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2010年8月4日、新文芸坐「命一コマ 巨匠・内田吐夢の全貌」にて。 1937年度作品。 原案:小津安二郎 脚本:八木保太郎 出演:小杉勇、轟夕起子、江川宇礼雄、瀧花久子、片山明彦、見明凡太郎、潮万太郎 小津安二郎原案、八木保太郎脚色、内田吐夢監督、小杉勇主演という豪華な顔合わせによる社会派ドラマの力作で、1937年度のキネマ旬報ベスト・テンの1位に輝いた。定年間近の老社員・野々宮保吉は、出世の見込みがまったくなく、婚期の近い娘の将来のことを考えると気が狂いそうな不安に襲われる。そしてついに彼の疲弊した精神は異常をきたし、半狂乱のまま会社で醜態を演じるが、娘と恋人の青年がかけつけ彼を連れ帰るのだった……。この作品は当初、小津安二郎が「愉しき哉保吉君」という題で映画化しようと考えていたが、あまりに暗い内容のため会社(松竹大船)の許可が出なかったという裏話も。現存するフィルムは後半のクライマックスが抜け落ちた改編版。(eiga.com解説より) またウィキペディアによると・・・ 終戦後、内田が満州に残留している間に、GHQの検閲を受けない現代劇ということで『限りなき前進』がリバイバル公開されたが、その際、オリジナルのネガに手を加えてラストをハッピーエンドにするという改変が行われた。GHQの方針によるものとも、出演者の意向によるものとも言われているが、改変の経緯は不明である。1954年に帰国した内田は改変の報を聞くと激怒し、再度オリジナルの状態に戻そうとしたがネガもプリントも発見できず、非常手段として改変版で自分の意に沿わない部分を大幅にカットし、そこに本来あったシーンの解説字幕を入れるという未完全版を作成することになった。現存している東京国立近代美術館フィルムセンター収蔵版がこの未完全版であり、現実と妄想の区別がつかなくなった主人公が会社の同僚を招いて宴会をやっている料亭に、娘とその恋人が迎えに来る廊下のカット以降エンディングまでが全てカットされている。 前置きが長いです、それほど曰くつきの映画です。 ネタバレあります。 前半はほのぼのとしたホームドラマです。 日給95銭のOL轟夕起子とそのことで彼女をからかう江川宇礼雄と弟とのユーモアのある掛け合いを微笑ましく観ていた。 しかし、会社の定年制導入が決定されるとそこからエンドに至るまで「解説字幕」が何度か挿入される。 解説字幕がないと、映画のストーリーはまったく異なる。 主人公が、部長に昇進して、豪華な家も建てピアノも買い、娘の結婚にやきもきし、無事に結婚する余裕のハッピーエンドのストーリー。 どういう理由で改変されたか不明ではあったとしても、改変された事実に満州から帰ってきた内田吐夢監督は、さぞかし悔しかっただろう。 作者の意図がまったく逆になっているからだ。 観客は、解説字幕の補足によって主人公が見ている夢の中であることを、ラストの仲間との飲み会でも自分は部長であることを明言することで精神異常をきたしている本来のストーリーを知る。 夢の中や飲み会でも主人公は、「誠実」に生きてきたからこそ部長になれた(報われる)ことを繰り返し主張し、飲み会で主人公は故郷のさのさ節を歌う。 観客は、報われないサラリーマンの現実を知っているから、憐れさとそこ儚い悲哀を感じる。 しかし、内田吐夢監督には申し訳ないが、「解説字幕」を挿入することで、映画の流れがそこでストップしてしまっている。現存するフィルムがないので仕方のないことですが、惜しいです、残念です。 オリジナルフィルムが今後発見されることを願います。 内田吐夢と小津安二郎は仲がよかったようで、他の作品でも企画協力をしている。
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これは観ていないです。是非観たいと念じているものです。フィルムセンターが内田監督特集の折に上映しようとしたら、八木保太郎の拒否にあったとのエピソードが残っています。小津がこの映画を観た折自分のものとは異質という感想を残しています。内田と小津は同じ監督協会で交流があったみたいですね。
2010/8/9(月) 午前 8:44 [ SL-Mania ]
SL-Maniaさん
カットされた部分で映画の内容が全く異なります。内田監督の怒りは当然です。改変が誰の指示で行われたのか不明のようですから、関係者の思惑もそれなりにあったのでしょうね。トークショーで小津監督が内田監督に「淡島千影はいいよ」と言っていたらしくて、「酒と女と槍」で使ったとか。
2010/8/9(月) 午後 7:54
フィルム・カットされた内田監督、まさか東映の「飢餓海峡」までと
思っていたかも。
僕は、まだ見れていませんので、見れたシーラカンスさまがうらやましい。
当時から、会社の定年後はどうなる、とか、組織外れた人間はどうする、って”心配”は映画ネタになっていたのですね。
「限りなき前進」がその1号ならば、黒澤「生きる」はその流れにあるとも。でも「生きる」は夜のシークエンスがあって、それは面白かったですね。「生きる」の続き、ヒマあればまた書きます。お許しを。moe
2010/12/6(月) 午後 11:36 [ moemumu ]
moe*u*uさん
この映画のカットは許せないですね。まったく逆の意図になりますからね。自分が部長になっているつもりでしゃべるくだりは哀れです。逆に定年がなかったことが、自分は驚きでした。
2010/12/7(火) 午後 10:57