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七人の侍
2010年7月31日、新文芸坐「生誕100年 世界に誇る巨匠黒澤明」にて4回目?鑑賞。
1954年度作品
監督:黒澤明
脚本:黒澤明、橋本忍、小国英雄
美術:松山崇
撮影:中井朝一
音楽:早坂文雄
出演:志村喬、三船敏郎、稲葉義男、加東大介、木村功、千秋実、津島恵子、宮口精二、藤原釜足、土屋嘉男、高堂国典、左卜全、小杉義男、東野英治郎、渡辺篤、堺左千夫
時は戦国時代。夜盗化した野武士の横暴に苦しむ農民たちは、侍を雇って村をまもろうとする。かくして集められた7人の男たちの活躍をダイナミックに描いた、巨匠・黒澤明監督の堂々3時間30分に及ぶ、古今東西の映画史上永遠に残る名作中の名作。
合戦シーンのすさまじさとリアルさは言うに及ばず(三船敏郎が「1本の刀では5人も斬れん」とストックの刀を用意するところはゾクゾクした)。7人の個性的面々のキャラクターの見事な描き分けもすばらしい。個人的には、リーダー格の志村喬のおおらかな威厳と、無口な剣の達人・宮口精二のニヒリズム、ユーモラスな加東大介が好みだ。農村の自衛を描いていることから、公開時は自衛隊礼讚映画といった批判の声もあがったが、無論今ではそんな無粋(ぶすい)なことを言う者はいない。(amazonの映画解説:的田也寸志)
日本映画の中では、あまりにも有名な映画。
何度観ても、面白い。
自分も侍の気持ちになり、農民の思いを感じ、村を守っていた。
映画が終わると、大拍手、私も拍手を送った。
いや〜、大満足の映画です。
映画を観て、しばらくは興奮気味でした。
人間ドラマあり、男の心意気、アクションあり、恋愛あり、ユーモアもあり、娯楽映画のすべての要素が織り込まれている。
どのシーンもセリフも、考え抜かれていて、見事な脚本です。
「この米、無駄にはしないぞ」「ご冗談を」「少々薪割り流を」「古女房です」「いつ発つんですか」「先生〜」「おしゃむらいさま〜」
一人一人の侍の個性を際立たせた演出。
侍と農民の関係も上下関係だけで捉えられていない。
農民=弱いという単純な図式では描かれていない。
農民は落武者を殺し、刀や武具を盗む。
農民も弱いだけでなく、したたかで汚い。
侍と農民の対等な考え方。
ようやく侍と農民が一つのチームとしてまとまった。
「野武士と戦う」ことに観客の気持ちを共感させ、盛り上げる見事な作戦。
冒頭近く、泥棒が子供を人質にとり、勘兵衛が助けに入る。
泥棒が勘兵衛に斬られ、小屋から飛び出して倒れるシーンがスローモーション。
久蔵が果たし合いで相手を斬り、倒れるシーンもスローモーション。
死ぬシーンをスローモーションで撮っていた有名なサムペキンパーより以前に、黒澤監督は効果的に使っていた。
1点だけ、気になることがあります。
13騎を残して何故全員村に入れたこと。
残りの侍は5人。
本当に、最後の戦いにしたその作戦が最善策だったのかどうか。
疲れがひどいため、長期戦を嫌ったためか。
参謀役五郎兵衛が死んだため、勘兵衛の作戦に混乱が生じたことも考えられる。
菊千代が奪った鉄砲も使わなかったことも気になる。
若い頃の1回目は、若い菊千代(三船敏郎)の農民出の生きざまに感動し、3回目は勘兵衛(志村喬)のリーダーシップに惚れ惚れした。
今回は、両方の気持ちに熱く酔いしれ、さらに、志村喬の言葉から武士の憐れさを強く感じた。
いつも負け戦で、この歳になってしまったと、笑いながら語る。
農民のように土地とともに生きていくわけではなく、根なし草のような浪人生活。
その結果が、ラストの有名なセリフに繋がっている。
「今回も負け試合だったな。勝ったのは百姓だ。我々ではない」
今まで、このセリフは嫌いだった。
いかにも、とってつけたようなセリフは、わざとらしく思えて仕方なかった。
今回このセリフを言う前に、勘兵衛は少し前に進んで百姓を見て、また戻り、侍たちの墓を見る。
それから先ほどのセリフだ。
祭りのように田植えをする農民への力強さとあてのない侍の根なし草の憐れさ、羨ましさといった複雑な気持ちが勘兵衛のことばとなって表れている気がする。
映画は深いですね〜。
今度また観るとまた違った箇所に気持ちが揺さぶられることでしょう。
解説にあるように当時の自衛隊礼讚映画といった批判が、キネ旬3位となったのかも。
この映画のレベルで3位は考えられない。ダントツの1位でしょう。
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