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病院では治療困難な現代病は足つぼマッサージで治そう!。

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26 何故日本では改革が進まないのか?
 ドイツ政府は2015年度、新規国債発行をゼロにすると表明しました。信じられない!!対する日本は借金1100兆円?借金を返すために借金をしている。誰もが大変だと思っているのに、政治家も役人も動かない。全員辞めてもらって、別な人に代わってもらいたい。その借金は子供もたちが払う事になるんだよ。選挙民が悪い?相変わらずの責任者不在の国家なのです。

 もう大体分かると思いますが、僕はその政治家・役人の個人の小さな集団意識の問題だと言いたいのです。彼らの集団への帰属意識・集団への依存意識、そこが問題の核心です。政治家・役人は、決して彼らは幸せではない、囚われている。一人でもそれを知った仲間は、彼らを変えていく。そのほうが楽しいから。ドイツはそうして変わっていったのです。個人の意識・感覚が変わらなくてはならないのです・・・。

 何故、競争が激しくなり、ストレスが多くなり、格差社会が進み、女性の人権・子供の人権は忘れ去り、企業のコンプライアンスの問題など、社会の問題が増えるだけなのか。解決の方向に向かいません。行政改革も進みません。何故進まないのか?。今までそれぞれの利権とか抵抗勢力と言う理解がされてきました。しかし、その根本、今まで述べてきた、集団に対する個人のあり方が問題なのです。集団に依存する人が多いからです。だから良いと思っている政策も、その集団に気兼ねして実行が出来ません。自粛するのです。又、そこを出たら、生きられないと思っているから何も出来ないのです。

 つまり、自分自身が作った壁の中で、ストレスを抱えたまま悶えているのです。外にはもっと楽しくて自由な世界が待っているのに、人生を塀の中で過ごしていることに気が付きません。利権を持ったり・支配者の方がつらい世界にいるのです。ですから、一つの集団にこだわるのは止めましょう。あなたの本当の能力は他の世界でも生かせるのです。本当の能力ですよ!。
 例えば、ある時、娘が結婚したい男性を連れて来たとしましょう。父親は権利(家族の愛)を主張して、娘の結婚に反対します。でも今時の娘は聞きません、そこで父は言います「どうしても結婚したいのなら、親子の縁を切ってからにしろ」と言います。娘とは、孫が出来ても死ぬまで会う事が無かった。または20年間会えなかった・・・。この父親にとって、家族と言う強い集団から出られない、どうしても自分の思い通りにしたかったんです。

 よく考えてください、この場合父親が一番辛くないですか?。もしも、娘に自分の人生を任せ、結婚を祝福したならどんなに良かったか。孫の誕生を共に喜び合えた、もしくは孫が無くても共に楽しい夕食をすごせた。たとえ、結婚がうまくいかなかったとしても、娘はそれで学ぶ事が出来るし。仮に、父親が薦める相手と結婚しても、うまく行く保証は何もない。親に娘の未来の保証は出来ないのです。こういう事、実際にまだあるのですね。これが強い絆の家族愛でした。

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25 権力・支配欲の強い人と、弱い人が居るんですか?
 人の欲望を大きく2つに分けると、生命(DNA)由来の、食欲・性欲〔生・性殖〕と、文化的な欲望。名誉とか知識欲・好奇心・支配欲その他いくつもあります。元々は個体の繁栄・種の繁栄への欲望ですが、それへの不安が文明を作りました。エッ!あっさりと確定してますが良いんですか?良いんです。ノーベル賞もLEDもその範囲です。

 私の欲望は?。健康で、弁護士の資格を持って政治家になって、高級車に乗って高級腕時計をはめて、最高の料亭で食事をし、最高の美女と夜を過ごす。あとジェット機と豪邸を持って、大会社を持って、東大出の息子が居るそんなところかな〜〜!。これ結構想像すると楽しい!。でも、今は、家に閉じこもって、親の年金で生活し、SNSでフォロワーが1万人で遊ぶ。AKB命で生きる!。それでもいける!。盗撮に命を掛ける???。又別な道もありで、究極な人生=仏や神に出会う。それでもいける(詳しくは宗教と信仰の違いを読んで!)。

 権力は誰でも欲しがるのか?そういう人間の欲に差があるのか?。あるんです。元々、細胞が元気なら、欲望全開。しかし、抗がん剤で元気でなくなると、欲しい物もなくなる(欲に醒めてもそうなるけど・・)。??それだけでもない・・。

 権力欲はその人にとって、どれだけ<一人だけで生きていけない>と思っているかで決まるのです。議員の椅子にしがみ付くのは、離れると自分がなくなるからです。一人で生きていけなくなると思っている人です。一人で何とでもなると思っている人が大統領になったなら、大統領でも、すぐ辞められる職業なのです。生きてく力が強い人は、辞められるのです。人は今の自分では満足できない、不安であるほど周りに何かを求めるのです。それが権力であったり、愛情であったり、売り上げであったり、その他、世の中を動かしている原動力です。文明の原動力であり、うつ病の原因の一つでもあるのです。

 私があまり働かないのはここにあります(お客さんが来ないという理由が一番なのですが・・)。野性の生き物は、人間より満足して生きてるかも?と言うのもここになります。

 権力や名誉・ノ−ベル賞も人に因って価値が違いますね。日本での報道ではノーベル賞が、世界最高の栄誉とされていますが、受け取らなかった人もいるんです。これまで読んでいただければ理解できたと思います。その人は自由なんですね!。その社会・共同体に依存していないんです。依存していればいればいるほどノーベル賞も価値があり、離れていれば、それほど大事な物でもないのです。つまり支配欲は自立度に因って違うのです。認められたいという欲求も同じですね。私が書いているこの原稿も<理解されたい度>に因って、私の満足度が変わってきます。さて私はどれほど、あなたに理解されない・否定される事に耐えられるでしょうか?・・。

 どんなにお金を持ってしても、好きな彼女の心をつかむことが難しいし。どんなに美女でも、好きな男性の心をつかむことは難しい。現実には、たった一人の女性も支配できないんです。たとえ出来たとしても、言う通りになった女性には興味が無くなるんです。こうすれば、彼女(彼)が振り向いてくれるかも!と、淡い期待がとめどない妄想や欲望になるんですね。

 結局、赤いハイヒールのとんがった踵で、踏みつけられてムチを打たれるか、ダメヨォ〜〜ッ、ダメダメ!!、と言ってくれる女性が良いんです。
  私は昔、人は同じように、欲を持っていると思ってましたが。確かに同質な欲を持ってはいるんですが、その強さや質、向けられる先は人それぞれで違うんですね。だから人間は面白いんです。

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民主主義を知らない!

24 リーダーとは?
 ある人達はリーダーに憧れるようですが、どうも実際のリーダーと、一般に思っているリーダーとは違うようです。リーダーは言ってみれば<観光ガイド>のようです。
 団体旅行に行く場合、旅行ガイドさんが付いてきますね。旅の手配から安全の確保まで。いろいろ気を使ってくれるから、一般の人は気楽にカバン一つであちこち旅行出来ます。ガイドが上手だと旅行も楽しい。下手だとガッカリします。ガイドは旅行団体の中の役割の一つなのです。政治のリーダーもそうした役割の一つで、世話役なのです。別に立派でなくても出来るのです。支配者ではないのですから。


 素晴らしい観光地を知っていれば連れて行けるし、知らなければ案内できません。また、旅行者の好みも知っていなければ楽しんでもらう事は出来ません。自分が<こうしたいああしたいより>、人々が何を求めているか知る事です。それによって実行すれば良いのです。ある意味簡単なのですね。あとは実行できるかどうか?です。

 しかし、何が問題かと言うと、政治家の目的が<自分や自分を応援してくれる集団>の要求に答える事になってしまっている事です。他の集団が無視され、個人的な集団の利益が優先され、全体の要求が反映されません。<民意の成熟>が必要ですが、それは今までに書いた事で省きます。

 広く民意を聞く政治、特定の集団に振り回されない政治が理想です。が、選挙の勝敗によって、敗者集団は冷遇されます。そこで、リーダーの資質は<強い集団から離れ、より大きな集団>にメンタリティーを移行出来る人が必要なのです。ある意味、強い信念の人はリーダーに向かない。広く意見を聞ける人が必要なのです。つまり、旅行のガイドの様な仕事なのです。右翼・左翼でも同じです、正義をあくまで主張し、対立を煽る政治家は必要ないのです。そして、市民の意見の代表なので、市民と考えが異なったら、潔く辞めればいいのです。辞められるか辞める事が出来ないかは、繰り返して書いたように、その政治家がどのくらい、集団に依存しているかどうかなのです。

 先日、スコットランド独立の州民投票がありました。否決の結果を受けて独立派の代表者は言いました<結果は残念だが、これからは独立派・維持派共、しこりを残さないように共に手を合わせて行こう>とのコメント。成熟した民主主義と言われました。寛容である、成熟した民主主義とは、互いの集団の垣根を越えられる人々に因ってなされるものなのです。

 対立する候補者を応援した同士が、選挙の後も口を聞かない。選挙の後は村がギシギシするのは、その人達が〔強力に依存する集団に〕の村社会に住んでいるからです。
 又、個人は間違いを犯すので、ヨーロッパの政治は権力が集中しないようにシステム作ってあります。それが分権です。ここでは詳しく触れませんが、中・北ヨーロッパでは市役所はありません。ウソでしょ?でも、無いんです。スウェーデンでは市役所(シティーホール)に行くと、ビル・建物が建ってます。それが有名なノーベル賞・公式晩餐会が行われる、ホールです。事務をしている人はいなくて閑散としてます。

 では実際、どこで行政が行われているかというと、すべてバラバラの所。ビルに独立してあります。基本的に地方自治で、各都市が中央からの予算+で行政を行っています。水道局は水道事業所、教育は教育局です。日本とまったく違うのは、福祉事業とか教育など市民生活に直結するものは、市長・議員のように直接選挙で選ばれるという事です。福祉行政を長年してきた人や障害者自身の方が詳しいですから。障害者自身が福祉政策を決めているわけですから、当然不満も少なくなります。実際、ドイツ・ハンブルグ市の福祉の代表は障害者でした。握手した時、手を見たら指がありませんでした。日本のシステムは中央集権なんですね。

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※ アメリカに行った時、たまたま大統領選の時で、友人のテーブルの上にドッサッと資料がありました。何なのこれは?と聞いたところ「選挙!」との答え。「エエエッ!、この量はいったい何なの?」。同時におこなわれたカルフォルニア州の住民投票の資料が入っていたのです。アメリカは州単位で独立して行政がおこなわれているので、日本でいうと国民投票のようになります。事細かい事まで住民投票によって決められ、その資料として反対意見や賛成意見、その他の資料が入っていたのです。

 「これ欲しい!」と言ったら、授業で使うのでダメと言われました。しかし、翌日、全ページコピーして渡してくれました。彼はカルフォルニア大学の大学院を出て、貧しい地区の公立高校の教師をしていました。UCLAの院を出た彼は間違いなくエリートで、普通は高給である金融関係に進むのです。しかし、アメリカ社会で問題になるほどの最低の給料、公立高校の教師を選んだのです。彼は私の誇りなんです。因みに奥さんはソーシャル・ワーカー、猫の名前は<genki>でした。うちの猫の名は<ミーコ>でした(笑い)。

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23 文明の行方?
 戦争が始まるのは、国と国の思想・考え方が違うと起こるのではないのです。ケンカは考えが気に入らないと起こるのではないのです。意見や考え方は皆さん違うんです。絶対に同一になる事は無いのです。それが生命のおきて(自己認識免疫反応)なのです。どの程度、どのぐらい自分の考えに納得してもらえないと収まらないか、なのです。資源や領土の取り合いでもそうなのです。強いほうが支配し、すべてを奪うことは無いのです。もしそうであったなら、地球上に200を超える国家があること自体が不自然なのです。強国をむやみに恐れるな!不安を煽るな!政治家に言いたいのです。自分が不安なだけジャン!

 元々、人間は理解・納得してもらいたい事が目的であって、血を流し人を殺してまで自分を主張する事は、本来的ではないのです。殺してしまえば納得させる相手がいなくなるからです。違う考えの人を殺して行くと(そうする方法では)、自分しか居なくなるからです。

 戦争や争いは相手を自分と同じにしようとする行為ですが、文明と言うのはその逆で、違う物と違う物の交差に因って生まれてきたのです。例えばです。ゴッホ・モネ・ルノアールは西洋とはまったく違う世界である日本の浮世絵に影響を受け、印象派と言われる世界を作りました。ビートルズもマイケル・ジャクソンもレディー・ガガも東洋・日本の影響を受けています。日本の芸術も中国・朝鮮の影響を受けているし、中国・朝鮮も又日本の影響を受けているのです。異質な物・者が人には必要なのです。進化する遺伝子の宿命です。(ですから、私は旅に出るのですけど・・と!インスパイアーされます)

 例えてみますと、穏やかな池に石をなげると波紋が広がります。それが一つの文明だとしましょう、も一つ石を投げるともう一つ波紋の輪が広がります。その輪と輪が重ねる所に小さな山が出来ます。それが新たな文明なのです。

 ではどうすれば戦争は止められるのか?。メンタルな面は書いてきたので、ここでは具体的に書きます。それには二つ方法があります。まず、実際に何度も会って話し合う事です。熱い・寒い、お腹がいっぱい、何でもいい同じ場所に長い時間居る事です。感覚を共有するのです、そうすると誰とでも妥協が出来る素地が出来ます。これは理屈ではないんです、生物的な要素です。時間を掛ければ妥協が出来るのです。ためしに、嫌いな人と時間を共有してください、嫌いは嫌いでも、それなりになじんでいきます。その場にごちゃごちゃと人が居てはダメなんです、向かい合わなければならない状況下での事です。つまり代表同士の村社会を作ることですね。

 お互いの国を超えて、国民同士でゆるい連合を作ることです。共同で何かをするんです。調査・研究会でもスポーツでも、紅白歌合戦を開催とか、とにかくなじむんです。もう少し政治的にいうと、福祉協議会を2カ国で立ち上げるとか、共同出資で事業をするとか、交流会を政府主導でするんです。
 二つ目は共通する課題・敵を作ることです。環境や地球規模の問題を大きくするんです。意図的にするんです。事の始めは根本的には、争い事が起きて国家協議・首脳会議をする、というのでは遅いのです。争いの無い普段の時に、交流を深めていなくてはいけないんです。

 今の社会はこういう感覚で物事を理解することを無視しているのです。思想や哲学が世界を支配していると思っているからです。しかし、先に述べたように思想や哲学では人は動かないのです。それで動いてはいけない、と言う生物的なメッセージもあるのです。一般的とは逆な言い方してますけど、一般的な言い方だと<正義はコロコロ変わる、普遍的な正義など無い>と言う事になりますね。戦争には大義名分が常にあり、正義が人を殺してきたんだから、と言う事になります。

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