政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

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この世の不思議(喪服の脱げぬ日々)
2007年3月23日

 この世の中には不思議なことが沢山ある。こんなにも長きに渡り人が生をこの世に受けてきても、まだまだ我々人間の知恵の及ばぬ世界があることを、時として思い知らされることがあるものだ。人の生き死にということもその一つである。

 亡父が他界した四年前にも、同じようなことを感じたことを思い出した。癌と長年家族共々闘ってきた亡父も、私達家族も、心の片隅のどこかで、近い将来必ず「別離の時」が来ると覚悟はしていた。にもかかわらず、実際にはやはり人が一人亡くなると、不意を突かれたように度肝を抜かれてしまった。それだけではない、付随して不思議なことが次から次へと起こった。

 昔から、よく、人の生き死には潮の満ち引きが関係ある、などと言われている。確かに、何かの因果関係があるような気もする。それが、潮の満ち引きなのかは定かでない。しかし、生あるものが亡くなることが、時として続くということがあることは確かだ。亡父の時もそうであった。顧問弁護士の先生をはじめ、長年亡父の身近にあった人々が、予期せずして立て続けに亡くなった。まるで、最初に逝った人、即ち亡父が皆を道連れに引っ張っていったかのように芋づる式に、数人の亡父の親しき人々が亡くなられた。あの時も、不思議を感じた。

 そして、先週からの一週間、いや、このままいくと10日間が、また4年前と同じような状況になりそうだ。来週予定されている祖母の七回忌が終わるまでは、喪服が脱げぬ様相である。

 先週の木曜日、俳優の船越英二が亡くなった同じ日時に、母方の伯父が亡くなった。84歳の亥年生まれで、今年は年男であった。故船越氏は誕生日であったというが、伯父は誕生日の三日後であった。日蓮宗の僧侶であった。朝のお勤めの最中に心臓発作で突然他界したという。甲府で、大きな寺の住職をしていたので、多くの僧侶に囲まれての密葬であった。私も、家族共々月曜日の夜まで東京を離れていた。その帰路の車中、新たなる訃報が立て続けに入った。

 一件は、遠縁の親族の訃報。そしてもう一件は、私が非常に親しくさせて頂いている御方の御身内が立て続けに御二人も亡くなられた、という報せであった。通夜、告別式に参加させて頂くため、一昨日東京を離れ、昨晩帰京した。

 何を隠そう、明日明後日、またまた通夜と告別式がある。これでもか、というように続く。明後日は、友引だというのに告別式があるという。彼岸であるとはいえ、そんなにも寺社は多忙なのか。これもまた、人智の及ばぬ不思議であるような気がしてならない。

 やはり、潮の満ち引きなのだろうか。不思議、不思議、実に不思議である。来週は、祖母の七回忌がある。これで打ち止めにしてもらえるよう、今朝は珍しく願を込めて仏壇に手を合わせた。普段、「神仏を敬い、神仏に頼らず」を実践している私だが、これ以上身近で不幸が起こるのは御免とばかり、思わず願をかけてしまった。お亡くなりになられた皆様のご冥福を、心底よりお祈りさせて頂き、筆を置くこととする。 合掌

歴史は繰り返される

歴史は繰り返される
2007年2月9日

 早いもので、新年が明けて既に一月(ひとつき)以上の月日が流れ去った。今年は、年男ということもあり、新年早々鼻息荒く、褌の紐を締め直し、一歩を踏み出した。確かに、色々な変化が表れている。自分の意識の元に為される変化もあるが、見えない力によって導かれる変化もある。不思議な気がしてならない。

 今まで、亡父が他界して以来四年間、どうもがいても、どうにもならなかったことが、自然と解決の方向に向かったり、本当に不思議である。自分では、自然と解決された、と思っているが、実は、自分を取り巻く人々の力によって動かしてもらい、変化させてもらっているのだろう。私は、そう思っている。人は、本当に一人きりでは生きていけない生き物なのかもしれないな、などと最近は思うようになった。元来、独りで妄想に耽るようなことも厭わない性格ではあるのだが、そんな性質とは関係なく、やはり人というのは、人によって生かしてもらっているのかもしれない。

 よく、「歴史は繰り返す」といわれるが、正にその通りだと思う。国の歴史は勿論、一個人や家族、一族の歴史も然り。おやの代で経験したこと、自分の子には同じ思いをさせぬよう意識して頑張っても、結局同じようなことが繰り返される。ある意味、それぞれの血の中に、それぞれの学びとしての試練がDNAとして生まれながらに組み込まれているのかもしれない、などと最近は思うようになった。少々抽象的な説明しか、この場ではできぬが、要は、好い事も、嫌な事も、不思議なぐらい自然に繰り返されるということだ。

 私が中学の頃、人一倍ガンバリ屋の亡父であったが、亡父の力の及ばぬ見えざる力に翻弄され、倒産、差し押さえ、家の占拠、競売、と色々なことを経験した。しかし、今から思い返してみると、亡父を恨んだりしたことは一度もなかった。何とか、亡父の足手まといにならぬよう、そうして一助にならなければと若輩ながら思ったものだ。そして、そこには、案外、運命に翻弄されながら常軌を逸した経験を多々することに、不思議な興奮さえ覚えていたような気がする。「こんな経験は、お金を払ってもできない」「世の中、こんなことか」などなど、色々なことを思ったことが、鮮明に蘇ってきた。

 私は、そんな一般に言われる嫌な経験からも、色々なことを学んでいたような気がする。間違いなく、学校の勉強よりは、そのような経験をすることを好んでいたような気がする。劣等感や、辛かったがそんな経験をすることが嫌であったという記憶はない。まあ、亡父が、そんな気持にさせないよう、陰ながら頑張っていたのかもしれない。お陰で、それらの経験は、私の血の中に、「勇気」という形で、亡父から継承されたような気さえしている。

 ところが、そんな私でさえも、自分の子供達には、絶対同じような経験はさせまい、と自分の経験に照らし合わせずっと思いながら生きてきた。特に、子供達が中学になる頃は、気をつけなければ、とずっと思って生きてきた。何故なら、運命論者ではないが、昔から、歴史とは小さなことも、大きなことも、繰り返される、と私は心中思ってきたからだ。だが、そんな思いも虚しく、やはり歴史は繰り返された。

 しかし、この歴史が繰り返されるということには、天の大きな力が働いているような気がしてならない。それぞれの人間に与えられた性質と運命により、天がそれぞれの人間に相応したそれぞれ違った試練を与えているのかもしれない。そんなことを最近思う。

 私の経験とは少々違うが、やはり中学になった子供達に、同じような経験をさせることになってしまった。楽天的な私は、人生とは波乗りのようなもの、高波もあれば、凪もあり、波間に落ち込むこともある、などと暢気なことを思って生きている。だが、果たして我が子達は、今経験していることを、どのように捉え、どのように自分達の血肉にするのであろうか。申し訳ない気持と楽しみな気持が、私の中で複雑に錯綜している。

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