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岩手 石井農園
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ケンと雪中散策

午前中、我が家の向かいの風景です。
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雪が降ったり止んだりの状態でしょうか。
裏山の畑に行くと、せっかく消えた雪も元の木阿弥・・・
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ま、これがいつも通りの風景なんですけど。
特にする事も無いので近所を徘徊・・・ 
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田んぼも・・・
畑も雪で埋まり 
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雪が一段と激しくなってきました。さすがに働き者の岩手のお百姓さんも家に閉じこもっているようです。
ん、まてよ・・・
倉庫わきに何やら怪しい人影が・・・
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 この天気に働く奴はいないはずですが・・・
いました奴がっ!
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 よく見ると近所の『紫波観光ブドウ園』の若社長でした。
我が紫波町の最大の観光名所、我が集落の誇り(ちょっと誉め過ぎかな?)とも言うべき『紫波観光ブドウ園』の二代目です。
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4ヘクタールを超える広大な園地で、ぶどう狩りのシーズンには辺り一帯がぶどうの香りに包まれ大勢の観光客で賑わいます。
広さに加えて丘陵地帯のその立地環境は近隣にも類のない、正に“自然丸ごと”と言った風光明媚さであります。(これだけ宣伝しても一銭もくれませんが) 
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これだけの大規模農業は「雪が降ろうが槍が降ろうが休む間もなく働かなければならないんだな」「それに引き換え俺の自堕落農業は何だっ!」と同じ農家として自戒の念を込めて又ブラブラと徘徊を続けるのでした。(ちっとも自戒してない)
どこを見ても雪だらけ 
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白と黒のモノクロ風景・・・
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 ケンもそろそろ飽きたので、一しきり回って帰路に就くと・・・
まだ若社長はせっせと剪定した枝を火にくべていました。
「あまり頑張りすぎるなよ、風邪ひくなよ」私はそう声をかけて、その場を去ったのです・・・ イメージ 10
つい心にもない事を言ったので、写真がピンボケになってしまいました・・・

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漫画大好き少年でした

久しぶりにハウスを覗いてみました。
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ハウスは女房の縄張りなので任せっきりです。
せいぜいトラクターで耕したり土を掘り起こしたりと、私の役目はもっぱら力仕事だけですね。
今はチンゲンサイや水菜などの菜っ葉類を産直に出荷していますが、それももうじき終わりそうです。(その後の収入はどうしよう・・・)
それとルピナスやカーネーションなどの冬越しの花苗も育てています。
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ハウスの中でさらにトンネルをかぶせていますが、やはり北国岩手の寒さでは中々成長はしませんね。

という事で今回は昔の『たいらひとし』のブログ(今はありません)より昭和漫画の思い入れをアップします。
(文章・イラストとも原文のままです)
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漫画大好き少年でした
①マンガの神様
私たち戦後生まれの昭和世代に、夢と勇気を与え続けてくれたマンガの神様手塚治虫。
昭和と共に私たちの前から消え去ってしまいましたが、その作品は時代を超えて永遠に語り継がれる事と思います。
私は小さい頃から漫画が大好きでした。それに加えて17年間本屋をやっていた事もあり、手塚作品は殆ど見ていると思います。
初期の代表作『鉄腕アトム』やライフワークといわれた『火の鳥』など数え上げたらキリの無い作品数ですが、その中の真の代表作は『ブラックジャック』だったのではないでしょうか。
短編の一話一話も充実していましたが、登場人物がアトムやマグマ大使・0マン・御茶ノ水博士・スカンク草井・たわし警部・サファイア姫といった過去の作品のキャラクターが総登場で、作者の強い思い入れが感じられました。
皆さんはどうお思いでしょうか・・・?

②漫画雑誌『少年』
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忘れていました。白土三平の『サスケ』も少年を代表する漫画でした。
当時の白土三平はもっぱら貸し本漫画に作品を発表しており、『サスケ』がメジャーデビュー第一作目ではなかったでしょうか。
貸し本では水木しげるやさいとうたかお・さとうまさあき達と同じく、青年向き(エロではなくバイオレンス)の漫画だったので、少年の中では『サスケ』はリアルで斬新な存在でした。
特に殺陣シーンで体が斬られる際の「バズッ」や「ズサッ」などの擬音や残酷シーンはちょっと子供には刺激が強すぎました。
しかしメジャーになっても自分の主張を変えない作者の生き様も感じられて、今思うと良かったような嬉しいような気がします。
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           (2010年7月に載せたものです)
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寒い日が続きますが、今年は雪が少ないのが助かります。
しかし予報によると来週から強烈な寒波がやってくるそうですよ。
大雪・強風・低温・積雪・雪崩など色々警報が出るでしょうね。覚悟しないと・・・

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私は過去に5つほどのホームページやブログを作りました。
決してヒマだった訳ではありませんよ。気軽に載せられるネットという媒体で、何か表現してみたかったのでしょう。昔はこういう場がなかったので良い時代になりましたね。
しかし性格的に飽きっぽいので長続きせず全て辞めてしまいましたが、その中で昭和の思い出や人物を綴った『人物オーライ』というホームページ。そして同じく昭和の好きな映画やテレビ・漫画を綴った『たいらひとし』名のブログがありました。
共に完全にお遊びで作ったのですが、今読み返してみると意外に面白いのでこの場を借りて再アップしてみます。
好評なら農園がヒマで書くことがない時にでも載せていきたいと思います。
(すべて発表時のまま載せるので、多少の間違いや未熟な文章はご容赦!)
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ラ・ヴィオレテラ
ということで、まず第一回目は映画のお話しです。
登場するは喜劇王チャップリン。
淀川長治はよく「チャップリンの映画は、私に生きること、働くこと、それに愛を教えてくれました」と言ってましたが、私もそれに通ずる物がありました。
笑いの中に戦争や権力者、近代文明に対する風刺が散りばめられていて、それが数十年に渡り支持され続けた理由でしょう。
チャップリンは戦前から活躍し、日本でも大変人気がありました。“笑い”の後に待っている“涙”が日本人受けしたのでしょう。
そして昭和40年代後半に、再びブームが起きました。
『モダンタイムス』から始まり『街の灯』『独裁者』『キッド』等々続々リバイバル・ロードショーされ、若かりし私も映画館に足を運びました。
私の子供の頃からチャップリンは、テレビで短編物が放映されていましたが、長編物でしかも映画館で観るのは初体験でした。
作品自体は戦前に作られた物なのに一向に色あせず、その“笑い”と“涙”のセンスに私は感動を覚えました。
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ラ・ヴィオレテラとは『街の灯』の挿入歌です。(邦題・花売り娘)
(『人物オーライのホームページ』より2009年2月掲載分)
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上の5枚の絵の作品名が全て分かる人、あなたもチャップリンお宅です。

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この所連日−10度近い寒い日が続いています。
しかしなぜか雪は降らず冬の仕事がはかどり過ぎて、もうほとんどやる事がない状態です。
今日はそんな中、思い出したように梨の木を7本切りました。 
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4本はちょっと離れた所に植えた木で作業がやりにくい為で、もう3本(写真)は二十世紀ゴールドという品種です。
二十世紀は病気が付きやすく、ウチのように農薬をあまり使わないとマトモな物が出来ないのです。
といっても毎年売り物にならないのに二十年も育てたので、切り捨てるのはちょっと抵抗がありました。しかしもう歳のせいで体力が落ち、道楽でムダな物を作り続けるのも大変なので切ってしまいました。

野ネズミの臭いでもするのでしょうか、ケンはいつものように株元を掘っています。
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 「ケンちゃん、野ネズミはもう冬眠しているんだよ、そっとしておいてやんな」

クマもキツネもカエルもミミズも寒い冬は冬眠です。どんな夢を見ながら春を待っているのでしょうか。
人間も冬眠が出来ればイイですね・・・
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 (イラストは2010年1月の『石井農園のホームページ』に載せたものです)

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雪の渡り鳥

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今朝(6時半)の気温は−4度でした。
まぁ平年並みの気温ですが、やっぱり寒いです。
昨日の雪は大して積もりませんでした・・・
それでは昨日お約束したシャムちゃんの続きです。
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(モグラとシャムちゃん 2009年4月撮影)

2008年の6月、近所の空き家に大量の捨て猫がありました。
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(真ん中にいるのがシャムちゃん)
その数は15匹という大量投棄です。捨てた奴は正に人間のクズですね。
役場に連絡しても処分されるのが分かっていましたから、しょうがない私が面倒を見ることに・・・といってもウチも当時猫は5匹ほど飼っていましたから全部は無理で、とりあえず近所の知人に強引に2匹押し付けました。
さらに盛岡市にある動物愛護団体に連絡し引き取りを頼み込みました。
当然のことながら「当方では引き取り出来ません」という返事でしたが「一般の人間がこれほど努力しているのに、仮にも動物愛護の看板を掲げている団体が何もしないという事はないだろう」と屁理屈をコネて何とか10匹押し付け成功。
そして残った毛並みの良い3匹を我が家で引き取ったのです。(良い猫を残すのが私の役得)
 
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我が家で引き取った運の良い3匹、右がシャムちゃん。
その代わり一気に世話が増えた運の悪い女房です。 
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手前真ん中がシャムちゃんです。
我が家のエンゲル係数がまた増えました。貧農にはエサ代が大変なのですよ。
 
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(2008年12月撮影)  呑気に日向ぼっこしてますが・・・
その後さらに2匹の捨て猫があり、我が家は猫屋敷と化しました・・・トホホ
 
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(2010年2月撮影)暖かいストーブの周りで・・・奥がシャムちゃん

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 (2010年8月撮影)愛犬ゴハン(ケンとそっくりですが違います)と戯れるシャムちゃん。後ろの猫は今でもいるチビ、無駄に長生きしてます・・・

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 (2011年3月撮影)くつろいで日向ぼっこしているシャムちゃん。
これがアルバムに残っている最後の写真となりました。

岩手に移り住んで25年、今まで20匹ほどの猫を飼ったでしょうか。
ほとんどが捨て猫のためメスが多いのですが、シャムちゃんのように数匹はオスもいました。
メスは必ず避妊(一匹7千円、これが貧農には痛い!マジで)をします。生まれてもこれ以上飼うのは大変だし、捨てるのは論外ですからね。
そのせいかどうか?オスは数年経つと必ずどこかへ旅立ってしまうのです。
自分の子孫を残したく、新たなる伴侶を求めて行くのか。ひとっ所に長く住めない渡り鳥のような性分なのか、本当の所はよく分かりません。
まったく男って奴は、いつまでも夢を追い続ける子供のようなものなのですね・・・
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シャムちゃんは今もどこかのこの空の下で、元気で暴れている事と思います・・・
     (イラストは『石井農園のホームページ』2013年2月27日掲載分)

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