|
安倍総理の外遊と総理の資質
2013年5月4日
安倍総理が2012年12月26日に就任してから半年が過ぎた。ハッキリ言って、ここまでは期待通りだ。小泉総理以来、日本にはいないアメリカ的な行動力と決断力のある総理として、着実に実績を積み重ねてきた。このままいけば、長期政権も夢ではない。
一番の評価点は、有言実行ということではないか。理屈は言わず黙って実行する。その姿に、国民は少なからず満足感を得ている。本来、一国の元首というものは、こうあるべきである。
しかし、今までの日本政治という土壌では、こんな総理が生まれなかった。勿論、形は違うが田中角栄のような行動力のある総理も存在した。だが、アメリカを始めとした欧米諸国からも、理解されるような総理大臣は残念ながら小泉元総理をおいて他にはなかった。
先日起こった猪瀬東京都知事によるニューヨーク・タイムズ紙での失言問題も、外遊先のイスタンブールでナイス・フォローした安倍総理の機転。正に、波に乗っており、全てが上げ潮という感じがする。このまま調子よく進んで行ければ、憲法改正、九十六条問題も、乗り越え成就するのではないか。
外交問題でも、迷わず不言実行を貫き通している。尖閣問題にしろ、北方領土問題にしろ、安倍政権下で、ある程度の方向性がでてくるのではないかと思う。
政治はタイミングが非常に大切だ。タイミングを逸しては、成ることも成らなくなる。政治家の大きな資質の一つに、チャンスを掴む力がある。逃さずチャンスを掴み、間髪を入れずに行動することで、結果を導き出すということだ。熟考することも大切だ。だが、熟考し過ぎてタイミングを逸してはダメなのだ。そういう意味でも、安倍総理は総理としての資質、チャンスを掴む力を持っている。そして、行動する力も兼ね備えている。
これが、第一次安倍内閣では、同じことは為せなかったであろう。二度目の覚悟が、安倍総理を一回りも二回りも大きくしているように思う。そして、そのことが日本にとっても、良い方向に働いている。
今回の外遊で、そのことを見て取ることができた。そもそも、他国の元首特にアメリカの大統領と比較すると、日本の総理は今まで手枷足枷で、トップ・セールスを為せた首相がいなかった。一つには、日本人独特の変な柵と遠慮が、そうさせていた。だが、今回の外遊では違う。これは、大いに評価すべき点である。
そして、水面下では、武田二十四将よろしく、閣僚陣を世界中に派遣して二の手、三の手を打っている。この戦略は非常に有効であり、その結果は後に必ずでる。大いに期待したい。
|
安倍新政権
[ リスト | 詳細 ]
|
中川秀直幹事長発言にみる安倍内閣の結束力 |
|
秘書の力量・才覚が政治家の運気をも左右 2006年12月14日 郵政造反議員復党以来、安倍政権と自民党の支持率が急減している。自民党執行部の多くの古株議員は、「支持率の上下は世の常、気にすることではない」また、「今までが、良過ぎただけ」などと負け惜しみを言っている。しかし、本当にそうであろうか。非常に大きな疑問が残る。 一昔前であれば、そういうことも言えたかもしれない。しかし、小泉前政権によって、国民は目を覚ました。そのことを忘れると、手痛いしっぺ返しを被ることにもなりかねない。先の郵政解散総選挙では、今までの自民党的選挙戦とは違い、政策論争に根ざした選挙戦へと変革した。それは、選挙方法というテクニカルな部分も多少はあるが、国民の意識を変革させたということの方が大きかった。そのことは目に見えないことなので、多くの自民党古参議員達は、その辺の見識を誤っている。言い方を変えれば、国民を馬鹿にしていると言っても過言ではない。もう、自民党が戦後60年繰り返してきた政治手法は通用しない。有権者は、組織の言いなりになり、操り人形に成り下がったりはしない。そのことを見誤れば、来年の参議員選挙で自民党は大敗するであろう。有権者である国民の政治に対する意識の変化が、郵政造反議員復党以後の安倍政権と自民党への支持率に表れていることは間違いない。 安倍政権の支持率低下には、もう一つ原因がある。それは、秘書である。小泉前首相と安倍首相の大きな違い、それは性格やら人間性も当然のことながらある。また、それぞれが育った環境や政治家としてのこれまでに積み重ねてきた歴史や彼らの背景や環境に寄るところも大きい。だが、一番大きな違いは、秘書である。 確かに、小泉前首相は、非常に勇気があり、ある意味独裁者的な強さを持っていた戦後政治の中でも際立った特異な存在であった。ああいう性質の政治家は、大抵の場合、永田町という魑魅魍魎が巣喰う魔界では、異端児として窓際に追いやられてしまうものだ。ところが、首相の座を手にした小泉氏は、彼の特異な性質を、一転効果的に作用させ人々の支持を得ることに成功した。非常に稀なケースであった。 安倍首相の政治家としての資質も、勿論劣ってはいない。安倍首相も優れた政治家だ。ただ、大分、小泉氏とは違う。安倍首相は、強さも持ち、強運も持ち、強い支持基盤も持っている。だが、根底の部分で良識人であり、ある意味紳士なのである。悪い言い方をすれば、お坊ちゃんであり、シガラミを多く背負ってしまっている。しかし、そういうことは、普通永田町ではプラスに働くことが多い。安倍首相の場合も、今まではそうであった。ところが、首相に就任したと同時に、そのようなシガラミが足枷になり暗転してしまった感が否めない。 当初は、非常に良かった。北朝鮮の核実験、訪中、訪韓等チャンスを手にし、予想以上に強運であるように思えた。しかし、時が経つにつれ、そのメッキが剥がれてきてしまった気がする。メッキが剥がれたといっても、安倍氏がまがい物という意味ではない。安倍氏は、本物の良い政治家であると私は思っている。ただ、政治家というのは、一人ではどうにもならないのだ。小泉前首相以上にシガラミがあるのであれば、それを周囲の人間すなわち秘書が、調整し露払いをすれば良いだけのことである。簡単なことのように聞こえるが、実はこの裏舞台が政治の本舞台なのである。裏を上手く調整できる政治家が、大物政治家として世間から認知されることになることは、歴史が証明している。そして、その裏舞台を仕切るのが、縁の下の力持ちである秘書の仕事なのだ。 政治家の運命は、秘書次第と言っても過言ではない。小泉前首相の強さは、やはり飯島秘書官の存在にあった。そのことは、誰もが認める事実である。勿論、小泉前首相の力量や勇気も素晴らしかった。しかし、その小泉前首相の思いを遂げさせるために、どれだけ水面下で飯島秘書官が調整や根回しをしていたことか。それは、腕力や強引さだけではダメなのだ。緻密な計算と、人をたらしこむ才覚がなければならないのだ。そういう意味では、小泉−飯島コンビは、戦後の日本政治に於いて、最高の二人三脚であったように思う。故田中角栄氏と早坂秘書とのコンビなども有名であるし、故竹下登氏と青木秘書(現参議院議員)とのコンビも名コンビであることは間違いない。日本の戦後政治を動かしてきた。しかし、小泉氏と飯島秘書とのコンビには、どのコンビも敵わない。私は、そう思う。 残念ながら、安倍首相は、この部分で小泉氏に敵わない。安倍首相の井上義行秘書官も立派な方であろう。しかし、やはり飯島氏には敵わない。そして、安倍氏と秘書の関係も、小泉氏と飯島氏の関係には敵わない。小泉氏と飯島氏があれだけ緊密な関係を築けた大きな要因の一つに、小泉氏が男鰥夫(おとこやもめ)であったことがあると私は思っている。小泉氏が独り身だからこそ、飯島氏との連携を緊密に築き続けることができたのだ。という意味では、小泉−飯島コンビに敵うコンビはないということになる。 政権下、いくら閣僚達が総理の仲間であり配下であると言っても、所詮身内ではなく連合軍でしかない。100%の信頼をもつことはできない。そうなれば、水面下での調整を任せても、必ずしも総理の思惑通りにことが運ぶとは限らない確立もでてくるといえる。だが、秘書が、水面下での調整をし、露払いをしてくれれば、それは限りなく100%に近い状態で、総理の思惑を現実のものとすることも可能になる。ここのところが、小泉首相と安倍首相の大きな違いであり、国民の支持率が低下しだした原因の一つであると思う。当然のことながら、国民は、そんなことは知らない。しかし、上記したような小泉体制と安倍体制の違いが、結果として支持率に表れていることは間違いない。これからが、安倍氏の首相としての正念場である。今後の、井上義行秘書官による水面下での活躍に期待したい。
|
|
「庶民の常識」に重点 自民党幹事長 中川秀直氏 読売新聞2006年12月1日朝刊より 安倍首相が揚げる「開かれた保守主義」は、庶民の常識的な文化、伝統、歴史を大切にする部分と、民主主義など普遍的価値観を大切にする部分から成り立つのだと思う。戦後60年を経て、日本の文化、伝統、歴史と、世界的な共通の価値観が結合し、完全に保守すべきものになった。 「庶民の常識」について語りたい。保守主義は、常に庶民の常識に回帰することだと考える。理想主義に向かおうとするのは保守ではなく、革新勢力だ。世界の歴史を見ると、これらは、上からのエリート支配と一体となり、大半が独裁政治になった。庶民の常識は、こうした支配に対する抵抗手段だ。日本の場合は極めて強固で、そのせいで革命も起きず、現実主義的な政治が行われてきた。 軍部と戦った保守政治家は、どちらかというと鳩山一郎氏の民主党に入った。反軍部の官僚は吉田茂氏の自由党に来た。両方とも「反軍」で共通点があり、庶民の常識を代弁して自民党ができた。鳩山氏が日本という国家の栄光を重視したのに対し、吉田氏は経済復興を重んじた。当時の庶民の常識は、経済的に豊かになることだったので、自由党系の政治家による時代が続いた。ただ、庶民の常識は本来、上からの近代化の装置である官僚制と相いれない。真の「保守本流」ではなかったのではないか。 今、庶民の常識の力点は、心の豊かさ、共同体の存立などに移りつつある。庶民の常識を指針とする保守の時代だ。 上からの近代化に依拠している人もまだ大勢いる。だが、「約束したことをやります」というマニフェスト(政権公約)政治の時代になった。マニフェストを守らなければ、庶民は“反乱”を起こす。民意の動きを、目を凝らしてみるべきだ。 非常に分かり易く、中川氏の現在の心境、即ち政府の姿勢が表れている文章であるように感じられたので、転載させて頂いた。
|
|
訪韓が訪中に優先される可能性が高まる 2006年10月1日 先日、このブログでも書いたが、安倍新政権設立直前より、俄かに安倍新総理訪中の動きが出てきていた。水面下で、両国の関係者による安倍新総理訪中の準備が進行している。かなり早い時期に、訪中が実現されるであろう。多分、10月中には、暫く途絶えていた日中首脳会談が実現することは間違いない。 そんな日中の動きを逸早く察知し、藁をも掴む思いで、韓国も日本政府へ対して訪韓のアプローチをしてきた。訪中の流れに横槍する形で、急遽訪韓が現実化を帯びてきた。この来る10月8日に訪韓ということが、実しやかにあちらこちらのメディアで取沙汰されている。これは、かなり信憑性が高い情報であるように思われる。ことによると、訪中の途上、訪韓するという形になるのかもしれない。本来であれば、訪中の話の方が先行していたわけであるし、色々な両国間の事柄を配慮すれば、訪中が先であってしかるべきはずである。しかし、ここにきて、訪韓の方が優先されそうなことには、複雑な事情が色々とあるようだ。 中国にしても、韓国にしても、小泉政権下では、靖国参拝問題を盾に、一貫して両国の首脳会談を拒否し続けていた。だが、その実、内心では早期首脳会談実現を待ち望んでいた。やはり、どちらの国にとっても、本音の部分では、日本との協力関係が必要不可欠なのである。ところが、左派寄りの日本人達や多くのメディアが、必要以上に小泉前首相の靖国参拝問題を吹聴してしまうので、退くに退かれぬ状況が続いてしまった。だが、首相交代というチャンスに、軌道修正をしてくることは想定内であった。このような状況下、総裁選も中盤、安倍新総裁誕生が確実化した頃より、中国側から日本側に新首相による訪中のアプローチが非公式に水面かであった。そして、日本側も、ここ数年の蟠りを度外視して、そのようなアプローチを速やかに受け止めた。その結果、非常に早い段階で、水面下での新総理による訪中の準備根回しが両国間で始まったのであった。 ところが、その間、盧武鉉大統領は訪米し、ブッシュと会談もしていた。だが、相変わらず親北朝鮮的なスタンスで、盧武鉉は強気の姿勢を崩さなかった。しかし、アメリカの対応は、想定外であった。端的に言えば、勿怪の幸いとばかりに、盧武鉉側の言い分を聞き入れ、韓国とは縁を切ると言わんばかりに、そっけない対応をとってきたのだ。アメリカにとって、今までは、アメリカ人の税金を使って軍隊を韓国に駐留させ、休戦協定下での朝鮮半島の平和維持に努めてきた。しかし、そのような駐留米軍を評価せず、韓国が望んでいないならば、そして、北朝鮮との距離を縮めたいのなら、どうぞご自由に、そのかわり、アメリカも順次韓国の駐留米軍の比重を少なくし、負担を軽減する方向にでる旨を韓国政府に即座に伝えた。その方が、アメリカにとっては負担が軽減され良いのだ。大体、北朝鮮との交渉に当たっても、万が一のことがあれば、北朝鮮が「死なば諸共」でソウルを攻撃してくることは、軍事戦略上の常識である。今までは、そのことがあるから、常にアメリカ軍は二の足を踏んでいた。例えば、クリントン政権下でこの上ない程緊張が高まった際も、軍事行動に打って出る一歩手前で踏み止まった。しかし、盧武鉉の主張を受け止めれば、今後、その必要も、責任も、アメリカにはない。アメリカ政府は、そのように受け止め、韓国政府へ対して即座に返答をしてきた。そのかわり、今後は、韓国独自で防衛に必要な兵器を揃え、平和維持に努めてください、とアメリカは韓国へ対し三行半を下したのだ。 盧武鉉は、強気であった。しかし、いざアメリカから見捨てられることが現実味を帯びてきた現在、対外的には未だに強気な言動を繰り返しているが、その実心中は穏やかではない。そして、密かに、態度は一転した。韓国民の盧武鉉大統領へ対する失望感は、過去例をみないほど低い大統領支持率として証明された。そして、盧武鉉自体も、ことの重大さにやっと気付いた。気付くのが遅すぎである。盧武鉉の政治能力の低さと、一国のリーダーとしての指導力の無さを、露呈しただけであった。このような状況になれば、韓国が生き残るためには、やはり日本に擦り寄り、アメリカとの仲介を頼むしかない。言い方を変えれば、もうハッタリはきかないのである。アメリカ、日本、中国で取ろうとしている、対北朝鮮政策に同調しなければ、韓国が今の経済的繁栄を維持しながら平和を確保する道は、間違いなく閉ざされてしまう。初歩的な洞察力で十分判断可能な事柄であったにもかかわらず、盧武鉉は判断を誤った。そして、判断ミスであったことに、やっと気付いたのだ。アメリカは、既に盧武鉉を味方だとは思っていない。現状、東アジアに於いては、金正日に次ぐ厄介者という受け止め方をしている。既に、アメリカの眼中からは外された。いや、それどころか、できれば出来るだけ早い段階で、盧武鉉を視界から外したい存在とすら考え出している。 このような状況を、遅ればせながら察知した盧武鉉大統領は必至である。何とか、アメリカの機嫌を損ねぬようにと。だが、「時は既に遅し」である。よって、安倍新首相へ対し、訪中前の訪韓を形振り構わずアプローチしだしたのだ。 日本側にしても、韓国側からそのようなアプローチがあるのであれば、拒絶する理由はない。それに、北朝鮮問題を考慮すると、訪中前に訪韓しておいた方が、訪中した際、より具体的な対北朝鮮問題解決の糸口を掴むべき話し合いができる。そのような配慮もあり、訪中前に訪韓を優先させるという動きに、俄かに軌道修正されたようである。しかし、まだ、現状では、本当に訪韓を優先させるか否かは定かではない。それこそ、安倍新首相のみぞが知るというところだ。彼の判断次第というところである。 どちらにしても、ここ数ヶ月の、安倍新政権による、中国と韓国への対応が、この一年の安倍新政権の動向の鍵を握ることは間違いない。そして、この一年が、北朝鮮問題に関しても大きな山場になり、安倍新政権の行く末を占う上でも重要な時期になることは間違いない。
|


