関本塾

病院では治療困難な現代病は足つぼマッサージで治そう!。

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お休みのご連絡

病気を治すには、と考えるより、病気にならに方が賢い。
関本塾は基本的にに自分で治す、治療者に依存しない、とう言うことで。

そういうわけで、10月24日より11月8日までお休みします。
休みは普段より疲れるのだった!

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最後に・・。
 家族の所で書きましたが、今の時代、家族だけでなく、世界が閉じていっているようですね。人が自由に行動し、ネットで多くの人と交わるようになると、自分の好きな人とだけ交流します。好きな事だけして、好きな物だけで生きられる世界は、色んな人を作り、多様性が生まれます。しかし、だからと言って多様性を認められる社会になる、とはかぎらないのです。マア、言ってみればタコツボ社会ですね。<村社会>が<タコツボ社会>に変わっていくだけかもしれません(これは、これで、面白い気がしますが・・)。その中にいると気が付きませんが、回りとの壁を高くして、寛容をなくす世界です。<互いの違いに感激し、喜びや悲しみを共感する世界に人は生きている>、と思っている私には残念な事です。だけんども、<地球は回っている>のです。


 まっあっ〜〜最後にもう一つだけ。僕は今までに様々事、書いたりして発言してきましたが、結局人間は一生で言いたい事は一つだなぁー・・と感じます。僕にとっては、これ、<すべての物の関係性です>、それを見ていく事なんです。すると、猫もザリガニもムカデも鳥も、同じように生きて死んでいく。人間にとって楽しい事は他の生物にも楽しい。他の生物が楽しい事は人間にも楽しい。つまり人間だけが楽しい事は、あるにはあるけど、それはその分だけ人間は重荷を背負って生きてるって事かな・・。そこからが重要で、重荷を下ろす解放+アルファが<人間やってて良かったの感動>なのかな〜〜と思います。

 その+アルファはちゃんとあるんです。私の住んでいる世界は<何かを得るために、何かを失う>・<幸せの量が決まっている(何かが恵まれると、何かが恵まれない)>、良い事と悪い事はプラス・マイナス・ゼロではない世界なのです。絶対的にプラスの世界です。その扉を開く一つの鍵が、自立です。(チョットくどいかもね!。デモね、感覚の事はくどくど言わないと分からないのです。くどくど言っても分からないんですから。物理や化学の理解とは違うんです。それが言いたくて書いたんですから!。宗教はそこで修行と言う発想が生まれたんです。つまりこの文を読む事は修行なんです。)
 
 そのプラスを、それを僕は解放(心と体の)と呼び、それを皆さんに味わってもらいたい。そう思って毎日のように話しているのです。クドイ!、これは、そんなこんなのまとめです。どうだったでしょうか?そんなに大事なことなの?と、思いましたぁ?。そうなんです、僕にとっては大事な事なのです。読まれなくても理解されなくても大丈夫、書けた事で十分満足しています。人は、それぞれで良い。そうやって、違いを認める・認められるともっと楽しいのです。


 そんな感じが自立なんですが、自立しすぎてもカワイくないし。自立したり依存したり、行ったり来たりが良い!。考えながらフラフラしながら生きるのが良い!。私はフラフラしてます。そうやって、世界をフラフラ歩いているわけです。約50ヶ国、おいしい物食べるわけでも無く、贅沢するわけでなく、貧乏で最悪の旅をするわけです。何で行くの?、よく言われます。外国の事、知ったり見たりするんだったら、別に行かなくていいんです。しかし、そこに住んでいる人の感覚や関係は、実際に会って話さないと分かりません。そして、その関係の輪に入るのに、三味線。三味線がすごくいいんですね。面白いですね!まったく違う文化を持って行くと、なじみやすいのです。外人に凄くモテルんです。同じじゃダメなんです。

 初めに自立の感覚を知ったのは、ドイツ人の友人やヨーロッパ系の友人からでした。凄く感化されました。北欧はなじめませんでしたけどね!。デモね、本当に生理的に感覚的理解したと思ったのは、日本人の沢山の友人からだったんですよ。実は、!。<そこにあっても、そこに見えなかったんですね>。えっ!友達って神様の事?、そういう事で、感謝!感謝です。
御静聴ありがとうございました(?)。

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 私は、社会や身内での諍い(いさかい)を、こうした生物的な必然と捕らえています。同化したいけど同化できない。同じである事を求めるけど、同じにはならない事です。それが、人間の病む元々の原因です。ですから、すべての事に初めから違いを認め、寛容と多様性を求める事が重要なのです。みんな同じ考えなら戦争は起きない、のではないのです。みんな同じにしようとするから戦争は起きるのです。


 人間は同化と異化のシステムが激しく発展したために、自己が肥大し・欲望は増加しました。人間の文明は同化や異化の発展した形です。その幻想を具体化したものです。例えば<野生動物はお腹一杯で満足しますが、人間はお腹一杯でも、もっともっと、と、おいしい物を食べようとします(ですから肥満は必然です)。又、一生かかっても使いきれないほど貯金しても、まだお金が欲しいという様な事です>。生物としての感覚が狂い始めたのですね。それが現代の<幻想に囚われた感覚>です。社会が急速に変化しているため、頭では分かっていても心がついていかない<時代感覚のズレ>でもあります。

 今まで書いてきた事、政治や権力・支配、権威主義、親子・友人の問題、恋愛問題・嫁姑問題も、基は同根です。生命としてのエネルーギーが、プラス(同化)に働いたりマイナス(異化)に働いているのです。この原稿を書いているのも、この世界を取り込みたい(理解したい・同化したい)という事なのです。そして、それを発表したり本にすることが異化です。その要求がものすごく拡大してしまったのが、今の人間。それが、なかなか理解できないのが人間。それを認識する事(生物的な理解をする)、それが感覚的理解です。それは人に因っては理解出来なかったり、時・場合によっては、時間がかかるのです。
 
 つまり欲の増えた分だけ、他の生物よりもあえて、何でもしようと思えば出来る時代になればなるほど、程ほどで満足する事を覚えたり、違いを認め、寛容と多様性を求める自覚が重要なのです。それを解く一つの鍵が(※1)、<ゆるい依存と支配の関係、自立>です。それが出来ないと、ストレスとなって、生き難い社会に住む事になります。この<生き難い社会に住む事>と言う言い方の理由は、<自分の認識の中>が、あなたにとってのこの世界であると言う事です。つまり、この世界は認識に因って変わると言う事です。

 当たりまえちゃー当たり前。しかし分からん人には分からない。この場の私としては、理解されない事、それを認めるッチュー事ね!。
 そこら辺のところが(生物としての・・)、思想では動かない、感覚として納得しないと動かない、生物としての人間なのです。感覚というと、フラフラして安定しないもののようですが、実は生物と人格の間を行ったり来たりする、重要なものです。その感覚が、より自覚され、より開放していく手段の一つが、自立という考え方です。人の楽しみは、スポーツあり冒険あり、小説・絵画・音楽、宗教など、言葉や法則・学問では十分表現できないものです。それは感覚の世界です。最も人間的といわれる元なのです。囚われた感覚から解放されて、生を存分に楽しみましょう!。生は喜びや感動そのものなのですから!。
※1)この鍵は、自然を深く観察したり、旅をして異文化を知るとか、正しい信仰を持つ事でもいいし、きっかけは何でもありですね。
(※) フロイトは人の根源を<リピドー>と言う性的衝動に求めます。その弟子ユングはそれだけでは無いだろーと言う事で深層・潜在意識を加えます。私はより生物的な<同化と異化>に求めているわけです。 


(※) ここでは主に世界観としての感覚のズレを取り上げていますが、肉体的な感覚のズレもあります。少しだけ書きます(基は同根だと思いますが・・)。眠くても眠れない、食べても食べても満足できない、異常がないのに痛みを感じる、異常が無いのにだるい・疲れる、と言った感覚です。これは、システム異状による病気のようなものだと思います。大きな病気の原因になるものです。それには感覚の刺激が有効だと思います。徹底的に歩く事とか、痛みを使う<中国観趾(かんし)法(痛い足つぼですね)> が有効だと思い、それを利用しているのが関本塾です。

 (※) ここでは感覚の事と自立の事を並列に書いていますが、卵と鶏の関係にあるからです。自立に向かうと自分の感覚のズレが認識できるし、感覚のズレが自覚できると自立に向かっていると言う事です。オバケが怖くなくなると大人になってる事であり、大人になるとオバケが怖くなくなる、みたいなものです。分かりやす!。でもね〜〜!最近大人になってもオバケ信じてるんだもんな〜〜!。

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 自他の認識。これは細胞レベルでの認識は、各細胞にMHC(主要組織適合遺伝子複合体抗原)があって、これを免疫細胞(白血球)がチェックしています。MHCはタンパク質の一種です、人のほとんどの細胞の中にあります。これが自分と自分以外のものを区別して、異物を排除したり殺したりして健康を保ちます。自分の細胞の異常を感知して健康に保つ免疫システムの基準になります。これは生物の基ですね。生き物として成り立つか?生物として生きていけるか?の判断は<自分であるか自分でないか、自分は誰?>なのです。それを発生の段階から判断しているのです。この課題は、カント・デカルト・パスカル・ソクラテスと知識の世界へと受け継がれて行くのです(話しの軸は違うけど、同じ様なもの)。

 どの生物も、このシステム(自分であるかないかの区別)がないと生存できない、生まれてきません。しかし、手・足が無くても脳が無くても子供は生まれてくるのです。それはさほど重要でないからです。障がいが在っても生きられるかどうかは、その後<私達>となった人類が荷う課題なのです。<自分とは何か?>が重要なのです。しかも、それを胎児の段階で、胎児自身でしてるのですよ。母体も異物である胎児を成長するまで、このシステムにブレーキをかけ、酸素や栄養を供給し続けるのです、人の意識でしているのではないのです。なんかすごいでしょう!この感覚は私だけかな?。(最も人間的なテーマだと思われてた事が、実は生物の根源であったわけです)

 ですから、臓器移植はこの異物排除のシステムをいかにして抑えるかが、究極の問題なのです。又、インフルエンザに罹ると異物排除で鼻水などの症状が出るのです。癌細胞が増殖し抑制されないのは、がん細胞も自分の細胞だからです。その異常が見分けられないからです。現在の病気の多くは遺伝子異常又は、こうしたシステムの狂い、プログラムの異常です〔内分泌系(ホルモン)等も〕。各器官・臓器の異常ではないのですから、薬ではなかなか治らないのです(これも書き始めると長いので割愛!。ここに関本塾の意味があると思っているのですが・・。)

 つまり、体はいつも自分か自分でないか、チェックしているのです。人間はこうした細胞の発展系ですから、人格と言う自我も、いつもそれをしています。他人と話す時、「何歳?出身は?どこの会社?どこの学校?どこの誰?」と思うのは、自分との共通する物と違う物とを識別しているからです。自分が食べる物なのか、共存すべき物なのか、敵なのか、無視できる物なのか、と発展していきます。生物的に言うと<同化と異化>。それが人で言う認識(世界の理解)の事です。

 その認識により、そこに文化、小説・音楽や絵画・思想などが生まれてきます。ちょっと、ショート・カットして書いてますけど。マア簡単に言うと、他人を認識する事により、自己や自己主張、他人への理解・要求が生まれるのです。関係が生まれるのです。赤ちゃんの発達がそのものですね。

 この自己認識・同化・異化(異物排除)のシステムは、そのまま人間社会に反映します。例えば、大人になると自分にふさわしい相手を求めて社会に出て行きます。そして、好きな人とはキスをして一緒になろうとしますが、嫌いな人とは離れようとします。愛しい人の唾液や汗の物はあえて求めますが、他の人の唾液は不快に思い、避けます。上手く行くと、異物であるはずの精子と卵子が一体化します。しかし、結婚してもいつまでもベタベタくっついていると、反発してケンカになったりします。結婚しても、自分と相手とは異物、元々違って居るからです、同じではないからです。それを簡単に言うと<人は近づこうとして近づき、しかし近づきすぎると反発します>。初めは<おもてなし>で、近づきますが、近すぎると、<うっとおしい!>関係になるのです。そして、その関係が、この原稿の初めから書いている、依存と支配の関係を作っていくのです。

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 <みんなの遺伝子がこの社会を作っている>
 生物の定義はいろいろあって決められませんが、私はメタポリズム〔同化と異化(狭義では代謝)〕だと規定しています(ウィルスはチョット違うけどね)。生物はエネルギーを取り込み、様々な形でそれを放出します、しかし、エネルギーを少しだけ余分に蓄えるシステムです。エネルギーを蓄積し、自己再生のエネルギーとし、余分に蓄えたエネルギーに因って、以前より数が増えて行くシステムです。これが地球型生物と言う事だと思います。このシステムに因って、植物は大きくなり林が森となり。昆虫や動物は子供を生み数が増えていきます。生物がいくら進化してもこのシステムは変えられません。地球上のあらゆる生き物は(今の所ですが・・)このシステムで動いているのです。植物も動物も遺伝子の半数は共通していると聞きましたが、元は一つの生命だったんでしょうか、面白いですね。

 つまりいくら人間ががんばっても、この次元世界から逃れられません。人間は他の生物と違って、自分の肉体以外のものに、自分の行為をさせたり、置き換えをしたりしています。自分がするの代わりに、他人や機械にしてもらって自分は楽をしようというわけですね。そうして文明を作ってきたのです。ですから、文明のシステムは、社会の構造もコンピューターの(ハードもソフトも)システムも、細胞や体のシステムとほぼ同じに作られているのです。

 使いやすい道具とか、分かりやすいパソコンとは、人のシステムにより近いと言う事です。人が理解し易いと言う意味は、自分の中に同じような物をすでに持っている事です。ハードディスクやメモリーは、脳の記憶回路が現在の情報量を蓄積できないので、その代わりに作った、それだけ情報を貯めたいのです。それも同化です。自分のパソコンのデータを見て下さい、それがあなたの脳なんです。テレビ・ラジオもインターネットも、あなたの細胞が欲しているから存在しているのです。

 つまり人間の社会システムや思考・行動は、人が単細胞であった30数億年前の生き物の構成に因っています。生命の誕生以来幾度かの絶滅の危機を乗り越えて、現在の人類が生き延びている事に驚きを感じます。

 この生き延びてきた生命は、世代交代という環境に応じて個体を変える事と、種を維持するために情報を伝え合うという、方法を採ってきました。それが遺伝子の変異と雌雄の違いを作ってきました。(この辺詳しく書くと別な読み物になるので割愛します)。私はこの情報を取り込み、共有化するシステムを同化という言葉で広い意味で使っています(食べて大きくなる事も同化です)。 

 人類の雌雄が出来て3億年経っているようですが、それ以前の生物も、様々な単細胞生物も何らかの手段で情報を交換し、<同じであろう・種として維持しよう>というのが生物の宿命です。個体の雌雄差が出来たのは、結婚してコピーを作るという事です、優秀な遺伝子を交換して同じであろうとします。

 生物として同じであろうとする限り、人類にとって差別や支配は生物的な営みではないのです。と言うのは、人間は個人(個体)では生を語る事では不十分で、個の生+種の生命と2つの生に因って出来てるからです。ですから、自分の仲間は食べないし、殺さないんです。逆に考えると、支配し差別が遺伝子由来のものならば、それらはいつでも互いに争いあい、生存は難しいのです。戦争好きが遺伝子由来なら、人類は戦争ばかりして文明は持てないし、とっくに滅んでいるのです。


 映画で悪い支配者がやっつけられるのを見て感動したり、戦いの末自由を得た人間を見て感動するのは、そうした生物としての元々の感覚なのです。ですから逆に、今、人の自由を奪っていたり、人に対して差別している人は、その時点で自分の生に対して満足できないでいるのです。または不安に感じているのです。いつ自分や家族を殺されるかの不安を抱えながら生きるのは、支配で得られる快感より辛いのです、結局枕を高くして寝れない。私怨の無い殺人は、本来出来ないのです(戦争の事です)。

 たぶん1万年以前までは、人の営みは10〜200人程度の集団で700万年ぐらい続いていたのだと思うのです。それが急に現在、1億の単位になって、上手く集団を動かす能力が無いのです。今の我々人類には無いのだと思うのですが・・、その新たな手段として民主主義制度が生まれたのかもしれません。人類は元々同じになろうと言う力(理解し理解されよう・認め認められようとする力)が働いている限り、平等や平和を求めそれに近づこうとするのです。(ただし、食料が十分に無かったり、狭い所に閉じ込められると状況が変わってきます)中国も共産党支配・北朝鮮の独裁もいづれ終わるのです。崩壊の理由は、それは支配者自身が苦しいからです。

 では何故、様々な軋轢がおき争いが起きるのか?と言いますと、生物には(同化の他に)もう一つ重要な要素があります。それは自分と他を区別すると言う事、<異化>です。細胞レベルで言うと細胞膜が外の世界と自分とを区別することですが、人間になるともっとズーット高度(?)になって、自己と言う認識が生まれます、<私>です。他者を区別し排除する意識の元ですね。そして、<私>という認識から、<私達>と言う、擬似的な自分の拡大版の世界が生まれるのです。人間はそこに住んでいるのです。<私>の世界ではなく、<私達>の世界です。
 
 その<私達>の世界が<依存と支配>の世界です。その世界を広げる・その認識や理解の質やズレを課題として、他者の世界を認識して行く事が自立(正確に言うと自立という感覚)です。

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