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まだまだアメリカの動向を注視する必要がある世界市場 2007年3月1日 昨日の朝は、株式市場の大暴落一色であった。しかし、不思議なことに、嘗て経験したような緊張感を感じなかったのは、私だけではなかったはずだ。中国市場の影響を受けての暴落連鎖だという。急成長途上にある中国の市場が、いよいよ世界に影響を出しだした証だ。裏を返せば、中国人達へ資本主義の甘い汁を吸わせることに、アメリカが成功したともいえる。 アメリカにとって一番大切な経済政策の一つに、アメリカ$を基軸通貨として死守し、拡大するということがある。それには、中国市場は見逃せない大切な市場なのだ。今は、アメリカが、中国にカンフル剤として資本主義の甘い汁、即ち贅沢と選択肢を、あらゆる場面で打ち込んでいる。一度甘い汁の味を覚えた人間は、絶対に後戻りはできない。一昨日までの株式市場の高騰は、その証であった。そして、その焦りを表したのが、昨日の中国に始まる大暴落であった。 今年、このような暴落があることは、ある程度予測されていた。それが、いつになるかはわからなかった。だが、間違いなく、このような暴落が、北京オリンピックまでに何度か起こることを、投資家は誰も予想していたはずだ。そのような状況下、昨日の暴落は起こった。しかし、これは、本番ではない。まだ、イントロダクションである。今後、このようなことが数回起こるであろう。そして、一度、大きな暴落が起こるはずだ。そのことは、歴史を振り返ればわかることだ。一つの国が急成長する段階での、登竜門とでも言えるのではないか。ただ、その規模が大きい。中国の規模は、歴史上類を見ない大きな規模だ。よって、一度、バブルが弾けた後が、中国にとっては本番であろう。その時こそ、中国を中心にして世界の経済が回りだすことであろう。中国がクシャミをすれば、きっと世界中がクシャミをすることになるのであろう。 だが、これだけは、見誤ってはならない。中国中心になりつつはあるが、その中国の市場を巧みに操っているのは、アメリカの経済戦略であるということをだ。アメリカのドルを基軸通貨とした戦略は、我々他国人から想像できないほど、アメリカ人にとっては重要な経済政策なのである。そして、それは、アメリカが世界の中心にいられる唯一の武器なのである。よって、アメリカは、あの手この手で、中国を肥らせ、そして、ドルという自分達の手中で転がそうとするのだ。少なくとも、中国でバブルが弾け、本当の意味で中国が自立するまで、暫くの間はこの構図が続くに違いない。 最後に、今回の暴落は前哨戦であって、市場に小さな影響は出ても、大きな影響を与え続けることはないであろう。しかし、間違いなく第二の波、第三の波が、近い将来押し寄せてくることを忘れてはならない。
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経済・財界・ビジネス問題
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不二家の問題隠蔽は得意先による圧力と得意先確保のための苦肉の策か!? 2006年1月16日 新聞、テレビをはじめ、各種メディアで、不二家の衛生管理問題が大きく取沙汰されている。消費者の健康に直結する問題であるので、当然のことである。賞味期限切れ食材を利用していたこと、衛生管理の不徹底など、食品メーカーとしては許されざることだ。しかし、100年の歴史を誇る老舗が、何故、このような結果になることを承知で、あのようなずさんな経営をしなければならなかったのであろうか。誰も、窮地に立たされること承知で、あのような痴態をなすはずがない。同族による経営体質である等、色々なことが取沙汰されている。しかし、それは、少々色眼鏡で見すぎているのでは、という感じがする。簡単に言ってしまえば、時代の流れ、消費者の価値観や判断基準の変化によるマーケットの変化に対応しきれなかったということだ。そのような厳しい状況下、経営的に窮地にたたされていたため、ここまで形振り構わずの経営を強いられ、追い詰められたということではないか。このことは、不二家だけの問題ではなく、多くの老舗食品メーカー企業が抱える問題である。 彼らは誰よりも、衛生管理を徹底することによって消費者の信用が得られることを知っている。商人である以上、お客様が神様であることを知っているはずだ。にもかかわらず、あのような痴態をなしたには、それなりの理由があったはずだ。それは、やはり経営難ということであろう。経営者が、追い詰められていた典型的な例ではなかろうか。 経営者は、日々判断、決断を迫られる。平時であれば、良識的な判断を下せる。しかし、経営難になれば、決断にあたっての選択肢は非常に厳しいものになる。それは、不二家に限ったことではない。時として、どちらかに目を瞑り、どちらかを生かさなければという判断を迫られることにもなる。多分、かなり最終的な段階まで追い詰められていたのであろう。まず、社員か消費者か、という選択を迫られたはずだ。そこで、不二家の経営者は、消費者ではなく社員を選択した。それは、従業員があってはじめて会社が成り立つ。また逆に、会社が存続してはじめて従業員やその家族の生活も保障される。そのためには、立ち直るまで目を瞑らなければ、という間違った判断のもと、賞味期限切れの食材を使ったり、極限の衛生管理体制に目を瞑ることになったり、ということで無駄を最小限にし、コスト削減を図ったのであろう。そのことは、賞味期限切れ商品を従業員に押し付け販売していたということにも表れている。経営者側も、苦渋の選択をしているのだから、従業員も痛みを共有し、建て直しに協力して欲しいという経営陣の意識が働いたに違いない。そして、最終段階で、不二家の経営者は、従業員か得意先か、という選択を迫られた。それが、二ヶ月前に問題が発覚した時のことであろう。そして、不二家の経営者は、従業員ではなく生き残りをかけ、背水の陣で得意先を選んだ。例え、経営者が辞任することに追い込まれても、老舗の名前を存続させたいという意思が働いたのであろう。その証拠に、皆様の中にも気付かれた方がいらしたのではないか。クリスマス前からと、正月前から、大手コンビ二などで、不二家商品の詰め合わせセットが信じられない特価で大量に販売されていた。中身は、ミルキーをはじめ各種不二家商品がランダムに詰められていた。問題が発覚し得意先に報告と謝罪をしたところ、在庫を抱えた得意先から在庫処理に関しての圧力がかかったのであろう。返品を受けるか、もしくは問題を公表することを先送りし、その間に在庫商品を売りつくしてしまうという選択肢を。返品ということになれば、間違いなく経営的破綻の確率が高くなる。そこで、万が一の場合、「不二家」の看板の売却も視野に入れ、苦肉の策として得意先を確保するという決断をしたのであろう。しかし、この経営者による二回の判断が、あきらかに間違いであった。本来、最初の判断の際、勇気ある判断をするべきであった。それは、経営多角化から撤退縮小し、有望商品だけに絞り込む、という判断である。だが、この判断は、経営者にとって、非常に難しく苦渋の判断である。特に、従業員を家族のような感覚でとらえる日本の企業や経営者にとっては。こんな経緯で、老舗不二家は転がり落ちてしまったのであろう。しかし、不二家の事件は、他人事ではない。明日は我が身とならないとも限らない。景気は回復の兆しと政府は言うが、現実は違う。中小企業をはじめ多くの弱小企業は、これほど苦しんでいる時代はないのではないか。ブランド力を背景に、豊富な資金力と人材で席巻するコングロマリットに、不二家のような老舗メーカー企業や多くの歴史ある弱小企業は、押し潰されているというのが現実だ。 ここで、1つだけ言えることは、企業というのは非常に冷酷で無慈悲なものであるということだ。コンビ二や大手スーパーほど賞味期限を遵守する販売店はない。にもかかわらず、そのような販売店でさえ、やはり消費者より利益を優先し損失を回避するという体質であるということだ。確かに、彼らの店頭に並んでいる不二家の商品が、賞味期限切れであったわけではない。それらの賞味期限切れでない商品を製造する際に使われた食材が賞味期限切れであったのだ。彼らは、何も消費者へ対して不義理をしていない。それが、彼らの言い分であり、自分勝手な理論であろう。結局のところ、消費者はいつも置き去りである。皺寄せを被るのも、いつも消費者である。企業にとって、利益追求は最優先課題とはいっても、何とも悲しむべき現実だ。
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財政難の今こそ消費税率を上げるべき 2006年7月27日 消費税率を上げる、ということが国民にとって良くないことのように、共産党や多くのメディアは声を荒げる。しかし、本当にそうであろうか? 増税ということは、これだけ格差が大きくなってきた社会環境下、我々国民に大きな負担になることは間違いない。しかし、他のどの税金を上げるよりも、消費税を上げることの方が、実はより公平な税制を期待できることには、あまりメディアも言及しない。そこのところには、非常に大きな疑問を感じる。多分、政治家は支持率確保のため、そして、メディアは視聴率確保のためということなのだろう。 確かに、誰も、増税は望まぬことである。だが、高齢化が進む日本の将来を考えると、増税なくしてこの財政難を乗り切ることは難しい。それでは、小泉政権の推し進めるような、高齢者が増加するので高齢者への負担も増やす、という税制や社会保障制度は正しいのだろうか? このような小泉政権によるやり方には、非常に大きな疑問を感じる。社会保障制度というのは、高齢者が増加してしまったので負担も増加するというのではまったく意味をなさない。それまで長年、家族や国のために働いてきたのである。健康保険をはじめ、各種社会保障制度によって高齢者が守られる社会でなければおかしい。 だが、そうは言っても、少子化が進み、高齢者が増加して、十分な予算が確保できず、社会保障制度が働かないというのでは困ってしまう。ただ遮二無二、社会保障制度を充実させなければと声を大きくしても、その元となる財政を立て直し、十分な予算を確保できなければ、結局は綺麗事の理想論、机上の空論になってしまう。それでは、どのようにして予算を確保するか。やはり、増税しかない。 ただ、日本の場合、消費税以外の税金に関しては、行き着くところまでいってしまっている。これ以上の増税は、正直国民にとっては非常に厳しいこととなる。そうなれば、いくら世界第二位の経済大国といっても、まったく夢も希望も持てない将来性のない国が、日本ということになってしまう。それでは、まったく意味がない。 だが、消費税ならば、そんなこともなく財政を立て直すことも可能になるはずだ。諸外国では、消費税率は日本に比べ格段に高い。何故、日本では、消費税を上げるというと大騒ぎになり、消費税を上げるというと政治家も選挙で落選してしまうことになるのか? 不思議でならない。だから、多くの政治家も、消費税を上げる、ということを言いたがらないし、したがらない。このことが、日本の財政を長年に渡って、非常に逼迫した方向へと導いてきたと言っても過言ではない。そういう意味では、今回谷垣財務大臣が総裁選立候補に当たって提言している消費税率10%ということは、非常に勇気のある姿勢であり、国の財政立て直しを真剣に考えているということが伝わってくる。 消費税率アップが、何故こんなにも日本では反対されるのか、その理由は簡単である。日本は、企業大国であるからだ。何でも企業の思惑通りに動いてしまうのが、日本という国なのである。そのような体質は、小泉政権の5年間で増長されてしまった。自由化ということと、企業優遇ということは紙一重で表裏一体なことであり、公平性を保つことが非常に難しいことなのである。何も企業のみを優遇しようと思い、小泉政権がこのような自由化政策小泉改革を推し進めたのではないはずだ。しかし、結果として、そのようなことになってしまった。一番消費税を望まないのは、国民よりも誰よりも企業である。何故ならば、消費税率が上がれば、当然売り上げに大きな打撃があることは目に見えているからだ。しかし、実際に贅沢品に消費税をより多く掛けたとしても、一時売り上げは下がるであろうが、ちょっとすれば逆に定価自体を上げて一商品当たりの利益率を上げて、採算を合わせていくということは十分に可能なはずである。何故ならば、金持ちは消費税が上がろうが、定価が上がろうが欲しいものを手に入れるはずだからだ。 メディアは、スポンサーである企業に対しての配慮で、消費税率アップに反対することは理解できる。しかし、反企業的な共産党が、何故消費税率アップは不公平増税だと騒ぐのか? これには、非常に大きな疑問を感じる。消費税率を上げることが、国民にとっては一番公平な増税であるのに。消費税というのは、モノに課せられている税金である。ということは、消費税率を一律にしなければ、これ以上公平な税率はないはずだ。 例えば、国民が生きていくために最低限必要なモノである食料品や水や電気やガス、これらには最低限の税率もしくは税金を掛けないようにする。しかし、反対に、車や高価な装飾品などには、それこそ30%とか35%という大きな税率を掛ければよい。経済的に余裕のある国民は、高い消費税を払っても欲しいものを手に入れ、消費税を払う形で国に貢献すればよい。その代わり、相続税などを現状のように世界一高い水準に上げず、頑張れば頑張っただけ希望の光を見ることができるように良識的な線まで下げればよいのだ。消費税を沢山払いたくない人は、そういう贅沢品を買わなければよいのだ。これ以上、公平な税制はない。何も、誰も中流の人々までが、今の日本のように、シャネルを持ち、ビトンを持ち、猫も杓子も車を持ち乗り回す必要などないのだ。道交法が厳しくなり、駐車しにくくなったのだ、これだけ公共交通機関が発達している日本である。それらを利用すれば、良いだけのことだ。休日には、レンタカーを使えばよい。困った声を上げるのは、日本財界をリードするトヨタをはじめとする自動車業界など贅沢品を製造する企業だけではないか。 実は、このような税制になっている国は非常に多い。社会保障制度が充実している北欧諸国、そして、アジアでは香港がこのような税制であり、その効果は間違いなく出ている。車は、庶民には高嶺の花になっている。しかし、最低限の生活は保障されている。そして、年取ってからの生活も保障されている。どう考えても、小泉政権が推し進めた、高齢者へも負担を増加するということでの各種控除の廃止や健康保険のカバー率の引き下げは、高齢化という時代の流れには逆行した政策である。高齢者が増えたから、負担を増やすというのではなく。高齢者が増えたからこそ、社会保障制度を今まで以上に充実させるというのが本当の政治であるはずだ。 ただ、それには元となる財政の立て直しが必須条件である。そう考えると、増税は免れない。それならば、一律に全てを増税するのではなく、上記したような消費税制を取り入れ、所得税や相続税などの税金は据え置くか、負担を逆に軽減する方が、国民も夢を持てる。国民が夢を持てれば、頑張ることもできる。国民が頑張れれば、日本の経済も再起し、財政も上向きになるはずである。何でもかんでも増税反対ではなく、良く考慮して、日本の将来を見据えた税制改革を、国民一人一人も真剣に考える時がきているのだ。今、真剣に、税制改革を推し進めなければ、日本に将来はないことは間違いのない事実である。
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「私利私欲で国の誇りまでも蔑ろにする経済同友会」 |
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堀江貴文ライブドア社長逮捕に思うこと |



