せき仙人の京徒然

幸福の増税論(井手英策:岩波新書)、貯蓄ゼロでも不安ゼロの社会の実現策(政治家に読んでもらいたい)。

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戸塚宿〜藤沢宿間は7.8km、三浦半島との首根っ子の台地を、南西方向にすすみます。
なかなか賑やかな図柄ですね、こめや、客を迎える女、馬から降りる人などなど。 浮世絵・東海道五十三次之内「戸塚宿」、橋の手前の道しるべに「左かまくら道」とあります。次の宿「藤沢」へは橋を渡って右に進むんですぅ。
この絵にあるように、昔は海が望まれたのでしょう。 戸塚宿は、JR東海道線「戸塚」駅から約1km先で終り、そこに上方見附跡碑があり、広重の浮世絵が掲げられてました。この付近から藤沢宿までは左手の三浦半島に続く背で、高台が続きます。
高台のなかなか見晴らしのいい場所、休憩にもってこいの所でした。 上方見附跡碑から約2km藤沢方向へ進むと、立派な記念碑がありました。歌舞伎の「お軽勘平戸塚山中道行の場」に因んで建てられたものとの事。歌舞伎役者の寄進で建立されたそうです。
旧東海道の松並木、普段ありま見てない風景、不思議に懐かしさを感じます。 旧東海道松並木の名残です。お軽・勘平の碑辺りから湘南パイバス入り口付近まで見られ、松並木碑がありました。
碑文を読んだり、景色を眺めてると捗りませんな。昔の人は一日で藤沢宿あたりまで歩いたそうです。 国道1号線と重なっている風景です。お江戸日本橋から48km、まだ十分の一ほど進んだだけですよぉ。

イメージ 6

原宿一里塚の碑。戸塚宿と藤沢宿の間には「品濃、吉田、原宿と三カ所の一里塚があった」と・・・。
吉田とここ原宿は原型が無く、記念碑のみでした。

正月に行われる大学箱根駅伝の難所ですね。 藤沢の一里塚。日本橋から11里目、遊行寺坂の途中にあります。
遊行寺、この旅で初めて寄ったんですよね。 遊行寺坂上から進む先を見た景色です。正面のこんもりした杜は遊行寺、藤沢宿も間もなくです。
左手の銀杏は天然記念物でした。 遊行寺の本堂(時宗の総本山)です。踊り念仏で知られる一遍上人(1239-1289)が諸国遊行の途中、ここを念仏道場としたのが起源、四代目の呑海上人が1325年に寺院を創建したそうです。

街道は、遊行寺坂を下って境川の手前を右に、そして遊行寺橋を渡って右へ、約500mで宿の中心・本陣跡へ、となります(遊行寺橋を渡って左へゆくと江ノ島です)。

藤沢宿は日本橋から48.8km。

十返舎一九の「東海道中膝栗毛」の初日の泊まりは戸塚宿のようですが、江戸時代、一日で藤沢宿位まで歩くのも珍しくなかったようですな。

戸塚宿〜藤沢宿間は7.8km、三浦半島との首根っ子の台地を、南西方向にすすみます。

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