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トーク・トゥ・ハー 2011年2月27日、シネセゾン渋谷「クロージング特別上映」にて。 2002年度作品 監督:ペドロ・アルモドヴァル 脚本:ペドロ・アルモドヴァル 出演:ハビエル・カマラ、ダリオ・グランディネッティ、レオノール・ワトリング、ロサリオ・フローレス 病室のベッドに横たわる若くて美しい女性アリシア。彼女は4年前に交通事故に遭い、以来昏睡状態に陥ったまま一度も目覚めることはなかった。看護士のベニグノは4年間彼女を世話し続けるとともに、決して応えてくれることのない相手に向かって毎日語り続けていた。一方、女闘牛士のリディアもまた競技中の事故で昏睡状態に陥っている。彼女の恋人マルコは突然の事故に動転し悲嘆にくれていた。そんなベニグノとマルコは同じクリニックで顔を合わすうちいつしか言葉を交わすようになり、互いの境遇を語り合う中で次第に友情を深めていくのだったが…。(ウィキペディアより) 少しネタバレあります。 強烈な映画でした。 この映画の謳い文句に「究極の愛の物語」という言葉をよく見かけますが、自分にはどうしてもそういう気持ちにはなれませんでした。 冒頭、女性の舞踊劇から始まります。 そして、ラストも舞踊劇で終ります。 なかなか印象的なシーンです。 母親の介護をずっとしていた主人公ベニグノは、窓から見える向かいのバレー教室で踊るアリシアに一目惚れします。 ちょっとしたきっかけでベニグノとアリシアは知り合いますが、ただの顔見知り程度です。 母親は亡くなります。 ベニグノは、その後も向かいのバレー教室を覗き見しますが、彼女はいませんでした。 彼女は交通事故に遭い、意識が戻らなくなっていたのです。 それから、ベニグノは彼女の看護師に応募し、4年間世話をしています。 意識はなくても体は機能しています。 髪を切り、肌の手入れもベニグノはします。 彼は、反応しない彼女に、彼女が好きだと言ったサイレント映画やダンスの話を囁きかけます。 あくまでも、ベニグノの一方的な愛です。 交通事故で植物人間となったアリシアは、意識がないので、ベニグノへの愛情はありません。 不自然な2人です。 ある日、ベニグノはサイレント映画「縮みゆく男」を見ます。 このサイレント映画は、この映画で重要な役割を果たします。 女が作った薬で縮んでしまった恋人の男。 元に戻そうと薬を研究する女ですが、どうしてもうまくいきません。 男と女はベッドをともにします。 私があなたを踏んでしまうのでは。 縮んだ男は女の胸に登り、乳首をつかみ、そして、性器の中へトンネルのように潜り込んでいきます、永久に。 何か笑ってしまえるようで、すごくエロチックなシーンでもあります。 母親との生活、その母親も死に、一人になったベニグノは、アリシアだけが生きがいです。 彼は、サイレント映画の男に自分を見たのでしょう。 その夜、ベニグノはアリシアにとんでもないことをします。 もう一組のマルコと女闘牛士リディアのカップルの位置づけが、イマイチ曖昧のような気がします。 やがて、リディアは死んでしまいますが、2人の愛が足りなかったというベニグノとの対比でしょうか。 屈折したベニグノのアリシアへの愛は、2人の築きあげた愛ではないのです。 ベニグノの意識のない人間への行為はどうしても愛と呼べるものではなく、あくまでも自己満足に過ぎないように感じるのです。 だから、自分の良心から、どうしてもこの映画に違和感を覚えます。 いくら、彼女が助かったとしても、何か違うんではないかと。 刺激的で映画としては面白いとは思いますが、どうも。。。。 それにしても、アリシア役のレオノール・ワトリングは美人です。
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ペドロ・アルモドヴァル監督。
これで初めて知りました。
絵画的な美しさ、印象的な場面。大いに魅了されました。
意識がなく、反応もなくとも、ひたすら肌をさすり、言葉を掛け
思いを伝え続ける…
究極の愛の形だと私は思いました。
shirakansuさんには受け入れ難いものがあったのですね。
でも、アリシア役のレオノール・ワトリングは私もとても綺麗な女優だと思いました。
眠っている時の方が、より美しく感じられました。
2011/3/7(月) 午後 11:09
alfmomさんがお好きとは意外でした。意識がない人に、後半のベニグノの行為は、どうしても許せないと思うのですが。自分の人生がどうであれ、感情がない人に我儘で自己満足だけの一方的な行為は、愛とは言えないのでは。レオノール・ワトリングはほんと美しかったですね。、
2011/3/8(火) 午後 10:12
一方通行の行為ですもんね。 愛、という感じではないですよね、たしかに。
ベニグノの孤独感はちょっと痛々しかったですね。
TB、させてくださいね。^^
2011/11/14(月) 午後 10:08
サムソンさん
どうも自分には愛と呼べるものではないと思えるのです。孤独感にさいなまれる主人公であっても、あの行為はだめだと思うんですよね、人間として。
2011/11/15(火) 午後 10:31