渡部恒三の甥であり嘗て渡部恒三の秘書として長年勤めていた人物だ。佐藤栄佐久派は、実弟佐藤祐二が裏で実権を握り、佐藤栄佐久の娘婿は現内閣府特命担当大臣(科学技術政策担当)玄葉光一郎氏だ。2006年の佐藤栄佐久元福島県知事逮捕は、渡部派による弔い合戦の色が濃い。冷静な目で見れば、どちらが正しいとも言えない。言うならば、どちらも福島県を食い物にして金儲けをし、県民を利用し騙した同じ穴のムジナといえる。

 渡部恒三派は、甥であり元自分の秘書であった佐藤雄平氏が知事になるやいなや、東電と足並みをそろえる動きを見せ、昨年8月にはプルサーマルを受け入れ、早速核燃料リサイクル交付金を受け取った。この件に関し、佐藤栄佐久氏は、議会でまともな議論もされずに通してしまい、その結果、3月11日の震災で、福島原発は大事故になり大変なことになっていると抗議を入れている。指摘は正しい。東電から流れた金の行先や経路は、これから解明されるであろう。

その佐藤栄佐久派側では、佐藤栄佐久氏が先の事件に関し無罪を訴え続けている。だが、佐藤栄佐久派には、福島県民なら誰もが知る二重構造が存在している。佐藤栄佐久氏は表看板で、実務を担当し、県政を裏で動かし集金活動のために色々していたのは、実弟の佐藤祐二である。この佐藤祐二に睨まれると、福島で商売はできないと言われている。実際に、東日本ハウス、大越工業や間建設などは、佐藤栄佐久県政時代、各種嫌がらせなどで商売が成り立たなくなり、福島から撤退した。佐藤栄佐久氏自体は、表看板で綺麗事しか言わず、そんな表面を見て、多くの県民は英雄のように思い支持している。それは、原発反対を旗印にしていれば、県民の支持は得やすかったはずだ。もし、東電と深い関係にある水谷建設とのことがなければ、確かに福島の英雄でいられたのかもしれない。だが、実際には、実弟がやったといっても、公人である以上それは通らない。残念なことだ。

あの事件からもわかるように、佐藤栄佐久派の実際の大将は、実弟祐二である。この実弟佐藤祐二は、郡山三東スーツという会社の社長だ。この会社では、自衛隊の制服や国体のユニフォームなどを扱っている。事件当時も報道されていたが、県発注工事の入札に影響力を持っていたことは事実だ。建設業者の間では、佐藤祐二に睨まれたら、福島で仕事を取ることはできなとまで言わしめていた。酒宴の席での佐藤祐二の口癖は、「玄葉光一郎は、俺があそこまでしてやった」だそうだ。本人曰く、随分と金を流してやっているとも言っていたという。祐二は、赤坂に高級マンションも所有しているようで、金回りが非常に良い。地元では、グレーのスーツで冴えないオヤジ風だそうだが、赤坂や六本木では、紫のスーツなど着てヤクザっぽい派手な雰囲気で豪遊していたことは、複数の人間に目撃されている。そもそも、福島県関係の東京での豪遊先は、赤坂が中心であり、赤坂の飲食店のママたちの間でも有名な話であった。佐藤栄佐久氏は、実弟祐二の操り人形とさえいう関係者までいる。まるで県政を牛耳っているのは実弟祐二のようでさえあったという。5期18年の間に、実弟が福島の利権を好き勝手にしていたということだ。

 だが、ここで一つだけ言っておく。上記のようなことがあったからといって、玄葉光一郎までがその汚い金に手を染めていたとはいえない。いや、思いたくない。彼は、これからの日本の政治に必要な政治家の一人であると個人的にも思っている。彼が関係ないことを今は祈るばかりだ。(つづく)

サマータイムとヘルツの問題
2011年3月30日

 大震災で電力不足が問題になっている今、サマータイム制の導入と西日本と東日本のヘルツが違うことで生じている問題が取り沙汰されている。これらの問題は、私の私心だが、この機会にどちらも取り入れ修正すべきである。

 サマータイム制について、以前から何度も議論がされている。だが、なかなか成就せずに終わってしまう。それは、面倒臭いとか、日本人には馴染まないというような、意味不明な理由での反対者の声を反映することにより話が続かない。私は、アメリカで生活していた10年弱、サマータイム制を実体験した。正直な第一印象は、素敵なことであり、人間らしい制度だと思った。直ぐに馴染むこともできた。何故なら、サマータイム制度というのは、体験してみればわかるが、太陽の動きに正直に従う制度であり、人間にとっては非常に自然な制度であるからだ。お日様が昇ると共に活動を開始し、お日様が落ちると同時に眠りにつく。私の印象では、一日が非常に長く使え有意義な制度であった。決して、面倒臭いこともなく、日本人に合わないこともない。早くに仕事を始め、早くに上がる。その分、仕事後の時間を有効に使える。決して悪い制度ではない。確かに、サマータイム制を導入することで、結構な節電になるように思う。

 次にヘルツの問題だ。これは、誰もが不思議に思うことだ。西日本と東日本でヘルツが違い、電気製品なども使えないというのだ。しかし、この問題は、どんなに巨額なお金が掛かっても、これを機会に統一するべきである。今までもこの問題は、取り沙汰された問題である。だが、なかなか結論を見ることはない。何故なら、電力九社の中で、どちらに統一するかという問題があるからだ。変更するためには莫大な金額がかかるので、どちらに合わせるかで決着がつかない。だが、今回、この震災を「災い転じて福となす」で、国も関わり電力ヘルツ数を全国統一するべきである。西か東に偏向して負担を掛けるのではなく、国益と考え双方が協力して負担し合って成就するべきである。そして、国もこのプロジェクトにお金を出すべきである。何故なら、電力問題は、極端に言えばこの国の生死に関わる。電力が不足すれば、経済活動にもブレーキが掛かる。正に国益に直結している。また、変更には大きな負が掛かるであろうが、長い目でみれば、大きな正が生じることは間違いない。それならば、この機会に統一するべきである。

 さて、それではどちらのヘルツに統一するか、という問題だ。この答えは簡単だ。現在震災で東日本は被災し、輪番停電をし節電を重ねる状況だ。西日本の電力会社には文句もあるだろうが、この際被災中の東日本のヘルツに合わせ、被災していない西日本のヘルツを東日本に合わせるべきである。そうすることによって、万が一西日本でも将来的に被災があれば、東日本から融通してもらえる。逆に東日本でも、同じことが言える。今回の震災の経験を無駄にしてはならない。大変なプロジェクトだが、この機に国ぐるみで一挙に統一するべきである。そうすれば、日本全土における電力問題も、違った解決策がでてくるはずであり、原発をこれ以上増やす必要もなくなるはずだ。時代の流れに逆行するようだが、電力問題は国益に直結する問題だ。どんなにお金が掛かっても、これは国として為すべき仕事である。そして、電力会社の立ち位置も、公益法人色をより強く出すべきだ。どういうことかというと、全国九電力会社のスクラムは現在でも他の業界に比べれば強いが、より強くするというか、統一方針を推進できるように、九電力を国の影響力の元で指導していく立場の組織を九電の上に置き、監視指導体制を強化するべきである。何故なら電力依存度の非常に高い日本に於いては、電力は国益に直結する戦略であるからだ。私は、そう強く信じる。現状、日本経済を躓かずに振興するためには、電力の安定確保は必要不可欠な問題である。そのことは、今回の震災でよくわかったはずだ。このヘルツ統一を実現すれば、日本の経済力は非常に強固なものになるはずであり、国際的にも盤石な体制を誇示できるものになるはずだ。


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