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洛西の地、人気の苔寺や鈴虫寺を訪れる人も、池大雅に関心を持つ人は少ないようで、すぐ側なのに館内は森閑、私も、国宝になってる作品のある方と初めて知りました(各写真、ポイントでコメント表示、クリックで拡大)。
池大雅(1723〜1776年(享保8〜安永5年))は京都生れ。国宝指定の「釣便図」は川端康成記念館の所蔵だそうで、ここでは見られません。「十便十宜帖」の中の一つだそうです(釣りに便利ということでしょうか)。
十の便利、釣便(ちょうべん)の他の九つは、耕便(こうべん)、汲便(きゅうべん)、浣濯便(かんたくべん)、潅園便(かんえんべん)、 吟便(ぎんべん)、課農便(かのうべん)、樵便(しょうべん)、防夜便(ぼうやべん)、眺便(ちょうべん)だそうです。 そして十の宜しきこととして、宜春(ぎしゅん)、宜夏(ぎか)、宜秋(ぎしゅう)、宜冬(ぎとう)、宜暁(ぎぎょう)、宜晩(ぎばん)、宜晴(ぎせい)、宜風(ぎふう)、宜陰(ぎいん)、宜雨(ぎう)、だとか。 十便十宜、いまの時代ならどうなるでしょうかね。 (*釣便図:出典Wikipedia)。
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これが国宝の釣便図ですか。かなり怠け者だったようですね。小便するのに便利とは?・・・
三賢人は何人もおりますが。幕末の三賢候と言われた土佐藩の山内容堂や水戸の爺は大変な食わせ物だった???
2009/1/20(火) 午後 5:57
かなり怠け者、かも知れませんね。座ってる所から手を伸ばすだけで殆どが済む、というのに憧れますねぇ。賢人は全く望めませんが、怠け者には自然になれますな(^^;;;。
2009/1/20(火) 午後 7:54
十便十宜、ネットの時代、十便より十近(近いこと)?。コンビニが近い、スーバー、駅、学校、病院、職場、公園、・・・自然、書店、図書館(?)。十宜は今も変わらないでしょうね。
2009/1/26(月) 午前 9:46 [ 網津有人 ]
十近、そうですねぇ、近ければ便利、十便と同義とも言えるんでしょうが、そうであって欲しいものばかりですねぇ。ヨボヨボの私には病院が一番かも、ですね。
2009/1/26(月) 午後 0:11
三賢人の十便十宜 分かった様な??の様ですね、寒山拾得=これも似た様なものですかな、大宮通下立売下に『拾得』と言う蔵を改造した居酒屋有り、ですが、関係ないですな。寛永の三奇人、三条大橋の高山彦九郎、あれ28歳の時らしいですよ、銅像はどう見ても60近い顔、小生何を言ってるのかな??
2009/2/28(土) 午後 11:47 [ 備前屋 ]
高山彦九郎28歳の時ですかぁ、昔の人は早く大人になりましたものねぇ。「拾得」という居酒屋、寒山拾得が元かもしれませんね。そう言えば東寺さん近くに「ぎゃぁてい」という居酒屋があるんですが、般若心経に縁あるかも等と想像してますぅ。ネーミング、京は一味違いますね。
2009/3/1(日) 午前 7:22