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2010年10月31日、フィルムセンター「映画監督五十年 吉田喜重」にて。 1960年度作品 監督:吉田喜重 脚本:吉田喜重 出演:高千穂ひづる、津川雅彦、川津祐介、山下洵一郎、渡辺文雄、安井昌二 大島渚や篠田正浩とともに、松竹ヌーヴェル・ヴァーグの到来を告げた吉田喜重のデビュー作。会社社長の息子・秋山俊夫(川津祐介)、北島淳(津川雅彦)、森下(山下洵一郎)、藤枝の4人は、秋山の父の秘書・郁子(高千穂ひづる)の銀行帰りを襲い現金の入った鞄を奪う。しかし、すぐさま金を返すと、郁子を車から降ろした。彼らにとってはこれは遊びなのだ。数日後、淳は郁子をパーティーに誘い関係を持つ。やがて藤枝が渡米することになり、彼らは再び銀行帰りの郁子を襲うが……。吉田は青春のやり場のない焦燥感の形を借りて、新しいモラルの台頭を鮮烈に描いた。封切り当時、ゴダールの「勝手にしやがれ」との類似を指摘された。(eiga.com解説より) 退屈な日々の大学生の若者たち。 したり顔の大人への反抗は、遊び程度のいたずらでしかない情けない行動。 郁子(高千穂ひづる)に「ろくでなし」と呼ばれる。 テレビ、洗濯機、冷蔵庫の三種の神器の時代。 ローンに追われ、我慢しながらの怠惰な日々。 そんな平凡な庶民的な兄の生活に、郁子(高千穂ひづる)は反発を覚える。 私は、そういう生活はしないと。 ブルジョアと貧困の対比。 二極化した現代にも通じるものが。 社長の息子・秋山俊夫(川津祐介)は、醒めた大人びた表情であっても、結局何もできないボンボン。 郁子(高千穂ひづる)に襲われることを告げ口するだけ。 北島淳(津川雅彦)が主役なのでしょう。 何者にも束縛されない自分自身の存在意義のためにも、郁子(高千穂ひづる)を襲う。 この時代の鬱節した思いを自己内で爆発させた映画。 しかし、相手を攻撃する形をとらないところがその時代らしいのかも。
70年代前半の日活ニューアクションでは、権力への反抗を見せつける。 松竹ヌーヴェル・ヴァーグ、当時は鮮烈だったと思う。 |

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