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2010年2月6日、シネマヴェーラ「70年代の青春:鬱屈と混沌と」にて。 1974年度作品。 脚本:山田正弘、松本俊夫 出演:秋吉久美子、下田逸郎、瑳峨三智子、佐々木孝丸、ケーシー高峰、戸浦六宏 解説より・・・ 有永(下田逸郎)は、たまたま訪れた愛知県豊川市でひとりの少女あずな(秋吉久美子)と知り合った。あずなの父親(佐々木孝丸)はこの重工業地帯の大工場幹部であるが、彼女の家には戦時中、軍の工場技術者であり、終戦記念日が近づくと錯乱する叔父(ケーシー高峰)も同居している。そして有永は、かつて挺身隊隊員だったあずなの母・保子(嵯峨三智子)に自分の母の面影を見るのだが……。 アメリカ軍の爆撃によって命を奪われた愛知県豊橋市軍需工場地帯の勤労女子生徒たちの慰霊のため、地方自治体が出資して作り上げた作品。しかし実験映画界で名を馳せる松本俊夫監督は、これを単なる慰霊の域にとどめるのではなく、現代ならではの批判精神と実験精神をもって、一見平和でありながらも、その実、戦争の重い傷跡を隠しながら生きる人と街の欺瞞をも前衛的に捉えている。フォークシンガー下田逸郎の映画出演も話題ではあったが、それよりもこれが映画デビューとなった秋吉久美子の、ヌードも辞さない初々しい魅力のほうが、現在では語り草になっている。1974年に完成したものの、実際の公開は76年まで延ばされた、いわくつきの意欲作でもある。(Amazonの解説より的田也寸志) ケーシー高峰は戦争の傷跡を乗り越えられずに最後は川に入水していく。 瑳峨三智子と佐々木孝丸の夫婦は、戦争を忘れて生きていくことを決める。 下田逸郎は、十六歳の少女が豊川工廠への爆撃で死ぬ前に産んだ子供らしい。 秋吉久美子は現代の十六歳の少女であり、当時爆撃で死んだ十六歳の少女のようでもある。 いや、もしかしたら幻かも。 下田逸郎が瑳峨三智子に惹かれることを、秋吉久美子は嫌っている。 戦争が落とした影そのものである秋吉久美子でなく、戦争を忘れようとしている瑳峨三智子に近づくことに怒りを覚えているのだ。 戦争の狭間で苦しむ人たち、忘れようとしている人たちの話。 抽象的なストーリー、詩的な映像は素敵だ。 そもそも豊川工廠で死んだ勤労女子生徒への慰霊のため、自治体が製作した映画だったようだ。 しかし、この映画を観る限り、単なる鎮魂の映画とは思えない。 自治体が考えたものと異なっているため、2年間もオクラにしたのもうなずける。(悪い意味ではないです) 秋吉久美子は出演2作目、大胆で物おじしていない。
もうすでに、秋吉久美子ワールド全開です。 いいですね、秋吉久美子。 |

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私は、10日に、観ましたよ。
2010/2/18(木) 午前 0:41 [ koukou ]
koukouさん
今回、秋吉久美子の出演を5本観ましたが、ふてくされたような寂しそうな独特の個性が面白かったです。この若さで予測不能な女優だということを再確認しました。
2010/2/18(木) 午後 10:27