政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

領土問題

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]

秀吉と琉球と尖閣諸島

「秀吉と琉球と尖閣諸島」

 まず尖閣問題の現状に触れ秀吉の時代に移行する。
 現在中国と台湾により領土問題を主張されているが、日本政府は一貫して尖閣諸島に領土問題は存在しないと主張している。その根拠は、歴史を繙くと理解できる。
 明治維新後の一八七二年(明治五年)に琉球王国は琉球藩となり、一八七四年(明治七年)に内務省の直轄地となり、一八七九年(明治十二年)に琉球藩が廃止となって沖縄県となった。
 同年三月に英文発刊された「大日本全図」は柳田赳によって編纂され松井忠兵衛という私人が英文で刊行し内務省の版権免許を得た。この地図に、「琉球諸島」の中に「尖閣列島」として記載されている。
 時を同じくして、一八八四年(明治十七年)、福岡県八女郡山田村出身の古賀辰四郎が絶海の無人島である尖閣列島に調査団を派遣し、その後、自ら漁業、鼈甲の捕獲、貝類、アホウ鳥の羽毛の採取を行っていた。
 そのような状況下、一八八四年(明治十八年)九月二十二日、沖縄県知事は、尖閣諸島の実態調査を行うに当たって、尖閣諸島に国標を建立することを上申したところ、内務省は「沖縄県が実態調査の上、国標を建立することは差しつかえない」との見解を示した。 
 当時、中国からも、台湾からも、他のどこの国からも、領土権を主張されておらず、未だ無主地であると内務卿も考えていた。その後日本政府は、沖縄県当局を通じ、数々の尖閣諸島実地調査を経て、「この諸島が清国に所属する証拠がない」と判断した後、一八九五年(明治二十八年)占有論によって、尖閣諸島を日本国の領土として閣議決定した。
 そして、この時以来、国際的にも、国際法上も、海洋法上も、正式に尖閣諸島の各島々は日本国領土となった。
その後、諸々の歴史を経て、最初に尖閣諸島に調査団を送った古賀辰四郎氏に、一九三二年(昭和七年)三月三十一日、日本政府は尖閣諸島の内四島を有料で払い下げた。古賀氏は、尖閣諸島開拓への功績が認められ一九○二年(明治四十二年)藍綬褒賞を授与された。そして現在に至っている。
しかし、一九六八年(昭和四十三年)十月十二日より同年十一月二十九日までの間、国連海洋調査団がこの海域の海洋調査をおこなった。その結果が一九六九年(昭和四十四年)五月に国連アジア極東経済委員会(ECAFE)によって公表され、この地域に眠っている海底資源が一躍脚光を浴びた。
 その直後、中国と台湾が、尖閣諸島の領有権を主張しだしたのだ。この時、アメリカ合衆国は沖縄返還前の故佐藤栄作元総理に対し、この地域の海底資源共同開発を提案したが、故佐藤元総理はアメリカの申し出を足蹴にした。その腹癒せに、アメリカのガルフ・オイルの子会社パシフィック・ガルフ社は、一九七○年(昭和四十五年)七月、台湾政府に対し、尖閣諸島を含む台湾北東海域の深海調査権を許可した。このことが発端で、中国、台湾が領有権を日本に対し主張するようになった。
 歴史に仮説はあり得ないが、結局日本独自で全くこの海域の開発を行わなかったのだから、アメリカの提案をこの時受け入れ開発していれば、アメリカ人が日本領土である尖閣諸島で働いているということで、尖閣列島を明確に日本領土として第三国アメリカが証人となり、しかも領土防衛という意味で、台湾も、中国も問答無用で手出しができない状態になっていたことは明らかだ。これらの事実関係を踏まえた上で、豊臣秀吉の時代に話を戻すこととする。

 一五八九年、関白秀吉は、琉球に対し入貢を要請した。当時秀吉は、既に朝鮮出兵のことで頭が一杯であった。そのために、一五九一年には、軍役、兵糧米などを琉球に要求した。
ところが琉球は、要求の半分のみを満たした。その結果、秀吉は、琉球を快く思わなくなり、結果として、島津家による琉球征服を認めた。
 結局一五九二年、秀吉は、琉球を島津家の「与力」として、その軍事指揮下に附属させることを認めた。以来、薩摩島津家では、当時アジア全域の貿易拠点として成り立っていた琉球を支配することになり、砂糖などの豊富な財源を得る事になった。

 琉球王国は当時既に、東アジア地域における大切な貿易拠点となっていた。だが、貿易に好立地な琉球であったが、反面、中国、台湾、日本と大きな力に翻弄されながら生き残りを掛けて成り立っていた。そんな生き残りの知恵が、琉球を三分割して王を別々に立てていたことなどにも見て取ることができる。
 そんな状況下、尖閣諸島と琉球の関係は、歴史的にも非常に長い。それは、琉球と中国の外交歴史の中にもハッキリと登場し、冊封使が残した冊封使録の「中山傳信録」「順風相送「使琉球録」などにも登場する。
この冊封使とは、琉球の国王であることを中国の皇帝から承認してもらうことを「冊封」といい、中国から派遣される使節のことを冊封使といった。
 その中で、「朝貢」、外国からの遣いに対し、その要求に応えて貢物を差し出すことをいい、琉球が行った「朝貢貿易」とは、中国が中華思想に基づいて行った貿易形態で、中国が指定した内容に従って行う貿易の形態をいっていた。
 このことに、秀吉は目を付け、琉球を中国との板挟みにし「入貢」を迫ったのだ。困った琉球は、半分だけ応じたということだ。

 この冊封使の行き来に当たって、尖閣諸島は琉球と中国の間の目印として記録されている。だが、これらの資料から読み取れる尖閣諸島の領有権には賛否両論があり、其々の学者の立場により意見が分かれる。
 特に、久米島を挟んで以南か以北か琉球領と中国領を分けて解釈される場合が多いようだ。しかし、その根拠は明確でない。「琉球に戻ってきた」「中国に戻ってきた」というような記述だけだ。明確なことは、当時から無人島であり、中国は石高のないこれらの島々に海底資源があることを知るまで関心がなかったということだ。

尖閣での武力衝突の可能性

実は最近、
密かに懸念していることがある。
日本の常識でも、
世界の常識でも、
それは想定外である。
だが、
もしかして、
尖閣諸島近海で、
中国海軍が小さい武力行動を起こす可能性があるのではないかということを
私は懸念する。

日本の政治家は、
常識的に考えると有り得ないと一蹴するが、
知り合いの中国人たちの言動を見聞していると、
無きにしも非ずではないかと懸念する。

確かに、
日本の立場から考えると、
そんなことをすれば、
中国にとって百害あって一利なしと思ってしまう。
だが、
中国側の立場にたってみると、
必ずしも百害ばかりではない気がしている。
それほどのリスクをおかしても、
中国には尖閣で武力行動をしなければならない状況が起こり得るということだ。

尖閣問題単体で考えたら、
中国にとって百害あって一利なし、
国際関係での世界へ対しての信頼という意味での損失は大きい。
だが、
中国国内で暴動などが起こり得る状況になれば、
それを回避するために、
ガス抜きや目を逸らすという意味で、
充分有り得るのことではないか。

中国にとって、
今一番懸念していることは、
反政府暴動が起こり、
それが全国に伝播し、
共産党政権崩壊へとならないことだ。
ひとの声や力が動き出すと、
どんなことをしても止まらないことは、
中国共産党が誰よりもよく理解している。
だとすれば、
そのためにはあらゆる手段をこうじる可能性があるのではないか。
それには、
韓国大統領にとっての竹島のように、
中国共産党にとっての尖閣諸島は、
ある意味対国内政策においてもエースカードであるのではないか、
と懸念させざるを得ないと私は思っている。

だとすれば、
憲法改正、
自衛隊法改正は、
今現状での最優先課題である。

中国は尖閣の領有権を放棄していた

「中国は尖閣の領有権を放棄していた」との西恭之氏(静岡県立大学特任助教)の国際法に基づく反論を、ニコラス・クリストフ氏(NYタイムズのコラムニスト)が掲載。以下、日本語訳:

中国は国際法的にも尖閣諸島を放棄している(静岡県立大学グローバル地域センター特任助教・西恭之)

 米国の著名なジャーナリスト、ニコラス・クリストフ氏は9月19日、自らのブログに台湾国立政治大学・邵漢儀氏の「釣魚・尖閣諸島の不都合な真実」と題する文章を掲載した。

 クリストフ氏は、ピュリッツアー賞を2回も受賞したニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト。「尖閣諸島は中国領」とするコラムを複数回、同紙に執筆した人物としても知られている。

 邵氏は、ブログに掲載された文章の中で、1895年以前、日本政府は尖閣諸島が中国領だと認識していた、と主張している。

 そのクリストフ氏がこのほど、邵氏の主張への国際法に基づく反論を公募したこともあり、筆者(西)は以下の趣旨で英文の反論を投稿した。



 邵氏は、ブログに掲載された文章の中で、1895年以前、日本政府は尖閣諸島が中国領だと認識していた、と主張している。

しかしながら、尖閣諸島を中国固有の領土だとする中国政府の主張は、1970年以前に行われた同政府の主張と矛盾している。

1970年以前、中国は米国統治下の琉球諸島の一部として尖閣諸島について、しかも『尖閣諸島』と表現する形で、琉球諸島住民による自己決定が行われるよう、米国に要求していた。要するに中国は、琉球諸島が日本に返還される場合には、尖閣諸島も日本に返還されるべきだとする、米国と日本の立場に同意していたことになる。

 禁反言の法理(エストッペルの法則とも呼ばれる)は、一方の自己の言動(または表示)により他方がその事実を信用し、その事実を前提として行動(地位、利害関係を変更)した他方に対し、それと矛盾した事実を主張することを禁ぜられる、という法である。すなわち、一方が事実であると主張したことについて、前言を翻すことによって利益を得ることを禁止しているのだ。

仮にこの先、中国の主張を国際司法裁判所に付託すると日中両国が合意した場合、同裁判所は「文明国が認めた法の一般原則」などの四つの基準を適用するか、または、両国の合意の下、例外的に「衡平及び善に基いて」裁判をすることになる(国際司法裁判所規程第38条)。

 これまで国際司法裁判所は、島をめぐる紛争などに関するいくつかの判例において、禁反言の一般原則を適用している。

 国際司法裁判所規程にある「文明国が認めた法の一般原則」は、過去に放棄した領土について「固有の領土」として回復を主張するという、今回の中国のような考え方を含まない。

 以上の前提に立つと、中国の主張を審理するうえで最も重要な証拠となるのは、中国が1970年以前の段階で、「尖閣諸島」を含む琉球諸島において、住民の自己決定は日本復帰も選択肢に含む形で行われるべきだと、主張していたことである。

 例えば琉球諸島の範囲だが、中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』は1953年1月8日、「米国の占領に反対する琉球群島人民の闘争」という記事の中で、「琉球群島はわが国の台湾東北部と日本の九州島西南部の間の海上にあり、尖閣諸島、先島諸島、大東諸島、沖縄諸島、大島諸島、トカラ諸島、大隅諸島、など七つの島嶼」と定義している。

そして、「自由、解放、平和を求める琉球人民の闘争は孤立したものではなく、独立、民主、平和を求める日本人民の闘争と切り離せない」などと、日本復帰を選択肢の一つとする住民の自己決定を要求している。

 この時期、中国は米国との間で朝鮮戦争を熾烈に戦っていたが、それにも関わらず、米国統治下の「尖閣諸島」について「中国領土として認めるべきだ」「中国に返還すべきだ」とする主張をしていなかったのである。

 筆者は、邵漢儀氏が取り上げた19世紀の文書の解釈も、明清代の文書の選択も、ここでは評価の対象とはしない。それらの文書は、1949年の中華人民共和国成立から1970年までに中国政府によって承認された国境をめぐる禁反言とは関係ないからである。

 百歩譲って、「1895年以前、日本政府は尖閣諸島が中国領だと認識していた」とする邵氏の解釈が正しいと仮定した場合でも、中国が1949年から1970年にかけて尖閣諸島の領有権を放棄したという歴史的事実は、動かし難いものだ。日本政府が国際社会に発信すべきは、この一点に尽きるだろう。

開く トラックバック(1)

尖閣諸島問題が俄かに緊張感を帯びる
20011年7月4日

今日の産経新聞に、「日本よ」という文章を石原慎太郎都知事が寄稿している。是非ご一読頂きたい。政治結社日本青年社より、小泉総理時代魚釣島灯台の権利が日本政府に移譲された際、移譲委員会メンバーの1人として多少お手伝いをさせて頂き、いくつかの尖閣諸島に関しての文章を当時月刊誌に掲載させて頂いたことがある。この問題に対しては、私自身思い入れがある。

石原氏も寄稿文のなかで記しているが、尖閣の歴史、現在に至る経緯は非常に複雑だ。だが、1つだけ明確なことがある。それは、この島は間違いなく日本の領土であるということだ。そのことは、読者の皆様がご自分で古文書を見聞されれば、疑う余地は全くないことを理解頂けるはずだ。特に、中国や台湾に残っている古文書には、彼ら自身が尖閣諸島を日本の領土と記している。中国や台湾が、尖閣諸島の領有権を主張しだしたのは、1970年代の国連による海底資源調査の結果を受けてのことである。その目的は、海底資源、この一点であることも明白だ。

にも関わらず、日本政府は、尖閣諸島の問題に関して何故か弱腰だ。一民間政治結社が、日本政府に代わり、台湾や中国よりの武装漁船群と対峙し、銃撃までされながら命懸けで魚釣島を死守した。そして、以来、彼らは魚釣島に自費で灯台を設置し、27年間もの長きに渡り日本政府が放置して守ろうとしなかった日本の領土を守ってきた。ところが、その日本青年社が、右翼団体ということのみを殊更に取り上げ見向きもせず、日本の領土を放棄しようとしていた。やっと、小泉総理時代、小泉政権が正式に、灯台の移譲を丁重に青年社に打診し、日本青年社側からの条件はただ1つ、「日本の領土尖閣諸島を、政府が責任を持って死守し、27年間自費で守り抜いた自分たちの行為を無駄にしない」ということであった。この約束のもと、灯台は速やかに日本政府に移譲され現在に至っている。その27年間に投じられた自費は莫大であるが、それらを請求することはせず、日本青年社はその権利を政府に移譲した。

ところが、政権が変わり、その隙に乗じて、中国や台湾は、またぞろ嘗てのように尖閣諸島を狙い理不尽な行為を繰り返しだした。にも関わらず、民主党政権下では、仙谷のような日本の政治家とは思えない輩が、領土を守るべく日々命懸けで働いている自衛隊を、「暴力装置」などと揶揄し、我々国民を驚かせた。領土問題は、国益の第一義である。そこを等閑りにしようとする政治家にも政権にも、この国を司る資格はない。

石原氏の寄稿文の中で、現在の魚釣島所有者が、中国より数十億で魚釣島の売却を打診されているとの噂を聞いた旨が書かれている。この噂は、私も耳にした。嘘だとしても、こういう噂が出ること自体、由々しき問題だ。地権者は、過去の経緯より、信用ならない日本政府には売却しない旨を一貫して言っている。だが、だからと言って、中国政府に売却すると私は思わない。ただ、1つだけ言えることは、時代が流れ、それぞれの立場や状況が変わり、
今、地権者は魚釣島を条件によっては売っても良いという気持ちになっているのではないか。もし、そうであるのならば、嫌われた日本政府ではなく、南西諸島内の島に帰属する町であるとか、鹿児島県などが、地方自治体として買い取るという形は有り得る可能性ではないか。私はそう思う。

買い取って、そこに自衛隊を誘致したり、資源開発をしたりすることは可能だ。また、アメリカは、返還前より、この辺りの海底資源を日本と共同開発したい旨を、当時の佐藤栄作政権に打診していたのだから、アメリカを巻き込み開発すれば、取り分は50%になるが、それ以上の防衛面でのメリットを得ることができる。アメリカ人が関わっての開発となれば、100%アメリカ軍の直接防衛範囲内に含まれることになる。そうなれば、今のように、台湾や中国は、尖閣諸島に関して主張できなくなる。何故なら、どんなに中国の軍事力が増強されたとはいっても、まだアメリカとのレベルの差は歴然で、手出しをすれば、自ら墓穴を掘ることになる。そのことを一番知っているのは、中国や台湾、彼ら自身だ。尖閣諸島に関して、日本の選択肢はまだ複数残されている。ただ、選択肢があっても、それを活用するか否かは、政治家に掛かっている。この問題、等閑りにすることなく、与野党超党派で前向きに取り組んで頂きたい。それが、我々国民の望むところだ。

日本人の領土問題へ対する意識の甘さ
2011年3月10日

 日本には、日本政府がいくら屁理屈を並べ立てようと、事実上いくつかの領土問題が存在する。その元を繙いてみると、日本人の領土問題へ対する意識の甘さが露呈する。

 100歩譲って、北方領土に関しては、敗戦後の弱みがあったとしよう。だが、他の竹島や尖閣の問題は論外だ。このことだけは、日本人が理解しておかなければならない。それは、国際社会ににおける領土問題とは、綺麗事ではない。取るか取られるか、取ったが勝ちなのだ。手段など関係ない。ちょっと荒っぽいが、現実的にはそれが国際常識である。故に、国際法での領有権は、歴史よりも実効支配を優先しているのだ。

 考えてみて頂きたい。戦国の世に、隣国に攻め込まれ、そこはうちの領土だから入ってくるなといって、相手側が納得して出ていくか? 答えは否。力づくで奪い返すしかないのだ。いくらこちら側が綺麗事を並べ立てても、切り捨てゴメン、取ったが勝ちなのだ。そのことを日本人は理解するべきである。さもないと、日本の領土などなくなってしまう。行儀の良さなど関係ない。

 竹島に関しても、確かに歴史的に日本の領土であることは明白だ。だが、李承晩が李承晩ラインを理不尽に引き、彼の勝手な理屈で韓国領であることを主張し、実効支配をしたというのは、理屈ではなく領土侵略だった。だが、日本側は、その場では何もせず、実効支配を許してしまった。後の祭りだ。後から、ああでもないこうでもないと騒いでも、どうにもならない。屁理屈をいくら並べ立てたって、戻ってくるわけがない。力づくで取り戻すか、金で買い戻すか、それが外交力というものだ。泥棒に、返してくれといっても、ただで返してくれる泥棒などいない。それと同じことだ。金を払うのが嫌なら、力づく目には目を歯には歯をで、実効支配には実効支配で対応すればいいのだ。

 どうも日本人は、綺麗事ばかりをいう。北方領土にしても、エリツインが大統領の頃、ソ連が崩壊し経済苦にあったロシアは、援助名目で北方領土を売り戻してもいいというところにまでなっていた。実際にトップ合意も水面下で成っていた。ところが、日本の民意が、強烈に反対して話は流れた。信じ難い。大きなチャンスを逃したのだ。

 考えてみて欲しい。当時日本は敗戦直後、そこをソ連がどさくさに紛れて切り取り御免と掠め取ったのだ。だが、戦争に負けたのだ、いくら講和条約にサインしたのしないのと騒いでも、それは後の祭り。取ったが勝ちなのだ。取り戻す方法は二つ。力で取り返すか、金で買い戻すか。そして、金で買い戻すチャンスが、バブル期の日本に訪れた。にもかかわらず、鼻高々な日本人は、みすみすそのチャンスを逃した。脳天気この上ない。領土問題は、体裁ではないのだ。取るか取られるかなのだ。実効支配されてしまったら、どんな屁理屈を並べても終わりだ。

 今懸念するのは、尖閣諸島問題だ。嘗て日本の右翼団体日本青年社が、26年間に渡り、魚釣島に灯台をたて実効支配によって守り抜いた。もともと歴史的にも、尖閣は日本領土なのだから当然だ。日本政府がしないのだから、一民間としては英雄的な行為だと私は、石原知事同様思う。だが、小泉政権下、尖閣を日本政府はきっちり守り抜くという条件で、日本青年社という政治結社は、日本政府に魚釣島の実効支配権を移譲し静かに身を引いた。ところがだ、政権が変わり、アメリカとの関係がギクシャクしだしたら、中国が乗り込んできた。それはそうだ。魚釣島一つで、経済的に大きな違いがあるのだ。歴史なんか関係ない。遠慮なく掠め取りに来る。別に、中国が日本を敵視するためにしているのではない。彼らは生き残りのために、資源確保に奔走する。理屈ではない。取るか取られるか、そして、そこに日本がいただけなのである。

 日本側は、まるで中国側が日本を無条件に敵国視しているようにとらえた対応をしているが、それは大きな間違いだ。中国側だって、韓国だって、屁理屈であることは自分たち自身が一番良く知っている。知っていながらそうしてくるのだ。それが領土問題ということだ。結局は、山賊が縄張りを取り合うのと変わらない。そのことを、日本政府も日本人も理解するべき。綺麗事をいくら並べ立てても、腹は満たされないのと同じことだ。このままだと、尖閣列島が中国によって実効支配されてしまうのも時間の問題だ。そうなれば、政府の責任は大きい。国民は黙っていない。いや、それでも、この国の国民は、騒ぐだけで何もしないのかもしれない。困ったものだ。

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 次のページ ]


.
sei**ikai_*lub*0*6
sei**ikai_*lub*0*6
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

標準グループ

過去の記事一覧

検索 検索

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
10/31まで秋の行楽キャンペーン実施中

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事