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映画をずっと観ながら、何かしらどこかに違和感があるよな〜と思っていた。 何に違和感があるのか、最後までわからなかった。 少し考えてみた。 自分が笑っているのに、周りの人は笑っていない時があった。 人が死んだあと、その次のシーンで笑うシーンが何回となくあった時のように思う。 また、ここで笑っていいのか自分自身に疑問を投げかける時もあった。 自分は死を厳粛なものとして、頭のどこかで感じていたのかも。 それが、笑っていいシーンなのか、笑ってはいけないシーンなのか不自然な感情になっていたのかもしれない。 アクションもので悪人が死ぬことには、フィクションなのがあきらかなので、 特に気にしないが、病院で人が死ぬことに人は敏感だ。 たとえば患者役の山口良平が術死するシーンは、痛々しく、心が苦しくなる。 ひとごととは思えないからだ。 その微妙な感情の起伏が映画に対する評価にも影響していると思う。 昔、落語家の桂枝雀が言っていた「緊張と緩和」が、この映画にはもう一歩足りなかったのでは。 その前のシビアなシーンを引きずってしまっている。 顕著なシーンは、手術がなんとか成功したあとに、 自分の緊張に対して竹内結子の一言「死ぬかと思った」 すかさず阿部寛が「ギャグかよ」 笑えなかった。 ・・・といいつつ、でも、面白かったです。矛盾するけど。 竹内結子と阿部寛のやりとりもとても面白かった。 竹内結子ののんびりした雰囲気もとてもいいし、 阿部寛のそばとうどんをいっしょに食べる行動が、その性格をよく表している。 いいコンビだと思います。 原作が医者ということで、 医者という仕事が過酷な仕事であることも表していた。 いつも冷静な佐野史郎が、最後に手術に成功した時に、後ろに倒れこんでしまう。 それほどのプレッシャーを感じていることもよくわかった。 麻酔医はほとんど休みがなく、過労死寸前であることも。 「医者の前で殺人を起こしても疑われない」という犯人。 不自然に死んでも、解剖もされない。 MRIが死亡原因の重要な装置として登場する。 ウィキペディアで調べた。 なるほど。 オートプシー・イメージング(英語表記Autopsy imaging、略語Ai)とは日本語で表記すると、狭義では死亡時画像診断、広義では死亡時画像病理診断となる。コンピュータ断層撮影 Computed tomography(CT)や核磁気共鳴画像法 Magnetic resonnce imaging(MRI)などによって撮影された死後画像(Postmortem Imaging = PMI)により、死体にどのような器質的病変を生じているのかを診断する(狭義のAi)ことによって、死亡時の病態把握、死因の究明などを行うシステムである。 海堂 尊がAi導入の必要性をライフワークとして提唱する医師らしい。 ひとつ、勉強になった。 もう1度、DVDで観てみたい。 何か気になる映画だ。
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トラバありがとうございました!
映画は見てないんですが レンタル開始を楽しみに待ってるところです。犯人を知ってるのはミステリーとしては楽しみを半分以上失ってることに等しいかもしれませんが・・・
DVD観たら またお邪魔します〜〜^^
2008/7/29(火) 午後 4:18
tammyさん
私は今小説を読んでいます。
さてさてどうでしょうかね〜。
2008/7/29(火) 午後 11:18