政財界倶楽部(恩田将葉見聞録)

若者達がジャパニーズ・ドリームを夢みれる国を願い、「政治をもっと身近に!」というスローガンのもと、日本人に愛国心を喚起する。

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思うこと・・・

思うこと・・・

フェイスブックはじめ、
色々なブログ・サイトで、
様々なことを思いつくままに書いているが、
一つだけ思うことがある。
色々な考え方があり、
色々な人々が集っているが、
例え生まれ育ちが違っても
国籍が違っても、
肌の色が違っても、
男でも、
女でも、
職業が違っても、
お金持ちでも
貧乏でも、
家族がある人でも
ない人でも、
思想信条が違う人でも、
皆この地球上に生を受けて暮らしている人は、
この地球今日に生きている人は、
皆兄弟姉妹のようなもの。
例え考え方が違えども、
皆仲間である。
議論するのは良いことだが、
そのことによって、
仲違いをしたり、
誹謗中傷したり、
暴力に訴えたり、
テロ行為をしてり、
いじめたり、
差別したりすることは、
決して許されない
良くないことである。
私は、
そのことを信じ生きている。
人は、
皆平等で、
公平に扱われるべき。
そうすれば、
この世は平和になるはず。
なれるはず。
そう信じて
これからも生きていきたい。

エネルギー問題に関して思うこと
2012年6月2日

 最近思うことがある。3.11以来、巷では原発反対と声を上げる人々が多くなった。勿論、原発が100%正しいとは言わない。だが、無条件にただ反対だけしてよいものだろうか。もっと、他のエネルギーと比較して、同時にその比較の中でそれぞれのエネルギーの可能性と短所をよく精査して、最終的な結論をだすべきであると思うようになった。確かに、原子力発電に対しての短所は多い。だが、火力発電等にだって短所はある。シーオーツーの問題然りだ。オゾンホールは、ある意味人間の力ではどうにもできない自然に起因する問題だ。そういうことも加味して、結論をだすべきではないかと思う。勿論、我々に人間への影響と安全性は最優先である。だが、その上で、太陽系に帰属する地球に生きる我々にとって、もっとも自然で適切なエネルギーを模索するべきである。そうはいっても、需要と供給のバランスもある。感情論で、何もかにも「反対」「反対」というのではなく、冷静に一歩退いて、エネルギー問題を真剣に熟考するべき時来ているのではないか。私はそんな風に思う。

年賀状

年賀状
2012年元旦


新年明けまして おめでとうございます。
        旧年中は大変お世話になりました。

  昨年は、3.11の大震災をはじめ、太陽の50年周期の影響か、天変地異が世界中で頻発し、波乱万丈の一年であった。個人的にも、前半は被災地取材とボランティアに明け暮れ、8月に脳梗塞と脳内出血で倒れてからの後半は、リハビリと再発防止に明け暮れた。日本は、政治も混迷を極め、市井の人々は、多くの痛みを感じなければならない厳しい状況であった。にもかかわらず、政治家はといえば、民意そっちのけで自分勝手に政争を繰り返し、被災地復興や被災者たちの声を後回しにした。政権交代を旗印に2年間民主党政権を黙って見聞したが、もう限界だ。更なる政界再編のみが、この国を救う途。大志を抱き、愛国心を大切にし、民意を等閑にせず、身を粉にしてくれる政治家のみを超党派で結集させるべきである。そのためには、我々市井の人々が声をあげることこそ肝要だ。永田町に長く巣食う垢に塗れた魑魅魍魎にはいい加減三下り半をくれてやること。この国を真から愛する政治家のみが永田町に生き残るべき。そして、それができるのは、我々有権者だけなのだ。新しい年も、宜しくお願い致します。

慣れないスローライフ

慣れないスローライフ
2011年10月24日

 脳梗塞を患って以来、柄にもなくスローライフを実践している。ご存知のように、血圧が上がることを極力抑えなければならない。生まれて初めて血圧降下剤を服用している。今までは、血圧が高いのでと言われても、この薬飲みだせば死ぬまで服用しなければならないと、食事療法などでごまかしていた。二年前の膵炎による多臓器不全の際には、自然に血圧が下がり喜んでいた。ところが、忘れていたころに、今回の発病。気付けばやはり昔のように、上が200前後、下が110以上という驚異的な血圧を記録していた。死にたくなけりゃ、と医者に脅かされ遂に血圧降下剤を服用するようになった。調子は悪くない。だが、気候の変化や気圧に血圧は左右されるようで、季節の変わり目の今は、何だか知らないが不安定だ。

 そもそもせっかちな性質の私にとっては、このスローライフというヤツがえらく厄介だ。脳に傷があるとかで、再発防止と癲癇発作予防のため、運動も極力控えるようにと言われ、全ての運動を我慢している。食欲だけは以前同様旺盛で、散歩も出来ない状態なので脳以外の身体が悲鳴をあげている。人間の身体というのは、こういう風にしてバランスを崩していくのだなと実感している。どこかを庇い過ぎれば、どこかに支障がでる。結局はバランスが重要なのだ。死期は運命だ。死ぬ時は死ぬ、そんなことを思いながら、少しだけ行動範囲を広げている。筋肉がつるようになってしまったので、ほんの少しだけバーベルを上げてみようかなと思っている昨今である。

 車の運転も、渋滞などで血圧が上がると危険なのでと止められた。だが、歩くのダメ、車もダメ、何もダメ、かにもダメと言えば、言うのは簡単だが生活がなりたたなくなる。子供たち二人を抱えた我が身には、無理という相談だ。結局、隠れて車を運転し、仕事も少しずつ始めている。よっぽど貯金でもあるのなら別だが、人間働かずに生きてはいけない。お医者様は、私の身体を大切に思ってくれてのアドバイスをしてくれているのであろうが、そこが何ともジレンマだ。

 せっかちな私は、そもそももともとは競歩のように速足であった。短期でせっかちで、脳の為にはまったくよろしくない。私は、外見は実年齢より随分と若く元気であると自負してきた。だが、蓋を開けてみると、脳の中身、脳年齢は実年齢よりも随分と老化しているとのことだ。担当医に開口一番忠告された。「このままいけば還暦は迎えられない。脳に負担を掛け過ぎ。無理をし過ぎだ。長生きしたければ、スローライフを心掛けるように。次に起これば障害は重く、命もないだろう」そう宣告されてしまった。少々、自分でも驚いた。まさか、誰よりも若いと思っていたので、言葉が出なかった。まあ、思い起こしてみれば、二人の子供を抱えて、仕事や家事全般や、あまりにも忙しく生きてき過ぎた。だが、苦でもなかった。苦でもないと言えば嘘になる。だが、可愛い子供たちのことを考えれば、屁でもなかった。

 偉そうに、人生の第一ステージ、第二ステージを終え、子供たちの巣立ちの時が目前に迫り、人生最後のステージ、第三ステージに突入だなどと言っていた矢先の出来事だ。正直、自分自身が度肝を抜かれた。「嘘、何で?」という正直な心の声だ。これから第三の人生と思っていた矢先のことだ。人生とは、本当に一寸先は闇だ。何が起こるかわからない。二年前の大病で、神様は喝を入れてくれたのだと思っていたが、まだ教訓が必要であったようだ。だが、それでも生かしてくれた。死を迎えることもなく、障害を負うこともなく、多少言葉を失っただけで、十分リハビリで立ち直るチャンスを与えてくれた。これは、奇跡だ。感謝しなければ。まだ、死ななくていいというお告げだろう。ただ、今までとは違い、ゆっくりと地に足を付けてということなのだろう。

 最近よく思う。あまり後先考えても、死ぬときは死ぬ。それなら今この時を一生懸命生きようと。だが、身体が付いてこない。実際には付いてこないのではなく、身体をいたわらないといけない。困ったことだ。中身の精神は活き活きしているのに、身体は中古のおんぼろ状態になりつつある。参ったものだ。それでも、与えられた自分の環境の中で、精一杯頑張るしか方法はない。無理せず、騙し騙し健康に留意しながら一歩を進めなければならない。まだまだくたばるわけにはいかないからな。思えば、結局のところ、私の人生、子供たちによって意味を与えられたようなものだ。そんなことを思う、今日この頃だ。その子供たちも、巣立ちの時に向かって秒読みが始まった。スローライフといいながら、まだ秒読みだなんていっている。ダメだな俺は。(笑)

脳梗塞顛末記 続々編

脳梗塞顛末記 続々編
2011年10月23日

 どうしても、直近の物事を忘れてしまう傾向は、脳梗塞後にある症状の一つかもしれない。以前だと、書くことが頭の中で構成することができていたのだが、以前同様構成するのだが、それを直ぐ忘れてしまう傾向がある。それが、ある意味、私の仕事にとっては、障害となっているかもしれない。気になっているところは、日々つける日記だ。日記の記載が、少々大変になった。その日に何があったかを忘れがちだ。

 他にも、脳梗塞以前と以後では、いくつかの違いが出ている。例えば、聴力だ。ここ数年、いや継続的な頭痛を抱えだしてから、耳が非常に遠くなっていた。テレビをつけていると、家族から非難轟轟であった。ボリュームをこれでもかというほど大きくしていた。祖母でさえ、音が大きすぎと文句を言っていたほどだ。耳が非常に聞こえ難かった。それが、脳梗塞後、普通に戻った。不思議だ。ボリューム25程度で聞いていたのが、今では普通に12から15程度で聞いている。以前だと考えられなかった、ボリューム2〜5程度でも聞くことができる。不思議この上ない。

 担当医に言われ思い起こしてみると、1年以上まえから兆候がでていたはずだという。確かに、思い返してみると兆候があった。まず、兎に角継続的に左後頭部の変が非常に重く酷い頭痛が続いていた。ほとんどロキソニンを欠かすことなく常用していた。それと、3時間以上眠れなかった。寝たくとも寝れない。お蔭で、時間は有効に使えたが、熟睡ができなかった。鈍痛に頭を押し潰されそうになっていた。寝返りもうてず、ある方向に寝返りすると眩暈もしていた。車をバックで駐車すると、必ず同じ方向に車が曲がった。洗い物をしていて、コップ等を落とすことが、ここ2〜3ヶ月は非常に多かった。肩こりも酷く、どうやっても解消することができなかった。上気したような症状が、今から考えると兆候であったのだろう。間違いなく、異変が起こっていたのだ。ただ、自分では、それを異変とは気付かずにいる。そんなものだ。

 だが不思議なのは、何か予感を感じていたのかもしれない。7月14日に息子がボランティアでネパールに旅立ったのだが、その前夜、息子と娘を目の前にして、万が一のことがあったらと彼らに色々な話しをして聞かせた。お蔭で、彼らは心の準備ができており、実際息子は、言われていた通りに、入院直後から迷うことなく色々と動いてくれた。これは、非常にありがたかった。多分、本能的に、自分の身体に異変が起きていることを感じ取っていたのかもしれない。不思議な話しだ。また思い出したことがあれば、書き留めることとする。

 話は変わるが、私の場合数字が全滅でひらがなもほとんど失った。だが、幸い数字とひらがなだったので、比較的早くリハビリができた。当初は、本のページを開いたら、非常に不思議な情景が見えていた。あれは面白い経験だ。不思議の国のアリス状態だ。見える言葉と見えない言葉が躍っていた。1ページ読むのに、1時間以上掛かった。グルグルとページが回っていた。私の場合は、漢字は多く残っていたので全滅した数字も漢数字に置き換えリハビリした。不思議なのは、多分記憶されている場所がそれぞれ違うのだろう、アメリカのSocial Security Numberは、不思議なことに潜在的に記憶されていたのか、うわ言のように英語で言っていた。同じ数字だが、残っていた。不思議だ。人間の身体とは、不思議なものだ。今やっていることは、以前のようにスムーズに読書できるよう、全て読書は音読にしている。これは、かなり言語障害のリハビリに大きな効果があるようだ。このお蔭で、ほぼ初対面の人には、障害を気付かれることはない。周囲の人たちにも、まったくわからないと言われる。数字に関しては、紙に書けば直ぐに計算もできるようになったのだが、暗算は全滅であった。病院では、一日何回も暗算をやってもらった。私自身では、ipadを有効利用して早いペースで数字のリハビリも為すことができた。

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