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2009年10月25日、フィルムセンター「生誕百年 映画女優 田中絹代」にて。 1944年度作品。 原作:菊池寛 脚本:河口松太郎 出演:河原崎長十郎、中村翫右ヱ門、生島喜五郎、田中絹代 解説によると・・・ 吉川英治の連載小説ではなく菊池寛を原作に仰ぎ、野々宮姉弟の復讐の物語としての「宮本武蔵」を構築した点ですでに異色である。ここではすでに達人となった武蔵が描かれ、一乗寺の決闘後から巌流島での佐々木小次郎との一騎打ちまでが盛り込まれている。 溝口監督の映画は、1シーン1カットによる登場人物たちが写し出される映像の中で、観ている方が、根負けしたかのように、本質的なものが、じわ〜と肌で感じることができる。 この映画でも、武蔵(河原崎長十郎)が彫刻を彫っているシーンなど長まわしのシーンは何回となく描かれていてそれはそれで楽しいが、今回そこから自分は何も見えてはこなかった。 それは、ひとえに、武蔵の人格に人間的な魅力がないので、長まわしであってもその人物にじわ〜という感情が湧き起こらなかったせいだろう。 武蔵(河原崎長十郎)は野々宮姉弟の復讐についても、姉の田中絹代に私的な復讐はやめなさいと言う。 田中絹代が「お師匠さんも佐々木小次郎と勝負するのも、私的な気持ちでは」と言われ、武蔵は「剣の修行のためであり、私的な感情だけで勝負するのではない」と言いきる。何かごまかしているようでいやなタイプだ。 立派な人物ほど、映画的には面白くない。 佐々木小次郎(中村翫右ヱ門)も野々宮姉弟の弟をわざと斬り、武蔵の怒りのボルテージを上げ、勝負する魂胆だけが目立ち、人物像の深堀りがされていないように思う。 一乗寺、巌流島の決闘と見せ場は多いはずなのに盛り上がりにかけ、娯楽映画でもなく、哲学的な映画にしては中途半端な印象がぬぐえないのは残念だ。 裸の弟が斬り殺されるシーンも血がまったく出ていないのは、リアリズムの溝口監督としてはどうなんだろうか。 それなら最初から着物を着ていればいいのに。 河原崎長十郎、中村翫右ヱ門と言えば、山中貞雄を思い出す。 二人ともセリフの言い回しがはっきりしていて、歯切れがいいが、今回は二人とも印象が薄い。 1944年ということで、戦争末期のため、タイトルクレジットの前に、戦争高揚的な文句が流れた。
厳しい感想を書いたが、この映画にも、そういう制限されたものがあったのかもしれない。 |

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この溝口版「宮本武蔵」は未見です。戦時中は国策映画を溝口も撮っていましたから、おそらく色んな制約の中で作品としての価値は少ないのでしょうが観てみたいですね。吉川英治原作でないというところも興味ありです。
2009/10/29(木) 午前 6:56
ヒッチさん
個人より公を優先することを意図した国策映画を強制されて作ったかもしれません。内田吐夢監督作品と見比べたら面白そうですね。
2009/10/30(金) 午前 0:09
当時の軍人は女狂いばかり.従軍慰安婦だけでなく、ビルマなどでは戦地まで芸者置屋を連れていって、将校は毎晩芸者遊びをしていた.
武蔵は兵法者.その彼が、女に未練があったと言って立ち去っていった.
兵法=戦争指導、女狂いには戦争指導は出来ない.
2016/4/12(火) 午前 4:56 [ bego ]
> begoさん
自分にはよくわかりません。
2016/4/21(木) 午後 10:45