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2010年1月17日、フィルムセンター「川喜多賞受賞監督作品選集」にて2回目鑑賞。 1952年度作品。 脚本:黒澤明、橋本忍、小国英雄 出演:志村喬、金子信雄、小田切みき、伊藤雄之助、渡辺篤、小堀誠、藤原釜足、田中春男、左卜全、
千秋実、日守新一、中村伸郎、山田巳之助、菅井きん、三好栄子、本間文子、関京子
あらすじ・・・市役所の市民課長・渡辺勘治(志村喬)は30年間無欠勤のまじめな男。ある日、渡辺は自分が胃癌であることを知る。命が残り少ないと悟ったとき、渡辺はこれまでの事なかれ主義的生き方に疑問を抱く。そして、初めて真剣に申請書類に目を通す。そこで彼の目に留まったのが市民から出されていた下水溜まりの埋め立てと小公園建設に関する陳情書だった……。 あまりに有名な映画。 みごとな構成。 つい、感動してしまった。 若い頃に1回目を観た時は、主人公が公園建設をさあ頑張ろうとするところで、いきなりお葬式になった。 感動のドラマにしなかったことの不自然さと、さらに死ぬことで覚悟を決めた主人公がみんなの役に立つ公園を造り、お葬式でみんなから褒められ立派な人だったと言われることにもどうも違和感があった。 今回2回目を観て、1回目よりもっと深い味わいを感じた。 絶望感の中、酒やストリップやパチンコなど夜遊びに明け暮れるが、何一つ彼にとっては満足できるものではなく虚しさだけが残った。 愛していた息子も妻にべったりで、自分のことは邪魔者扱い。 残り少ない命を、生き生きとして生きたい。 そんな折、市役所の部下だったとよ(小田切みき)と出会い、明るくよく笑い生命力がみなぎっているおとよのように生きたいと思う。 それが、たまたま公園を造ることだったのでは。 残り短い人生を有意義に生きたいために公園を造っただけではと、ふと感じた。 人のためにいいことをしようと考えて行動を起こしたということは後からついてきたことで、葬式の参列者が立派だと言うことも実は誤解では。 (すいません、ひねくれた感想になっています。) またいきなりお葬式にして、主人公が何故公園を造ろうとしたかを葬式の参列者が客観的に推測していく。 冒頭からナレーターを使っているのも、どこか冷静な目線を感じる。 単純な感動ドラマにせず、他人の証言で主人公を冷静に写しだすことで、主人公の気持ちをより深く感じることができた。 夕焼けを見て、美しいと囁いた主人公にも感動する。 自分が造った公園のブランコに乗り、やり遂げた満足感に浸りながら、嬉しそうに「ゴンドラの歌」を歌う志村喬には、どうしても涙してしまう。 人は何故生きているんだろうと、歳がいもなく、いまだにふと思うことがある。 そして、歳をとるとともに、生きがいを持たねばと強く感じるようにもなってきている。 音の使い方が抜群。 例えば、癌と分かった主人公がショックで朦朧としながら町を歩くが、まったく音がしない。主人公が突然車に気が付き、いきなり騒音になるとか。 志村喬と小田切みきが喫茶店の2階にいて、近くに誕生日会のパーティをやっている。
志村喬が公園を造ることを決意して、2階から下りてくる。 それとは反対に1階から誕生日会の主役が昇っていく。2階から友人たちが「お誕生日おめでとう!」と叫ぶシーンに志村喬を下からのアップで写す。 2回目ですが、このシーンはすごいと思う。志村喬への激励、歓喜をこんな形で表現する黒澤明はすごい。 |

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志村喬は少しやりすぎにも思えますが名作ですね。
女優の描き方が下手といわれる黒澤ですが、小田切みきの笑顔が印象に残ります。
黒澤作品では、「何を見せる、見せない」ことが如何に効果を生むかを思い知らされますよね。
本作では志村喬の臨終シーンを描かないことが実に効果的で優れた作品のように思えました。
2010/2/5(金) 午後 2:15 [ きらきらくん ]
くろさわさん
この映画で1番重要な小田切みき。
みなぎるような生き生きとした若さに、志村喬だけでなく自分も羨ましく思えるほどの素晴らしい演技でした。より効果的な音と映像を表現する天才でしょうね。そういえば志村喬の臨終シーンはなかったですね。まったく気になりませんでした。
2010/2/6(土) 午前 9:45
志村さんは、小田切さんとの最後のデートで、これ以上付き合わないでください、って言われた後、「どうしたら、君のように生き生きと生きられるか、教えてくれ」って、せがむ。
小田切は、ゼンマイ仕掛けのウサギを作っているだけよ、って、課長さんも、何か作ってみたら、ていう。
この瞬間、志村は、公務員は他所へハンコついて責任逃れするんじゃなくって、一つだけ自分の責任で稟議をやっつけよう。「バラバラ」になった組織を、逆回転しても良いから、自分で動かしてやろう。
静⇒動へ、否定から肯定へ、死を受け入れた、仕事するぞ、て決心をした。自分での解釈ですが、そこが良いです。
2010/12/1(水) 午後 6:37 [ moemumu ]
moe*u*uさん
そうですね、ことばにすると「生きがい」というものを見つけたんでしょうね。人は何かを持たないといけないと実感しました。かっこいい言い方をすると「生きている証し」でしょうか。考えさせられます。
2010/12/1(水) 午後 8:46
伊藤雄之助が「あなたの無駄に使った人生、これから取り戻そうじゃありませんか。私は、喜んで”メフィスト/フェレスの役をやらせていただきます。(ちょうどいい具合に、黒い犬がいる、案内しろ…」
ここから、パチンコ、大衆飲み屋、カウンター飲み屋、ダンス/ホール、って巡回するんだけれど、ダンス/ホールは、セットに100人くらい人集めて、”ようセット壊れなかった”黒澤監督の執念でしょう。
「この辺りの女性は、哺乳類の中で一番欲が深いんだ…」帽子を取られた志村に向かって、伊藤がそういう。
その後に、小田切みきが、”本当の純真無垢”の演技をやってのける。”伏線”がよく敷かれていて、シナリオの上手さが光ります。
伊藤雄之助って、この映画では、悪人ではないのですね。裁きの映画と最初思っていたけど、志村さんが”享楽”を経験して、死ぬ覚悟をして公園つくりに一生かける。小田切みきだけが志村に理解者だったんでしょうね。
「デマ倶楽部」これ川島雄三がやっていたパロデイ雑誌を黒澤がパクリをやった。黒澤って人は、案外お茶目ですね。
2010/12/14(火) 午前 4:35 [ moemumu ]
moe*u*uさん
黒ずくめの伊藤雄之助がいかにもメフィストらしく、快楽の遊びに徹しますね。おっしゃる通り、その対極にいるのが小田切みきで、その対比の演出がうまいですね〜。すいません、「デマ倶楽部」はよくわからないです。この映画に登場したのでしょうか。
2010/12/14(火) 午後 11:58
「デマ倶楽部…」って、最初小田切さんが、志村の仕事ぶりを揶揄するシーン(クスッと笑いを出してしまう、出だしの公務員の仕事場でのシーン)、セリフのみ登場します。(^_-)-☆
「誰かがこれ、回して回してきたんです」(ウソ倶楽部=”デマ”倶楽部の引用だと思います。
「君、一度も休暇をとらないんだってね」
「君がいなければ、ここ(市民課)は困る、っていうのかね?」
「いや、(僕が)いなくても、全然困らないって言うのが、わかっちゃうと困っちゃうんでね」
とっても”パンチ”の効いた皮肉で、よく公務員の官僚制度を皮肉っている。(官僚制度の、逆機能現象の皮肉)と、評論家は言ってました。
川島の”デマ倶楽部”は、一例を挙げておきます。(デマ歌壇より)
「松竹は千代に八千代に大メロのラブロマンスにかび生えるまで」
大船撮影所の”君が代”としてデマ雑誌を”発行”してたそうで、小津監督も、結構”オモロイ”って喜んでいたそうです。モチ、砧にも伝わっていたと思います。
2010/12/15(水) 午前 1:57 [ moemumu ]
moe*u*uさん
公務員への皮肉たっぷりですね。いまでも、そういう傾向が残っているような。。。。課長さんのあだなが「ミイラ」でしたね。川島監督の話とか、ほんとお詳しいですね。映画関係のお仕事をされていたのでしょうか。
2010/12/17(金) 午前 0:16
ちょっと、久しぶりですが…。
「公務員課長って、へそ曲がりで自分の利権守って仕事キープしてる」。この黒澤監督指摘は、正しいと思います。
タバコばかり吸う各所轄の課長、はっきり言って、人間の壁である。志村は、それでも粘って、無口スタイルで押し切りで公園建設を押し切る。小田切みきが言ったように「世界中の子供たちと友達になれる」…彼はそれをやってのけた。公務員の愚劣さが浮かび上がる独特のシナリヲでして、批判が現在でも当たっている。黒澤は、川島と並び予言者監督ではトップクラスですね。
2012/2/10(金) 午前 0:47 [ moemumu ]
moemumuさん
お久しぶりです♪ この時代から既得権みたいなもの、縦割り行政がはびこっていたんでしょうね。誰の為の行政なのか、ですよね。時代を見とおした先見性はとても大事なことですね。
2012/2/11(土) 午前 11:59
ちょっと、前回コメント、撤回します。
>「公務員課長って、へそ曲がりで自分の利権守って仕事キープしてる」。この黒澤監督指摘は、正しいと思います。
これ、公務員だけではない。普通の会社ならどこでもある意地悪感情。人間そのものをよく知っている。
黒澤監督、「野良犬」「天国と地獄」で公務員を”いじり”まくる傾向がある。たぶんに感情的なものもあるかも知れない。
(戦争中に意地悪されたリベンジかも知れません。)
ただ、公務員は小心者の集合体で、リスクとらない。たらい回し。「官僚制度の逆機能現象」、国民への公僕が、たらい回しを仕事にするとは。でもピッタリの指摘です。w
小田切が、「僕がいなくても、全然困らないって、分かっちゃうのが、困っちゃうのでね。(だから休まない)」というの、笑いました。
年齢を重ねて、理解深まる角度も変わる。やっぱすごい作品です。
2012/2/28(火) 午前 1:03 [ moemumu ]
moemumuさん
市役所のたらいまわしは自分も経験あるので、自分は納得の感想です。小田切みきのセリフは自分も笑っちゃいました。深いセリフです。なかなかこういうセリフは出てこないです。
2012/2/29(水) 午後 11:09
いろんな「腐女子?」が出てくるこの作品、小田切は、ストレートにこの線だせ、と黒澤監督は命令したそうな。
小田切の演技、この線をズンズン行って、それを上回るシーン(志村が、小田切に靴下買ってやる。それを、メチャ嬉しいというとこ。ここ僕は涙でました)。究極の屈折演出です。
映画って、好男子、美女を出すだけでは足りない。ヒッチくらいが成功したくらいです。
人間の出入り(グランドホテル形式)ではなく、これは「掘って…」、人間偉そうなこというやつ多いのを蹴散らかしている。
黒澤監督の”幼児性”が”不思議と1,000年ぐらい生きてる監督に見える。映画って、不思議ですね。
2012/3/31(土) 午前 1:20 [ moemumu ]
moemumuさん
この映画での小田切みきの存在はなくてはならないもの。志村喬と対極にある人間で、はじけぶりも見事でした。
2012/3/31(土) 午後 2:42
「生きる」の欠点は、最近分かりました。
「なぜ胃癌に罹ったか…」最近の病理医学では、「ピロリ菌」が原因の多くだという。
この映画では、そこは省略していて、片手落ちではないか…。
だとすれば、この映画、鑑賞の範囲を狭めている。「センチメント…」がファン受け狙いなら、小ぶりな感じもいたします。
川島雄三の、現代医学では、治癒できない。そこを基点とした「幕末太陽傳」は、ラストでは”お涙ちょうだい”を要求していない。
川島の、偉大さ、黒澤の、シナリオ構成不十分が、やや分かる気がしました。あくまで、私見です。
2012/9/25(火) 午後 11:35 [ moemumu ]
moemumuさん
「幕末太陽傳」の居残り佐平次には川島監督の心情が深く込められているから、軽さの中にどこか「影」を見て、素晴らしい映画になっている気がします。人はそこに惹かれるのでは。そこが「生きる」と違うような。
2012/9/26(水) 午後 10:25
私も当初は、懐疑的に見ていました。人の一生分の体験を死ぬ間際にすべて凝縮出来る筈がないと思っていました。いかにも説話的です。
でも何回か見ていて、こんなに大げさでコミック的なのに、なぜか笑えないのです。ここには監督の魂が籠っていると気づきました。
あらためていい作品に出会えたと思っています。
TBさせてください。
2015/9/8(火) 午前 9:30
ギャラさん
人のためにやっていると思われることは、実は自分自身のためにやっていることだとわかりました。自分が生きた証、何故人は生きるのか。そんな風に考えると少しは人に優しくできるのかなと。
2015/9/9(水) 午後 10:13
志村喬さんの歌う「ゴンドラの唄」がこの作品のテーマだったのかなと思いました
志村さんは乙女でないのですけれど(笑)
トラバお願いします♪
2017/4/21(金) 午前 11:51
> ベベさん
命短しですね。確かに乙女ではないですね。人の生きざまって、何でしょうね。
2017/4/21(金) 午後 8:19