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2010年4月8日、新文芸坐「映画の中の日本文学」にて。 1963度作品。 原作:水上勉 脚本:鈴木尚之 出演:佐久間良子、河原崎長一郎、木暮実千代、千秋実、丹阿弥谷津子、岩崎加根子、進藤英太郎、宮口精二、織田政雄、 夕子(佐久間良子)は実家が貧しかったため京都五番町の夕霧楼に年若くして身売りされた後、西陣の織元(千秋実)に従った。ある日、学生風の陰気な男(河原崎長一郎)が楼に上るようになり、以来必ず夕子と一夜をともにする。青年は鳳閣寺の修行僧・櫟田正順で夕子の幼なじみ。正順は吃音障害だったために誰からも相手にされず、夕子だけが優しく正順をかばうのだった。織元の密告で正順は折檻を受け、その腹いせに寺に火を放って自殺。それを知った夕子も故郷の丘の上で命を絶つ。(eiga.com解説より) 解説にすべて書いてあるので、ストーリーは、これ以上書きません。 同時上映だった「越後つついし親不知」と比較すると、どうしても印象が薄い。 同じ佐久間良子の主演映画。 なぜかというと、「越後つついし親不知」のおせん(佐久間良子)は、あまりに可哀想な女でした。 自分が積極的に意思表示して生きてきたことがなかったから。 あくまでも、受身の人生。 そして、自己主張して、夫ではない男の子供を生む決意をする。(無理やり男に犯されたため) 初めて自己主張した矢先に、夫にばれて、あっけなく殺されてしまった。 儚い彼女の人生を思うと辛い。 その点、この映画の夕子(佐久間良子)は、京都の遊郭に売られたとはいえ、幼なじみの修行僧正順とコンタクトをとったり、正順が遊郭に遊びに来るようにお金を渡したりして、自分の意思で行動を起こしていた。 だから、彼女は、「越後つついし親不知」のおせんの受身の境遇とは異なり、性格も違う。 比較するのが間違いだとは思うが、同じ日に観た感情はどうしても取り除けない。 夕子(佐久間良子)は、おせんに比べたら、まだ幸せものだ。 正順を追って、自分の意思で自殺したのだから。 おせんは、泥にまみれて、無残に殺されたことと比べると。 田坂具隆監督の映画は初めて見るが、この映画では、夕子(佐久間良子)に焦点を当てた抒情性の強い映画作りをされる監督なのかなと感じた。
育った島に咲くさるすべりの赤い花を何度となく印象的に使用している。 遊郭の労働組合の話が出てきたりして、社会性もありそうだ。 それでも、この映画、佐久間良子の印象が色濃く残っている。 |

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70年以降の東映映画になると、男性映画ばかり(藤純子以外)になるのですが、60年代までは、こういった女性映画がありますね。
佐久間良子の初々しい美しさに満ちた作品であり、後の、松坂慶子とその差を感じました。
2010/4/15(木) 午後 11:10 [ ひろちゃん2001 ]
ひろちゃんさん
この頃から東映映画はヤクザ路線になっていくようですね。佐久間良子は東映映画最後の日本的な女優かもしれませんね。佐久間良子、美しかったです。眼が綺麗です。
2010/4/15(木) 午後 11:55