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母を恋はずや 2010年8月24日、フィルムセンター「フィルムコレクションに見るNFCの40年」にて。 1934年度作品。 監督:小津安二郎 脚本:池田忠雄 出演:吉川満子、大日方伝、加藤精一、岩田祐吉、飯田蝶子、笠智衆、坂本武 大黒柱の父親が急死し、経済的に没落せざるを得ない母子家庭の生活は、日ごとに厳しくなっていく。やがて母の愛情が不公平であることに気づいた兄は、弟や母とけんかして家を出る。だが兄は実は亡き父の前妻との間の子だった……。母子の愛情を、小津特有の細やかな画面の中に描ききった秀作。現存フィルムには欠落部分がある。 (eiga.com解説より) 悔しい。 バーの女がサンドイッチを食べながら、兄(大日方伝)にしゃべっている途中で、突然映画は終わる。 現存フィルムが冒頭とラストの巻が欠落しているからだ。 終戦時にGHQに接収されたらしい。 民主主義?には相応しくない箇所があったのだろうか。 1934年のサイレント映画で、これほどのレベルの高い映画だったとは。 だから、悔しい。 学校のシーンから始まる。 父親は写真でしか登場しない。 冒頭も欠落しているらしいが、まったく違和感はない。 学校の先生から「お父さんが大変だから」と家に帰るように告げられる。 兄と弟が相似形のように同じ格好で手をつないで並んで廊下を歩いていく後ろ姿。 ある人いわく、小津監督は相似形の美しさを大事にしているらしい。 校庭で用務員のおじさんから「急なことだったね。人はわからないものだな」というようなことを言われる。 なんて、残酷な一言。 葬式のシーンはない。 おじさんが母親に、「先妻のこども(兄)を、弟と同じように育ててくれるかな」と。 「もちろんです」 「お母さん、今日もまた泣いているのかな。お母さん、泣くと鼻が赤くなるからな」と言いながら雪の積もった道を2人歩くシーン。 それから、穏やかな日、引っ越しの日におばさんがやってくる。 「早いわね。あの人が亡くなってから」と。おじさんも亡くなっていた。 時間の経過をさらりと描きながら、ほのかな抒情性を見せる見事さ。 ここでも、父親のパイプを2人で吸う相似形を見せている。 美的構図と悲劇の省略と抒情性にこだわった小津監督らしさは、この映画で、すでに確立されていた。 その後、兄は自分が母親の子供ではないことを知り、母親が弟ばかり怒ることに嫉妬を覚え、母親に何故私を怒らないのか迫る。 「そんなつもりはないんだよ」 そして、家出をする。 バーの女のところに住み、母親が兄に会いに行く。 「お前のことは、小さい頃からよく知っているんだよ。だから家に帰ろう」 兄は、冷たく追い払う。 その店で働く飯田蝶子が、兄から見て、母親のように見えて悲しくなる。 兄と弟、そして母親の気持ちの微妙な揺れ。 そして、いきなりの暗転。 もう一度言いますが、ほんとに残念です。
続きが見たくてしようがない。 |

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こういう形の状態のものは結構ありますね。観られるだけいいとしなければならないでしょう。「土」「海軍」なんかがそうですね。
2010/9/2(木) 午前 6:48 [ SL-Mania ]
SL-Maniaさん
昔の日本映画を見ていると、その時代の社会環境が見えてきます。
戦前の映画、戦後の映画が、戦後GHQの検閲にあい、時代劇、反社会的、封建的な個所があるために、カット、映画化できないという憂き目にあっていることがわかりました。この映画がはたしてそうなのかは不明ですが、こんなに素晴らしい映画の結末が観れないことは、残念でしかたがありません。
2010/9/2(木) 午後 10:22
中間だけでも残っていたことに逆に感謝したくなるような映画でした。おっしゃるとおり高レベルの作品であることは間違いないです。
2010/9/3(金) 午前 6:57
ヒッチさん
この映画も観てましたか(笑)。ほんと悔しい。特にラストの欠落は痛い。ラストの出来で映画の善し悪しが決まりますものね。
2010/9/3(金) 午後 9:31