|
1995年作品。 あらすじ・・・ 昭和40年代の初め。わたし一ノ瀬真理子は17歳、千葉の海近くの女子高二年。それは九月、大雨で運動会の後半が中止になった夕方、わたしは家の八畳間で一人、レコードをかけ目を閉じた……目覚めたのは桜木真理子42歳。夫と17歳の娘がいる高校の国語教師。わたしは一体どうなってしまったのか。独りぼっちだ――でも、わたしは進む。心が体を歩ませる。顔をあげ、《わたし》を生きていく。 自分が他人に入れ替わる映画「転校生」とか、過去に戻ってしまう小説「蒲生邸事件」とかあるが、自分自身が年取った形で目覚め、生きていかざるをえない小説は珍しいのでは。 それに作りようによっては、ハチャメチャなコメディにもできるのに、この小説はいたってまじめなのです。 まず、42歳の私を学校の先生に設定したことから、それは窺える。 17歳の高校生の心を持ちながら42歳の肉体、さらにまわりは同じ高校生。 このギャップをどう対応していくのか、挫けそうになりながらも自我を意識しながら健気に生きていく、いや生きていかざるを得ない主人公に、つい応援したくなってしまう。 17歳の私が42歳の私と向き合っていく。
そして、生きていく。 この不思議な対比関係は面白かった。 形を変えた青春小説とも言える。 北村薫さんらしい小説でありました。 次は「ターン」を読もうかな。 |
全体表示
[ リスト ]




「時間の人間」シリーズでは、圧倒的にこの作品がすきです。
しっかりと42歳の私に向かい合う高校生先生ぶりはしっかりと描けている点が良かったです。
2009/10/1(木) 午後 11:14 [ ひろちゃん2001 ]
ひろちゃんさん
3部作を「時間の人間」シリーズっていうんですか。まじめに向き合っている姿を描いた北村薫の力量ですよね。「ターン」も楽しみです。
2009/10/2(金) 午後 10:31
本書がうまいと思ったのは、主人公の二人が女性であるという点です。女性にとって恋愛、結婚、出産、育児は大変重大な出来事。人の記憶は曖昧で掌にすくった砂のように零れ落ちていくものですが、一番大切な時期を忘れてしまい老いるということは辛いことです…。
トラバ返しさせて下さいね。
2009/10/6(火) 午後 1:15
金平糖さん
いや〜、ほんと女性の大事な出来事が抜け落ちていることには全く気がつきませんでした。今17歳の彼女は、そのことは考えもしないことでしょうね。今(42歳)から子供を産むのも厳しいでしょうから。10年後ぐらいに、その辛さを味わうことになるのでしょうか。
2009/10/7(水) 午前 0:50
上のあらすじにある通り“顔をあげ”ている姿が良かったですね。もっと卑屈になっても良さそうなのに、42歳からの人生を必死に生きる中身17歳の真理子さん。どちらかと言うと(いや明らかに^^;)真理子さんの年齢に近いのですが、まだまだ頑張れる!という力をもらえる作品でした。TBさせて下さいね♪
2010/1/12(火) 午後 11:09
紅子さん
前向きな主人公には頭がさがります。42歳の体をもった17歳の不思議感覚の青春小説でした。
2010/1/13(水) 午後 9:39